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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第4章 裁きの翼
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3.「不幸な誤解」

 ●【3.「不幸な誤解」】


 ━━━━━━━ 十一年と少し前のことだ。


 エフィ・タチバナは親に反抗して無鉄砲な家出をした十七歳の年から二年をオリベイル・カランと共に旅して過ごし、逞しい十九歳の若者になっていた。


 エフィとオリベイルは長い旅を終えて、ホムル王国に戻っていた。

 二年の旅のあいだにオリベイルは旅先で出会ったエレという二十二歳の娘を妻に迎えていた。


 エレ・スズシロはエフィと同じミヅキ人の娘だったが、彩岩楼皇国の仕立て屋で織り子として働いていた。

 彩岩楼皇国の伝統工芸である美しい草木模様の織りはどこの国でも人気があり、さまざまな国から仕立て屋の娘や織り子を目指す娘が勉強にきていた。

 そして、エレもその一人だった。

 エレとオリベイルが恋に落ち、やがて結ばれるとエフィは我がことのように喜び、二人を祝福した。


 朗らかで明るいエレは、同じミヅキ人であり、年下のエフィを弟のように可愛がり、三人はまるで本当の家族のようだった。


 エレの体にはしばらくして新しい命が宿り、二人はエレの故郷でエレの両親に会うために、また新しい命をエレの故郷で産むために、一旦ホムルまで戻ってきた。

 直ぐにミヅキへ行かなかったのは、エレがオリベイルの故郷であるホムルに行きたがったことと、長く音信不通だった父親に再会するのを渋っていたエフィを一旦ホムルで落ち着かせるためだった。

 オリベイルの両親は既に他界し、ホムルにはオリベイルの遠縁がいたが、殆ど親交はなく、オリベイルは天涯孤独も同然の男だった。

 それでもエレは夫の故郷を素敵な場所だと言い、オリベイルもそんな妻の姿を微笑みながら見守っていた。


 二人はこの時幸せの絶頂にあった。



 やがて、約半月をホムルで過ごしたあと、エレとオリベイルの説得で、エフィもなんとかミヅキに戻ることを承知し、三人はミヅキに入ったのだ。

 エレとエフィにとっては懐かしい故郷であり、オリベイルにとっては新たな故郷となる場所だった。


 エレの故郷はトトにあった。


 エレの両親は勉強のため彩岩楼皇国にいた筈の娘が突然帰ってきたことを驚いていたが、彼女が既に身篭っており、夫を連れて戻ってきたと知ると、娘婿に会いたがった。


 そして、紹介されたオリベイルを見た瞬間、エレの両親は顔色を変えた。


「ホムル人の男など絶対に娘の婿として認めない!」


 ホムル人というだけでエレの両親はオリベイルを忌み嫌ったのだ。


 ホムルとミヅキの習慣はかなり違う。

 節制を重んじ、禁欲的なミヅキ人にとって、享楽的なホムル人は堕落した民族という根強い偏見が一部にあった。

 また、ホムルが軍事国家であったことも災いした。

 キャラバンが大規模なホムルの軍の隠れ蓑的な存在ではないかという疑惑は常に一部にはあった。

 不幸なことにエレの両親はそういう考え方をする人たちだった。


 エレは泣きながら両親を説得した。

 オリベイルはそんな人ではない。ホムル人であるというだけで彼がなぜ責められなければならないのかとエレは必死に食い下がる。

 ところが、根強い偏見を持つ両親は、いかに愛する娘の説得といえど考えを曲げることはなく、そればかりか娘をたぶらかしたとオリベイルを非難しはじめた。


 オリベイルとエレは彼女の両親の家を追い出された。

 しかし、それでもオリベイルはなんとか両親の誤解を解こうとした。

 ホムルに戻ることを選択せず、トトの街の外れにある原野の一角に小さな家を建て、そこで暮らし始めた。

 認めてもらえるまで何度も説得しようと二人は決めたのだった。


 エフィはそんな二人に何の力にもなれない己が無力さを恥じていた。

 権力者である父親の力を借りれば、どうにかなるかもしれなかったが、もともと父親に反発して家を出たのだ。いまさらどの面で父親に逢うというのか。

 エフィも悶々と悩む毎日だった。

 三人は人目につかぬよう約七ヶ月をひっそりとそこで暮らしたのだ。





「……お前が俺とエレにした仕打ちを俺は決して忘れない」


 クラウがエフィの回想を遮った。


「お前があの災いを呼び込んだんじゃないか!否定できるのか?飛燕」


「私は必死に止めたんだ。だが……あの時の私にはその力はまだ無かった。父にもう少し早く助けを求めていたら……こんなことにはならなかったかも知れない……それについて私は弁解しない。だから十年前のあの日、私はあなたの手にかかって死んでもいいと一度は思ったんだ……」


「最後までお前を信じてやりたかったよ、飛燕……だが、やはり私は許せない。お前を……お前の国であるミヅキを……」



 自分の呼び込んだ不幸。

 エフィは思い出すだけで消えてしまいたくなる程だ。

 忘れてなどいない。あの日の恐ろしい出来事を。



 ━━━━━━━ あの悪夢の日。


 全てが崩壊したあの日をエフィは今でもはっきり覚えている。


 オリベイルとエレと共に、エフィは暮らしていた。

 アヴェリアに帰り、父に会う決心はまだついていなかった。

 オリベイルとエレを誹謗中傷の目から護りたいという気持ちもあって、なおさら帰れなかった。

 いまや小さなトトの街中で二人の噂は広まっていた。


 ホムル人の男に騙されて孕まされた娘が恥ずかしげもなく戻ってきただの、二人してミヅキをホムルに売る気だの、実は侵略を目論んでいるホムルの手先だの根も葉もない噂がすでに街じゅうに広がっていた。

