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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
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21.「脱出」

 ●【21.「脱出」】


 話を聞き終わったエーレウスは涙を流していた。


 カイエの気持ちを思うと、あの日の自分の取り乱し方が恥かしくて、そしてつらかった。カイエがいなくなったあの日の朝、枕もとに置かれていた一枝のメイサの花。

 あれこそが彼の気持ちだったのに。


「……畜生……なんで、ひとこと言ってくれなかった、カイエ……」


 エーレウスは拳でテーブルを軽く叩いた。

 テーブルに置かれたカップがコトリと軽い音を立てた。


「カイエにもいろいろ事情があったのよ、責めないであげて」

「わかってる……でも、俺はどうしたら」

「今、エーレにできることをするべきよ。桜翁があなたを助けたのにも何か必ず意味があるはずよ。そして、それにはカイエが深く関わっている……」


 エーレウスは無言でうなづいた。


「そういえば……」


 何かを思い出すようにエーレウスは続けた。


「桜翁は俺に『裁きの翼の対となれ』と言ったんだ」

「裁きの翼……?なにかしら、それは」

「それは俺にもわからない……けど、これもやはりカイエに関係があるんじゃないかと思えてならないんだ」

「そうね……私もなんとなくそんな気がするわ」


 エーレウスは改めてフェリシダドの目を見つめ、強い調子で言った。


「ペタへ行きたい。力を貸して欲しい……フェリシダド」

「エーレ……気持ちはわかるけど今のペタは危険よ。ミヅキ侵攻の総司令部はペタにあるわ。そして、イサノ閣下もそこにいる……やはり危険すぎる。私はあなたをそんな場所に行かせたくはない」


「だろうね。でも、俺はまだこの国の王だ。それに、策は考えてある。だけど、今の王宮には俺の味方は誰もいない。だから、フェリシダドの力が要る」

「エーレ……」

「俺はこの国にとってあまりいい王ではなかった。だけど、俺はまだやり直せると思ってる。俺はこの国を不必要な戦に巻き込みたくはない。一部の者の思惑のために関係のない民に血を流させるのは嫌だ」


 エーレウスの決意は固かった。反対しても無駄だろう。

 この子にできる限りの協力をしたい。

 そう考えたフェリシダドはエーレウスをしっかりと見つめて言った。


「わかった。エーレが望むことで私にできることならなんでもするわ」

「ありがとう」





 二人がそれを決めてからの行動は迅速だった。

 その日のうちにフェリシダドは大きな荷馬車に食材や荷物を積み込むと、エーレウスを一緒に乗せてジャネイラの街を出た。


 フェリシダドは出掛けに留守の間の店のことをアナとルイーザに頼んだ。


「アナ、ルイーザ。私がいない間のことは頼んだわよ」

「はい。フェリシダド叔母さん」

「人に聞かれたら叔母さんは珍しい食料の買い付けに出かけたと言います」

「お願いね」


 アナとルイーザは荷台にいるエーレウスに向かって声をかけた。


「陛下、ご無事で」

「どうか戦を止めてください。お願いします」

「うん。ありがとう。大丈夫だから。きっと戦は止めてみせるから待っていて」


 心配そうな顔の二人にエーレウスは笑って手を振る。


「では行きましょう」


 フェリシダドは馬に鞭を当て、馬車はゆっくりと夕刻の街を走り始めた。





 ジャネイラを出て一昼夜。

 馬車はビニシウスに到着した。


 商都会議事務所の近くに馬車を止めたフェリシダドは、食料の袋や果物の入った木箱のひしめく狭い隙間にエーレウスを紛れ込ませた。


「私は今から商用の通行証を貰いに行ってくるわ。暫く狭い思いをすると思うけど、ビニシウスの街門を出るまでの辛抱だから我慢してね、エーレ」

「平気だ」

「心配しなくても大丈夫よ。商都会議の事務長は古い知り合いだから、ペタへの通行証は簡単に出るはずよ。だけど、荷物の簡単な検査があるからあとで役人が荷台を調べにくるわ。あまり詳しく中は見ないと思うけど、くれぐれも見つからないようにね」

「うん。気をつける」

「検査が通ったらすぐにビニシウスの街門を出るわ。落ち着くまでは何があってもそとに出てはだめよ。私が声をかけるまではその木箱の中に隠れていて」


 フェリシダドが指差したのは大人が一人楽に入れるほどの大きさの木箱だった。

 中には小麦袋が箱の半分ほど詰められていた。


「うん。わかったよ」


「じゃあ、気をつけてね」


 フェリシダドが行ってしまってから暫くすると、馬車に誰か近づいて来る気配がした。

 フェリシダドの声もする。おそらく積み荷の検査だろう。エーレウスは小麦袋の入った木箱に入り込み、蓋を開けられてもいいように頭の上からも小麦袋を被せ、息を殺してじっとしていた。


