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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第4章 裁きの翼
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11.「ラルフの一計」

 ●【11.「ラルフの一計」】


 全ての話を聞き終えたラルフは難しい顔をした。


「確かにやっかいですね……陛下の伯父上……つまりイサノ氏は非常に頭のいい方らしい。おそらく一分の隙もない完全な計画を立て、綿密に準備をしていたんでしょう」


 エーレウスはだまって俯くだけだ。


「陛下からお聞きした彼の性格から察するに、おそらく有効な攻撃の時期から、占領後の人心の支配まで、緻密に計算して行動しているはずですね……となると……」


 ラルフは親指の爪を軽く噛み、目を伏せてしばらく黙り込んだ。

 これは考え事をするときのラルフの癖だった。


「陛下が考えておられたように、いきなりホムル陣営に乗り込んで攻撃命令を中止させることは無理です。騙されたとはいえ、公式にはこの戦に関しての全権はイサノ氏に委譲されている。公式な文書もあり、おそらくどうにもならないでしょう」

「俺が何も考えずに委任状に署名してしまったから……」


 エーレウスは悔しそうに唇を噛んだ。


「非常に言いにくいことなんですが……」


 ラルフはエーレウスの顔をじっと見て言った。


「残念ながら現在の陛下には『国の象徴』としての価値しかありません」


 ラルフの言葉にエーレウスは奥歯を噛み締める。

 悔しさとも怒りともつかない感情だった。


「竜王教の総本山に仲裁をお願いしたらどうかしら?」


 ミーサが口をはさんだ。


「残念ですがそれは無理だと思いますよ……第一、手続きに何日もかかる。そんな余裕は今はありません」


 ラルフはあっさりとミーサの提案を否定した。


「それにミーサ。君はペタの件を忘れたのかい?あそこは竜王教総本山が定めた非武装中立地帯のはずなのに、ホムル軍はそれを無視してペタに駐留したでしょう?本隊は殆どアヴェリアへ移動したが、それでもペタにまだ駐留している部隊は今も多くの人々を街に閉じ込めているんですよ」

「……そうだったわ……」


 ミーサは悲しそうにうなだれた。


「おそらく竜王教の総本山にも知らせは行っているはず。近々何らかの対策はとられるでしょうから、ペタに関しては竜王教総本山に任せるしかないですね……ただ、ひとつ心配なのは、最悪の事態になってしまった場合だが……」

