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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
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12.「密命」

 ●【12.「密命」】


 部屋にお茶を運んできたミーサが見たのは、今までに見たことの無いほど暗い顔をした彼女の主だった。


 彼は泣いているのだろうかと一瞬思った。

 開け放たれた窓から吹き込む風雨を気にもせず、彼女の主であるエーレウスはびしょ濡れでその場に佇んでいた。


「陛下……どうなさいました?」


 ミーサは慌てて窓を閉めた。


「ああ、ミーサか」


 ぼんやりした様子でエーレウスが振り返る。

 明らかに様子がおかしかった。


「こんなに濡れてしまって……今、タオルをお持ちしますね。それまでこれを……」


 エプロンの中に入っていた清潔な白いハンカチをエーレウスに渡し、ミーサは慌ててタオルを取りにいく。


 タオルを手に、戻ってきた時にもエーレウスはぼんやりとしたままだった。


「さあ、これを。そのままではお風邪をひいてしまいます」


 ミーサはエーレウスに柔らかなタオルを手渡す。


「すまない」


 エーレウスはタオルで顔を覆った。


「失礼しますね」


 そう言ってミーサもエーレウスの背中や肩をタオルでそっと拭う。

 エーレウスはミーサの左腕に巻かれた青いバンダナに目を留めた。


「ミーサ」

「はい」

「それ、本当に大切に使っているんだな……」

「ええ……」


 ミーサはそっとバンダナに手を触れた。


「カイエ様に頂いたものですから……大切に使っています。それでも随分傷んでしまいましたが」


 彼女の左腕に彫られた忌まわしい烙印を隠す鮮やかな青いバンダナ。

 ミーサはそれを大切にしていた。


「お前もカイエのことが心配だろう?」

「ええ。陛下。でも、陛下のおつらさに比べたら私など……」


 ミーサは悲しげに俯く。

 干草色の柔らかな髪が彼女の表情を隠した。


「カイエに知らせてやれるといいんだが。ミーサがもう自由だって」

「はい」

「俺は本当に無力だ。ミーサにさえ何もしてやれない。俺はこの国の民を幸せにすることなどできないのかもしれない」

「そんなことありません。陛下」

 ミーサは激しく首を横に振った。


「陛下のおかげで私はこうして自らの意思で陛下のお世話ができるのですから……」


 ミーサはそう言って頭を下げた。


「だけど俺にはお前を自由にしてやることはできても、その刻印を消してやることができないからね……本当にすまない」

「そんな……もったいのうございます陛下。奴隷の印を掘り込まれたその日に、私はもう一生自由には生きられないと諦めていたのです。なのに、また自由になれる日が来たのは陛下のおかげなのですから」

「礼はカイエに言うといい。カイエの言葉がなければ、俺は奴隷に関心も示さなかったはずだ……王とはいえ、俺にはまだ力が無い。だけど、俺が本当の王になったら、その時は国中の奴隷を解放すると約束するよ」

