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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第1章 復讐の王太子
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8.「謹慎」

 ●【8.「謹慎」】


 状況は最悪だった。

 圧倒的に数が多いのはこちらなのに、たった十人やそこらの盗賊団の男たちの要求に従わなければならない状況になってしまったのだ。

 国宝と人質をとられていてはへたに動けない。


「魔道でなんとかならないのか!」

 カイエは焦って黒衣の魔道士の一人につかみかかった。

「申し訳ありません、殿下」

 黒衣の魔道士は首を振るばかりだ。


「せめてあの術をつかえたらな……」

「馬鹿、あれは絶対使っちゃいけないんだ。それに、俺たちのレベルじゃ無理だ」

 カイエの後でひそひそ話す魔道士たちの会話をカイエは聞き逃さなかった。

「あの術って何だ?」

「火炎流っていう強力な攻撃術があるんですが……」

 一人の魔道士が言った。

 火炎流……聞き覚えのある名前の術だった。

「魔界の火炎を呼び出し、善なるものを護り、悪意ある者だけを焼き尽くすという強力な術なんですが、使ってはならない禁忌の術とされているんです」

「そんなすごい術なのに、なぜ使っちゃいけないんだ?」

「それは……」

 魔道士たちは返答に困っていた。


「殿下。あまり魔道士たちを困らせてはいけません。まずは対策を考えねば」

 エフィが割り込んできた。

「お前達、持ち場へもどりなさい」

「はい」

 助かったとばかりに二人の魔道士は持ち場へ戻った。


 にらみ合いはまだ続いていた。

 盗賊どもに既に逃げ場はなかったが、すっかり開き直った彼らは大胆な要求を突きつけてきた。

 人質および国宝と引替えに自分たちの安全を永久に保障し、ミヅキ国内では彼らを拘束しないという念書を王太子の署名を添えて渡すよう要求してきたのだ。


「そんなことできるものか!」

「この女を殺されたくないだろう?」

 ピノに竜眼の剣を持たせ、ニーノはマリカを自分の腕の中に抱え込むと、彼女の喉に鋭いナイフを押し当て、少しだけ引いた。

 マリカの白い首筋に血が一筋流れる。

「マリカ!」

「殿下、私はどうなっても構いません!お願いです、絶対にそんな要求きかないでください!」

「黙れ!このアマ」

 ニーノはマリカの首をグッと締め付る。マリカは悲鳴こそあげなかったが、とても苦しそうな表情を見せた。

「それ以上マリカに何かしたら許さないぞ!」

 カイエは叫んだ。

「だったらおとなしくいうことを聞いちゃくれんかね?王太子殿下」

「早くいい返事を聞かせてくれないと、この可愛いお嬢さんが死んじまうぜ」

 ニーノはニヤニヤ笑いながら、さらにマリカの首に力を込める。

「それだけじゃないぜ!」

 ニーノの横にいたピノが竜眼の剣を掲げながら叫ぶ。

「お前らが親分の言うことを聞かないときは国宝の剣も叩き壊してやる!」


 竜眼の剣は実用品ではなく儀式用の宝飾品だ。

 剣を形作っている紫水晶の結晶はとても脆く、少しの衝撃でも欠けてしまう。


 何もできないのか……マリカ一人を助けることすらできないこんな情けない僕が、国を統べる王に即位することなどできないんじゃないのか?

 チリチリとした焦りと、恐ろしいほどの無力感がカイエを襲う。


 力が……力が欲しい。

 僕の中には本当に王の器たる力量があるのだろうか?