「最悪の事態?」


 エーレウスが怪訝な顔をした。


「法王の戒厳令が出ることです」

「法王の戒厳令……法王が勅令を出すというのか?」


 エーレウスの顔色が変わる。


「そんなことになったらホムルもミヅキも終わりだ……」


 一同の表情が暗くなる。

 最悪の事態として予想される『法王の勅令による戒厳令』は竜王教総本山の最終手段であり、それが発動されればもう手立てはなにもなくなるからだ。


 五竜王の神官長で構成される総本山会議は、通常は二年に一度召集される。

 そして、その議長を務める者が法王だ。

 法王は二十年に一度交代し、現在の法王である彩岩楼皇国の(よう)神官長は在位五年目にあたる。

 深刻な事態が起こったとき、神官長たちは彩岩楼皇国にある総本山に緊急召集され、会議が開かれる。

 緊急召集がかかるのは主に深刻な天災、大規模な戦争などが勃発した時だ。

 非常時における法王の権限は各国の王より大きいが、その権限は滅多なことでは発動しない。


 本来、竜王教総本山は政治介入することを望んでいない。基本はあくまでも当事者同士での解決を推奨している。

 だから、滅多なことでは彼らは動くことがない。

 しかし、世界的に深刻な情勢に陥ったときのみ法王は事態収拾の為、やむなく勅令を下す。

 竜王教総本山が動くということはそれほどに深刻な事態であるということなのだ。


 もし、法王勅令の戒厳令が出れば、ミヅキとホムルの竜王神殿は直ちに閉鎖され、二つの国の国王は法王からの許しが出るまでその一切の権限を失う。

 竜王神殿の閉鎖は国家の消滅を意味する。

 神殿が閉鎖されれば神官長は総本山に帰り、竜巫女は竜巫女の館に閉じこもったまま、完全に沈黙する。

 つまり、その国は竜王から見離された国となり、世界から完全に切り離されることになってしまうのだ。

 竜の末裔であるデーデジアの人々にとってそれは国の滅亡に等しい。

 対象国は一時的に竜王教総本山の直轄となり、国王は国の支配権を失う。

 支配者の都合による戦などで国民に多くの犠牲が出た場合に発令される勅令だが、幸いにして現在までそれは一度も発令されたことがない。


 今までも戦は何度も起こった。

 領地の奪い合い程度の戦なら、竜王教総本山は介入しない。

 しかし、不可侵とされてきた竜王神殿のある首都や聖地が侵略されようとするのは歴史上初めてだ。

 前例のないことだけに、誰にもこれから起こる事態が予想ができないのだ。


「今回ばかりは法王の勅令が出る可能性は非常に高いですね……」


 ラルフは溜息をつく。


「なぜそう言い切れる?まだわからないじゃないか……」


 信じたくない気持ちが強いエーレウスは眉をしかめる。

 わかってはいても、ラルフの言葉を受け入れたくないという気持ちが強いのだ。


「神官長会議の出席者のひとりである竜王アヴィエールの神官長、エセル・エフィニアス・ミヅキ神官長猊下(げいか)が現在、アヴィエール神殿を動けぬ状態だからですよ」

「どういうことだ?」

「昨日診療所の患者に聞いたんですが、猊下は先日、神殿と竜巫女を守るため、アヴィエール神殿から鏡湖一帯に生命結界を張り、猊下自身は神殿の奥に閉じこもったままだそうです」


 エーレウスの顔色が変わった。


「生命結界だって?ばかな……あれは自分自身の命を使うんだぞ。そのまま何日も使っては猊下は間違いなく死ぬ……それをわかってやっていると?」


 生命結界は神官長だけに授けられる秘術。

 自らの生命の力を使い、最強不可侵の結界を張る。この結界だけは何人たりとも打ち破ることはできないが、その代償としてこの秘術は神官長自身の命を確実に縮める諸刃の剣でもある。

 自分の命を犠牲にするこの秘術を使うのは、よほどの覚悟が必要だ。


「それだけ深刻な状態ということです。おそらく猊下は命がけでしょう。死んでも自分の国の神殿と竜巫女を守るおつもりなんですよ……本当に立派な方だ……それゆえ、このまま死なせてしまうわけにはいかない……」

「つまり、アヴィエールの神官長猊下が神官長会議に出られない事態である限り、法王勅令が出ることは避けられない……と?」

「そういうことです。それに……」


 ラルフは言いにくそうに言葉を続けた。


「もしも、猊下の命が尽きてしまったら、勅令は間違いなく出るでしょう」

「そんな……」

「生命結界の期限は本人の生命力にもよりますが、よく持って一ヶ月ほど。猊下が結界を作られてから数日たっていますから事態は一刻を争いますね……」

「なんてことだ……」


 エーレウスは頭を抱えた。


「伯父上はなにがしたいんだ……二つの国をつぶすのが目的なのか……」

「いえ、そうではないでしょう。この事態はおそらくイサノ氏にとっても計算外だったと思いますよ」


 ラルフはまた、ずり下がってきた眼鏡をうっとおしそうに上げながらもニヤっと笑った。


「実はホムル軍はまだ本格的にアヴェリアを攻撃していません。包囲に留まっています。布陣してからもう、かなりの時間がたっているのになぜかお分かりですか?」


 ラルフはずりおちる眼鏡を頻繁に指先で持ち上げつつ、淡々と喋る。


「あっ……そういうことか!」


 エーレウスはわかったという顔で手をパチンと叩いた。


「猊下が生命結界を解かないと法王勅令が出てしまう。そうすると伯父上がせっかくミヅキを落としても支配権がなく、無駄になる……」

「そうです。だから、へたに総攻撃ができないんですよ」

「猊下はそれを見越して生命結界を張ったのだろうか?」

「それはわかりませんね。しかし、猊下は聡明なことで有名だった前国王の王弟であり、カイエ陛下の叔父上にあたります。かなり頭の切れる方だそうですから、それぐらいは考えておられたかもしれません」

