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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
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19.「想い」

 ●【19.「想い」】


 ミーサは空を見ていた。


 ベッドは柔らかく、部屋は明るくて清潔だった。

 白いカーテンが爽やかな風を受けてゆらゆらと揺れている。


 風はこんなにも穏やかなのに、街は今、殺伐としている。

 普段は活気のあるジャラクも、今は不穏な戦の空気でピリピリしている。


「……戦は始まってしまった……私は結局なにもできなかったのね……」


 後悔がミーサの心をキリキリと苦しめる。

 知りたかった。どうして戦が起こってしまったのか。

 カイエの気持ち、それとエーレウスの心を。

 あの二人が本気で戦をしようと考えるとはミーサにはとても思えなかった。

 何か、何か大きな陰謀が働いている。


 あの男(イサノ)の思惑が。


 しかし、今の自分にはなにもできない。

 満足に歩くこともできない今の姿ではこうして焦れながら、怯えながら戦の成り行きを見届けるぐらいしかできないのだ。


 ミーサは空を見上げため息をつく。


 一羽の白い鳥が空を駆けていく。

 ミーサは鳥を見ながら思いを馳せる。


 もし、翼があれば……。

 私は二人に逢いにいけるのに。

 カイエ様の気持ちを、エーレウス陛下に。

 エーレウス陛下の気持ちをカイエ様に。


 ━━━━━━━ 届けてあげることができるのに。





 ジャラクにあるナツメ診療所。


 老医師、ホルガ・ナツメとその息子ラルフの二人でやっている小さな診療所だ。


 ペタでラルフに保護されたミーサはここに移ってきてもう一週間になる。

 ミーサがペタを出た翌日、ペタにはホムル軍が突然やってきた。

 本当に間一髪だった。あのままペタにいればどうなっていたことか。

 それを思うとミーサはぞっとする。


 全身酷い怪我で、歩くことさえできなかったミーサも、今は部屋の中を自由に歩きまわれるまでに回復していた。

 干し草色のミーサの髪は亜麻色に染められ、見た目はミヅキの人間と変わらない。

 姿を偽るのは身を護るため。

 戦で殺伐とした空気の街では異国の民は目立ちすぎるから。


 開いた窓に寄りかかり、ミーサは街の様子を眺める。

 大通りに面したこの診療所の前を、毎日のように武装した兵士や馬の群れが通り過ぎていく。

 ジャラク街門からそう遠くないところにはすでにホムル軍が布陣しており、すぐにでも激しい戦いが始まってもおかしくない状態だ。

 民間人は首都であるアヴェリアや友好国のホロに近い北方のトト方面へ向かって次々に避難をはじめている。

 しかし、医師であるナツメ親子はいよいよ危なくなるまでは、この街に残って患者をぎりぎりまで診るつもりらしい。


 父親は一階の診察室で、毎日やってくる患者や怪我人を診る。息子は往診で街じゅうを飛び回る。

 慌しいが、それでもまだこの診療所は平和だった。


「具合はどうかね?」


 ドアが軽くノックされ、白髪の老人が部屋に入ってきた。

 穏やかな緑の瞳は息子とよく似ている。


「ホルガ先生」


 ミーサは振り返り、老医師に微笑み返した。


「今日は随分気分がいいんです」

「それはよかった。順調に回復しておるな」

「はい。ホルガ先生やラルフ先生のお蔭です」

「礼には及ばんよ。わしもせがれも医師としての仕事をしておるだけだから」


 ホルガは穏やかな笑みをミーサに向けた。


「でも、先生方がいらっしゃらなければ私は死んでいたのですから」

「お前さんに寿命があったのだよ。わしらは少し手助けしたに過ぎん。寿命のない命は、どんなに手を尽くしても助からない。それは天に召される定めだからじゃ。しかし、竜王はお前さんを生かした。だから、救われたその命は大事にせねばな」

