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1. 遅刻間際にパン咥えてダッシュしたら絶対こうなる

「結局余っちゃったね、パン」


 直に沈むであろう夕陽を前に、俺の隣で舞彩は苦笑混じりに言った。俺はというと、スティックパンが大量に入ったビニール袋を両手に抱えていた。これが意外や意外と重いのだ。


「さすがに買いすぎだったな。これでも猛に半分分けたんだけど‥‥‥」


 半額と言っていたが、この半分でもかなりの量だ。妹の財布は悲鳴を上げているのではないか?そんな心配をしながら、俺たちは暗がりの道を進んでいく。


「ねぇねぇ、にい」


「ん?」


「――好き?」


「えっと、何が?」


「だぁかぁらぁ、好き?」


 舞彩の意味不明な質問。しかしどうにも、舞彩は顔を赤らめて必死のようであった。直接言えないこと。――すなわち、自分への愛を確認したいのか!舞彩の意思を汲み取れなかった兄を許してくれ!もちろん俺はお前が――


「好きに決まってる!」


 気づけば俺は足を止めて、舞彩を見つめて答えた。舞彩が赤面したまま視線を下に落とす。やがて、俺は自分で言ったことが"そういう意味"にも取れることを理解した。


「あ!いや、そういうことじゃなくて!愛を込めてるってことで!別にそういう意味で言ったんじゃ――!!」


「大丈夫だよ、にい。ちゃんとにいの気持ちは伝わったから。不安だったんだ。最近、にいが興味なさそうにしてたから」


 舞彩‥‥‥。俺は知らぬ内にそんなにもお前を傷つけていたのか!!


「俺はこれまでもこれからも舞彩――ぐあっ!?」


 俺は何かに口を封じられた。これは――


「にい、ありがとう。これまでもこれからも、菓子パンを愛し続けてね♪」


 俺はなぜかスティックパンを咥えさせられていた。やや目を薄め、両手にスティックパンを握る我が妹。その手を俺の口に近づけて。


「‥‥‥ふぇ?」


 スティックパンを何本も押し付けられ――――――――――――




「――――ああああああああああああっ!!!!」


 俺は自室のベッドに座っていた――否、たった今飛び起きたのだ。



 *  *  *  *  *



 どうも、朝北(あさきた)優人(ゆうと)です。只今絶賛ランニング中です。朝食も兼ねてのランニング。制服なので暑いったらありません。そんな状況でどう朝食を平行しているのかって?


 もちろんパンを咥えているんだよ。チョコチップ入りの、スティックパンをね。



 ――腕時計を確認すると現在八時十五分。あと五分以内に教室に入らねば遅刻だ。俺はパンを食べながらということもあり、かなり息を切らしていた。しかし足を止める訳には行かない。このままならあと三分程で校舎に足を踏み入れることができるのだ。


 何度も肩から落ちようとする鞄の持ち手を支え、全力疾走。次の四つ辻を過ぎれば、いよいよゴールだ。俺は無我にその一点だけを目指した――――


「きゃっ――!?」


 ――突然の悲鳴の後、俺の時間の流れ――というよりは頭の回転率が大きく変わった。その刹那に起こったことを、視覚をはじめとする五感を通して脳がスロー再生する。


左の角から、見覚えのあるセーラー服をなびかせた少女が現れたのだ。全力疾走であり、驚くことで精一杯。無論、俺にも為す術はなく、少女と勢いよく接触。


まず感じたのは、優しく包むような柔らかい感触である。それにより俺は鞄を支えていた手が離れ、鞄が飛んでしまう。そして、互いに額をぶつけ、反動に痛む。


一方で、嗅覚は甘い香水のような香りに襲われ、驚きの中でもつい油断が垣間見える。


そして倒れる間際、俺の目の前に居た少女の表情が分かる。それは、自意識がしっかりしていながらも、どこか幼さを思わせる――一言で言えば、可愛かった。


――――どうやら遅刻は免れない。


「大丈夫ですか‥‥‥って」


 俺は自分の頭を押さえながら声をかけたが、その少女は。


「あわわわわわわわ‥‥‥!!私が遅刻!?あり得ないあってはいけないのに!!みんなから白い目で見られちゃう!!」


「‥‥‥大丈夫‥‥ですか?」


 痛みというか別の意味での痛みを恐れているようだった。しかしこの子、同じ学校の生徒のようだがどこかで見た気が‥‥‥。


「言ってる場合じゃないわ!あなたも遅刻でしょう!?さあ早く、学校へ急ぐわよ!!」


 手早く自分の鞄を拾うと少女は俺の手を掴んで引いた。俺は驚きながらも立ち上がり、鞄とスティックパンを拾って走り出した。


 スティックパンを食べながら、そして走りながら、目の前の少女を見つめる。明るい茶髪のもみあげとポニーテールが風に流されている。そこからはほんのり甘い香りがした。というかいつまで俺の手を掴んでいるつもりだろう。悪い気はしないから言わないけど。



 *  *  *  *  *



 八時二十二分。昇降口につくと、ようやく少女は手を離し、くつを履き替えた。俺も靴を下駄箱に入れ、シューズを取り出す。それを履いていると。


「ほら、早く!」


「ちょ、え!?」


 少女はまたも俺の手を引き、走り出した。そして一年の教室が並ぶ廊下をかける。そこで俺は思い出す。彼女が同じクラスの生徒であることを。少女は勢い良く教室のドアを開けた。


「遅れてすみません!!」


「お、遅れてすみません」


 彼女につられて言う俺。クラスメイトの視線が集まり、担任の女教師は目を丸くしていた。


「二人とも珍しいな、遅刻とは。まぁ席に着け」


 そう促され、俺と少女は席に着いた。――って‥‥‥あれ?


 俺は右を向いた。少女は俺の隣の席に着いた。‥‥‥そういう展開ですか。

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