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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
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20.「真実」

 ●【20.「真実」】


 最近、嫌な噂がどこからともなく広まり始めていた。



『ミヅキの新王は数ヶ月前に失踪した侍童(じどう)、カイエ・タチバナである』



 誰が流したものかはわからない。

 その噂は日ごとに肥大し、余計な尾鰭(おひれ)もついて、ホムル国内に充満していた。

 もっとも、軟禁されていたエーレウス本人にだけはその噂は届いていなかったが。



「ミヅキの新王はもと、うちの陛下の愛人だったんだってよ」

「じゃあ、ミヅキの新王はホムルの人間?」

「いや、どうやら姿を変えてホムルに潜入してたそうだ」

「王なのに?」

「なんでも前王を父親の仇と狙い、陛下を殺そうとしたそうだけど、何を間違ったか陛下の愛人になったらしいよ」

「陛下と一年もそういう関係だったわけでしょ?普通、逃げ出すとかするよね」

「ほら、若いからさ。二人とも」

「え?……ああ、なるほど……」


 最後はだいたい、曖昧な笑いで会話は他の噂話へと移る。

 いつの時代のどの国でも王室にまつわる破廉恥な噂は人々の興味をそそるものらしく、街の酒場ではもっぱらこの話題が卑猥な笑いを誘い、猥談の話の種となっていた。

 この噂を聞きつけたフェリシダドは眉をしかめ、あからさまに不機嫌そうな顔をする。


「あの噂、毎日のように誰か話してるよね」

「本当かしら?」

「さあね……でも、わからなくもないか……カイエってちょっとカッコよかったしね」

「確かに。でも、本当にミヅキの王様だったとしたらびっくりね」


『ホーザ』では開店の準備をしながら、アナとルイーザがおしゃべりをしている。


 一卵性双生児の彼女たちはフェリシダドの姉の娘たちで十六歳。

 将来、二人でお店をやりたいという希望をもち、叔母であるフェリシダドの店で修行中の身だ。

 二人とも明るくて可愛らしいので彼女達を目当てに店へやってくる客も多い。


 顔ばかりか体型も背格好も瓜二つ。

 性格も声も喋り方も、服や食べ物の好みまでがそっくりの彼女達は実の母親でさえ時々見分けがつかないため、ヘアスタイルで見分けるぐらいしかない。

 柔らかなウエーブの黒髪をポニーテールにしているのがアナ。

 ツインテールにしているのがルイーザだ。


 ただ、なぜかフェリシダドだけは彼女達が髪をおろしていても、いたずらに入れ替わっていても見分けがつくらしい。


「あなたたち、くだらない噂話してないで準備をなさい。アナ。卵料理の準備はしたの?ルイーザ、お皿が片付いてないじゃないの」

「はーい」

「ごめんなさい。フェリシダド叔母さん」


 アナとルイーザは肩を竦めてまた黙々と働き始める。


「フェリシダド叔母さんあの噂、嫌いよね」

「うん。陛下が絡んでる噂だしね。……やっぱりカイエってそうだったのかな」

「わかんない……でも、もしそうだとしたら陛下かわいそう……」

「だよね。親友に裏切られたような形だものね」

「あたしなら耐えられないなー」


 やはり我慢できなくて二人は小声でひそひそ話す。

 二人もエーレウスがここにお忍びで来ている事は知っているが、カイエの素性まではしらない。


「そろそろジャラクに攻め入るらしいね。イサノ閣下が直々にペタへ向かわれたそうよ」

「閣下が司令部に入ったってことはいよいよかしら」


 アナは両手に持った二つの卵を器用に割り、ボウルに入れてかき混ぜる。


「そうかもね。昨日来たお客さんが軍の人で、来週ペタ入りするんだって」

「慌しくなってきたのね」

「だけど、あたし思うんだよね……」


 ルイーザは銀の皿を磨きながらため息をつく。


「別にいまのままでもいいのになあ。領土なんて広がらなくたってあたしたちは充分満足しているし、ミヅキの人たちだって幸せに暮してるんだからほっといてあげればいいのにね」

