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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第4章 裁きの翼
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18.「決意」

 ●【18.「決意」】


 エーレウスがホムル軍の陣営にて、カイエとの勝負を宣言していた同じ頃、カイエもまた、エーレウスとの決着を王同士の勝負で決めるということを臣下たちに話していた。


 カイエの話が終わった後、その場は水を打ったように静まり返り、しばらくは誰も言葉を発しようとはしなかった。


 しばしの沈黙のあと、その静けさを破ったのはタチバナ侍従長だった。


「陛下。どうかお考え直しを!」


 タチバナ侍従長はすがるような目でカイエを見た。

 しかし、カイエは静かに首を横に振った。


「もう決めたことだ」

「しかし!」


 玉座の間には重苦しい空気が漂っていた。


「王同士の勝負はどちらかが死ぬまでです。陛下にもしものことがあったら私はどうしたら……」


 タチバナの声は半分涙声になっていた。

 カイエが生まれる前から王室に仕え、自分の息子以上にカイエを気遣っていた彼が、この話を聞いて平穏でいられるはずもなかった。


 しかし、タチバナがいくら悲しげに訴えても、カイエの心は変わらぬようだった。


「大丈夫だ、タチバナ。僕は絶対に負けない」

「しかし……陛下」


 タチバナの目には涙が溢れはじめていた。


「父上。陛下にもお考えがあってのことです」


 エフィが父親をなだめるように言った。


「それに、陛下の剣の腕前は私が保証します」

「それはそうだが……」


 タチバナはまだ納得できない様子だった。


「エフィ。お前はなぜ陛下をお止めしないんだ。陛下の身を案ずれば当然のことだろう?」


 タチバナは息子に食って掛かる。

 同じ主に仕え、その主の一大事だというのに、あまりにも息子が落ち着き払っているのが彼は理解できなかった。


「陛下を信じているからですよ。父上」

「私とて陛下を信じている……しかし……」


 タチバナの気持ちはカイエにも痛いほどわかっている。

 だから、カイエはタチバナに対し、何もいえなかった。


「たとえミヅキがホムルのものになっても、陛下が生きておられれば私は耐えることもできましょう。しかし、陛下にもしものことがあったら、私も生きておれません」

「タチバナ……」


 カイエはタチバナの側に近づくと、その肩にそっと手を置いた。


「父上が亡くなったあと、僕にとってタチバナは父上のような存在だった」

「そんな……そのお言葉だけで充分でございます……陛下」

「だから……だからこそタチバナには判って欲しいんだ。僕はこれ以上戦を長引かせ、民を傷つけたくないんだ」


 カイエの眼差しは優しく、しかし、決意のこもった光を宿していた。

 もう、いくら止めても無駄だとタチバナは悟った。

 タチバナはだまって俯くと、小さな声で言った。


「……ご武運を……」


 タチバナはカイエの前から下がり、エフィは落ち込む父親の背中に手をやって、いたわりながらカイエに言った。


「陛下は本当にそれでよろしいのですね?」


 カイエは無言で頷いた。


「では、私はなにも申しますまい」


 エフィはそう言っただけだった。


 勝負で決着をつけようと提案したのはカイエだった。

 エーレウスにかかった魔道の力が解けるまでの話し合いで決めたことだった。

 あの夜、エフィの姿でやってきたエーレウスをカイエはなんとか説き伏せた。


 最後まで渋るエーレウスの顔をカイエは今も忘れられない。


 親友をこの手にかけたくはない。願わくば親友の手にかかってすべて終わらせたい。

 カイエはずっと迷っていた。

 だけど、それではエーレウスの気持ちはどうなるのか?

