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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第4章 裁きの翼
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4.「遺恨」

 ●【4.「遺恨」】


 エフィがトトに戻ってきたのはエレが殺されてから半日後だった。


 日は沈み、あたりはすっかり闇につつまれていた。

 しかし、トトの街は静まり返っていた。

 街門を通り抜けても明かりひとつついていない街の様子にエフィは違和感を感じた。妙な雰囲気が漂っていた。


 薄暗い大通りに人が倒れている。

 一人ではない。

 複数の人間が倒れている。十人以上はいるようだ。


 エフィは目の前で倒れている若者にそっと近づくとその体に触れてみた。

 その体はとても冷たく、触れたその手にぬるりとした血液がついた。

 若者はすでに、こときれている。あたりは血なまぐさい匂いがしていた。


「死んでる……いったい何が?」


 エフィは手に持ったカンテラで若者を照らし、彼に致命傷を与えた傷口を見た。

 頚動脈に剣の一撃を食らっている。他に傷は無い。おそらく即死だろう。

 傷口は綺麗にすぱりと一文字に切れていた。彼を斬ったのはよほどの腕の者らしい。


 何者かにより、ここで倒れている人々は一瞬にして命を絶たれたのだ。

 エフィは嫌な予感がした。

 そして、次に心配になったのはオリベイルとエレのことだった。


「オリベイル!オリベイル!」


 叫んでみたが返事は無い。


「エレ!いないのかー?」


 しかし、声は闇に吸い込まれるばかりだ。


「エフィ様。どうなさいましたか?」


 アヴェリアからエフィに付き従ってきた供の者たちが心配そうな顔をして、おっかなびっくり近づいてきた。

 あちらこちらに倒れている遺体を怖がっているようだ。


「エ……エフィ様……こ……これは……」


 供の一人であるディル・ランが声を震わせる。

 彼は人一倍臆病者だが、どこか憎めない。エフィよりひとつ年下のディルは、幼い頃からタチバナ家に仕えていたが、なぜかエフィを兄のように慕っていた。


「死体が怖いのか?ディル」


「……え……それはその……」


 ディルはまごついている。もともとこういう場には向かない気のやさしい男だ。

 それを知っているエフィは困ったような顔でディルに言う。


「だから言ったろ?一緒に来てもろくなことがないと」


「い……いえ!自分は死体など怖くありません」


 空元気なのは素人目にもわかる。

 アヴェリアを出るとき、供などいらないとエフィはつっぱねたのだが、彼を心配する者たちの何人かが勝手についてきてしまった。ディルもその一人だった。


 エフィはディルの肩をポンと叩く。

 緊張が解けたのか、ディルはその場に座り込んでしまった。

 苦笑しつつもエフィはディルに言った。


「街の様子が変だ。俺は街はずれにあるオリベイルの家を見てくる。お前たちはそこにいてくれ」


 そう言ってエフィが馬に乗ろうとしたときだ。

 街の奥のほうから人馬の群れが見えた。


「誰だ」


 エフィの目の前には黒いマントを纏った一団が現れた。

 マントの襟には金色の縁取り。

 街道警備隊だった。

 アヴェリアと各地をつなぐ街道には、盗賊団や凶暴な獣などが出没することも多い。

 旅人の安全を守るために街道の各所に街道警備隊基地が置かれているのだ。


 彼らはアヴェリアからトトまでの地域の警備隊だった。

 数にして数十騎はいるだろう。こんなに多くの警備隊が現れるのはよほどのことだ。


「こんな夜更けにここで何をしておられるか」


 隊長らしい恰幅のいい口ひげの男が胡散臭そうな目でエフィを見た。

 そして、いかにも怪しいと言わんばかりに警備隊の面々はエフィをさっと取り囲んだ。


「友人を訪ねてトトへ来た所だ」

「ほぅ?」


 隊長はまだ信じていないようだ。


「身元を調べる。ご同行ねがいましょう」


 隊長がエフィに近づいた。

 面倒なことになったとエフィが舌打ちをしたその時だった。


「待て!」


 ディルが大声を出した。


「その方はミヅキ王家侍従長、ジーア・タチバナ閣下のご子息のエフィ様だ!失礼なことをするな」

「タチバナ侍従長のご子息?」


 隊長が怪訝な顔をした。


「タチバナ侍従長閣下のご子息、エフィ様は現在行方不明と聞いているが。我々はエフィ様を拉致した犯人がいると聞いてここへ駆けつけたのだ。その男がエフィ様という証拠がどこにあるんだ?」

