まるっきりパクったようなありがちなパチモン
あなたは地べたに近づくと、不思議な力でスピードダウン。そして、異世界の大地に降り立った。
そこにはたくさんの人が待っていてくれた。
「「「「「ようこそ! 異世界へ!」」」」」」
ファンタジーの世界でありがちな長い耳を持った妖艶なエルフ。ファンタジーの世界でありがちな屈強な肉体を持つミノタウロス。ファンタジーの世界でありがちな大人の色香を纏ったサキュバス。ファンタジーの世界でありがちなリザードマン。
(ありがちなやつらばっかりじゃないか)
と、あなたは心の中で思った。
「こんにちは! 異世界へようこそ! あなたの名前はなあに?」
ありがちなやつらの中から、黒髪のヒロインっぽい女の子が出てきた。普通の黒髪ストレートを普通に後ろに流している。そして、ありがちだが顔面が異常に整っている。こんなレベルの美人がいたら暴動が起きそうだ。あなたが一生で出会った全ての女性(芸能人、モデル含む)の全ての妖艶さと全ての美しさを掛け算してもまだ足りないくらい可愛い。美しさと可愛さと可憐さと清純さと妖艶さと清潔さと純粋さが全て同じマンションに同居しているようだ。もう本当に可愛らしい。加えて見るからに性格が良さそうで、あなたにだけ優しそうだ。さらに頭も良さそうでおしとやかで服装の可愛くて、お金持ちそうだ。
(このヒロイン、完璧の何乗だ?)
と、あなたは心の中で思った。それと同時に、このヒロインがありがちなパターンでいくとすぐに自分にベタ惚れしてチョロインになることも想像した。あなたは心の中で舌なめずりをした。
あなたはあまりにも可愛いヒロインに出会い、ぼう然とその場に立ち尽くす。そんなあなたに、
「あの、あなたの名前はなあに?」
ヒロインが話しかける。あなたは自分の名前をヒロインに伝えた。
「そう! いい名前ね! これからあなたはこの“人生に疲れた人が来る異世界”で新しい生活を始めてもらうわ!」
「これからよろしくね!」、「初めまして!」、「真面目そうな人だね!」、「わからないことがあったらなんでも聞いてね」、「異世界人らしい素敵な名前ね」、「よろしくっ!」
異世界の住人たちはあなたのことをもてなし、歓迎した。あなたは辛かった日々を思い出す。誰からも受け入れてもらえずにずっと苦しかった。いつか幸せになれる。いつかこの地獄から抜け出せる。あなたは今までの辛かった日々がようやく報われたような気がした。
幸福を噛み締めて、忘れていた笑顔を取り戻したあなたに、
「この世界ではあなたに魔法剣士になってもらうわ!」
「魔法? 俺も魔法を使えるようになるの?」
あなたは頭の中に魔王剣士になった自分を思い描く。かっこよくて最強で最高だ。
「ええ。もちろんよ! ちょっと修行すればすぐに誰でもできるようになるわ!」
「じゃあモンスターを退治したり、パーティーを組んだり、ダンジョンに行ったり、魔王を倒したりするの?」
あなたはヒロインの肩を掴み、ガクガク揺らしながら嬉しそうに嬉しそうにまくし立てた。
「え? なんでわかったの?」
「それは俺が異世界転生もののラノベが大好きで仕方がないからさ!」
「異世界転生もののラノベ? あなたが何を言っているか全くわからないけど、早速あなたがこれから住む場所に向かいましょうか。それと私の名前は、アリシアよ」
「ああ。よろしく! アリシア!」
あなたは最高の笑顔をくれたアリシアに最高の笑顔を返した。忘れていた大切な何かがあなたの体の中に入り込んでくる。もどかしいほどの幸福感がオーラのようにあなたを抱きしめる。優しくて暖かい。あなたの胸は溶けた蜂蜜のようなものに満たされた。
そして、なんやかんやあって、いろいろわちゃわちゃして街に着いた。そこは、先ほど上空から見た巨大なカニ型モンスターの甲羅の上だった。あなたはカニの足から何とかして登ったのだがそのシーンは省略する。
カニは背中にあなたを乗せて豪快に、だけど繊細に歩いていく。上空数百メートルの位置から見渡す異世界は、極彩色のパノラマ。あなたが今まで見てきた全ての景色よりも華やかに色づいていた。
網膜に切り取られた風景は、カニが歩くたびに上下に揺れる。
「さ! 着いたわよ!」
あなたはカニの街に着いた。カニの街はありがちな中世ファンタジーの世界を丸パクリしたような様相だった。というかよくある感じのありがちな異世界ファンタジーのテンプレみたいな街をそっくりそのままコピペしたような街だった。
もう情景描写など省いてもいいのではないだろうか? そう思うほどありがちだが、一応情景描写もしておく。
街はぐるっと一周、石造りの塀で囲まれている。ありがちなモンスターたちから身を守るためのものだろう。石はごく普通の灰色の石でできている。いかにも中世っぽい街だ。中世の街をカニの上に乗っけただけだ。それだけだ。
「早速だけど街の中を案内してあげるわね」
ヒロインのアリシアはあなたの手を取って街の中を案内してくれた。彼女の手はスベスベで優しくて白くて暖かかった。一切手汗などはかいていなくて清潔でまさに理想の右手だ。あなたは助平心を押し殺すことなどなく全開のフルスロットルで、アリシアの手の感触をたっぷり堪能した。
街の中を歩くと、あなたは呆然とした。
「え? なにこの異世界っ? さっきまであれだけありがちだったのに! 全ての設定がまるパクリのパチモンみたいだったのに!」