「はい。先生」

「それよりロップが来ておる。一階に降りておいで」

「はい」

「階段はもう、一人で降りられるね?」

「大丈夫です」


 ミーサは老医師に付き添われ、階段をゆっくり降りる。

 診療所の待合室を通ると、何人かの見知った顔がミーサに声をかける。


「今日は顔色がいいね。ミーサちゃん」

「元気になってきたのね。ミーサちゃん」


 診療所を訪れる患者の中には、毎日見かける顔もいる。彼らはミーサにいつも声をかけてくれるのだ。


「おかげさまでもう随分いいんです。ありがとうございます」


 会釈しながら、診察室に入ると、そこには二人の少年が待っていた。


「あ。ミーサ姉ちゃん。大丈夫?無理しないでそっと歩いてね」

「大丈夫よジョアン」


 黒髪に緑の瞳の少年がミーサの傍に駆け寄ってきて、まるで護るようにミーサの手をそっと引く。

 もう一人の白いローブを着た少年はミーサに向かって礼儀正しくお辞儀をした。


「具合はどう?ミーサ姉ちゃん」

「今日は随分気分がいいの。あなたのおかげよ。ロップ」


 ロップと呼ばれた白いローブの少年は、収まりが悪くてくしゃくしゃした紺色の髪を照れくさそうに掻き、子猫のようなアーモンド形の瞳をちょっと細めて笑った。

 晴れた空のような美しい青いの瞳の奥の、肉食獣のような縦長の瞳孔が印象的なこの少年は、ソーナ族の少年だった。


「じゃあ、はじめるよ。腕を出して」


 ロップは口の中で何か呪文を呟き、両手をミーサの左腕に当てた。


 暖かさが左腕に広がる。

 痛みも何も無く、心地よい。


 今ではじっと凝視しなければわからぬほどに薄くなった奴隷の証。

 ロップの魔道で随分綺麗になっている。

 ミーサは印が薄くなるたびに、自分が清められているように感じていた。

 ロップが腕の治療をしているあいだ、ホルガ医師はまだ包帯が巻かれたミーサの両足の治療をテキパキと行う。

 ジョアンは新しい包帯や、薬草を用意したり、小さな体で一生懸命手伝っている。


「あっ!」


 急いでいたジョアンは躓いて、腕に抱えていた包帯を落としてしまった。


「気をつけて」


 ミーサは思わず声をかけた。


「大丈夫。平気だよ」


 ジョアンはにこっと笑って包帯を拾い始める。


 ジョアンは十二歳。

 ミーサの行方不明の弟と同じ年だ。


 彼はミーサがペタの診療所で夢うつつに聞いた美しいボーイ・ソプラノの持ち主だった。

 生死の境を彷徨っていたミーサは、この子の歌声でこの世界に呼び戻された。

 ジョアンは将来は医師を目指してナツメ診療所で勉強しながら手伝いをしているらしい。


「医者になって、困っている人を助けたい。そして、いつかお母さんを探しにホムルへいきたいんだ」


 ジョアンはそう話す。

 ホムル人である彼の母親は彼が生まれてすぐに失踪し、父親は彼が生まれる前に他界したため、ジョアンは祖母に育てられたという。

 しかし、ホムル人であるというだけで母を快く思っていなかった祖母と一緒に暮らすのが嫌でジョアンは家を飛び出し、縁あってこの診療所で見習いをしているのだという。

 彼の美しい黒髪は母親譲りで、祖母はそれをとても嫌がるそうだが、ジョアン自身はまだ見ぬ母と同じ色の髪を誇りにしているという。


 ロップはソーナ族の子供で十一歳。ジョアンとは幼なじみ。

 まだ十五歳になっていないので、魔道士団には属していないが、来るべき術士役(じゅつしえき)に備えて見習い修行中だ。

 彼の専門は治療術。国中の診療所や病院を訪ねては治療の手伝いをすることでスキルを上げていくのだ。

 ロップは二日に一回ナツメ診療所を訪れ、今はミーサの腕の印を消す手伝いをしてくれている。


 ソーナ族の居住地はアヴェリアにあり、ロップはアヴェリアの情報を持ってきてくれる。カイエの情報を少しでも得たくて、ミーサはロップにいろいろと尋ねる。

 エーレウスから言付かった手紙は失ってしまったが、エーレウスの気持ちは伝えることができる。

 だから、なんとしてでもカイエに逢いたかった。


 しかし、事情を聞いたロップは困ったように言った。


「僕はまだ見習いの身で、王宮の魔道士団の詰所には入れてもらえない。そのうえ、魔道士団長のラドリ様が現在ご危篤中で、生死の境を彷徨っておられるんだ……そのため王宮の警備もかなり厳重になってる……でも、何かいい情報があったら伝えるし、協力するからミーサ姉ちゃんは今は治療に専念して」


 とにかく体を直すこと。


 ミーサにできるのは今はそれだけだった。



 必ず、逢ってみせる。

 カイエ様に。

 そして、必ず陛下の本当のお気持ちをお伝えして、この無益な戦をこれ以上広げないようにしなければ。





 ミーサが決意を新たにしていたその頃、エーレウスはジャネイラの街にいた。

 黒いフードをすっぽり被り、人目を避けるようにして朝の街を走っていた。

 彼が目指しているのは『ホーザ』。


 今の彼にとってのたった一人の味方、フェリシダドの元へ向かっていたのだ。


 あの不思議な老人は、エーレウスの答えに満足そうにうなづくと、持っていた杖を一振りして消えてしまった。


 それと同時にエーレウスは自分の体が浮き上がるのを感じ、目の前は桜色をした霧に包まれ何も見えなくなった。

 そして、気付いたら『ホーザ』に程近い、人気のない裏通りに一人で立っていた。


 いつの間にか夜は明けていた。表通りは賑やかな人の群れが溢れている。

 この姿のままでは目立ちすぎる。

 道端でだらしなく眠っている酔漢がいた。

 エーレウスはこれ幸いと眠っている男から黒いフードつきのマントをこっそりと拝借し、裏通りばかりを選んで、影にまぎれるようにしてここまでやってきた。


 あの老人が何者かはわからない。

 でも、行かなければならなかった。

 この戦を止めるために。



 ━━━━━━━ 全てを終らせるために。

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