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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第1章 復讐の王太子
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5.「ゆがめられた真実」

 ●【5.「ゆがめられた真実」】


 ━━━━━━━ ジャラクでの怪しい男たちの密談から数日後。



「今日の講義はここまでです。殿下」

「ありがとうございます。ラドリ先生」


 黒い革表紙の分厚い本を閉じて、カイエは溜息をついた。

 カイエは教育の一環として魔道士団の長、ラドリ・フェットから門外不出の秘法、『魔道』の講義を週一回受けている。


 ミヅキを外敵から守る鉄壁の魔道士団は今は失われた古代の都、ソーナ国の末裔で構成されている。

 五百年前に滅んだといわれるソーナ国はデーデジア歴千年頃に存在した小国。

 その所在地は鏡湖周辺の僅かな区域だったといわれるが、資料は既に失われその正確な所在地は定かではない。

 まだ、各国が弱小国家だった頃、ソーナ国はすでに高度な文化を持っていた。

 彼らは「魔道」と呼ばれる特殊な能力を持つ少数民族だった。


 伝承によれば、彼らの国はある夜、突然起こった鏡湖の大洪水で一夜にして水の底に沈み滅亡したとされる。そして、鏡湖は湖底に沈んだソーナ国の面積の分だけその時から広がったと言われている。

 僅かに生き残った者が隣国のミヅキへ助けを求め、当時のミヅキ国王に手厚く保護され、その末裔が今もミヅキ国内で魔道士団として残っている。

 滅亡の原因は様々な説があるが、契約と監視の女神デーデの怒りを買ったとも、竜王アヴィエールの怒りを買ったとも言われており、いずれにせよ神々の裁きによる滅亡であるという説が最も有力だ。


 ソーナ族は別名「竜の魔法の鱗」とも呼ばれ、竜王の魔力が宿った鱗から作られた特殊な民である。

 各国の領民は各国の竜たちが自分の体の鱗から作った民であるが、ソーナ族だけはその出自が違う。

 彼らは五頭の竜たちがそれぞれ、自分たちの魔力の鱗を少しとり、それを砕いて混ぜて出来上がった塊からつくられた特別な民であり、領民としてではなく最初から竜たちに仕えるしもべとしてつくられた民だ。

 それゆえ、ソーナ族は他の民にはない強い力を与えられた。


 ソーナ族の姿は特異で、濃紺から淡い水色までの青系統の色彩を髪と瞳に持ち、瞳孔が縦に長い。

 しかもソーナ族は長命だ。他の国の民がせいぜい百年に満たない寿命に対し、平均二百年の寿命を持つ。

 彼らの体に流れる血は青い。これは竜の血と同じ色だ。


 ソーナ族の民は生まれつき使える魔道の種類は決められており、生まれついた能力以外の魔道はいくら学ぼうとも使えない。

 それは攻撃系か治癒系のどちらかなのだ。


 だが、数百人に一人の割合で両方の属性魔道が使える者が生まれ、彼らはスペルマスターと呼ばれるエリートとなる。

 ミヅキ魔道士団に所属するソーナの末裔達は、治癒系を使うものは白いローブを、攻撃系を使う者は黒いローブを身に纏う。スペルマスターは更にソーナの紋章『黄金の木の葉』を模った金で出来たブローチをローブの止め具としてつけている。


 ラドリ・フェットは百歳を超える老齢の黒衣のスペルマスターで、カイエの祖父の代から王宮に仕えていた。


 講義を終えたカイエはホッとしたようなため息をつく。

 魔道の講義を終えた後はひどく体が疲れてしまう。

「お疲れになりましたか?殿下」

 ラドリは穏やかな笑顔をカイエに向ける。

「はい……少しだけ」

「今日の講義は少し難しいものでしたからね。ゆっくりとお休みになられるとよろしいでしょう」

「はい……ありがとうございます」

 カイエは講義に使った本などを片付けると、椅子に深く座り体の力を抜く。

「どんなに学んでもむずかしいものですね。魔道は」

「ええ。魔道はそう簡単に使いこなせるものではありません。本来、ソーナの末裔以外の人間に魔道は決して使えません。ソーナ族以外の民の中にも希に素質を持っている者が出現しますが、数百万人に一人いればいいほうでしょう」

