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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第4章 裁きの翼
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1.「女神の武具」

 ●【1.「女神の武具」】


「……そうですか……逝かれましたか」


 イーラはそう言って目を閉じると長いため息をついた。


 カイエが竜巫女のイーラを訪ねたのはラドリが亡くなった翌朝だった。

 アヴィエール神殿を訪ねたカイエが何も言わないうちにエセル神官長はカイエを鏡湖へと案内した。

 まるで全てをわかっているようだった。

 カイエは敢えて訊ねなかった。神官長も何も言わなかった。


 神官長とカイエが鏡湖の湖畔に着くと、イーラの使いの白鳩がすでに湖畔でカイエを待っていた。

 白鳩は光の路を作り、神官長は湖畔でカイエを見送った。


 光の路を通って竜巫女の館の前にカイエが降り立つと、イーラは穏やかに微笑んで軽くカイエに会釈をした。


 竜巫女の館は十二歳の時に訪れた時のままだった。


 あの時、カイエにお茶を運んだ花の精のユーリも昔と変わらぬ姿だった。

 竜巫女の館はまるで時が止まっているかのようだった。

 変わったのはカイエ一人だけのような気がした。


 爽やかな香りの銀薄荷茶が二人分置かれたテーブルに向かい合い、カイエはイーラにラドリの訃報とその時に聞いた話をした。


「なんとなくそんな予感を感じてはいましたよ。陛下」


 イーラは伏目がちな表情だった。

 ラドリとイーラは懇意だった。

 彼女が竜巫女に選ばれた十四歳の冬に、竜巫女の館へ出向く前に訪れたミヅキ王宮でラドリに出会った時からの長い付き合いだ。


「わたくしも今年で百五十五歳です。竜巫女としての寿命はあと五十年ほどで尽きます……。竜巫女としての百五十年を一緒に過ごす事のできた方はラドリ様だけでした……」

「イーラ様は先生の過去をご存知だったのですか?」

「知っていましたよ。あの方がソーナの最後の王であることも、竜王の罰を受けた罪びとであることも」

「そうだったのですか……」


 イーラはゆっくりとうなづいた。


「イーラ様。どうか教えてください。裁きの翼のことを。それと、イーラ様が五年前に見た夢のことを」


 カイエはイーラに深く頭を下げた。


「もちろんです。陛下。それはわたくしの役目ですから……では、陛下。わたくしと一緒にこちらへおいでください」


 イーラは席を立ち、カイエを手招きすると、部屋の奥にある扉から隣の部屋へ入っていった。


 扉を出ると長い廊下がある。ぴかぴかに磨き上げられた大理石の廊下を、イーラとカイエはしばらく歩いた。

 竜巫女の館のつくりはどこも同じらしい。

 ガイアルの竜巫女、フェリスの館へ行ったときにここと同じ間取りの廊下を歩いたことがある。

 カイエの予想が正しければ、行き着く先は降臨の間だ。


 そして、カイエの予想は正しかった。


 降臨の間はガイアルの竜巫女の館で見たものと全く同じだった。

 ただ、違うのは飾られている竜王像はアヴィエールのもので、溶岩の泉だったものは清水がこんこんと湧き出る清らかな泉だった。


「ガイアルの竜巫女の館と同じでしょう?」


 イーラは薄く微笑みながら言った。


「はい。驚きました」

「ここは降臨の間でもありますが、禁書のある間でもあるのです」

「禁書?」

「そう。竜王教の禁忌。女神デーデに関する古い書が置かれているのです」


 そう言いながらイーラは手にした錫杖の先を竜王像の口元へ軽く当てた。

 鈍い音がして竜王像の口がゆっくり開く。イーラは竜王像の口に手を入れ、そこから小さな箱を取り出した。


「これは?」

女神(デーデ)について書き記された書です」


 イーラが箱を開くと、そこから古ぼけた黒い皮表紙の本が一冊現れた。


「こんな本があったなんて……」

「これは女神に唯一近いある一族の者の手によって書かれたもので、その存在は竜王教の禁忌となっています」

「ラドリ先生も言っていました。女神の拠りしろとなる隠された一族がいると」

「ええ。神話の時代、女神の拠りしろとなることを受け入れたある青年がいました。その青年の末裔の一族から何代かに一人、女神の拠りしろになれる子供が生まれるのです。その所在は謎で、何という名なのか、どこに住むのかなど全ては伏せられています……ただ……」


 イーラの顔が少し曇る。


「ただ?」

「現在、その一族の血を引く者は絶えたと聞いています。最後に残った一人は何年か前に死に、その子供は行方がわからないそうです。裁きの翼の生まれる時代に女神の拠りしろが行方不明というのはとても嫌な感じがしますね……」


