22.「開戦」
●【22.「開戦」】
イサノの行動は迅速で、夜が明ける頃には本隊の殆どはペタを出払ってしまっていた。
クラウの報告を聞いてすぐにイサノは伝令を呼び、攻撃開始の命令をジャラクの先鋒隊へ伝えるように指示を出すと、本隊にも同時に夜明け前の移動開始を伝えさせた。
伝令は夜の闇の中をひた走り、ジャラク街門に陣を張る先鋒へ攻撃開始の伝令を持って走った。
用意は数時間もたたぬうちに整った。
数万にも及ぶ本隊が、イサノの命令で一挙に進軍を開始した。
「これでいい。これで全てうまくいく。誰も私の計画を邪魔させない」
イサノは馬上で一人ほくそえむ。
クラウは夜の闇に紛れ、伝令より少し遅れてペタを出発し、ジャラクへと向かっていた。戦の混乱に乗じてミヅキへ潜入するのが目的だった。
戦列は進む。
規則正しい蹄の音が、夜の静かな街道に響く。
槍や刀や弓を持つ歩兵、馬に騎乗した騎兵の列が途切れることなく長く続いてゆく。
静まり返ったジャラクの街門に向かって一本の火矢が放たれた。
それに続き、無数の矢や投石器をつかった攻撃が激しく開始された。
少し遅れてジャラク側からも激しい応戦が始まった。
こうして、日が昇る直前に、戦いの火蓋は切って落とされたのだ。
ミーサは街門から響く不穏な叫び声と、悲鳴で目を覚ました。
階下がにわかに騒がしくなり、ラルフやホルガの叫び声が聞える。
ミーサが体を起こし、上着を羽織った時、階段を駆け上ってくるバタバタという音がして、ジョアンが息を切らせて部屋に入ってきた。
「ミーサ!街門が破られた。避難するよ!」
「ついに、始まったの?」
「うん。急いで!早く」
ジョアンと一緒に階下に下りたミーサを見てラルフが叫んだ。
「早く!外の馬車に乗って!」
「はい」
馬車には診療所に入院している何人かの重症患者が不安そうな顔をして座っていた。
「ミヅキはどうなってしまうんでしょう?」
片目を包帯で覆った老婆が不安そうに馬車の窓から外を眺め、その有様に怯えたように肩を竦めた。
窓の外から見えるのは混乱した街だった。
持てるだけの荷物を持ち、着のみ着のままで人々は北を目指す。
王宮のあるアヴェリアへ、或いは国境の北にある安全なトトへ。
怯える老婆の肩にそっと手を置いて、ミーサは優しく話し掛ける。
「大丈夫ですよ……きっと。こんなこと、竜王様が許すはずありません」
「そうね……私たちはなにもしていないものね……」
「ええ。今はただ、祈りましょう」
老婆の顔が少し明るくなった。
「竜王アヴィエール……我らを守り給え」
老婆は両手を組み、一心にその場で祈り始めた。馬車にいた他の患者達もそれに習って両手を組んで頭を垂れ、祈り始めた。
馬車はようやく動き始めたが、その歩みは恐ろしく遅かった。
大通りは避難民でごったがえし、馬はなかなか進むことができなかったのだ。
そうしている間にも兵は迫ってくる。
しかし、御者台に座るラルフとホルガは馬を巧みに操り、人の少ない抜け道を選んで進んだので、ミーサたちの馬車は早々とジャラクの街を出てアヴェリアへ続く街道にようやく抜けることが出来た。
「これで少しは安全ですよ」
御者台からラルフがミーサたちに声をかけた。
「アヴェリアまで避難します。もうしばらく辛抱してくださいね」
アヴェリアへ向かうと聞いて、ミーサの心は複雑だった。
カイエのいるアヴェリアへ行ける。カイエに逢うことができるかもしれない。
嬉しい反面申しわけない気分で一杯だった。
攻撃が開始された知らせはカイエにもすぐ届くだろう。
カイエの気持ちを考えると、ミーサの心は激しく痛んだのだった。
エーレウスがペタに到着したのはイサノ率いる大隊が出発してから半日以上後だった。
「国王陛下!」
突然現れたエーレウスの姿を見た歩哨は酷くうろたえた。
「ご病気ではなかったのですか?」
「そんなことどうでもいい。伯父上に合わせてくれ」
「イサノ閣下なら昨夜遅くにジャラクへ向かわれましたが」
「ジャラクへ?」
「攻撃命令が出されましたので、先鋒隊に続き、本隊を全て率いて行かれました」
「攻撃命令を出しただと!」
エーレウスの顔が蒼白になる。
「……陛下?」
「……やられた……」
エーレウスは拳をぎゅっと握り締めた。
「被害が大きくならないうちになんとか止めなければ」
エーレウスは踵を返しフェリシダドが待つ馬車へ戻る。
「陛下?!どちらへ?」
しかし、エーレウスは呼びかけられるその声に答えることはなかった。
フェリシダドは真っ青な顔をしてこちらへ走ってくるエーレウスを見て大体の事情を察した。
「間にあわなかったのね?エーレ」
「まだなんとかなる。フェリシダド。ジャラクへ急いでくれ」
「わかったわ」
フェリシダドはエーレウスが馬車に乗り込むのを見届けると馬に勢い良く鞭を当てた。




