17.「運命の子」
●【17.「運命の子」】
王宮の北門でエフィとラルフたちが無事再会していたその頃、ミーサは王宮を囲んでいる塀を恨めしそうに見上げていた。
エフィの後を追って王宮の前にたどり着いたものの、ミーサが王宮に入れるはずもなく、ただ、いらいらする気持ちをかかえ、王宮の周りをうろうろ歩くことしかできなかった。
なぜ、自分は何の役にもたたないのだろう。
ミーサは自分のしてきたことを思い返す。
ホムルの王宮にいたときにも、カイエの身の回りの世話をする以外、とりたてて役にもたたず、エーレウスから預かった手紙もイサノに取り上げられてしまった。
ホムル軍の進軍を知らせることもできなかった。
いっそ馬車にはねられたときに、命を落としてしまったほうがましだったとさえ思っていた。
誰よりもあの二人の役に立ちたいのに、何もすることができない。
ミーサは酷く焦っていた。
「そこの女!じゃまだ!どけ」
ミーサの背後から馬に乗った兵の一団が迫ってきた。
慌てて、その場を飛びのくと、馬と兵士たちは王宮の門の中に吸い込まれていった。
荒々しい馬の蹄の音がミーサの無力を責め立てるように響き渡り、ミーサは思わず両耳を押さえた。
「……お嬢さん……こっち、こっち」
その時、近くで声がした。
「だれ?」
振り返ると、暗く人気のない路地の奥に小さな人影があり、ミーサに向かって手招きをしていた。
フードを深く被っており、表情はわからなかったが、声の感じからして年配の女のようだった。
「こっちへいらっしゃい」
「……私に何か御用ですか?」
ミーサは警戒した。
「ええ。とても大切な用です」
「そこからでも話せるでしょう?」
ミーサは決して警戒心を解かなかった。
ある程度の距離を保っておかないと、逃げることも出来ないからだ。
「話せなくはありませんが……大事な話をするには少し遠い距離ね」
女は困ったように言った。
しかしミーサは頑としてその場を動こうとしなかった。
「ねえ、お嬢さん……あなたの大切な二人の王を助けたくはありませんか?」
ミーサはぎくりとした。
なぜ、この人はそんなことを知っているのだろう?
彼女にとっての大切な二人の王……それはカイエとエーレウスに他ならない。
「あなたはだれ?……何を知っているの?」
「こたえなさい。助けたいのですか?助けたくないのですか?」
凛とした口調にミーサは思わず気おされる。
「……助けたい……」
「ならばわたくしを信じて、こちらへ……」
女はもう一度ミーサに手招きした。
ミーサは怖かった。
また、酷い目にあうかもしれない。危険なめにあうかもしれない。
しかし、カイエとエーレウスの役に立つことができるなら。
その思いがミーサに勇気を与えた。
「本当にあの方達を救えるの?」
女は無言でうなづいた。そして、
「あなたの力が要るのですよ」
と言った。
ミーサは覚悟を決め、ゆっくりと、女の側に近づいていった。
「さあ、もっとこちらへ来て顔をよく見せて」
ミーサは女のすぐ側にまで近づいた。
女は、顔と頭を覆っていたフードをミーサの前でゆっくりと取った。
「……あなたは……!」
輝く銀灰の髪と同色の瞳。
この場にいることがありえない人物。
「竜巫女……様……?」
「……古のさまよえる血筋をひきし運命の子よ……ああ、わたくしにはわかる。あなたこそ女神に隠されし罪深き者の筋……コンラートとセラスの遠き子よ……」
「えっ?」
ミーサにはわけがわからなかった。
ここにどうして竜巫女がいるのか?
隠されし罪深き者の筋?
コンラートとセラス……?