 そう言いながらイーラは本をパラパラとめくった。


「しかし、皮肉なものです……まさか陛下の中に裁きの翼があったなんて……」

「どういうことですか?皮肉って……」

「裁きの翼が女神に宿る時……それは竜王を裁く女神の五つの武具が女神の元に揃う事を意味します。長き時代の間に女神の元には武具が集まっていたのでしょう……裁きの翼は罪を犯した二人の少年の命がその両翼となるのです。そして、裁きの翼が生まれ出る時は必ず戦が起こるとされています……戦からもっとも縁遠く、平和な時代の平和なこのミヅキに戦の象徴とも言える裁きの翼が現れるなんて……」


 イーラは大きな溜息をついた。


「裁きの翼が今までに出現したことがあるのですか?」

「神話の時代に一度きり。その時は、黒竜ヤパンが大陸で暴れた時でした。ヤパンが女神(デーデ)に許しを請い、悔い改めたことでおさまりましたが……デーデジア大陸と黄土大陸(こうどたいりく)が遠く離れたのはその時です。もともと二つの大陸は地続きだったのです。その時、人間たちをも巻き込んだ大きな戦が起こったのです」


 カイエは驚いていた。

 なにもかもがはじめて聞く話だった。


「ここを御覧ください。陛下」


 イーラが開いたページは女神の五つの武具について書かれたものだった。



 ひとつは『沈黙の衣』。

 千種類の花弁から作った染料と千種類の蔓の繊維を使って千人の草木の精が紡いだ糸を、稀有なる美声を持つ乙女の歌声と、無垢なる心を持つ青年の祈りで千日の間清められた糸を使って、草木の王である桜翁が千日かけてその理力を込めて織り上げた織物を使って仕立てられた衣。

 全ての毒、炎や氷、風などを完全に防ぐ。


 ひとつは『叡智の兜』。

 これを被るとどんな衝撃からも頭部が護られ、また、敵の行動の先を読むことができる。そしてすべての動植物、精霊の声を聞くことができる。


 ひとつは『慈愛の楯』。

 どんな剣も、竜の牙さえ通さない防御力のある楯。

 これを持つと体の疲れを徐々に回復し、傷ついた者にかざせばその傷を癒す。


 ひとつは『契約の剣』。

 女神が創造主から託された剣。

 竜の鱗を難なく貫き、竜王を土に返すといわれている。

 本来、女神が持つはずのこの剣がなぜ女神の手元にないのかは謎である。


 そして最後は『裁きの翼』。

 風よりも速く空を駆けることができる。

 羽ばたけば大風を起こし、どこまでも飛ぶことができる。


 これらの女神の武具は人間の中に封じられている。

 封じられた人間はそれに気づかず、何代もの間、それは子孫に受け継がれていく。

 時が来れば女神は封じた人間の中からこの武具を取り出し、竜王に裁きを下すのだ。



 読み終わったカイエは不思議そうな顔をした。


「不思議ですね。僕に裁きの翼があるなら竜王は自分を滅ぼす武具を封じた僕を滅ぼすこともできる……なのに、僕は生きている。それどころか竜王は罪を犯した僕に償いの機会すら与えた……どうしてか僕にはわかりません」

「竜王は人間たちを愛しています。自分の鱗から作ったいわば自分の子供のようなものですからね……また、女神は必ずしも竜王を殺すわけではありません。人の世が乱れて来た時、竜王に警告を与える意味もあるのです。神話の時代のときに裁きの対象になった黒竜ヤパンは女神に許しを請い、黄土大陸とデーデジア大陸を分けて他の竜王から離れることで土に還ることを免れました」

「では、今度はどの竜王が?」

「おそらく……我がアヴィエール……もしくはガイアル。あるいはその両方」


 イーラは困ったような顔をした。


「竜王アヴィエールは陛下の中に裁きの翼の片翼があると知った時、自分にいずれ女神の裁きが下ることを悟ったのでしょう。だから、わたくしにあの預言の夢を見せたのだと思います。戦が起こる予兆をあの夢の中に込めたのでしょう」

「竜王はなぜ裁かれねばならないのですか?イーラ様」

「それはわたくしにもわかりません……その理由は女神(デーデ)以外知りえないのです」

「イーラ様……僕はどうなるのですか?」

「裁きの翼がどのようにして女神の手に渡るかはわたくしにもわかりません。また、裁きの翼の両翼が揃うには、陛下はもう片方の翼を持つ対の相手と出会わなければなりません。陛下が今後どうなるかは、残念ながらわたくしにもお教えできないのです」


 イーラは悲しそうにそう言った。



 カイエは複雑な気持ちだった。

 翼の片翼。

 自分の対が誰であるかは知っている。



 エーレウス。

 逢いたくてたまらない親友。

 僕たちは、女神の翼が揃うときに再び会えるのだろうか?

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