 手を抜いて戦うことは親友を裏切ることになる。

 だから精一杯戦うと決めた。



 ━━━━━━━ 「僕らが一対の翼なら、共にあらなきゃいけない……カイエ」



 エーレウスのあの夜の言葉を思い出す。

 運命が定めた女神(デーデ)の翼である二人が共にあるためにするべきこと。


 そして、最後に彼がカイエに囁いた言葉のためにも、カイエは精一杯親友と戦わなければならない。

 最後の覚悟をした親友のために。


 エーレウスはカイエとの約束を守り、ホムル軍の本陣から使者をよこし、勝負を受けることを承諾するという正式な書面を交わした。


 最初で最後の、親友との命をかけた勝負。

 自分が勝ったらエーレウスの国の民をどんなことがあっても守る。

 そしてもしも、自分が命を落としてもエーレウスはミヅキの民を幸せにしてくれるだろうとカイエは信じていた。

 だけど、エーレウスの考えは違っていた。


 カイエに囁かれた最後のひとこと。


 その言葉を聞いたとき、カイエは愕然とした。

 大切な親友にその覚悟をさせた自分を呪い、同時に心の底からエーレウスに感謝した。

 最良にして、最も悲壮なその言葉。


 カイエは、決して後戻りをしないと心に誓ったのだ。




 その時だ。

 一人の男が玉座の間に入ってきた。


「叔父上!」

「エセル殿」

「猊下」


 生気のない顔をして、ふらふらと現れたのは、エセル・エフィニアス・ミヅキだった。


 王同士の勝負で決着がつけられることが決まると同時にアヴィエール神殿に使いの者が送られ、彼の「生命結界」を解かせたのだ。

 おそらくその足でここへ来たのだろう。

 彼の足元はおぼつかず、立っているのがやっとという風情だった。


「……陛下……」

「叔父上……このたびは本当に申し訳ありませんでした。僕が不甲斐ないばかりに、叔父上に多大なるご迷惑を……」


 カイエはエセル神官長に深く頭を下げた。


「……本当に……勝負で決着を?」

「はい」

「……なんという無茶を……」


 カイエの口から真実を改めて聞かされた彼は悲痛な表情を見せた。

 彼はカイエの表情を見てひと目で悟ったのだ。

 カイエの決意を変えることは出来ないと。


「申し訳ありません」


 やりきれない空気がその場に流れた。


「陛下は亡き兄上によく似ている……」


 エセル神官長はそう言って小さな溜息をついた。


「兄上も一度決めたら引き下がらない人だった……だけど、兄上の選択はいつも正しかった。兄上は何かを決めるときは、何度も何度もよく考えていた……だから……」

「叔父上……」

「私はただ、祈ることにしましょう」


 エセル神官長はカイエに向かって頭を下げると、静かに部屋を出て行った。






 勝負が行われる朝。


 王宮の東門で異変がおきた。


 ここを守る歩哨が何者かに殺され、東門の鍵が奪われ、開かれていたのだ。


 しかし、事件はすぐに発覚しなかった。

 歩哨は一人だけで、交代は二日に一度だったからだ。


 東門は普段は殆ど使われていない。

 門を出るとすぐ、深い森が広がっているからだ。

 広大な森は海まで続いており、そこは王族と貴族のための狩場だった。

 それゆえ東門は主に狩りのときだけにしか使用されず、普段は歩哨がたった一人で守っているだけだ。

 カイエの父の時代は狩りがよく行われたが、前国王が亡くなってからはこの門は殆ど使われていなかった。

 カイエは狩りを趣味にはしなかったし、なによりも前王があんな死に方をしたため、貴族たちも狩りを控えたのだ。


 歩哨が詰所の中で殺されたのは昨日の夜。

 事件が発覚したのは早朝のことだった。


「何者かが昨夜のうちに王宮に侵入した形跡があります」


 普段殆ど使用することがなく、また、ホムルの陣営からも遠い東門の守りは手薄だった。

「こんな大事な日に……」


 報告を受け、エフィは奥歯を噛み締めた。

 嫌な予感がしていた。


「勝負の時刻までに侵入者をなんとしてでも捕らえろ!陛下とホムル国王の真剣勝負を誰にも邪魔させてはならない!」





 エフィの焦りをよそに、王宮の大庭園には続々と人が集まり始めていた。

 勝負は一般に公開され、アヴェリアに残っていた者たちは、自分たちの運命を決めるこの王の真剣勝負を見守ろうと王宮に集まってきた。


 竜王教総本山よりの使者は、法王の勅令を持って、昨夜アヴェリアに到着していたが、この緊急事態に戸惑い、ソーナの魔道士の力を借り、通信術を使って総本山にこの事態を報告した。


 法王はエセル神官長に勝負を見守る役目を与え、勅令を破棄し、勝負を正式に承認した。

 昼前にはホムル軍の将官たちが大庭園に到着した。

 数千人を収容できる大庭園は一杯になり、庭園に入れなかった者たちが王宮のまわりを取り囲み、カイエの勝利を祈っていた。


 ホルガ医師とラルフ、そしてフェリシダドとジョアンはロップの計らいでソーナ族の見物席にいた。

 彼らはミーサが戻らないことを心配していたが、探している時間はなかった。


 ホムルの将官席にはイサノの姿はなかった。

 控え室のエーレウスはその報告を聞くと、


「伯父上は僕のこのやりかたが気に入らないんだ」


 と言っただけだった。




 ━━━━━━━ 運命の勝負が開始されるまであと、わずか一時間だった。



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