「では、僕はその数百万人に一人ですか?」

 猫の目にも似た、紫がかった濃い青の瞳を細め、ラドリは穏やかに微笑んだ。

「殿下の場合は遠い祖先ににソーナ族の血が入っているのです。過去にミヅキ王家に嫁いだソーナ族の娘が何人もおりますからね……しかし、いくら素養を持っていても、教育を受けねば魔道を使うことはできません」

「はい」

「ソーナの魔道技術は門外不出。その使い方は師から弟子への口述のみで伝えられます。よほどのことがない限り、決して国外にこの秘法がもたらされることはありえません……しかし、それゆえ取り扱いも難しいことを決してお忘れなきよう」

「はい」

 ラドリはカイエの近くに寄り、その肩にそっと手を置く。

 皺が深く刻まれたラドリの手は暖かくて軽い。

「殿下は将来この国の国王になられるお方ですから……」

 静かな、しかし強くはっきりした語調でラドリは続ける。

「本来、国王が魔道など身につけていてはならない……それは災いの火種になりかねないからです。しかし、私があえて殿下に知識をお伝えするのは、魔道のことをよく知っていただきたいからです。代々、我らソーナの末裔はミヅキ国王より手厚い保護を受けてまいりました。国王に魔道に理解を持ち、正しい知識を持って頂く事は、我々ソーナ族の者にとってもミヅキ国にとっても必要なことだと私は考えております」

「父上もラドリ先生から魔道を学んだのでしょうか?」

「ええ、そうですよ殿下。我々ソーナ族がミヅキの王家とともにあるようになって以降、代々のミヅキ国王は皆、王太子時代に魔道士団長より魔道の講義を受けております」

「知らなかった……父上はそんなこと一言も……」

 カイエは驚いたような表情を見せる。

 今まで、魔道の知識は普通にラドリから教わっていたことだが、それは国王としての教育の一環として当たり前のことだと思っていたのだ。

「先ほど申し上げた通り、国王が魔道を使えると知れたらどうなりましょう?ミヅキを脅威として恐れる国が出てくるでしょう。攻撃を仕掛ける国もあるかもしれません。先ほども申し上げたようにミヅキ王家の血筋にはソーナの血が入っており、歴代の国王は多少なりとも魔道を使えましたが、中には全く素養がなく、扱えぬ王もおりました。しかし、噂だけが広まればミヅキの国王は危険な国王として世界に認知されるでしょう……そうなってしまえば国家間の微妙なバランスが崩れてしまうかもしれません」

「……なるほど」

「私の申し上げていることはひどく矛盾していると思います……しかし、国王はこの世界で最強の力を持つミヅキ魔道士団を従える王としての立場では、自らソーナ族のその本質を知り理解する必要があります。しかし、同時にミヅキ国のためには普通の人であるべきなのです。ですから陛下、国王に即位したら、覚えた魔道は封印してください。二度と使ってはなりません」

