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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第4章 裁きの翼
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12.「決断のとき」

 ●【12.「決断のとき」】


 西の果てにある大陸の片隅で、彼は深い吐息を吐いていた。


 彼が愛用する黒檀の椅子は微かによい香りを放ち、目の前に置かれた花茶はやわらかな湯気をたてていた。

 精緻な透かし彫りの細工が施された香木の文机の上には、何も書かれていない一枚の白い紙と、水鳥の尾羽の飾りのついた筆が置かれていた。


「ご決断を」


 彼の向いに座る三人の人物の一人が低い声で言った。


「……やむを得ぬか……」


 彼は眉を寄せ、苦悩の表情を浮かべる。


「エフィニアス(きょう)を救わねばなりません。ホムルとミヅキの民たちも」

「わかっている……しかし、できれば勅令は出したくない。我々は竜王に仕える身。本来、これは我々が関与すべきことではないのだ……」

「しかし法王猊下(ほうおうげいか)……猊下のご決断で救われる者が大勢います」

「わかっている……しかし、私は思う……本当にこれが最良の方法なのかと……」


 竜王教第七十五代法王、楊 蔡栄(よう さいえい)は目の前にいる三人の神官長の顔をかわるがわる見比べた。


「猊下。我々とて国の諍いに関与したくはありません。しかし、五竜王の神殿のひとつを持つ竜王の国の首都が今まさに侵されようとしているのです。これを見過ごすことはできません」


 落ち着いた蜂蜜色の髪の男はそう言った。

 フォルカの神官長、ライナー・アウストスだ。


「竜王は、沈黙している……竜巫女たちは皆、黙って首を横に振るばかりです」


 ユズリの神官長であるレク・ヌグリは淡い灰色の瞳を伏せながら静かに言った。


「どの国の竜巫女も完全に沈黙しています。ただ、我が竜王ユズリの竜巫女ウネは私に言いました。『女神(デーデ)の裁きが訪れる』と」

女神(デーデ)の裁き……」


 法王と三人の神官長はその表情を一斉に暗くした。


「アヴィエールとガイアルは女神により裁かれようとしている……その流れを止めることはできない。だから竜王も竜巫女も沈黙しているのです」

「……今度の問題は我が国が起こしたことです……どう償えばよいのか……」


 褐色の肌の男が申し訳なさそうに進み出た。

 ガイアルの神官長、トニオ・ロボスだった。


「我がガイアルの竜巫女、フェリスは竜巫女の館の奥にて完全なる沈黙を保っています。私の呼びかけにも答えてはくれません……」


 うなだれるロボスに楊法王は声をかけた。


「ロボス卿、あなたのせいではない。顔をおあげなさい」

「……猊下」


 ロボスは涙をこぼした。


「それにしても今度の国王はいったい何を考えているのか……。他国の首都を侵すのは国の滅亡に繋がるということを知らぬわけではあるまいに……」


 そう言って法王は深い溜息をつく。


「それこそ女神が定めた運命。裁きの時が近いということは、いよいよ女神の武具の最後のひとつである「裁きの翼」が出現するということ……」


 ヌグリはよく通る低い声でそう言うと改めて法王の表情を伺う。

 法王は何かを思い返すかのように高い天井を見上げてつぶやいた。


「いずれこの日が来ることはわかっていました。五百年前にホロに現れた契約の剣、七百年前のオルステインの記録に残る慈愛の楯、千五百年前、我が彩岩楼皇国の初代国王が所持したという叡智の兜……そして、あの隠された一族の末裔だけが知る沈黙の衣……どれも出現したことだけはわかっていても、その所在は知られていない……そして、この前例のない凶事……裁きの日は近いのかもしれません」


