6. 下駄箱にletter‥‥‥もうあれしかないでしょう
どうも、朝北優人です。遅刻の危機が再び訪れており、大変な時です。昇降口など造作もなく通りすぎていくべき通過点という訳ですが。俺はその時、自分の下駄箱の前でつっ立っていました。
――そこには、手紙が入っていたので。それには可愛らしい文字でこうありました。
“朝北さんへ。昼休みに屋上に来て下さい。大事なお話があります。”
「――ついに勝ち組決まりましたああああ!!!!」
「何してるの!?間に合わないって!!」
下駄箱を前にガッツポーズをとる俺に、彼彗が近づく。俺は慌てて手紙をポケットにしまい、彼彗とともに教室へ急いだ。
* * * * *
さて、彼彗から手紙を、遅刻から我が身を守った俺は、ポケットに入った手紙を机の下で隠しながら展開した。それにはやはり、見間違いなどではなく、屋上に来るように書いてある。
もしこれが彼彗に見られようものなら、相手の情報を徹底的に調べあげ、ぐちぐちとうるさくなるだろう。俺の可能性を揉み消されてたまるものか。
それにしても一体誰なのだろう、俺にこの手紙を書いたのは。差出人の名前が記載されていないので、知りようがないのだ。俺にはこれまで女子と親しくした記憶はない(彼彗の世話焼きを除く)。
となれば、一目惚れか?入学した時から好きでした!‥‥‥とか?フフフ‥‥‥って、いかんいかん。
とにかく、俺にもようやく青春が訪れるらしい。
* * * * *
昼休み。俺は普段――というか一度も訪れたことのない屋上へ足を踏み入れた。
そこは見晴らしがよく、全身で感じる風が気持ちいい。視界の大半を占める青空と屋上との間に、風にそよぐ一輪の花ように、少女が静かに立っていた。
透き通るような緑髪は彼女の表情を隠し、後ろは二つに束ねてある。幼い容姿の彼女には広すぎるような屋上に、少し肩を縮めている。
制服が舞彩と同じ‥‥‥ということは、中学生だ。一体どこで俺のことを――と考えていると、少女は俺に気づき、小さい歩幅でこちらに駆けてきた。
俺の前に立つと、少女は視線を落として、もじもじとしながら小さい声で話し出した。
「‥‥‥あ、あの、朝北優人さん‥‥‥ですか?」
「あ、ああ。手紙をくれたのは君だろう?話って?」
俺はまるで何も知らないように答えた。あぁ、なんだこの胸の高鳴りは‥‥‥。少女の恥じらった様子が、さらに緊張感を高める。
「えっと‥‥‥その‥‥‥」
少女はなかなか言い出さないが、俺は急かさない。これが一世一代、前にも後にもない機会かもしれないのだから。しっかりと、耳を澄ます。そのセリフを生涯記憶に留めるために――
「――――パンツ返してください‥‥‥!!!!」
――あぁ、なんて良い響きだろう。恥じらう彼女が一度に言い切ったそれは、やはり恥じらいに満ち、その容姿からは連想できなかった"パンツ"の三文字は、俺の耳にも脳にも大きな衝撃を与えた。
「‥‥‥君の気持ち、ちゃんと伝わったよ。パンツを‥‥‥って、パンツ!!?」
俺の脳は一体何を勘違いしていたのだろう。そう、少女は俺に、愛の告白などではなく"パンツを返せ"と言ったのだ。そしてその言葉は、俺にとある出来事を思い出させてくれた。
脳裏で再生されるのは、昨日の放課後、暗がりで俺とぶつかった少女が急に"何か"を渡したこと。――つまりはそういうことであった。
「もしかしてっていうか、もしかしなくても昨日の子!?」
「‥‥‥はい」
俺が事態を理解したからか、余計に少女――すなわち雪江さんはもじもじし出した。俺はすぐにポケットからハンカチのようにていねいに折り畳んだそれを取り出した。
「よ、よかった!俺も昨日から探してたんだ、君のこと」
そう言ってそれを返すと、雪江さんはしばらくそれを見つめて。
「‥‥‥何かしましたか?」
「してないよ!!」
――それから雪江さんは昨日のことを話してくれた。水泳のときに制服のまま滑って転んでしまい、下着を濡らしたので、保健室で処置してもらい、洗ったそれを持って帰るつもりだったらしい。
「舞彩ちゃんの手伝いをして、帰ろうとした廊下で、朝北優人さんにぶつかって‥‥‥」
「気が動転しちゃったのか」
俺の言葉に雪江さんはコクりと頷いた。
「襲われるのかと思って‥‥‥」
「なんで!?」
それであんな行動に出てしまったと。悪漢に思われたのは痛いが、まぁ問題が解決してよかった。
一連の話が終わり、話題は雪江さんと舞彩のことになった。
「舞彩と仲良くしてくれてありがとう。あいつなかなか不思議な思考してるから、ちゃんと友達が居るのか心配だったんだ」
「‥‥‥い、いえ。舞彩ちゃんは‥‥‥すごく良い人です」
――最初会った時は変な子だと思っていたが‥‥‥なるほど、類は友を呼ぶとはこういうことらしい。良い友達を持ったな、舞彩。