 カイエは拳を握りしめたまま俯いた。


 その時、カイエの脳裏にある言葉が浮かびあがってきた。

 その言葉を彼は知っている。

 まるで美しい詩のような、それでいて力のある言葉が。


 カイエは無意識のうちに、脳裏に浮かんだある言葉をぼそぼそと低い声でつぶやき始めた。


「魔界の業火、罪びとを焼く地獄の炎、死者を清める永遠の炎……我が要求に応えよ……魔界の炉より出でませ、炎の主……」


 次の瞬間、突然青白い炎がニーノの真下から噴出した。


「ぎゃあぁっ!」


 ニーノの体はあっという間に突然出現した青白い炎に包まれる。

 マリカは驚いたようにその場に力なく座り込む。

 しかし、炎に触れても彼女の体には傷ひとつつかなかった。


 炎はニーノだけでなく、ピノをはじめとする盗賊団の男たちに次々と襲い掛かった。


「うわぁぁっ!」

「熱い!体が焼ける!!誰か!!」


 この光景を見て驚いたのは魔道士たちだった。


「火炎流……誰だ!あれを使ったのは!」

「早く消さないと盗賊団のやつら、皆死んでしまうぞ!誰か水を持って来い」

「だめだ!あれは魔界から呼び出した炎だ。水なんかで消えるものか!」

「誰かラドリ様を呼んで来てくれ!あの術はあの方しか扱えない!」


 背後で魔道士の一人が表に向かって飛び出していく。


 カイエはこの光景を見て恐怖に怯えていた。

 炎の中で焼け爛れていく体。

 苦しみ、のた打ち回る男たち。

 これほどの強力な術だとは思わなかった。


 魔界の炎は罪人の体をゆっくり苦しめながら焼く。

 激しい痛みと苦しみを、長びかせつつ。


 ほどなく、ラドリが到着した。

 ひと目で状況を把握した黒衣の魔道士は穏やかな声で詠唱をはじめた。


「魔界の炉より出でたる炎の主、我が請願を聞き給え。契約は潰え、罪びとは許された。契約の女神の名において命ず。炎の主は魔界の炉へ」


 ラドリの詠唱が終わると同時に、炎は一瞬でかき消された。


「治療術士、怪我人の手当てを」

 ラドリが命じると治療術士達が怪我人の元へゆき、さっそく治療を始めた。

「さて……」

 ラドリは魔道士たちを見渡し言った。

「禁忌とされている火炎流を使った者は誰ですか?」

 魔道士たちは一斉に首を横に振った。そんな中、ラドリは俯いているカイエの姿を見つけた。


「殿下……長文詠唱系スペルを私はいつ殿下にお教えしましたかな?」

「いえ。習っていません」

 カイエは肩を落としてうなだれている。


「もしや、魔道大全をお読みになられましたか?」

「……はい」

「そうですか……」

 ラドリは小さなため息をつく。


「ラドリ先生……僕、どうしてもあいつらが許せなかった……」

「わかっています……そのお気持ちはよくわかっていますよ。殿下」

 ラドリは怒ってはいなかったが、とても残念そうな顔をした。それがカイエにとってはとてもきつく感じた。


 先生は僕に失望している。

 カイエはそう感じていた。


「申し訳ありませんでした」

 カイエは俯いたままだ。


「火炎流がなぜ禁忌とされているかご存知ですか?殿下」

「いいえ」

「あれは、魔界の炉にある魔界の炎の主と契約する秘法です。一度契約すると、魔界の炎は使用者が敵と認識する者全てを容赦なく焼くのです。魔界の炎に焼かれた怪我は、普通の火傷とは違いそう簡単には癒えません、いつまでも痛みが続き、一度焼け爛れて崩れた皮膚はどんな回復魔道を使っても元には戻りません。相手の命が尽きるまで苦しめ続けるのです。それゆえ、火炎流は禁止しているのです」


