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水の炭火焼

「俺は困惑した表情で水を箸で掬って口に運んだ。ん? あれしまった。動揺しすぎて、思わず、頭の中で思ったことを言っちまった」

「いいから早く食べて!」

あなたは箸で水を掴もうとした。が、当然掴むことなどできない。細い木彫りの箸の上を水がすり抜けて皿に戻るだけだ。だがそれでも構わずそれを口に運んでみた。

「ん? む? なんだこの味? これ、水のソテーか? 水を油で焼いて、ソテーにしてある。それにこの水のステーキにはタレとして水がかかっている!」

「ご名答!」

そう言いながらアリシアはせっせと水のソテーを口に運んでいる。


あなたはもう一度水のソテーに箸を突っ込んだ。今度こそ食べたい! すると、今度は、はっきりと箸でつかむことができた。まちがいない、俺は今、箸で水を掴んでいる。

俺は箸で掴んだ水のソテーをまじまじと見た。透明なゼラチンのような水の塊に俺の顔が反射して、驚愕の表情を浮かべていることが伺えた。

「うわっ! すごい! すごすぎる! なんだこれ! 物理法則なんてまるっきり無視じゃないか!」

そう言いながら俺は箸で水のソテーを口腔の中に突っ込んだ。すると今度は口の中で水が熱を放つのだ。鉄板で激しく熱せられた水を舌が感知した。舌の上で水の旨味が溢れて止まらない。この水は肉よりも肉らしい。


俺は恐る恐る水のソテーを歯で噛み砕いた。歯ごたえのある感触が顎の間に産み落とされる。快音を脳内に響かせながら、確かな食感を感じる。脳の中が情報の濁流に飲まれて混線を起こしている。

「なんだこれ! 水のステーキだ! すごい、水って肉なんだな!」

俺は意味不明な言葉を発した。だが、美味い。それに水は肉だ。これは事実だ。


水のステーキは、しっかりと塩味が効いていて、歯ごたえも十分。こんなに美味い水を食べたのは人生初めてだ。この世界に来てから俺のテンションは絶頂の最高潮を迎えた。激しく心臓が歌い、皮膚が焼けるように燃えている。

「すげー! 異世界って面白い!」

俺は陳腐な表現しか出てこない自分が逆に魅力的に思えた。もうどう形容していいかわからないほど困惑している。

「でしょ! さ、もっと食べて!」

そして、俺は次の皿に視線を移す。その皿には、水の中に動物の骨のようなものが一本だけ浮いている。まるで水死体が浮いているみたいだ。


そして、その骨つきの水を掴むと、

「こ、これは、水でできた骨つき肉だ! つまり骨つき水だ! 野生の水を獲ってきて、殺して、骨ごと調理したんだな!」

「そうよ! この世界だと普通よ!」

「すげー。すげーよ。骨に肉として水が付いている。まるで水の骨を掴んでいるみたいだ!」

そして、俺は勢いよく白い骨が突き出たただの水にかぶりついた。

「うん! 美味! まるで水でできた豚か何かを殺して骨つき肉を水で作ったかのよう! 透明で淡白な見た目からは想像できないほど肉厚でジューシー。これは水と骨の協奏曲だ!」

俺は、水肉を勢いよく噛み砕いて、次の皿に視線を刺す。

「これは七輪?」

目の前には轟々と火が燃えている七輪が置いてあった。そこに、先ほどのメイドがやってきて、

「まさか!」

「お料理、お焼きしまーーーすっっっっ!」

と、勢いよく七輪に水をぶっかけたのだ。水は七輪内部の炎に接触し、その火を鎮火した。

『何を考えてんだ、あんた!』という台詞は今の俺の口からは出ない。今日一日で様々なことを経験してもう怖いものなどないのだ。

「ありがとうございます!」


そういって、黒い煙を放つ七輪の網に付着している僅かな水を箸で掴んで口に運んだ。

「なんだこの匂い? これは焦げ? いや炭か! この水、炭部焼きだ。この料理は水の炭火焼だ!」

俺は、アリシアと一緒に再度七輪に火をつけて、水を焼いてみた。水が油を放ちながら七輪の上でみるみる焦げていくのだ。固形化した水の塊は、鶏肉のように黒く変色していく。水からは炭部焼きのいい香りが広がる。心地よい香りは俺の食欲を煽った。


そして、

「「いただきまーす!」」

俺はアリシアは無我夢中で七輪の上で焼かれている水にかぶりついた。口の中では、質量を孕んだ水がその存在感を嫌という程放つ。俺は水を音が立つほど激しく口で噛み砕いた。噛めば噛むほど中から肉汁のようなものが溢れて止まらない。炭火焼きされた水は、炭の香りと共に、直接脳内に快感をぶち込んでくる。

「水を炭火焼にしたの初めてだ!」

「ふふん。美味しいでしょう!」

と、満足げなアリシア。まるで自分が作ったかのようだ。

朝飯を夕方に食い終えた俺は、

「今日はどんなありがちな展開があるんだ?」

「うーん。そうね。ありがちにダンジョン探索か、ありがちにモンスター討伐か、ありがちに魔王を殺すか、ありがちにラ」

アリシアが全部言い切る前に、

「ラッキースケベで!」

ラの一文字だけで瞬時に悟ったあなたは、東大クイズ王がひくくらいの早押しをした。

「え? なんで一文字だけでわかったの?」

「ラッキースケベで!」

あなたは胸が高鳴った。踊った。踊り狂った。まるで胸の中に打ち上げ花火が上がったようだ。華やかな色合いが心を飾る。

「わかった。わかった。落ち着い」

「ラッキースケベでっ!」

「じゃあ今からラッキースケベイベントに遭遇しに行きましょう。あれ? あなた?」

あなたはアリシアを置いて万里の長城を駆け抜けた。


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