「ありがとうございます。陛下」



 ミーサは深く頭を下げた。

 そして、エーレウスにこの決断をさせたカイエのことを少しだけ思った。


 カイエが王宮から消えてからもミーサは国王の部屋に入ることを許された。

 侍童の世話をする役目を解かれれば、またあの辛い下働きの部屋に戻されることは覚悟していたが、何故かエーレウスはミーサを傍に置いた。

 ミーサが驚いているとエーレウスは彼女に言った。


『カイエがミーサのことをとても気にしていたからだ』と。


 もしもカイエが戻ってきた時、ミーサがいなければ彼が悲しむだろう。そう思ったからだとエーレウスは言った。


 卑しき奴隷を世話係として傍に置くなどもってのほかだとイサノは反対した。

 ならば奴隷でなければいいのだろうとエーレウスはいとも簡単にミーサを奴隷の立場から救い出してくれた。


 既に掘り込まれた左腕の刻印を消すことはできなかったが、彼女はもう自由の身であることをエーレウスはきちんと書面に記し、自分の署名を入れて保証してくれた。

 ミーサは故郷へ帰ることも許されたが、彼女はこの王宮に残ることを希望した。


 鉱山に売られたまま行方不明になっている弟を探したいということ、それと今さらオルステインの故郷に戻っても、彼女には帰る家がない。

 彼女の故郷の村はすでに無く、両親もあの忌まわしい日に盗賊団によって殺されてしまった。

 親しい友も親戚縁者もない故郷に今さら戻るよりは、まだホムルにいたほうがいい。そう思ったからだ。


「なあ、ミーサ。カイエは俺のことを憎んでいただろうか?」


 突然、エーレウスはミーサをじっと見つめて言った。

 あまりにも澄んだ黒い瞳に少し戸惑いつつも、ミーサは静かに首を横に振る。


「カイエ様の気持ちはカイエ様にしかわかりません……でも、私はカイエ様は誰より陛下のことを想われていらっしゃったと思っております」

「どうして、そう思う?」

「陛下があの呪いに倒れられた時のカイエ様の慌てようとうろたえようはただ事ではありませんでした。呪いを解いたあの時だって、カイエ様は侍従長やイサノ閣下を怒鳴りつけたんですよ」