 ラドリの言葉を聞いて、カイエはひどい火傷に苦しんでいるニーノたちの姿をちらりと横目で盗み見た。

 盗賊たちは皆、のたうち回りながら苦しんでいた。


「知らなかったんです……こんなことになるなんて」

「起こってしまった事はどうしようもありません」

 ラドリは静かにそう言った。

「はい」

「我が魔道士団には厳しい規律がございます。殿下も魔道を学ぶ身なればそれは理解しておられますね?」

「はい」

「殿下は規律に違反なさいました。許可なく禁忌の法を使用したことです」

「はい。わかっています。僕はどんな罰でも受けます。先生」

「よろしい。では、殿下はこれからすぐに『瞑想塔』へ赴いてください。殿下には瞑想塔にて七日間の謹慎をして頂きます」

「わかりました」

「では、今よりすぐに瞑想塔へ向かってください」

「……今から……ですか?」

「今すぐに、です」

 いつも優しいラドリの声は、珍しく厳しかった。

 カイエはラドリに促され、のろのろとした動作で出口へ向かった。


「カイエ殿下!」

 マリカが駆け寄ってきた。

「私なんかのために……申し訳ありません」

 マリカは泣きながらひれ伏した。

「マリカ……泣かないで。僕はマリカが無事だったらそれでいいんだ……」




 王宮の北の端に位置する『瞑想塔』は、魔道士団が管理する建物だった。

 主に、精神修養のための瞑想に利用する場所だが、規律を破った者の処罰に使われることもある。


 塔の一階に到着すると、詰所から本日の当番の魔道士が現れた。

 カイエに従ってきた魔道士がラドリの伝言を当番の魔道士に伝えると、当番の魔道士はうなづき、カイエの前に進み出た。


「ご案内いたします。こちらへどうぞ。殿下」



 白衣の魔道士はランプを片手に、薄暗い塔の階段を先に立って登ってゆく。


「こちらです」


 カイエが通された部屋は、家具も何もない小さな石造りの部屋だった。

 鉄格子の嵌った窓からは暖かな太陽の光が入ってきている。


「殿下はこの部屋で七日間をお過ごし頂きます。部屋の中央に描かれている魔法陣の中へお入り頂くと、期限の時間が来るまで外界との接触は一切絶たれます。音も光も入りません」


 冷たい石の床には白い塗料で直径一メートルほどの大きさの魔法陣が描かれていた。

 魔法陣の枠には古代ソーナ語で魔を除けるまじないの言葉がびっしりと隙間なく書かれている。中央にはソーナの紋章の木の葉と、交差された二本の剣の絵が簡略化されて描かれている。


「その魔法陣の中にいると、空腹にならず、喉も渇きません。眠気や排泄などの全ての生理的な欲求も一切おこりません。殿下はその魔法陣の中で七日間じっくりと反省をなさるようにとのラドリ様よりのご伝言です」

「わかった」

「では、七日後にお迎えにあがります」


 魔道士が部屋を出ると、カイエはゆっくり魔法陣の中に入った。


 突然あたりは真っ暗になり、音もなにも聞こえなくなった。

 カイエは魔法陣の中に膝を抱えて座ると、静かに目を閉じたのだった。





 カイエが『瞑想塔』に行ったあと、近衛兵たちに事後処理の指示ををしながらエフィはラドリに話し掛けた。


「七日の謹慎は少し厳しすぎやしませんか?ラドリ様」

「いいえ、エフィ殿。殿下には魔道の恐ろしさを理解していただかなければなりません。憎しみの心をもった者が魔道を使えば、それは邪悪にほかならない。しかし、殿下は聡明なお方です。きっとおわかり頂けると私は信じております」

「そうですね……」



 会話する二人の様子を見ていた者がいた。

 ジャノ・ヒノキだ。

 彼は誰にも気付かれないようにそっと抜け出すと、宮殿の門前に立っていたロニル・ハコベに小さな紙切れを渡して去った。


 ━━━━━━━ 王太子殿下は七日間の謹慎のため瞑想塔にいる。話すチャンスがあるのは謹慎を終えて出てくる時だろう。━━━━━━━


「そろそろ、仕掛けるとしますか……」

 ロニルはにやりと笑った。




『赤鷲』のメンバーは全て捕らえられた。


 城下町のアジトに隠れていた者たちも、次々に捕らえられ、『赤鷲』は壊滅した。

 セリアの怪我はかすり傷で、たいしたことは無かった。

 ただ、誘拐されたことや、暴行されそうになったショックは大きく、セリアは精神的に酷く衰弱していた。

 そのため来月に予定されていたホロ王太子との結婚式を延期し、しばらく北方のトトにある王族の保養地で心が落ち着くまで療養することになった。


 勇ましい立ち回りを見せたイーラは「久々に楽しい安息日を過ごしたわ」と笑って鏡湖の館に戻っていった。

 頭を殴られて意識不明だった神官長の意識はしばらく戻らなかったが、イーラが帰る頃にやっと意識が戻り、彼もイーラと共に鏡湖の神殿に帰っていった。


 タチバナ侍従長の怪我も完治し、ラワンも捕らえられた。

 今年の竜王降臨祭は波乱のうちに終わったのだった。


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