「なんだって?」


 エフィは話が妙な方向にいっていることを不審に思い、首をかしげる。

 しかし、ディルは隊長の態度が気に入らなかったようだ。


「無礼者!これが証だ!エフィ様、失礼を!」


 ディルはエフィの右手をさっとつかむと、隊長の目の前に突き出した。


「この方の右手の中指を見ろ!貴族の証の黒曜石の指輪だ!ちゃんとタチバナ家の紋章も入ってるぞ」


 ミヅキではファミリーネームに樹木の姓を持つ貴族は、その証として一族の者全てが右の中指に黒曜石で作られた指輪をつけるしきたりになっている。

 指輪には家の紋章が彫りこまれる。

 偽者は指輪をつけることができない。なぜなら、この指輪は貴族の家に子供が生まれると直ぐに、魔道士団の術士より祝福を受けた指輪を贈られるからだ。

 指輪は子供の成長に合わせてサイズを自然と変え、その子にしかはめることも外すこともできない。

 エフィの指輪もそういった品物だった。

 そして、この指輪が唯一、彼の身分を証明するのだ。


 隊長はエフィの右手に顔を近づけて指輪を確認すると、突然頭を地面にこすりつけんばかりに深く下げた。


「こ……これは失礼いたしました。本物のエフィ様でいらっしゃいましたか」

「……ああ」


 エフィは思わず苦笑する。

 最初からこうしていればよかったのだ。





「隊長。あらためて聞きます。何があったんですか?」

「惨殺事件です。なんでもホムル人の男が暴れているという通報がはいりまして。街の半数の人々か彼に殺されたとの事。そして、さらに男は行方不明になっていたエフィ様を監禁しているという情報もあって、それで我々が駆けつけたのです」