「カイエが……?」


 エーレウスは初めて聞く当時のカイエの様子に驚いていた。


「ええ。陛下のことを誰よりもお好きだったからこそ、あんなつらい旅をして、あんなに大変な目にあって、それでも陛下のためにお戻りになったんですから」

「カイエはどこへ行ってきたんだ?」

「ご存じなかったんですか?陛下」


 エーレウスのその言葉にミーサは少し驚く。


「いくら聞いても教えてくれなかったんだ。カイエは」

「そうだったんですか……でも、カイエ様のことですから、きっと陛下を心配させまいと思われたのだと思います。一歩間違えば死ぬかもしれない旅をなさったそうですから」

「君には話したのか?カイエは」

「ええ……あまり詳しくは教えていただけませんでしたが……モライスに行かれたそうです」

「聖地に?」

「はい。オレロドインに登られ、そこで竜巫女様のお力を借りられたそうです」

「竜巫女に逢ったって?」


 今度はエーレウスが目を丸くした。


「……なんて無茶をする奴だ……あんな危ない所に……それに、竜巫女に会える人間なんてそうそうはいないのに……あいつはいったいどんな魔法を使ったんだ……」

「竜巫女様から返事があるまで、竜巫女の館の前で叫びつづけたそうですよ」

「……どこまでも無茶をする奴だなあ……」

「カイエ様に頂いたこのバンダナはその旅の途中でカイエ様が灰避けにお使いになっていたものを私に下さったんです」

「そうだったのか……」

「陛下。憎んでいる人間に対して自分の命をかける人間など何処にもいないと私は思います」


 ミーサははっきりした口調でそう言った。


「……わかった。ありがとう。話してくれて」


 ミーサの話を聞いてエーレウスはますますカイエの真意がわからなくなってしまった。

 何かカイエの気持ちを確かめる術はないのだろうか。

 エーレウスは目を閉じ、額に手を当てて少し考えていたが、何か思いついたようにふと顔をあげた。


「ミーサ」

「はい」

「カイエに逢いたいか?」


 突然そう言われてミーサは戸惑う。


「ええ……もしもお会いできるものなら……」

「では、俺の頼みを聞いてくれないか。誰にも内緒で」





 翌朝、ミーサはジャネイラを後にし、ビニシウスの商都会議事務所に向かっていた。

 二日後にジャネイラを出発するキャラバンの旅客隊を訪ねる為だ。


 ミーサはまだ信じられなかった。

 ミヅキの新王がカイエかもしれないとエーレウスは言うのだ。

 あの肖像画は既にユズ画伯に返却され見ることはできなかったが、ミヅキの新王は髪と瞳と肌の色以外カイエと寸分違わぬという。

 そして、その王の名前もやはり『カイエ』。



 エーレウスがミーサに頼んだこと。


 それは、ミヅキに行き、カイエが本当にあのカイエであるか確かめて来てほしいと言う事だった。

 エーレウス自身も、その肖像画に描かれた新王がカイエかどうかわからないという。

 でも、もしもそれが本当にあのカイエなら、ミヅキとホムルの長く続いた敵対関係を終らせることが出来るかもしれないと言うのだ。


「君はオルステインの人間だ。そして、奴隷として攫われて来たのを逃げ出してきたと申請をすればおそらくミヅキに入国できるだろう。ミヅキは奴隷保護条約の加盟国だから、君を難民として扱い、保護してくれるはずだ」


 エーレウスはそう言ってミーサに三通の手紙を持たせた。

 ひとつはモライスの商都会議事務所の所長に宛てたもの。そして、あとの二通はカイエに宛てたものだった。


「いいかいミーサ。よく聞いてくれ」


 エーレウスは色の違う封筒に入った二通の手紙をミーサに見せた。


「もしも、新王がカイエそっくりの別人であればこの白い封筒の手紙を渡して欲しい。こちらにはホムル国王としてミヅキ国王に宛てた親書が入っている。内容はミヅキ国を侵攻するつもりはないという非公式だが友好的な内容だ」

「はい」

「もし、カイエが俺たちの知っているカイエではなかった場合、難民が敵国の王の手紙を持っているということを怪しまれるかもしれない。もし、そういうことになって君の身に危険が及んだら、遠慮なく本当のことを話すといい」

「それでは陛下のお立場が……」


 ミーサは困った顔をする。


「どうせ敵国の王だ。いまさら何と思われたって構わないよ。それに、何かあちらが言いがかりをつけてきたら、俺が直接あちらの新王と話せばいいことだ」

「それはそうですが……」


 まだ心配そうなミーサにエーレウスは優しく言う。


「暴君でも、思慮深い王でもなんでも俺は演じられる。自信があるんだ。ずっとこの王宮で猫かぶってきたからね」


 確かに、エーレウスは王として公式な場にいるときと、自室でくつろいでいる時では話し方からすでに違っている。処世術というべきか、ものすごい演技力というべきかはともかく、居心地の悪い王宮で暮していくために自然と身についたものなのだろう。


「王様じゃなく、役者になればよかったなあと思うことがたまにあるよ」


 そう言ってエーレウスは笑う。

 めったにこういう笑顔を見せない人なので、ミーサは驚いたが、おそらく自分をリラックスさせるためにそうしてくれているのだろうとミーサは気付いた。


「いざ王どうしの会談となったら俺がなんとかするから、お前は安心して行って来るといいよ。ミーサ」

「ありがとうございます」


 ミーサは改めて深くお辞儀をし、この王にずっと従おうと改めて思ったのだった。


「さて。話を戻そう……こちらの青い封筒の手紙なんだが……」


 エーレウスは厚手の青い封筒を指差した。


「こちらはもしもカイエが君もよく知っているあのカイエだった場合に渡してくれ。俺の今の考えが書かれている。いいかい?絶対に間違えないようにしてほしい」

「わかりました。陛下」

「商都会議事務所の所長宛の手紙を所長に渡せば君を安全にミヅキまで送ってくれるはずだ」

「はい」


 ミーサは三通の封筒を受け取ると大切に懐にしまった。


「あくまでも内緒だからね。伯父上たちに見つからないように気をつけて行ってきて欲しい。もし、ミヅキの新王がカイエなら君が訪ねてきていると聞けば必ず逢ってくれる筈だから」

「はい。陛下のお気持ち、きっとお伝えします」




 明日の夕方にはビニシウスにつけるはずだ。

 そして、ミーサは旅をする。


 逢いたくてたまらないあの人がいるかもしれないあの国へ。




 ━━━━━━━ ミヅキ国へ。

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