 荷台に誰か上がってきた。


「林檎三箱、ジャガイモ五袋、アグァ三樽、チーズ一箱、塩漬け肉一樽……」


 役人は二人いるようだ。一人が積荷の品を書いた書類を読み上げ、もう一人が確認しているらしい。


「小麦一箱」


 箱が開けられる気配がした。

 エーレウスは思わず目を閉じ、息を殺す。


「確認しました」


 すぐに蓋は閉じられた。

 どうやら中の数量までは見ないようだ。

 エーレウスはほっと一息ついた。


 しばらくすると、荷台から人が去る気配がして、馬車が動き始めた。

 十数分ぐらい経った頃、馬車が止まった。

 おそらく街門を通るのだろう。エーレウスは再び緊張して身を固くした。

 蒸し暑い箱の中で、じっとりと体から染み出る汗はたいそう気持ちが悪かったが、エーレウスは我慢した。


「開門!」


 街門を護る門番の声が聞える。続いて、重い門が軋んで開く音がした。

 無事通過できたらしい。


 馬車はそのまま進む。コトコトと響いていた馬の蹄の音がしなくなり、サクサクと砂を踏むような乾いた音がしはじめた。砂漠の道を進んでいるのだろう。

 暫くして馬車が止まる。

 そして、エーレウスのいる木箱の蓋がコツコツと叩かれる音がした。


「もう大丈夫よ。エーレ」


 蓋が開かれ、フェリシダドが穏やかな笑顔を見せた。

 その手には皮の水筒が握られており、狭い箱のなかから汗だくで出てきたエーレウスにその水筒が差し出された。


「お疲れ様。暑いのにつらかったでしょう?さあ、冷たいお水をおあがりなさい」

「助かった……蒸し焼きになるかと思ったよ」


 エーレウスは差し出された水をごくごくと飲み、ふぅっと長い息をついた。


「もう外へ出ても大丈夫よ。一緒に御者台に座りましょう。ペタまではまだ遠いわ」


 ガラール砂漠の強い日差しは、暗い場所から出たばかりのエーレウスにとっては眩しすぎて、眩暈がしそうなほどだった。

 外も暑いことは暑かったが、荷台の中ににいるよりははるかに涼しく感じられ、体に当る乾いた風はからっとしていて心地よかった。


 馬を操るフェリシダドの隣に座って、エーレウスは砂ばかりの短調な景色をぼんやり眺めていた。

 馬が砂を踏むサクサクとした音だけが広い砂漠に響く。

 どちらも何も喋らない。沈黙が重く流れていた。


 今回の旅は楽しいものではない。

 フェリシダドの気分は重かった。本当にこの選択は正しいだろうか?と彼女は何度も自問自答する。

 しかし、答えは出ない。だから、エーレウスの思うとおりにさせるのが一番だと思った。

 エーレウスを危険に晒したくはない。

 本当は引き止めたかった。どこか安全な場所にいてもらいたかった。

 だけどエーレウスを止める権利はフェリシダドにはない。ただ、見守るしか彼女にはできなかった。


「エーレ。ペタへ行ってどうするの?」


 沈黙を破ってフェリシダドが話し掛けた。

 エーレウスはフェリシダドの顔を見ず、景色を眺めながら答える。


「伯父上に会う。総司令部の兵士達の前で堂々と俺が出て行けば、伯父上も俺になにもできやしないさ。もともと俺は勝手に病気にされていたんだ。元気な姿の俺が指揮をすることを反対することは伯父上にはできないよ」


 エーレウスは思いつめている。

 苛立ち、焦り、いろいろな感情が彼を支配し、そして焦らせている。

 だが、フェリシダドはなにもしてやることはできない。その歯がゆさはフェリシダドの口を自然と重くした。


「……確かにそうね」

「軍を国に引き返させる。俺は戦はしない」

「ええ」


 二人の間にまた沈黙が下りた。

 太陽が西に沈み始めた。

 赤い残照に照らされ、馬車の影が東へ黒く伸び、白い砂にくっきりした深い馬車の轍のあとだけがミヅキの方面へ向かって続いていった。






 その頃、ペタにいるイサノの元に一人の男が訪れた。


「……なんだ。ここへはよほどのことがない限り来るなと言っただろう」

「王が脱走した」


 男は全身を黒衣で包んでいた。

 その姿はまるで影のようだ。


「何だと。どうやって王宮を抜け出したんだ」


 イサノの表情が少し強張る。


「わからない。しかし、協力者がいるらしい。今頃はビニシウスの街門を通過しているはずだ。そして、おそらくここへ向かっているだろう」

「あの酒場の女か?」


 男は無言でうなづく。


「テレーゼに似たあの女の所にエーレウスがたまに通っていたことは知っていたが、害はないだろうと思ってなんとなく見逃してはきたが、うかつだったな」


 イサノは小さく舌打ちをした。

 エーレウスの母であり、イサノの実の妹でもあるテレーゼによく似たフェリシダドという女を慕って、エーレウスが時折王宮を抜け出していたことは知っていた。

 しかし、酒場の女にできることなど知れている。むしろ母親代わりにその女を慕うことで、エーレウスの心の安定が保たれるならいいだろうとイサノは考え、特に気にもとめていなかったのだ。

 だが、まさかそれが仇なそうとは。意外なところに穴があったとイサノは軽い苛立ちを感じていた。


「どうして止めなかった?」

「私の存在が公になるのは閣下もまずいでしょう?」


 黒い影は口の端だけを上げて笑う。


「……まあいい。お前はそういう男だったな」

「確かに私は王は捕まえなかったが、その代わり先回りをして閣下にお知らせしに来たわけです」

「なかなか忠実だな」

「私は報酬をきちんと払う相手に対しては誠実に仕事をする主義でして」

「私ではなく金に忠実ということだ」

「どうぞお好きに解釈してください」

「お前のそういうところを信用してるんだ。クラウ」

「今後ともご贔屓に」


 イサノは既に相当の金額をこの男に払っていた。

 しかし、金に忠実な男は金を裏切らない。

 イサノはそういう意味ではこの男を誰よりも信用していた。


「さて、どうしますか。明後日にも王はペタに到着しますよ?王がここへ来れば兵の進軍を止める命令を出すでしょうな」


 男の言葉にイサノはにやりと笑った。


「なら、王が来る前にジャラクに兵を進めればよい」




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