「俺はいつのまに誘拐されたことになっているんだ?」

「はて……」

「情報が錯綜してるようだな」


 エフィは改めて頭の中を整理し始めた。


 暴れているのがホムル人の男という情報が気になった。

 やはりオリベイルに何か関係があるのかとエフィの不安はさらに強まった。


「とにかく一度、街外れの家へ……」


 エフィは急いでその場を離れた。





 オリベイルはベッドの上に横たわる愛する妻の顔をずっと眺めていた。

 家へ連れ帰り、体を清め、新しい服を着せ、柔らかなベッドに寝かせた。


「エレ……つらかったろう……仇は必ず取ってやるからな」


 オリベイルは物言わぬエレの額をそっと撫でる。

 その額はとても冷たい。しかし、オリベイルはまるで我が手のぬくもりを移さんばかりにエレをいつまでも撫でつづけた。


「オリベイル!」


 エフィが家の中に駆け込んできたのはその時だった。


 オリベイルの様子がおかしいことにエフィは直ぐに気づいていた。


「エフィか?……どこへいっていたんだ」


 オリベイルは振り返りもしなかった。

 オリベイルの声は抑揚が無く、その全身は返り血で赤く染まっている。


「……エレが死んじまった…………馬鹿な街の連中になぶり殺しされたんだ……」


 エフィが駆け寄るとそこには無残なエレの姿があった。


「エレ……いったい何が?」

「何がだって?」


 オリベイルはやっとそこでエフィに向き直った。

 しかし、その瞳は焦点が定まらず、うろうろしていた。


「なあエフィ……なんでミヅキの民はこんなに私たちホムル人が嫌いなんだ?」


 エフィには返す言葉も無い。


「自分と同じミヅキ人だぜ?お腹に子供がいたんだぜ?……なのになぜ奴らは……」


 オリベイルは剣を持ち、エフィに向けた。


「なんで奴らはエレを殺した!」


 エフィはこの一言で全ての事情を察した。


 不幸なことが起こったのだ。

 そして、罪も無いエレが犠牲になったのだ。


「エフィ……おまえはなぜエレのそばにいなかった?なぜエレを護ってはくれなかったんだ!」


 切っ先がエフィの喉を掠めた。

 オリベイルがエフィに剣を向けるなんてことは今までに一度もなかった。

 なのに……。


「まってくれオリベイル!話を聞いてくれ」

「お前は逃げたのか?同じミヅキの民同士、殺しあいたくなくて。だから逃げたんだろう」

「違う!違うんだオリベイル」


 怒りに狂ったオリベイルは容赦なく打ち込んできた。エフィはかわすので精一杯だ。

 二人はそのまま家の外に出た。

 そして、運悪く、家の外には大勢の警備隊が取り囲んでいたのだ。


「エフィ……そういうことか」

「違う!違うんだこれは」

「うるさい!黙れ、この裏切り者め」


 二人の剣が打ち合わされるごとに火花が散る。

 彼らの周りを取り囲んだ警備隊員たちやディルたちは二人の間に入る隙さえなかった。


「頼む!手を出さないでくれ」


 エフィは必死に叫ぶので精一杯だった。


 間合いをとりながら、だんだん二人は警備隊の包囲から離れた。

 あたりはどこまでも続く白い雪原だけだ。


「エフィ……お前だけは裏切らないと思っていたのに」


「誤解だオリベイル……俺の話を聞いてくれ」


「話を聞いても……」


 オリベイルの動きはエフィの動きよりにはるか早かった。


「もう、取り返しがつかないんだ!」


 搾り出すようなオリベイルのその声を聞きながらエフィは自分の腹に灼熱感が走るのを感じていた。

 いつのまにか背後に回ったオリベイルは、血が滴り落ちるエフィの腹に水平に刃を当て、ぐっと引いた。


 痛みはあまり感じなかったが、体から血と、力が抜けてゆく気がした。


 エフィはその場に崩れ落ちた。


「オリベイル…………どう……して」

「エフィ……もう、だめなんだ。お前はミヅキの人間だ。そして俺はホムル人だ」

「そんなの……関係……ない」


 エフィは残った力を振り絞って立ち上がる。

 腹から吹き出た血が、白い雪野原を真紅に染める。


「オリベイル……俺は父上と和解した。オリベイルがいたから俺……」


 エフィは激しく咳き込む。

 目の前が霞んできた。


「だけど、俺は直ぐに帰れなかった……父上のせいではない……しかし、俺が遅れてしまったことでエレの命が助からなかったのなら……俺は」


 そんなエフィの様子を冷たい目で見つめながらオリベイルは言う。


「エフィ……お前がそのつもりでなくても、お前は間に合わなかった。現実は容赦なく私の妻と子を殺した……そして、お前が意図しなくても、お前は私が望まぬ者たちを私の元に引き寄せた」


 エフィは全身の力を使ってオリベイルの腕の中から逃れた。

 激しく咳き込むたびに、血が吐き出される。


 そんなエフィの様子を見たオリベイルの顔が泣き笑いのように歪む。


「わかっちゃいるんだ。こんなのただの逆恨みだとな……だけど、私はお前が憎いよ……私がホムル人だというだけでエレの両親が私を否定したように、私もまた、お前が私のエレを殺したミヅキ人というだけで殺したくなる……」

「オリベイル!正気に戻ってくれ」

「私は正気だよ?エフィ……」


 オリベイルは薄く笑っていた。

 そして、刃にさらに力をこめ、すれ違いざま、今度はエフィの足を切りつける。



 ━━━━━━━ 殺される…………


 エフィは心の底から危険を感じていた。


 オリベイルに刃を向けるのは嫌だった。

 だけど……。


 エフィはオリベイルに刃を向けた。


「やっぱりお前も奴らと同じなんだな。俺に刃を向けるかエフィ」

「オリベイル……あなたを攻撃したくないんだ」


 オリベイルは力なく笑う。


「エフィ……甘いことを言ってるな……今、私を逃したとて、お前の立場がもうすぐそれを許さなくなる……お前はこの国の要人の息子だ。おまえ自身もいずれ王宮の要職につく身だ。お前にとっては私は倒すべき存在だろう?」


 エフィにはわからなくなっていた。

 オリベイルはなにがしたいのか?

 まるで攻撃されることを望んでいるような口ぶりだ。


「死ね!」


 オリベイルの次の一閃をエフィは難なくかわした。そして、一瞬のうちに、刃をオリベイルの腹に突き立てる。


「……ぐっ……」


 オリベイルとエフィはちょうど雪原の中で抱き合うような形になってしばらく動かなかった。


「……そうだ……それでいい……」


 オリベイルはそう言うと雪の中に倒れこんだ。


 そして、動かなくなった。


「うおおおおおおおおおおーーーーーーっ!」


 エフィは叫ぶ。

 心の奥底の感情をすべて吐き出すように。


 声を聞きつけて警備隊がやって来た頃、エフィの記憶は途切れた。



 ━━━━━━━ 白い……雪原の記憶。







「お前は私が何を望んでいたのか、あの時気づかなかった」


 エフィが話し終わるとクラウはそう言った。


「あの時確かに私は死んだ。でも、あの時はよかったのだ……私は死に場所を探してた。だから、お前に斬られて死んでもいいと思ってた……しかし、私は助けられた。闇のそこから囁かれた声に……」

「声?」

「お前の復讐はまだ終わっていない。そのままでは何も変わらないとね……」


 クラウはエフィをまっすぐに見つめる。


「そして、私は問われたのさ。『声』に……新たな命が欲しいか?と。新たなその人生全てを怒りと憎しみに捧げるかと」


 クラウは剣の先をエフィに垂直に向けた。


「私は答えた…………『捧げる』とね」



 ━━━━━━━ 次の瞬間、エフィの胸に鋭い痛みが走った。



「とどめだ……今度こそお別れだ……飛燕」





 クラウはエフィの胸に思い切り剣をつき立てた。

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