「はい。先生。竜王アヴィエールに誓って」

「では、私はそろそろ失礼させていただきましょう……今日は少し疲れました」

「はい」

「来週までに今日学んだ治癒呪文の理論を復習しておいてくださいね」

「わかりました。先生」



 ラドリが部屋を出た後、カイエは暫く今日の講義の復習のために一心に本を読んでいたが、ふと眼をあげると、ラドリの居た机のところに一冊の本が置かれていた。

 古ぼけた黒い革表紙の分厚いその本はラドリが講義用に使う『魔道大全』だった。

 高度な魔道を使うためのスペルが掲載された本だ。


「先生がお忘れになったんだな……あとでお届けしなければ」

 ふと、何気なしに本をめくってみると、そこにはカイエの興味をひくスペルがいくつか載っていた。

 その中の一つに特にカイエの目をひくものがあった。


「火炎流……地獄の炎を呼び出す……悪意あるものだけを焼き尽くし、善なるものを守る……か」


 暫くカイエはそれを読んでいたが、詠唱文自体はそう難しく長いものではなく、覚えられそうな感じだった。

 ただ、効果が大きい分、レベルの高いスペルらしく、かなりの精神統一と体力が必要そうだった。


 魔道は念じたものを具現化する魔力とそれに耐えうる体力が基本で、イメージしたものをを具現化する力というのが所謂魔力と呼ばれる。

 この魔力の有無が「素養があるかどうか」ということだった。

 素養を持ち、精神力と体力が高い者ならばある程度の魔道は使えるということだ。

 熟練したマスタークラスの者なら体力をさほど消費せずに高いレベルのスペルを使うことができる。


 特に意図したわけではなかったが、カイエは火炎流の詠唱文を覚えてしまった。

 そもそも、詠唱文は詩のように美しい文言で作られているものが多いため、それ自体はとても覚えやすいものなのだ。

 もちろん詠唱文を覚えただけでは魔力を持っていても何もできない。

 詠唱文の中にはソーナ族の高度な魔道技術の結晶たる発動回路が組み込まれており、それを使う者は体力と魔力を使い術式を組み上げながら回路を完成させ、それでようやく魔道が発動するのだ。

 その使用方法は、師弟間の口伝による教育を受けねば使用することができない。



 カイエが本を持って講義室の外に出ると、廊下の隅からひそひそ声が聞こえた。


「おい、知ってるか?国王の暗殺はホムルの関係者が犯人だということ」

「え?どういうことだ?俺は知らないぞ」

「タチバナ師団長や、一部のお偉方しかしらないことだが、ホムル国王の指示でミヅキを弱体化させるために仕組んだことだと」

「まさか…」


 カイエはひそひそ話をしている男たちにそっと近づくと物陰に隠れ、聞き耳を立てた。

 話をしている二人は近衛師団の制服を着ていた。


「ある筋から聞いたんだ。この国はヤバイぞ」

「嘘だろ?」



「おい、お前達。その話はどこで聞いた」


 カイエは男たちの前に飛び出した。

「ひっ!お……王太子殿下!」

 二人の男は突然のカイエの出現に驚いたようだった。


「今の話はどういうことだ。話せ」

「しかし……」

「話してくれたら聴かなかったことにする。おまえたちのことはタチバナには言わない。約束する」

「……わかりました。お話します」



 男の一人はジャノ・ヒノキ。ヒノキ外務大臣の三男らしい。

 もう一人はロニル・カリンと名乗った。二人とも近衛師団の兵士だ。

 情報源は外務大臣のドーガ・ヒノキがサクラ内務大臣と密談しているのを息子のジャノがこっそり聞いてしまったということだった。

 ミヅキ国王はホムル国による計画的な暗殺であること、その目的はミヅキ占領のための工作であったこと、暗殺の指示はホムル国王より出されたこと、さらに、近々、ホロ王太子との結婚のために国を出るセリア姫が有事の際の人質として身柄を狙われていること等恐ろしい計画わかっているらしいということが明かされた。


「では、このことを知らなかったのは僕だけだったということか?」

「さあ、私も詳しいことはよく知りません……立ち聞きしただけですので」

 ジャノ・ヒノキは困惑したような表情を見せる。

「こんな大事なことを僕に言わないなんて!さっそくサクラ内務大臣を問いただしてやるっ!」

「殿下、それだけはどうぞお許しを!」

 ジャノ・ヒノキは懇願するように言った。

「殿下が内務大臣にお話しになると、情報源が私だとバレてしまいます。それはどうかお許しください」

「お前が言ったということは僕は言わないよ」

「しかし、何かのはずみでバレてしまうかもしれません。そうなると私の父の立場も悪くなってしまいます」

「……確かに、うっかり口を滑らす可能性もゼロではないな……僕もヒノキ大臣に迷惑をかけるつもりはないし……わかった。このことは僕の心の中だけに置いておこう」

「ありがとうございます殿下」

 ジャノはホッと胸をなでおろす。

「それで、他にわかっていることはないのか?」

 カイエの問いに、それまで黙っていたロニル・カリンが口を挟んだ。

「国の中枢の中にホムルと通じている者がいるようです」

 カイエは思わずロニル・カリンに食ってかかる。

「馬鹿な……!そんなことをがあってたまるものか!」

「では、殿下。この状況をどう説明すればよろしいでしょう?どう考えても内通者がいるとしか思えない状況ですよ?このままでは国は占領され、セリア様も危険な目にあってしまうのではないでしょうか?」