「うん。あたしもそう思うわ。ルイーザ」

「戦になればホムルだって無傷ではいられないのに……昨日の軍人さんも言ってたよ。俺、生きて帰ってきてまたルイーザちゃんにあえるかなぁって」

「よしてよ。そんな不吉な話」

「でも、戦ってそんなものよ。アナ」

「わかってる。でも……そんなの、やだな……」



 その時突然、扉が開いた。


「陛下!」


 開店前の店にエーレウスがふらりと入ってきた。

 突然のことにアナとルイーザは驚く。


「フェリシダド叔母さん呼んできて、アナ」

「わかった」

「突然すまない。フェリシダドに逢いたいんだが」

「はい。少しお待ちを。今アナが呼びにいっていますから」


 ルイーザが言い終わると同時にフェリシダドが現れた。


「エーレ!あなた、どうしたの」


 フェリシダドはエーレウスの様子に何か只ならぬ雰囲気を感じ取った。


「フェリシダド……頼みがあるんだ」

「エーレ。とにかく奥へ。アナ、ルイーザ。お店はまかせたわよ」

「はい。叔母さん」

「くれぐれも、エーレがここにいることを誰にも気付かれないようにして。いつものようにね」

「大丈夫です」


 アナとルイーザは心得たもので、フェリシダドとエーレウスが入った個室の扉に「予約席」の看板をかけ、あとは何事も無かったように開店準備を整えた。

 最初の客が入ってきたときにはすっかりいつもの『ホーザ』だった。


「あれ?フェリシダドは?」


 馴染みの客はフェリシダドの姿を探す。


「叔母は今日は少し気分が優れなくて……でも、大丈夫ですよ」


 ルイーザはにっこり微笑む。


「それよりお客様。今日のお薦めメニューはいかが?卵がたっぷりの美味しいキノコのオムレツですよ」






「……やはりね。そういうことになっていたのね」


 フェリシダドはエーレウスから事情を聞き終わると、深いため息をついた。


「あなたが病気だと発表された時から変だと感じていたの。王が病床にいるのに他国の侵攻をはじめるなんて普通じゃないわ。『自分が病床にいても、侵攻の悲願は果たすと国王はこの侵攻を望んだ』と公式には発表されていたけど、エーレがそんなことを望む子じゃないって私は信じていたから、おかしいと思っていたの」

「うん。俺はそんなこと言ってない」

「それで、あなたを助けたというその老人はどんな姿をしていたの」

「小柄で、白くて長い衣を着てた。身長の倍以上ある白い髭と銀灰色の目をして、曲がりくねった杖を持っていた」

「……それって……まさか」


 フェリシダドはそれを聞いて目を丸くした。


「ありえないことだけど……それが本当なら、それはミヅキの国樹の老妖精、『桜翁』かもしれないわ」

「桜翁……?」

「あなたのいうことが本当なら、その老人は伝説に伝え聞く桜翁の容姿とほぼ同じよ。桜翁は女神デーデが自ら植えた桜の樹の精で、世界の始まりの頃から存在する草木の王。そして、今は縁あってミヅキの国樹となっている。ミヅキ人なら子供でもしっている有名な伝説なの」


 突然聞かされた突拍子も無い話にエーレウスは目を丸くする。


「もしそうだとして、その桜翁なぜ俺の元に……?」

「あなたに自分の国の国王を助けて欲しかったのではないかしら……」


 そこまで言ってフェリシダドははっと口を押さえた。


「やはり、カイエだったんだ」


 エーレウスはフェリシダドをじっと見据えた。


「フェリシダドはやはり俺に嘘をついていた」

「……ごめんなさい。エーレ。でも、カイエとの約束だったのよ」


 フェリシダドはエーレウスに深く頭を下げた。


「顔を上げて、フェリシダド。別にフェリシダドを責めるつもりはないよ」

「エーレ……」

「でも、教えて欲しい。カイエはなぜいなくなってしまったかを。そして、カイエが何を考えていたのかを」


 エーレウスの目は穏やかな光をたたえていた。


「わかったわ。エーレに全て話すわ」


 フェリシダドはエーレウスに真実を話し始めた。

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