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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第4章 裁きの翼
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2.「邂逅」

 ●【2.「邂逅」】


 近衛師団長のエフィ・タチバナは北の街、トト近郊にいた。


 アヴェリアやジャラクからの避難民を安全なトトに誘導する任務についていたのだ。

 これは本来近衛である彼の仕事ではない。

 しかし、人手不足とカイエからのたっての希望だった。


「自分のことは自分でなんとかする。エフィは少しでも多くの民を護ってほしい」


 本当はカイエの側にいて、カイエを護りたい気持ちは誰よりも強かったが、それがカイエ自身の望みなら、その意に従うことを彼は選んだ。


 ジャラクでの壊滅的な敗北により、国軍はかなりのダメージを受けていた。

 戦死者はかなりの数に上り、最強といわれた魔道士団からも少なからぬ犠牲者を出していた。

 悪いことは続くもので、そんなときに魔道士団長のラドリが逝去し、長を失ったソーナ族の魔道士達は激しく動揺していた。


 たった一晩で状況は激しく揺れ動いた。

 ジャラク陥落の一報が届き、その直後にラドリが逝去した。

 まるで呪われたかのように悪いことが続けて起こったのだから無理はない。

 情報は数時間もしないうちに王宮を中心としたアヴェリア一帯に伝わった。


 こんどこそ本当にミヅキはだめかもしれないという嫌な空気がアヴェリアを包んでいるようだった。


 不安、嘆き、そして理不尽な怒り。

 その矛先はいろいろなところに向き、多くの不満を生んだ。

 それは王宮の近衛にも向けられた。

 国軍の兵士と違い、最前線で傷つくことのない近衛に国軍の兵士たちからの不満が向けられる。

 あからさまな誹謗中傷は伝染病のように広がり、エフィも頭の痛いところだった。


 カイエはその声をいち早く聞きつけたのだろうか。

 カイエはエフィを呼び出し、民間人のトトへの誘導と警護をエフィに命じたのだ。


 近衛師団長自らが最前線で民間人の警護に当たることで、近衛への風当たりは少しはましになるだろうとカイエは考えたのかもしれなかった。

 エフィは幼い頃からまるで本当の弟のように慈しんできた若い主の成長をあらためて感じていた。


 アヴェリアからトトまでは馬で約一日の距離。

 早朝にアヴェリアを出発した避難民の第一隊は明日の早朝にはトト近くへとたどり着くはずだった。

 ホロの国境に近いトトは、夏でもはらはらと雪が舞うこともある寒冷地だ。

 トトの北にそびえる雪深いソラリア連山を越えて、さらに一昼夜ほどの距離をゆけばもうホロの領地だ。


 エフィ率いる近衛隊が避難民の第一隊を無事にトトの街門に全て送り終えた頃には、もう日は沈み、辺りは薄暗くなっていた。

 第二隊が到着するのは明日の早朝。それまでは街道の警備にあたらなければならない。


 アヴェリアは初夏の暖かさだというのに、ホロに近いトトは夕刻になると小雪が舞い落ちてくる寒さだった。


 厚手の防寒上着を着ていても、ひんやりした空気がエフィの上半身を包む。

 夜が近づくほどに彼の息は白くなり、馬の手綱を操る手はかじかむ。


 鈍色(にびいろ)の重そうな雲がどんよりとあたりを覆い、そろそろ太陽の残照だけではあたりが見えにくくなってきた。

 エフィは街道の無事を確認してからトトへ戻ろうと薄闇の中、一人でアヴェリア方面に馬を少しだけ走らせる。


 夜のトト街道はよほどのことがなければ人は歩かない。

 トト街道を夜に通るのは、急用のある馬車ぐらいだ。夏でも極寒であるこの地域に、防寒装備もなく歩くのは自殺行為。

 ましてや気温の低くなる夜はなおさらだ。


 このあたりの地域は特に寒く、人気もなければ人家もない。旅人の助けとなる竜王堂も存在しない。

 あるのはただ、寒々とした枯野の原野だけだ。完全に暗闇になると道に迷う。それは命の危険を意味する。


 見渡す限りの薄闇の原野。

 殆ど溶ける事のない根雪が所々に点在する寂しい場所。

 この景色をエフィは忘れてはいなかった。

 かつて、ここで親友と、親友が誰よりも愛していたやさしい人と、約一年近くを三人でひっそり暮らしたことがあった。

 つらい時間だった。でも、彼の心から永遠に消えない時間だった。


 ここにはつらい思い出が多すぎた。

 めったに感傷に浸ることの無いエフィだったが、トトの寒さが彼の中の記憶を少し蘇らせたのだろう。

 暗さが増し、エフィの頬を切れそうなほどに冷たい北風が容赦なく打つ。


 手にもったカンテラに火を入れ、エフィはトトへ戻ろうとした。


 その時だ。


 ふと、人の気配を感じ、エフィは振り返る。

 カンテラの薄明かりに照らされたのは影だった。


 否。

 影のように見える人の姿。


 その人物は全身に黒衣を纏い、エフィをじっと凝視している。

 黒いフードに隠れているため、表情はよく見えなかった。


 避難民がまだ残っていたのかとエフィは馬を近づけた。


「どうしました?迷ったなら私がトトまでお送りしま…………」


 そこまで言いかけてエフィはさっと馬をうしろに引いた。

 本能的な直感と、咄嗟の機転がエフィの命を救った。


 人影はいきなり剣を抜いて、エフィに斬りかかったのだ。


「久しぶりだな……飛燕(ひえん)


