0. こんな生活も悪くないはず‥‥‥
フラグは立てていくのにゴールにたどり着けない迷走ラブコメディ!少年の手を握ってくれるのは一体誰なのか。
まったりほのぼの書いていきます。
《この0話の最後には表紙風の挿絵がありますので、ぜひご覧下さい!》
高校生。十代の若者が当たり前に、しかし思いを交錯させながら、広いような狭いような教室で日々の大半を送る。その思いによってはとても近くて狭く、また、遠くて広く変貌するその立方体の中で、学生たちは何のために何を想うだろう。
百年人生でたった三年の、青春の際骨頂だと俺は考えている。二度と戻ってこない三年間なのだから、怠惰に過ごしていて良いはずがない。
――はずがない、のだが‥‥‥。七月の初め。俺は1ーBのプレートがついた教室の左最後部で、数学のノートと向き合っていた。翌日分の予習をやっているのだ。
別に優等生気取ってる訳じゃない。ただ家よりかここで勉強した方が集中できるから、そうしてるだけだ。おかげで成績順位は常に三百の内の二桁をキープしている。
別に友達がいない訳じゃない。ちゃんと別のクラスに一人居る。それにだ。この高校には中学校が附属している。そこには俺の一つ下で愛しき妹が居る。俺はボッチじゃない、決してだ。
俺は今の生活に満足している。毎日誰と話す訳でもなく、ひたすら次の日次の日と予習課題をこなし、飯食って風呂入って寝るの繰り返し。そう、俺はこのまま三年間を過ごして――
――良い訳がない!!!!
貴重な三年間だぞ!?人々が一時的に現実から目を反らして娯楽として嗜むマンガやアニメだって、高校生主役のアオハルがベターだっての!何の下心を示すことなく女子高生と共に過ごせる高校生活がここにある!それをこんな無機質なリピート生活で終わらせてたまるか!!
気づけば俺は数学のノートに"青春"の二文字をひたすら書き連ねていた。窓から吹く穏やかな風が、カーテンを揺らし、俺を撫でる。程好い西日に照らされ、欠伸を一つすると、俺はノートを閉じた。
やはり自分から動き出さねば、未来は変わらないのだ。
俺は席を立った。辺りを見渡す。黒板で下らない落書きをしている男子ら、机を向かい合わせて談笑する女子ら。‥‥‥介入の余地がない。
「さて、そろそろ五限目が始まるな」
――やはり唐突にイベントを起こすのは無茶だ。そう言い聞かせ、俺は五限目の授業の準備をした。
* * * * *
放課後、俺はとある教室へ移動した。人気のない、使われていない教室が並んでいる棟に、そこはある。
影がかった廊下を少し行くと、照明の光が漏れ出す教室。本当に不気味なところだ。
〈菓子パン研究同好会〉
手書きでそう書かれた紙が貼ってあるドアを開ける。そこには、何かが入っているであろういくつかのビニール袋を、六つほどくっつけられた机に置く少女の姿があった。
身長150センチ程で膨らみかけの胸、青い癖毛のショートヘアーをたなびかせ、彼女はその小顔をこちらに向けた。
その瞬間、少女は目を輝かせる。彼女こそ――
「もう来ていたんだな、妹よ」
「にいにい!すごいよ!今日はパンが安売りだったんだよ!たくさん買ってきちゃった!」
妹、舞彩はぴょんぴょんと跳び跳ねる。スカートが揺れ、白い脚の肌が露になったり隠れたり。ああ女神よ。――俺は微笑み、教室に足を踏み入れる。
「で、今日は何を研究するんです、舞彩先生?」
舞彩は満足そうに袋からパンを取り出し、俺に見せた。
「じゃーん!チョコチップ入りのスティックパンです!」
袋が倒れ、全く同じスティックパンがいくつも机に展開される。それには一つ一つ、半額のシールが貼ってある。
「先生、サンプリングしすぎでは‥‥‥」
「えへへ‥‥‥」
俺たちは向かい合わせで席につくと、早速一つのスティックパンを開封する。
「おお!チョコの香り!これぞ菓子パン!」
脚をばたつかせながら舞彩はスティックパンを一本手に取った。俺も一本手に取って。
「それでは‥‥‥」
「実食!」
一斉にパンを頬張る俺たち。
「ふんふん‥‥‥。ふぉれはふぁんのふぃじとひょこひっふがふぁーもふぃーをふんでふぃるんふぁね!」
そう、この同好会は、純に菓子パンを堪能するだけのものなのだ。これを立ち上げたのは舞彩。俺は妹に誘われ、暇だったので参加している。
「そう慌てるなって。呑み込んでからでもちゃんとにいはここに居るぞ」
舞彩は満面の笑みをこぼす。俺は毎日、このために生きているのだろう。
――ガラガラと、教室のドアが開く音。そして
「おいおい、もう始めてんのかよ。俺も混ぜろよ!」
がたいの良い男子が立っていた。彼こそ、俺の唯一の友達、湊猛である。
小学校からの同級生で、もちろん舞彩も知っている。元々運動部に所属していたが、あまりに成績が悪くて高校ではどこの部からも断られたんだと。それで人数が乏しいこの同好会に引き入れたのだ。
「おお、スティックパンじゃん!これ小学生のときに弟たちと取り合ってたなぁ!闘争本能くすぶるぜ!」
「お前何歳児だよ。まぁ心配せずともたくさんあるさ」
「やったぜ!」
「「はははは」」
――別に、こんな生活でも悪くないのではないか。勉強する訳でも、まして運動する訳でもなく、他愛もない会話をして時間を潰す。悪いことじゃないはずだ。‥‥‥でもやっぱり。
俺は窓から夕日を眺めた。
やっぱり、もっと青春したいなぁ。――そう思うのであった