「カイエの叔父上か……」


 エーレウスの表情がふと曇る。


「もし、カイエの叔父上を死なせることになってしまったら、俺はもうカイエにあわせる顔がないな……」

「だから、そうしないように考えるんじゃないですか。陛下」


 ラルフはエーレウスを励ますように優しく言った。


「カイエ陛下に会いたいのでしょう?」

「ああ……」


 ラルフは少し親指を噛むしぐさをしたあと、ふと思いついたようにエーレウスに言った。


「陛下……私とお約束していただけませんか?」

「えっ?」

「……もし、カイエ陛下と逢って、話す機会を持つことができたら、陛下はカイエ陛下とお二人で、この国を救ってくださいますか?」

「……できるのか?」


 エーレウスの表情が真剣になる。


「陛下がお約束して下さるなら、方法がないわけではありません。ただ、少し危険な橋を渡ることになりそうですが」

「約束する。命に換えても」

「その言葉に偽りはありませんね?」

「ああ」


 ミーサは二人のやりとりを聞いていたが、妙な不安に駆られていた。

 頭のいいラルフのことだ、おそらくいい方法を思いついたのだろう。しかし、それは相当に危険なことなのではないか?


 大きな不安でミーサの心はつぶされそうに苦しかった。

 しかし、もう自分には止める手立てはない。

 運命は動き始め、それに逆らうだけの力は今のミーサにはなかった。

 ミーサだけではない。今、ここにいる全員がそうだろう。

 逆らえぬ運命なのであれば見守るしかない。そして、自分が何か役立てる時が来たなら、命を惜しまず協力しよう。

 ミーサはエーレウスの横顔を見ながら、心の中でそう誓った。


「では、具体的に説明しましょう」


 ラルフは眼鏡を持ち上げながら、ジョアンの方を向いた。


「ジョアン。君の協力が不可欠です。協力してくれますか?」

「はい。ラルフ先生」


 ジョアンは真剣な表情で答えた。

 そして、隣で心配そうな顔をしている母親に向かってにっこり笑いかけた。


「大丈夫だよ。お母さん」


 フェリシダドは少し心配そうな顔だったが、そのまま無言でうなづいた。


「フェリシダドさん。大丈夫です。ジョアンに危険なことはさせませんよ。ジョアンにはソーナ族の協力を得るため、ロップに連絡をとってもらいたいんです」


 ラルフはフェリシダドを安心させるようにそう言った。


「ロップなら絶対に手を貸してくれるよ。ラルフ先生」

「ええ。でも、ちょっと危ないお願いですからね……ロップを説得できるかどうかは君にかかってるんですよ」

「はい」

「ジョアンはこれからソーナ族の居住地に行き、ロップと逢ってください。そして、これから私が言うことをお願いしてください」

「はい、先生」

「いいですか?これはかなりロップに無茶を言うお願いですが、成功させるためにはロップに協力してもらうしかないんです……ソーナの魔道のひとつ、『偽りの時』の術を使える術者を探してもらってください。ロップ自身がこの術を使えれば問題ないんですが、彼自身がリスクを負う事になるんで、そのへんも上手く説明しなければならないんです」

「偽りの時?」


 ジョアンが不思議そうに聞く。


「ある人物の姿を一時的に別の人物の姿に変える魔道です。数時間しか効力はありませんが、数時間もあれば充分です」

「それを使ってどうするつもりですか?」

「エーレウス陛下をミヅキ王宮に送り込み、カイエ陛下と逢わせます」

「魔道ってそんなことまでできるんですか?」


 ジョアンは驚きに目を丸くした。


「ええ。私も本で読んだだけですからそう詳しくはありませんが、ソーナの魔道には興味があって、研究本を多く読んでいたことが役に立ちましたね」


 ラルフは少し得意そうな顔をする。鼻から眼鏡がまたずり落ちて、その表情は少し滑稽だったが。

 ずれた眼鏡をうっとおしそうに持ち上げ、ラルフはさらに続けた。


「……ただ、それを使えるソーナ族がどれぐらいいるかわかりませんけどね……これはさすがにロップでなければわからない……」

「別人になるって……どういうこと?僕にはよくわからないよ」


 ジョアンが難しい顔をする。


「具体的に言えば……そうですね……王宮にいる誰かの姿をエーレウス陛下に移してしまうんです。エーレウス陛下はその『誰か』に姿を変えたまま王宮に入ることができる」

「姿を変えてしまったら俺だとカイエにはわからないんじゃないか?」


 エーレウスが口を挟んだ。


「あなたと陛下が本当に親友ならかならずわかるはず。二人にしかわからない秘密がひとつぐらいはあるでしょう?それで判っていただくしかありませんね……どうですか?」

「それはそうだけど……」


 エーレウスは困惑している。


「この状況下ではカイエ陛下を王宮の外に連れ出すことはできません。ですから、これしか方法はないんです。だとしたら、あなたはそのままの姿では王宮に入ることはできませんよ。陛下」

