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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第1章 復讐の王太子
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6.「盗賊団」

 ●【6.「盗賊団」】


「いいか?この大仕事を成功させれば俺たちの名前は世界中に轟くぜ」

 その男は燃えるような赤い髪をしていた。

「そりゃまた大きく出ましたね、親分」

 頬に傷のある小柄な男がニヤニヤしながら相槌を打った。

「しかし、こんな大それたことやって、竜王様の怒りを買ったりしませんかねえ」

 赤毛の男はその言葉を吹き飛ばすような大声で豪快に笑う。

「相変わらずてめえは気が小さいな、ピノ。ばちがあたるならとっくの昔にあたってらぁ」

「そりゃそうですが、さすがに俺も竜王様が絡む場所となるとちょっと……」

 小柄な男はちょっと弱気な声で口ごもる。

「盗賊のくせに敬虔な竜王信者かよお前は。矛盾してるな」

「へい……竜王様に仇なすとバチがあたるぞとガキの頃から刷り込まれてるもんで……こういうのは簡単にはどうにもならねえんでさ」

 ポゴと呼ばれた小柄な男は、申し訳なさそうに頭を掻いた。

「まあいいさ。とにかく、俺たちは王宮のお宝と、美女を頂くのよ。もうすぐホムルのキャラバンがジャラク近くに巡ってくる。高値で買ってくれるぜ」

 赤毛の男はピノの肩を音がするほど叩き、痛えと悲鳴をあげるピノを見て愉快そうに笑った。そして、ピノの反対側で静かに酒を飲んでいた長身の男の方を向く。

「で、パオロ。手はずは?」

「大丈夫だ。話は通してある。ちょいと金を握らせればちょろいものだ」

 赤毛の男は満足そうに笑った。

「結構結構。では、予定通り今夜決行だ」

「ようし!景気付けだ!俺たちの『赤鷲』に乾杯!」

 赤毛の男は酒の入ったグラスを高く掲げ、立ち上がった。

「乾杯!」

 その場に居た三十人余りの男たちは一斉に酒を飲み干した。



 ━━━━━━━ ミヅキ王宮のある城下町アヴェリア。物騒な会話はこの街の一角で交わされていた。


赤鷲(アクイラ・ロッソ)』。

 最近、裏世界では最も勢いがあると言われる売出し中の盗賊団。

 彼らはつまらない庶民の財産は狙わない。

 高級品専門なのだ。貴族や領主の屋敷の宝石や金貨、それに美しい娘たちも攫う。

 三十人余りの屈強な男ばかりの大所帯ながらその結束は固く、親分格であるニーノ・ガッホはミヅキをはじめとする各国の高額賞金首の男だ。


 赤鷲が今回狙ったのはミヅキ王宮。

 数々の貴重な宝があると言われるこの王宮に、彼らは以前から侵入する機会をうかがっていたのだが、やはり王宮ともなると貴族の屋敷に比べ警備は格段の差。

 だが、今回は幸運にも内部からの手引き受けることに成功した。

 いつはじまるかわからないホムルとの戦争の不安に、国外へ避難したがっているミヅキ国民も多く、避難の資金欲しさに犯罪に手を染める者も少なくない。

 それはミヅキの王宮勤めの者も例外ではなかった。

「魔道士と近衛師団には気をつけろ。やつらになるべく出くわさないようなルートで行くぜ」

 ニーノは王宮の見取り図を指しながら男たちに説明する。

「しかし親分、なんで今日みたいな警備の最も固そうな日を選んだんすか?」

 ピノは不審そうな顔をする。

「そうだ、それは俺も聞きてぇ」

 パオロと呼ばれた男も同調する。

「今日は一年に一度の竜王降臨祭だぜ?アヴィエール神殿から神官長が王宮にやってきて竜王に捧げる舞を奉納する祝祭日だ。それだけじゃない……今年は五十年に一度の『竜巫女の安息日』にもあたる……あの竜巫女が俗世に姿を見せる特別な日だ。ただでさえ警戒は厳重……なぜこんなリスクの高い日に決行するんだ?」

「今日だから意味があるのさ」

 ニーノは口の端だけをきゅっと上げてニヤリと笑った。

「宮殿は神官長と竜巫女の警備に集中する。街はお祭り騒ぎでごったがえす……そのどさくさにまぎれるわけだ。しかも、今日だけは王宮の一部に国民も入れる日だ。それなりに警備はしているだろうが、そのあたりはもう手は回してある」