 食料等を買いに街へ行っても当然売ってもらえず、反対に石を投げられる始末だった。

 エフィはそんな二人の為にアヴェリアへ行き、一週間分の食料や生活用品をこっそりと買い込んでくるぐらいしかできなかった。


 ところが、アヴェリアに行った時、父親の部下だったサフィス・ツツジが、エフィの姿をアヴェリアの食料品店で偶然見かけたのだ。

 彼はエフィの後をこっそりとつけた。そして、エフィがオリベイルとエレの家に入って行くのを見て、不審に思ってトトの街の住人に尋ねたのだ。


「行方不明だった王宮の侍従長の子息までがあの男にたぶらかされている」


 あっという間にその噂が広がった。


 トトの街の住人たちはもう黙っていられなかった。

 血気盛んな若者たちを中心に、大勢がオリベイルの家へ乗り込んでいったのだ。


 運悪くオリベイルもエフィも留守だった。

 家にいたのはエレ一人だった。


「この恥知らずめ!侍従長のご子息まで誘拐していたのか!」


 エフィはいつのまにか誘拐されたことになっていた。


 エレは街の広場に引き出され、石を投げつけられ、棒などで酷く殴られた。

 すでに臨月でいつ子供が生まれてもおかしくない状態のエレを住民たちは容赦なく打ち据えた。お腹の子供をかばおうと、エレは必死で腹を抑えて耐えた。

 衣服は破かれ、全身傷だらけ、痣だらけになりながらもエレは耐えた。


「殺せ!」


 集団ヒステリー状態になった住人たちはまるでエレを悪魔か魔女のように扱った。

 羽交い絞めにされ、腹を殴られ、エレは断末魔の悲鳴を上げた。


 エレの両親がさすがに恐ろしくなって止めに入ったが、熱狂状態になった人々を止めるすべは無かった。


 エレが無残な姿でオリベイルに発見された時、エレは虫の息だった。

 彼女の足の間からは羊水とおびただしい血が流れていた。

 子供は絶望的だった。


「ごめんなさい……赤ちゃん……護れなかった……でも、よかった……あなたが無事ならそれでいいの……」


 それがエレの最後の言葉だった。

 オリベイルの復讐心に火が点ったのはその時だった。


 オリベイルは絶対に手にするまいと誓った剣を手に取った。


 後に『トトの惨殺事件』といわれる大量殺人がオリベイルの手によって行われたのはこの時だ。

 オリベイルは鬼人のごとき形相で街を徘徊し、エレの殺害に関わった者を一人残らず切り殺した。

 エレが死んだとき、広場にいた住民たちは老若男女問わず全て一撃で殺された。

 それでもオリベイルの復讐心は収まらなかった。





 エフィはその頃、アヴェリアの自宅に戻っていた。

 ツツジの通報で駆けつけた父の部下たちにトトの街道で見つかったエフィは強制的に連れ戻され、その後のトトでの事件を知らなかったのだ。


 約三年ぶりに再会する父親を前に、エフィは黙り込んでいた。


「お前がミヅキに戻っていたと聞かされたときには驚いた」


 エフィはうつむくだけだった。


「……父上……俺は」


「お前が私をどう思っていたかぐらいはわかっていた。それに対して何もお前の望むことをしてやれんかった私はお前に責められても仕方が無い。本当に悪かったと思う。許してくれ」


 叱られるとばかり思っていた父から出た謝罪の言葉にエフィは驚いていた。


「私は何も聞かない。お前がどこにいたのかも、何をしていたのかも、お前が話したいと思うまで私は聞かない。だが、自分勝手はもうこのぐらいにしておけ。カイエ殿下がどれだけお前を心配してたと思う?毎日私に「エフィは?まだ今日も帰らないの?」と聞くのだぞ?」


「殿下には申し訳ないことをしたと思います……でも」


「言い訳はするな。私に不満があるならそれでもいい。だが、殿下はお小さい頃からお前を兄のように慕うておられるのだぞ?殿下がどれだけお寂しい思いをされたか考えればお前がこれからすべきことはわかるだろう?」


「はい……申し訳ありませんでした」


「……もう、そろそろ帰ってきなさい。エフィ」

 父親は彼に優しく言った。

 エフィは今まで見たことも無い父の表情を見ると、これ以上反発はできないと思った。

 あの厳格な父親が今にも泣き出しそうな表情をしていたのだ。


「わかりました。父上……俺、家に戻ります」


 父がどれだけ知っているのかはわからなかった。

 だが、頭ごなしに叱ることもなく、ただ、自分が仕える主の心配をしろとだけ言ったのだ。


 王家への奉公一筋の父らしかった。

 そういうところが好きになれなくて反発して家を飛び出したのだが、父と改めて向き合うことで、その言葉の裏に隠れた自分への思いが、三年の年月を経て自分にもわかるようになっていたことにエフィは戸惑っていた。

 オリベイルと過ごした三年。

 それがエフィの子供っぽさを取り去り、彼を大人へと成長させたのだ。

 そして、今の自分なら自分の仕事に絶対の誇りを持っている父の気持ちを理解できると感じていた。

 エフィは三年間の父親との確執が解けた気がした。それと同時に、青臭い自分を恥じ、反省もしていた。


 しかし、この時のエフィの不在が不幸にもオリベイルとの袂を分かつきっかけになるとはまだこの時エフィ本人は知る由も無かったのだ。



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