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7. ハーレムが必ずしも嬉しい状況とは限らない

 どうも、朝北優人です。只今、俗に言う"ハーレム"ってやつを体験しています。人生史上初のそれに喜びを隠しきれない‥‥‥はずなのに。


「何か言い残したことは?」


「‥‥‥ないです。」


 俺は尋問を受けている――――。




 部室にポツンと孤立した椅子に行儀良く座っている俺。並べられた机を挟んで奥の席に据えるのは、正面に彼彗。その両サイドに舞彩と雪江さん。彼彗が説明を始める。


「――事件が発覚したのは、今日の昼休み。私が朝北君をストーキングしていた時のことよ」


「ナチュラルに回想に入ろうとしてるけど既に事件発生してるよな」


 俺のツッコミはことごとくスルーされた。


 ――彼彗は俺が屋上へ行ったことも、雪江さんとの会話もすべて見ていたらしい。つまり彼彗の言う事件というのは、俺が雪江さんの下着を所持していたことだったのだ。


 教室の窓から夕陽が差し込む。彼彗は鋭い目つきで俺を見ている。舞彩は不安そうに俺を見ている。そして雪江さんは、俯いていた。極めてマズイ。もちろん俺に悪気などない。しかし、事実がある。


「雪江さん、一体何をされたの?」


 彼彗が問うた。雪江さんは俯いたまま震えている。


 きっと雪江さんは俺に悪気がないことを知っている。きっかけこそ下着だが、雪江さんとは少し打ち解けた関係になれたはずだ。問題はその性格。この環境で話をするとなると、雪江さんに口を開く行為は難易度が高いだろう。


「‥‥‥え、えと‥‥‥、その‥‥‥ぶつかって‥‥‥」


「それで襲われたのね?」


「もう少し話を聞いてあげて!?」


 俺が言うが、それも再びスルーし、彼彗は続ける。


「朝北君は重度のシスコン。舞彩ちゃんと同い年のあなたのこともターゲットにしていたのでしょう」


 途端に、雪江さんの頬が赤くなるのが分かる。覆い被さる緑髪の奥で、彼女の瞳は揺らいでいた。


「推測が無理やりすぎじゃないでしょうか裁判長!」


 俺はすかさず雪江さんのフォローを試みる。――というか俺自身のためでもある。このままでは俺はただの変態だ。


「被告人の発言は私の許可がない限り認められないわ」


 彼彗は冷たく言った。なんという理不尽だろう。当事者である俺は弁論の余地をなくされ、もう一人の当事者である雪江さんは性格上、彼女一人で俺の無実を証明することは難しいだろう。


 この大ピンチの中で口を開いたのは、天使であった。


「にいが私を菓子パンごと愛してくれているのはよく知ってるよ」


 "――妹よ ああ妹よ 妹よ‥‥‥!"


 女神降臨、形勢逆転!俺には舞彩がついていた!!そう、そうなんだよ!妹を愛したらその友達のことも同じように想うとか不自然だ!兄妹愛と恋愛は似て非なる別物なのだから!!


 舞彩が俺の言いたいことを代弁してくれる。さすがの彼彗も我が妹の言葉まで否定するようなことはできないだろう。


「――でも同い年の子をその情報だけで愛するのはどうかと思うよ、にい」


「ええ、ありえないわ。そういう下心も直さないといけないわね」


 舞彩さん!?彼彗の憶測を鵜呑みにしないで!!


 舞彩は、不安そうな表情で俺を見つめていた。嗚呼、終わった。俺は直感する。

 俺の青春はこれにて、ジ・エンド――――――――――――――――


「――ゆ、優人先輩は何も悪くありません‥‥‥!!」


 会話が途絶えた僅かな静寂の中で、すぐに溶けて消えてしまう、降り始めの雪のような声が、部室に響いた。雪江さんが叫んだのだ。


 思いもよらないそれに、俺たちはみんな目を丸くして雪江さんの方を見た。膝に乗せた拳を握りしめ、震えが大きくなっている。


「ご、ごめんなさい‥‥‥」


 雪江さんは一言呟くと、勢いよく席を立ち、走り去っていく。


「雪江さん!」


 彼彗が呼びかけるが、雪江さんは構わなかった。俺は黙って、雪江さんを追いかけた。


「――よう優人‥‥‥って、どこ行くんだー?」


 途中で猛とすれ違ったが、それどころではないので無視をした――。



 *  *  *  *  *



 雪江さんを探し回って数分。全く当てがなかったので、俺は唯一彼女と関わりのある屋上へ向かった。

 そこに雪江さんは――――――――――――――――――――居た。


 夕陽に向かって一人丸くなって座っている。夏の生暖かい風がどうっと吹きつけ、校庭の方では蝉の鳴き声が煩い。


「‥‥‥やっぱり、私には無理です‥‥‥」


「え?」


 雪江さんが呟いたことに、俺は間抜けな声を洩らした。やがて雪江さんは、すらすらと語りだした。


「人と話すことが、苦手です‥‥‥。相手のことを余計に考えてしまって、怖くなって‥‥‥」


 それは、雪江さんが極度の人見知りである理由だった。なぜ急に話してくれたのかはまったく分からない。だが人の秘密を知った以上は、受け止めなければならないだろう。


「‥‥‥気にすることないよ、多分」


 雪江さんが、こちらを振り向く。


「臆病は別に悪いことじゃない。猪突猛進で失敗しまくるよりずっと効率的だし。臆病に、奥手深く、確実に生きるべきだ!」


 自分を否定しようとする雪江さんを、俺は全力で肯定した。かつて俺にもあったのだ、自分に嫌になった時期が。それより俺、情に任せて何かめちゃくちゃなことを言ったりしていないだろうか?


 雪江さんは立ち上がった。それから俺に歩み寄って。


「‥‥‥」


 目の前まで来て、何かを言おうとしていた。しかし、雪江さんはしばらく口ごもって、屋上を出ていった。俺は止めようとしなかった。



 ――一人になって、俺は叫ぶ。


「絶対嫌われた!!!!」

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