16.「機転」
●【16.「機転」】
「お前たちは何者だ?なぜ、こんなところにいる?」
黒いローブの魔道士がラルフとエーレウスに話し掛けてきた。
ラルフはひきつった顔で苦し紛れに愛想笑いをし、エーレウスはフードを深く被って髪と顔を隠した。
「いや……そのちょっと、道に迷いまして……」
ラルフはなんども眼鏡をずり上げながら苦しい言い訳をする。
「医師のローブだな……王室仕えの医師か?」
黒衣の魔道士はラルフに言った。
「は……はい。陛下の体調が悪いとのことで薬をお持ちしようと……」
「陛下の居室は南宮殿だ。こちらではないぞ?お前、本当に医者か?」
黒衣の魔道士は縦長の瞳孔を持つ暗い青の瞳を細め、胡散臭そうにラルフを見た。
「ま……まだ最近こちらにお仕えしたばかりでして……」
「お前はともかく、そちらの者は?なぜ、顔を見せない?」
黒衣の魔道師はラルフが庇うように隠しているエーレウスに視線を移した。
「彼は私の助手なんですが、顔に大きな傷がありますので……」
「顔の傷?そんなことを気にしてるのか?年頃の娘ならともかく、そいつはどうみても男のようだが?」
「それはそうですが……本人が気にしておりますので」
「ますます怪しいな……いいから顔をあげさせろ」
「いや、それはちょっと……」
ますます怪しんだ魔道士は、
「いいだろう、嫌なら嫌でもいい。強制的に見せてもらおうか」
そう言って口の中でなにやら呪文の詠唱をはじめた。
まずいとラルフは思った。
このままでは非常にまずいことになる。背後にエーレウスの殺気も感じる。
顔を見られたら最後、この隣国の王は魔道士を懐に隠し持った短剣で刺すだろう。
そうなればもう、かばいようがない。
そのときだった。
「何をしてる」
叫び声がして、一頭の馬が近づいてきた。
黒衣の魔道士は馬上の人物の姿を見た瞬間、さっと敬礼をした。
馬上の人物は、深緑のマントを風になびかせた凛とした青年だった。
「近衛師団長閣下」
馬に乗ってやってきたのはエフィだった。
「助かった……」
ラルフは小声でそう呟いた。
全身の力が抜け、ラルフはその場に座り込んでしまった。
緊張が頂点に達していたらしい。
「魔道士団員は全員、大庭園に集合という命令が出ていたのを聞かなかったのか?」
「はっ!しかし我々は本日の北門の当番ですから」
「当番魔道士も全員集合だ。お前たちが不在の間は我々近衛がここを守る。だから、早く大庭園に行け」
「……しかし……魔道士団の敷地内の不審者は当番魔道士が適切に対応する決まりですし……」
黒衣の魔道士は困惑している。
当番魔道士が持ち場を離れることは、よほどのことがない限り許されていないからだ。
「陛下じきじきのご命令でも聞けないか?」
エフィが冷たい目で一瞥すると、黒衣の魔道士は気迫負けしたようだ。
「はっ!失礼いたしました。では、閣下。この不審者の件はお任せしますのでよろしくお願いいたします」
「わかった。任せておけ」
黒衣の魔道士はもうひとりの白衣の魔道士と連れ立って、大庭園のほうへ向かっていった。
「ありがとうございます。閣下」
ラルフはエフィに深く頭を下げた。
「間一髪で間に合ったな……一時はどうなるかと思ったぞ」
エフィもやっとほっとしたような表情を浮かべた。
「私の姿が元にもどったのに、二人がまだ診療所に戻っていなかったから心配になって、王宮に戻ったのだが、そのときに大庭園にいたカイエ陛下にお会いしたのだ。そして、北門に君たちが向かっているから護ってやってくれと言われて急いできた」
「おかげで助かりました。閣下」
エーレウスもエフィに礼を言った。
「なるほど……魔道士たちを大庭園に集めて、北門の守りを一時的に手薄にしたわけか……陛下が機転をきかせてくださったんだな」
ラルフは感心したように言った。
「陛下は魔道士団の副団長を呼んで、魔道士たちのこの戦での働きに対して、彼らに報奨金を出したいから全員を大庭園に集めるようにと命じられたそうだ」
「そうだったんですね」
ラルフは眼鏡をずりあげながらしきりにうなづいている。
「ところで、陛下と話はできたのですか?」
エフィはエーレウスに向かって言った。
「無事に逢えた。あなたのおかげだ……本当に感謝している」
「戦を終わらせる方法はみつかったのですか?」
エーレウスは一瞬躊躇したが、すぐにこう答えた。
「大丈夫だ。俺とカイエで全ておさめる」
「わかりました。で、陛下はこのあとどちらへ?私がお送りしましょう」
「いや。ラルフ先生だけ診療所に送ってくれ。俺は行かなければいけないところがある」
エフィは怪訝な顔をした。
「どちらへ?」
すると、エーレウスは一息おいて、はっきりと言った。
━━━━━━━ 「ホムル軍総司令部へ」