 ロニルの言葉にカイエは思わず鼻白む。

「このようなことは言いたくはありませんが、こうなってくると誰であっても疑わざるを得ないでしょう」

「僕は……信じたくない」

「ならばなおさら今は様子を見た方がいいと存じますが」

「……確かにそうだ」

「あの……殿下、もし私の考えを述べることをお許しいただけるなら、私にいい考えがございます」


 ロニルは辺りをはばかるように少し声を小さくする。


「許す。申してみよ」

「殿下がお一人で極秘のうちに解決するのです。こっそり国外に出て、首謀者を捕らえるのです」

「僕一人でホムル国王をか?」

 カイエはロニルのこの突拍子もない意見に呆れたような顔をする。

 ロニルは大きく首を横にふる。

「まさか。いくらなんでもそんな無謀なことはできません……しかし、殿下の知力と剣の腕前なら、首謀者に繋がる者を捕らえることならできますでしょう。よろしければ我々も微力ながらお力をお貸しします」

「できると思うか?僕に」

「殿下なら容易いことかと!」

 この時のカイエは自分だけが事実を知らされなかったことにショックを受け、いつもの聡明な判断力を失っていた。

 なんだかこの提案が、現実的に可能なのではないかと思えてきていた。


 その時、それまで黙って二人の話を聞いていたジャノが二人の間に割り込んできた。

「やめないかロニル。殿下のお心を惑わしてはいけない」

 ジャノはロニルの上着をつかみ、カイエの側から引き離す。

「失礼致しました殿下……やはり私どもの戯言はお忘れ下さい。我々はこれで失礼いたしますが、どうかタチバナ師団長には今の話はご内密にお願いします……」

「わかった。約束は守る」

「では私どもは持ち場に戻ります」

 ふたりはそそくさと逃げるようにその場を立ち去った。


 カイエの心の中に疑惑の芽が少しだけ頭を出した。

 本当に自分だけが知らなかったのかと……。

 そして、その疑惑の芽は後々カイエの心を少しずつ蝕んでゆくことになるが、この時のカイエはまだそのことを知る由もなかった。





「最後の最後でいい子ちゃんぶりやがって!お前、自分の立場をわかってるんだろうな?」

 王宮の外に出てから、ロニルはジャノの頭を小突いた。

「あれ以上は無理だ、もう勘弁してくれ」

 ジャノは情けない声を出す。


「ふん……まあいい。お前の手引きのおかげで王太子に伝えるべきことは伝えられた。あの世間知らずの王太子殿下は必ず近々我々の助力を必要とする……計画はきっとうまくいくぜ」

 ロニルはニヤニヤ笑いながらジャノの腰をぽんぽんと叩く。

「……もう、こんなことはごめんだ。肝が潰れるかと思った。お前の身分を偽って、近衛師団の制服を着せて王宮に入れるだけでも大罪なのに、殿下を騙す手伝いをさせるなんて」

「名門ヒノキ家のご子息ともあろうものが、何弱気になってるんだよ」


 ロニル・カリン……本名はロニル・ハコベ。

 ミヅキ軍の中でも選抜された者しか所属することのできない近衛師団の団員という身分は真っ赤な嘘だ。


「……でも、これで約束は果たしたぞ。借金は帳消しにしてくれるんだろうな?ロニル」

「まだですよ、ジャノ坊ちゃん。お父上に知られたくなければもうひと働きしていただかなければね……だいたい、あなたがいけないんだ。ご法度のカード賭博にはまって、身の丈以上の借金を背負ったんですからな。その代償は大きいですよ」

「しかし……本当なのか?さっきの話」

「さあね。世の中には知らないほうが幸せなこともあるってもんです。さあ、次の打ち合わせをしましょうぜ」


 ロニルはジャノの肩を叩き、ジャノは力なくその首をうなだれたのだった。

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