「裁きの翼を宿す女神の拠りしろの子……隠されしベルガーの娘……探しました……そして今、竜王は裁かれるのです……」
イーラはそう言うと竜巫女の錫杖を取り出し、突然ミーサの胸をその鋭い先端で突いた。
「うっ……」
激痛が走り、ミーサの胸に竜巫女の錫杖が深々と突き刺さる。
「……な……ぜ……?」
ミーサの瞳から光が消え、その体は地面に崩れ落ちる。
倒れたミーサの前にイーラは跪き、祈った。
「……わたくしにできることはここまでです……女神デーデ……」
『ありがとう。イーラ……アヴィエールの竜巫女よ』
倒れたミーサの口から言葉が発せられた。
しかしそれは、ミーサの声ではなかった。
ミーサはゆっくりと起き上がった。胸に刺さった錫杖はいつのまにか消え、イーラの手の中に戻っていた。
亜麻色に染められていたミーサの髪は淡く輝く美しい銀灰に変化し、涼しげな淡い青の瞳も神秘なる銀灰色に変わっていた。
『……苦労をかけました……アヴィエールの竜巫女よ……お前にとってはつらい仕打ちでした……しかし、これが竜巫女の本来の宿命。竜巫女がわたくしの姿を模す真実の意味……竜巫女は竜王に仕えるのではない。竜巫女が竜王を監視するのです……』
「わかっています」
イーラは跪いたまま言った。
「しかし、願わくば平穏なままわたくしは使命を終えたかった……あと五十年……あと五十年、平穏な世が続くことを願っておりました……」
『イーラ……約束された時を変えることは誰にも出来ないのです。裁きの翼は出会った……あとは時が満ち、わたくしの元へ翼が帰るのを待つだけです』
「はい。女神様」
『最後の仕事……見届けてくれますね?そして、もうひとりの運命の子……『記録者』を導くことを……』
「はい」
『では、時が来るまで竜巫女の館にて待ちなさい』
「仰せのままに」
イーラは錫杖を一振りすると、その姿を一羽の白鳩に変え、鏡湖の浮島を目指して飛んでいった。
それを見届けたミーサは誰もいない筈の路地の暗がりに声をかけた。
『わがしもべよ……』
「常におそばに」
一枚の桜の花弁がミーサの目の前に散り落ちた。
『我がふたつの翼、決して傷つけぬよう』
「……御意」
ミーサの姿はかき消すように消え、あたりにはまた静寂が訪れた。
ホムル軍の総司令部は大騒ぎになっていた。
「国王陛下!」
「エーレウス陛下!」
突然、国王が総司令部に現れたからだ。
「ご病気はよくなられたのですか?陛下」
「このとおり、元気だ」
「陛下が直接指揮をとってくだされば我が軍の勝利は間違いないぞ!」
陣営が歓喜に包まれる中、イサノは小さく舌打ちをしていた。
「陛下……戦の全権は私に任せるとの事でした。なぜ、今ごろ……」
エーレウスはイサノを一瞥して言った。
「伯父上。これ以上進軍する必要はありません」
「何ですと?」
イサノの顔がしかめられる。
「陛下は撤退すると仰るのか?」
「いいや」
エーレウスはイサノを睨みつけた。
「撤退の必要もない」
「どういうことですかな」
「王同士の勝負で決着をつける。ミヅキの王も了承済みだ」
あたりが急に静まり返った。
「勝負……陛下!正気ですか」
話を聞いていた参謀長が慌てて言った。
「勝負に負けたほうは無条件降伏ですぞ?」
「なら、勝てばよい」
王同士の一騎打ちは文句なしの一回勝負。
どちらかが命を落とすまで戦い、負けたほうの国は無条件降伏。
誰にも文句が言えない全世界共通のしきたりだ。
小さな所領同士の領主の勝負は今までにも多くあったが、国をかけた大国の王同士の正式勝負は千五百年前に今の五王家が出来る以前にあった彩岩楼皇国の前身である劉国と紗国との戦いを最後に行われていない。
ちなみに、亡き父王の代わりにこの時に勝負し、見事勝利を収めた劉国の皇太子が初代彩岩楼皇国の王となっている。
「正式勝負は先ほど申し込んできた。明後日の正午、王宮の大庭園で勝負を行う。これはもう決定されたことだ」
エーレウスは誇らしげに言った。
「陛下に勝利を!」
誰かが叫んだ。
「陛下に勝利を!」
「エーレウス陛下に勝利を!」
歓喜の声が陣営に広がった。
「……認めんぞ……そのようなことは……認めんぞ」
イサノは両拳を握り締めながら小声で呟くと、その場から姿を消した。