「女神の裁きを避けられぬなら、竜王の末裔たる二つの国の民だけでも守らねばなりません。そのためには猊下……ご決断を」


 アウストスが法王に詰め寄った。


「わかった……勅令を発する。この勅令がアヴェリアに届いたその時から、勅令はその効力を持ち、二つの国は事実上消滅する」


 法王は筆を持ち、紙に勅令を記した。


 法王と神官長たちは悲痛な表情で黙り込んだ。

 重苦しい空気がたちこめていた。


 法王が勅令の効力の発動を「アヴェリアに届いたときから」としたのはわけがあった。

 まだ、少しの希望を持っていたからだ。

 女神の裁きが始まる前に、勅令が届く前に、ホムル軍が撤退することを法王は願っていた。





 フェリシダドとエフィは診療所の前にいた。


「フェリシダドおばさん。本当に私がその魔道に協力することでこの戦を終わらせられるかもしれないのですね?」

「ええ。あなたの協力が必要なの……お願い、力を貸して」


 診療所にはすでにジョアンとロップがいた。


「おかあさん!うまくいったんだね?」

「ええ、ジョアン。あなたのほうは?」

「ロップがあの術を使えるんだって。もちろん協力してくれるよ」

「よろしくお願いします」


 ロップは丁寧に頭を下げた。


 ラルフが奥の部屋から出てきて、フェリシダドとエフィに頭を下げた。


「この診療所の医師、ラルフ・ナツメです。今回は近衛師団長閣下にご足労をおかけしたこと、まことに失礼いたしました」

「気にしないでください。それより、本当にここにホムル国王が?」

「はい。事情はフェリシダドさんからお聞きになってますよね?」

「ええ。でも、まだ私には信じられない……そんな裏があったとは……正直驚いていました。宣戦布告があったときのカイエ陛下の落ち込みようは見ていられなかったので」

「だからこそ閣下の協力がいるのです」


 ラルフの言葉にエフィはうなづいた。


「では、さっそくとりかかりましょう。ミーサ、陛下をお連れしてください」

「はい」


 ほどなく現れたエーレウスをエフィはじっと凝視した。


「エーレウス・フィリス・デラ・ホムル国王陛下でいらっしゃいます」


 ミーサから紹介を受け、エフィはうやうやしく頭を下げた。


「ミヅキ国近衛師団長、エフィ・タチバナです」

「タチバナ……そうか……カイエはあなたの姓を使っていた」

「カイエ陛下がお小さい頃から私は陛下と共に過ごしましたから」

「そうか」

「はい」


 エーレウスはエフィに深く頭を下げた。


「カイエに逢わなきゃならないんだ。よろしく頼む」


 意外にも殊勝な態度の隣国の国王に、エフィは驚いていた。


「協力は惜しみません……こんなことをしなくても、私が陛下を王宮にお連れすることもできなくはない……しかし、ホムル人によい感情を抱いていない民も沢山居る王宮に、陛下をそのままお連れすることはできない……」