 その声を聞いたエフィは思わず身構える。


 影は被っていた防寒用の黒いフードを頭から外した。


 おさまりの悪いぼさぼさの髪が冷たい夜風に乱れ、無造作に伸ばした髭の中に埋もれた口元が笑いの形に歪む。

 じっとエフィを凝視する闇よりも濃い黒の瞳。

 その左目尻には目立つほくろ。


「……オリベイル……いや、今はクラウと呼ぶべきか?」

「どちらでもいい。今の私にはどちらでもさほどの違いはない」

「昔の名で呼ばれるのは嫌じゃなかったのか?」

「気にしないことにした。どうせ、もうじき誰も呼ばなくなる名だ。最後に一度ぐらい呼ばれるのも悪くない」


 クラウは淡々と言った。


「どういうことだ」


「どうもこうもない……私の昔の名前を知る人間が一人もいなくなれば、もうその名前を呼ぶ者もいなくなるということだよ。飛燕」

「……何しに来た」


 エフィは馬を降り、剣のつかに手をそっと置いた。


「昔話をしにきたのではないことは確かだ」


 エフィは無言で剣のつかをぐっと握り締める。

 容易に勝てる相手ではないことはわかっている。むしろかなりまずい状況だということをエフィ自身自覚していた。


「そんなに肩に力が入っていると動きが遅くなると何度も教えただろう?その悪い癖はまだ直っていなかったのか?」


 クラウは薄笑いを浮かべる。


「あなたはいったい何をしたいんだ……何が望みだ」

「前も言ったはずだ。私の望みはお前を殺すことだよ……飛燕。このときをどれだけ待ち望んだか……ホムルで逢ったときも、私はお前をすぐにでも殺したい衝動を抑えるのが必死だった」

「オリベイル……まだ、あなたはあの事を恨んでいるのか?あれは、誤解だったと何度も言っているじゃないか」

「誤解?」


 クラウの頬がピクリと上がる。


「そんな言葉は……」


 言いざま、クラウはいきなりエフィに斬りかかる。

 エフィは間一髪でそれを避け、さっと後ろへ下がる。


「言い訳にしかならんのだよ。飛燕」


 クラウは剣の切っ先をまっすぐエフィに向け、言い放つ。


「エレは……私の妻は、まだ生まれてもいなかった私の子供は誤解で命を落としたとお前はいうのか?!」

「違うんだオリベイル!聞いてくれ……」

「何を言っても無駄だ!」


 クラウは再びエフィに斬りかかる。

 エフィはよけるのがやっとだった。

 十年前のあの出来事は誤解と、僅かな差別を止めることができなかった自分の落ち度であったことはエフィも認めている。

 しかし、クラウは完全に誤解している。

 ミヅキの民全てが彼の思うような民ではないと。

 それをわかってもらうには、このままエフィは彼に斬られるわけにはいかなかった。


「十年前……あの時もちょうどこの近くだったな。三人で暮らした家もこのあたりだった……今はもう、何も残っちゃいないだろうが……飛燕……あの時、私は完全にお前を殺すことができなかった。そして、不覚にも私はお前に瀕死の重傷を負わされた……情けをかけることが、どれほど愚かしいか、あの時思い知ったよ!」


 何度か剣が打ち合わされる。

 二人は睨みあいながらいつしか街道を外れ、残雪の残る原野に踏み込んでいた。

 厚い雲間から時折うっすらと顔を覗かせる月明かりと、ぼんやりした雪明りの薄闇の中、剣がぶつかる火花がちらちらと飛ぶ。


 互角の腕の二人はなかなか決着がつかない。

 両者ともに息があがり、はあはあと白い息を吐き出しつつ、それでもお互いから一瞬たりとも目を離さなかった。

 隙を見せた瞬間が命取り。打ち合いは何度も続いた。


 打っては離れ、また隙をついて素早く斬りかかるエフィの素早さは、その異名が示すとおり、まるで燕が軽やかに飛ぶようだ。

 エフィの動きにクラウはついてゆくのがやっとだった。

 その一方で、圧倒的な力と剣圧を持つクラウに打ち込まれると、エフィはその衝撃に耐えるのがやっとだった。


「お願いだオリベイル……本当に誤解だったんだ!聞いてくれ」


 何度目かの打ち合いのあと、間をとった二人は、打ち込む隙を伺い、お互いを牽制しあっていた。

 二人が出会ってから十三年。

 最後にあの悲しい事件で二人が死闘を演じてから十年が過ぎていた。

 十年の年月は悲しいかなクラウから徐々に体力を奪い、次に打ち込まれたら本気で危ないと彼自身もうっすら悟っていた。


「わかった……聞いてやろう……だが、単なる言い訳なら、今度こそ容赦なくお前を斬るからな……エフィ」


 クラウは漸く構えを解き、剣をもつ腕を下に下ろした。


 エフィも剣をおろし、二人はお互いの声が充分届きつつも、それでも咄嗟に斬りかかられたらその切っ先をかろうじてかわせる程度の距離まで近づいた。


「全ては誤解から始まったんだ……あれは不幸な誤解が生んだ悲しい事件だったんだ……許してほしいとは言わない……でも、お願いだから聞いて欲しい」


 エフィはクラウの目から視線をそらすことなくゆっくりと話し始めた。

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