「狙いは宝物殿ですね」

「そうだ。だが、ほかにもめぼしいもんがあったらかっ攫って来い。王宮勤めの綺麗な女や高級な酒もだ」

 それを聞いたピノが冗談交じりに言った。

「うまくいけば王宮の姫や竜巫女なんかも攫っちゃったりして……」

「ばーか!姫や竜巫女なんて超警戒態勢下に守られてるんだぜ?無理に決まってんだろがよ」

 パオロが呆れた顔をしてピノの後頭部を軽く平手で叩く。

 痛ってぇと後頭部をさすりながら、ピノもつられて笑う。


 しかし、そのやりとりをそばで聞いていたニーノはこの冗談に興味を示した。

「姫と竜巫女か……悪くないな」

 ニーノは目を細めてニヤニヤしている。

「あー……また親分の悪いクセが……」

 ピノが小さく愚痴った。

 ニーノが無類の女好きなのを付き合いの長いピノは良く知っているからだ。

「竜巫女ってのはたしか、世にもめずらしい銀灰の髪と瞳を持つ美しい女だったな」

 ニーノの顔は完全ににやけている。

「へい。世界にたった五人しかいない女でさぁ。女神デーデと同じ姿を持つと言われてますが誰も見たことありませんぜ。なんたって、五十年に一度しか俗世に戻ってこないんですから」

「竜王の魔力で二百年の寿命を持つ永遠の乙女か……」

「しかし、うかつに近づけばどんなことになるかわかりませんぜ!王宮の姫はともかく、竜巫女に手を出すのだけはよしたほうがいい。親分」

 小心者のピノは慌ててニーノを止めにかかる。

「でもよう……竜巫女ってのは聖竜王に仕えるために純潔を保ってるんだろ?つまりそれって生娘ってことだよな……もったいねえよな」

 パオロがぽつりと言った。

「あー。このタイミングでなんてこと言いやがるんだパオロ!親分が本気になっちまうじゃ……」

 ピノが最後まで言わないうちにニーノが口を挟む。

「じゃあ、ヤっちまって純潔じゃなくなれば、竜巫女でなくなるってことなんじゃないのか?」

 ニーノは舌なめずりをした。

「よく知らねえけとたぶん、そうなんじゃねえの?」

 パオロとニーノはすっかりその気になり始めている。

「親分……?バカな考えはよしてください!それはいくらなんでもまずい」

 ピノは必死に二人を止めようとする。

「黙れピノ!」

 ニーノはピノを一喝した。

「竜王に仕える神聖な女を汚して引きずり堕とす背徳ってのは考えただけでたまんねえ……よし決めた!王宮の姫と竜巫女を掻っ攫う!」


 ニーノたちは知らなかった。

 竜巫女は二百年の寿命を持つが、決して不老ではないということを。



「あーあ……どうなっても俺は知らないぜ……竜巫女に手をつけた男なんて聞いたことがない!」

 ピノは大げさな身振りで嘆く。

「だったら俺がその最初の男になればいい。歴史に名前が残るぜ」

「……歴史に残る不届き者としてね」

「黙れピノ」

 ニーノはピノの頭を拳で軽く叩いた。

「痛てぇ……」

 ピノは頭を抱えた。


「俄然やる気が出てきたな……王宮のセリア姫もたいそうな美人だそうじゃねえか。このほどホロに嫁入りするらしいが、その前に俺が手をつけるってのも悪くねえ……」

 すっかり勢いづいたニーノをピノはもう止める気にはなれなかった。

「まあ、ホロの亜人の熊男どもに比べれば確かに親分の方がいい男かもしれねえが……」

 ニーノは外見こそ人間だが、山のような巨漢で浅黒く、ぎょろっとした鋭い目。身体中には無数の傷。さらに片耳がないその姿を前にすると、どんな女も怯えて泣き出してしまう。