「すまない」

「陛下はカイエ陛下の親友だ……私もできる限りの協力はしましょう……しかし、その前に……」


 そしてエフィはエーレウスに向かって言った。


「私はひとつだけ陛下を許せないことがあります」


 エーレウスは不思議そうな顔をする。


「ミヅキの習慣とホムルの習慣が違うことは私もよく知っています……しかし……陛下……カイエ陛下を慰み者にしたことだけは許せない」

「……何のことだ」


 エーレウスはうろたえる。


「カイエ陛下が陛下の侍童だったことは私も知っています……当時の陛下がカイエ陛下の素性をご存知なかったこともわかっています……ただ……」


 エフィは拳を握り締める。


「やはり私は陛下を許せない」


 しばらく何のことかぽかんとしていたエーレウスだったが、やがて、納得したように首を大きく縦に振るとエフィに向かって言った。


「心配しなくてもいい。カイエにはなにもしていない。俺にはもともとそのような嗜好はない」

「えっ?」

「いろいろあってな、そういう立場で居たほうがなにかと都合がいいということになり、お互い合意の上でそういう関係だということにしていたんだ」

「……まさか……信じられない」

「俺とカイエがそういう関係のほうがよかったのか?」


 エーレウスは困ったような顔をする。


「とんでもない!……では陛下、信じていいのですね?」

「信じるも何も、もともとなにもないんだ。カイエとは親友だ。ただそれだけだ。竜王に誓ってもいい」

「陛下のお言葉を信じましょう」


 エフィはほっとした顔をした。


「……そろそろ術をはじめてもいいかな?」


 ロップがおずおずと声をかけた。


「ああ、すまなかった。頼む」


 エーレウスはロップに謝った。

 エフィはそんなエーレウスの態度を見て、彼を信じることにした。


 堂々とした器の大きさを隠し持つ不思議な魅力を持った少年。素直に非を認め、相手に抵抗なく頭を下げられる本物の王。

 彼こそがホムル王国の玉座に着かねばならない。


「閣下、陛下……両手をあわせて呼吸を同調させてください……僕がいいというまで目をあけないでくださいね……」


 ロップは二人の手を重ね合わせた。


「カイエ陛下はあなたを心から信じています……どうか、よろしくお願いします」


 エフィはエーレウスの瞳をじっと見て言った。


「わかった」


 ロップが二人のすぐ側へやってきた。


「あの……もうはじめてもいいですか?」

「ああ、はじめてくれ」


 ふたりは同時にうなづく。ロップもそれを見て大きくうなづいた。


「近衛師団長閣下……あなたの意識は薄れ、次に気づくまでその姿は一時的に失われます。でも、大丈夫です……何も怖いことはありませんから」

「私なら大丈夫だ。はじめておくれ」

「では……」


 ロップは二人の重ね合わせた手のところに自分の手をそっと置くと、澄んだ声で詠唱をはじめた。


「彼の者……その姿は消え、偽りの影となり、汝の体を包むだろう……影が影である時は、彼の者の姿は失わる……しかし、偽りの時すぎゆけば、真の光の中に影は戻り、彼の者は光の中へかく帰らん……」


 ロップは「彼の者」と唱えるときにエフィの頭に触れ、「汝」と唱えるときにエーレウスの額に触れた。


 エフィの体はまるで透けるように薄くなり、エーレウスの体は白い光に包まれて、姿は見えなくなってしまった。

 エフィの体が完全に消えたとき、エーレウスのいた場所に座っていたのはエフィだった。


「……終わったよ」


 少し苦しそうにロップが言った。息が少しあがっている。ジョアンは親友の背中をさすって「おつかれさま」と言った。


「『偽りの時』は初歩の魔道だけど、一応長文詠唱系だから、疲れるんだ……僕、少し休んでもいいかな?」


 ロップの顔は青ざめていた。


「上出来だロップ……ゆっくり休んでおくれ」


 ラルフはロップの頭を撫でた。


「あっ……そうだ。大事なことを言わなきゃ」


 ロップは、渡された鏡を見ながらきょとんとしているエフィの姿のエーレウスに向かって言った。


「陛下。この術は約六時間しか効力がありません……その間にカイエ陛下にお会いしてお話してください……術が解けると、陛下の姿はその場で元に戻ってしまいますから気をつけてくださいね」

「わかった。ありがとう」


 エーレウスが発した声はエフィそのものだった。

 驚いたエーレウスは思わず口を手でふさいだ。


「これで王宮へいけますね。陛下」

「ありがとう。ラルフ……この礼はいつか必ず……」


 するとラルフはずりおちてくる眼鏡をクイと上げながらにこっと笑って言った。


「お礼は全て終わってからでいいですよ。さて、ロップが回復したら出かけましょう。王宮の中はロップが詳しい。私もお供します。陛下……いや、閣下は怪我の治療のために私を呼んだとでも言って私を同行してください」

「うん……だけど、うまくいくだろうか?……」


 まだ不安そうなエーレウスに向かってラルフは穏やかな声で言った。


「上手くいかせるんですよ……陛下。気合入れてください。人生には大きな決断の場面が何度もあります……陛下は決断しなきゃいけませんよ」

「わかってる、ラルフ……行こう、王宮へ」

「はい」


 ラルフは満足そうに笑い、エーレウスは決意を新たにしたのだった。

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