「わかった。カイエに逢えるならそれでいい」

「必ず逢えるという保証はありません。『偽りの時』は姿を写す人物の協力もいります。術をかけるときにたしか、本人と息をあわせなければならず、さらに、姿を写し取られた相手は、その間、姿が消えてしまうからです……それにもうひとつ……カイエ陛下の側に近づける人間でなければ、姿を変えても意味はないんです……それに魔道の効果が切れるまでに話し合いの決着をつけなければ陛下の姿は元に戻ってしまいます……王宮内でもし、その姿に戻ってしまったら大変なことになってしまう」

「そのあたりは僕がロップにちゃんと聞いてくるよ。詳しいことはロップの方がよく知っているんでしょ?」


 ジョアンがそう言った。


「ええ。私も本で読んだ知識だけですから、全部が正確だという保証はないですしね」

「うーん……それにもうひとつ問題があるよ」


 ジョアンは眉をしかめ、大げさに腕組みをしてみせる。


「カイエ陛下のお側に近づける人間の姿を写すのは難しいかもしれないよ、ラルフ先生……今、陛下のお側に行ける人間は限られてるし……」

「そうですねえ……侍従長、内務大臣、外務大臣、軍務大臣、陛下付きの侍女……それと、近衛師団長……それぐらいですかね……どれも要職で私たちには縁がない……これはなかなか難しいですね」


 ラルフは頭を抱えた。


「近衛師団長のエフィ・タチバナなら私が説得してみせましょう」


 そう申し出たのはフェリシダドだった。


「彼の母親は私の遠縁にあたります。それに、私自身彼に面識がありますし、なんといっても彼は今回のカイエ陛下のホムルでの出来事を知っている数少ない人物の一人です。きっとわかってくれるはず……」

「それはありがたい!」


 ラルフの表情が明るくなった。


「フェリシダドさん。ぜひお願いします!ジョアンと共に行動してください」

「わかりました。タチバナ邸なら私は自由に出入りができます。まずは、彼の母親のフォスティナに会ってエフィと連絡が取れるように計らってもらってきます」

「じゃあ、お母さんが侍従長の家に行っているあいだ、僕はロップを説得してみるよ」

「よろしくお願いします」


 ラルフは二人に頭を下げ、エーレウスもそれに習った。


「エーレとカイエが逢えば、この戦にもかならず終わりが見えるわ。大丈夫。うまくやってみせるわ。心配しないで」


 フェリシダドはそう言った。


「ありがとう。フェリシダド……それとジョアン、よろしく頼む」

「任せて!」

「私にも何か手伝わせてください」


 ミーサがそう言った。


「ええ。ミーサにもそのうちお願いしたいことがあります。それまではここでエーレウス陛下のお世話をお願いしますよ」

「はい。ラルフ先生」

「……それでは私は及ばずながら情報を集めることにするかな」


 ホルガ医師も笑ってそう言った。


「父さん……助かります」

「それにしても、お前は我がせがれながらクルクルと頭の回る奴だ。お前は医者より軍師のほうが向いていたかもしれんな。その才能は充分あるぞ……今から転職してみるのはどうだね?ミヅキ軍は大歓迎するかもしれんぞ?」


 ホルガ医師はからかうように息子に言った。


「いやだなあ父さん」


 ラルフは困ったような笑いを浮かべ、また眼鏡を指先で持ち上げた。


「戦争に関わる軍師なんてまっぴらです。どうせそういう才能があるのなら、僕は人を殺す知恵ではなく、助ける知恵に使いますよ」

「お前らしいな」


 一同から笑いがこぼれた。

 場が少し和んだのを見て、ミーサは少し安堵する。


 いよいよ二人が再会できるかもしれないと思うとミーサの心は明るくなった。

 きっと上手くいく。

 上手くいってほしい……。

 彼女は祈るような気持ちで、久しぶりに笑顔を見せたエーレウスを見つめていた。



 ━━━━━━━この戦を終わらせるにはカイエとエーレウスが再び出会えるかどうかにかかっていた。



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