「熊男の王太子なんかより俺のほうがよっぽどいいぜ。姫にこっそり俺の子を孕ませてからホロへ送ってやるってのも悪くない。そうなりゃ俺の子はホロの王子様だ」

 ニーノの言葉に卑猥な笑いがあちこちで起こる。

「相変わらず親分は危ない橋を好んで渡るなあ……俺は親分とガキの頃からの付き合いだが、未だに親分の考えてることがわかんねえよ」

 ピノは大きなため息をつく。

「それでこそ面白いんじゃねーか」

 ニーノは豪快に笑ってピノの背中をバンバン叩く。

「痛えよ」

 そう言いつつもピノもいつの間にか一緒に笑っている。

「しゃあねえ、こうなったら最後まで親分に付き合ってやるか」


 ニーノは大声で叫ぶ。

「いいか野郎ども!念を押しておくが、ケツの穴の小せえ臆病モンは今日は来なくていいからな。足手まといになられちゃ困る」

「おう!上等だ」

「やってやろうじゃねえか!」

 あちらこちらから勇ましい声が上がった。


「よーし!それでこそ赤鷲の男どもだ!じゃあお前ら、夜までゆっくり休め!」






「エフィ!」

 王宮の広大な大庭園を馬で見回っていたエフィにカイエは声をかけた。

「殿下、こんなところにおられましたか。ここはまもなく一般開放される場所です。どうか宮殿内にお戻りください」

「やっぱり、僕はここにいてはいけないのか?」

 カイエは少しつまらなそうにエフィの顔をちらと見る。

「殿下、今日は年に一度の竜王降臨祭です。王宮が国民に大庭園を開放する日です。招かれざる客も入ってくるかもしれませんから、危険です」

「つまらないなあ。露店や見世物がやって来て楽しいと聞いたのに」

「お聞きわけください、殿下。毎年同じ事を仰ってますが、だめなものはだめです」

 エフィはぴしゃりと言い放つ。

「僕だとわからないように変装して紛れ込むというのはだめかな?」

「だめですよ、殿下。警護の者を引き連れた一般市民など何処の世界におりましょうか」

「じゃあ、警護の者はいらない」

 普段は聡明で聞き分けのいい王太子然としているカイエだが、気心の知れたエフィの前でだけは少しわがままになる。

「困りましたね……いいですか?殿下。ここに殿下がおられることがわかったら、民たちは緊張してゆっくり楽しめないですよ」

 エフィはまるで、駄々をこねる幼い弟を優しく諭す兄のようだった。

「つまらないなあ……」

「身分のあるものの宿命です、諦めてください。そろそろイーラ様と神官長殿がお着きになります。さあ、一緒にお出迎えに参りましょう」

「わかった」

 カイエは渋々エフィに従う。

 エフィはカイエを自分の馬の後ろに乗せ、賑わいを見せ始めた大庭園を後にした。



 祭りは夕刻から始まった。

 からすうりやかぼちゃで作った色鮮やかな灯りが飾られ、笛や太鼓、弦楽器の音が鳴り響く。

 城下町はもちろん、王宮の中も華やかに飾られた。

 娘たちは着飾り、子供たちははしゃぎまわる。

 竜王アヴィエールが年に一度領地に降り立つと言われる竜王降臨祭は国を挙げての祭りだった。

 そして、この日は五十年に一度の『竜巫女の安息日』でもあった。

 二百年の寿命を持つ竜巫女は、普段は決して館から外に出ない。

 それが国王の命令であっても、安息日以外には決して館を出てはならぬしきたりだ。

 そんな竜巫女も五十年に一度、安息日にだけは館を出ることを許される。家族や友人に会ったり、好きな場所へ行けるその生涯にたった四日間だけ与えられた貴重な一日の休暇だった。


 カイエは母や姉と共に叔父である神官長を迎え、竜巫女をもてなした。

 祭りが佳境にさしかかると、神官長は竜王に捧げる奉納舞を舞う。


 二本の剣を両手に持ちながら舞うその舞は『ロディアル』と呼ばれる踊りで、単純な太鼓の伴奏に合わせた優雅で、かつ勇壮な舞だ。

 この舞は竜王に捧げられるものであるので、一般に公開されることはない。

 王族と王宮の大臣たち、竜王神殿の関係者だけが見守る中、竜王神殿の奥の間で竜王に捧げられる。


『ロディアル』はカイエも王族のたしなみとして教わった。

 もっとも、神官になることがなければ、披露する機会はないのだが。




「叔父上、素晴らしい舞でした」

 まだ、少し息を切らせているエセル神官長にカイエは賞賛の声を送った。

「いやあ……私も年だな。最近は息が切れるようになったよ」

 神官長は額にうっすらと流れる汗をぬぐいながら、微笑む。


「美しい舞でしたわ。きっと竜王アヴィエールも楽しまれたことでしょう」

 イーラも小さく手を叩いた。

「ありがとうございます」

 城下や民に開放している大庭園では、歓声や笑い声が響いている。

「いつまでもこの笑い声が国中に響くとよろしいですのにね……」

 イーラがの言葉にその場にいた一同はうなづく。


 神官長とイーラを招いたささやかな晩餐が終わると、セリアは静かに席を立った。

「わたくし、そろそろ疲れましたので先に休ませて頂いてよろしいでしょうか?」

「では、わたくしもセリア様と共に休ませて頂きます。参りましょう……セリア様」

 イーラがセリアと共に部屋を出た。

「では、お二人をお部屋までお送りしましょう」

 タチバナ侍従長と神官長が後に続く。


「まだ夜は長いのになあ……みんなもう休んでしまうのか……外はこんなに賑やかで楽しそうなのに、つまらないよなあ」

 一人取り残されたカイエが、エフィの目を盗んでこっそりと大庭園の様子を見にいこうかどうか迷っていたそのときだった。


「きゃぁぁーっ!」

 少し遠くで悲鳴が聞こえた。姉の声だ。

「誰か!誰か来て!」

 イーラの叫び声もする。

 何か大変なことが起こったようだった。

「姉上!今行きます!」

 カイエは急いで部屋を飛び出した。そして、信じられない光景を目にしたのだ。


 タチバナ侍従長が肩から血を流して倒れていた。

 イーラと神官長も気を失って倒れている。

 そして、そこには今まさに、屈強な男たちに連れ去られんとするセリアの姿があった。


「やばい!逃げろ」

 男たちはセリアを抱きかかえ、庭園に続く暗がりに消えていく。

「いやぁーっ!カイエーっ!」

 セリアの悲痛な声が遠ざかる。カイエは必死で後を追ったが、見失ってしまった。

 騒ぎを聞きつけてエフィと近衛の兵たちが駆けつけてきた。

「どうしました!殿下!」


「姉上が!姉上が攫われたっ!」

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