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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
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11.「父の影」

 ●【11.「父の影」】


 部屋の空気は重苦しかった。


 年間を通じて雨の降る日が極端に少ないジャネイラはこの日、珍しく今にも豪雨が降りだしそうなほど曇っていた。

 まるで、エーレウスの今の気分そのものだった。


 エーレウスはベッドの上で何度も寝返りを打った。

 頭に血が上って、珍しく人前で憤慨したことをエーレウスは恥じていた。


 何を焦っているのか。

 何に苛立っているのか。


 答えはわかっていたが、認めたくない。


 イサノがエーレウスに投げかけた疑問はエーレウスの記憶を強引に掘り返させる。

 エーレウスは冷静になれと自分に言い聞かせつつ、いくつかの事柄を検証しはじめた。


 初めてカイエに出会ったとき、彼は自分を殺そうとした。

 あの時は、侍童という屈辱的な立場に甘んじるくらいなら刺し違える覚悟を持つほどプライドの高い奴なのだろうと思った程度だった。

 しかし、もし、彼が自分を暗殺するためにあの場にいたなら?


 もし、彼が暗殺を目論んだとして、その理由は?


 自分自身がミヅキの王太子に恨まれるような心当たりは無い。

 そこがどうしてもわからなかった。


「よく思い出せ……なにかあるはずだ」


 エーレウスは目を閉じ、ぼそりと口にだして呟き、さらに記憶を掘り出す。


 カイエがホムルに敵意をもつとしたら何だろう?


 手がかりを求めてエーレウスは丁寧に記憶を辿る。


 しかし、思い出されるのはカイエとの幸せな記憶ばかり。

 楽しかった記憶しかない。

 細かい言い争いなどはあったが、そんなことはたいした問題ではない。


 あの数ヶ月は毎日充実していた。

 彼にとって色のない、空気の温かみさえなかった王宮での暮らしに、カイエは強い風を吹き込んでくれた。


 なのに、どうして彼は消えたのだろう。



 王になったその日、突然自分の寝室に潜んでいた侍童。

 艶やかな黒髪も、漆黒の瞳も、健康そうな褐色の肌もとりたてて特徴があるわけではないごく普通のホムル人の特徴でしかなかったのに、彼はどこか特別に見えた。

 庶民らしからぬ不思議な雰囲気をもつ少年。


 今思えば、時折見せていた優雅な振る舞いや柔らかな物腰は、王族として育った者だけが持つ隠し切れない気品ではなかったか?


 激高して怒りを露にしていても、ふと見せる物憂げな表情も、なにかが普通と違うと感じた。

 もしも彼が、何らかの術をもって姿を変え、その身分を偽っていたのならそれも納得が行く。

 しかし、そんなことはどうでもいい。彼の正体が誰であるかなどどうでもよかった。


 カイエは自分の初めての『親友』だった。それが全てだった。

 いなくなってからもう随分時間がたったのに、まだ昨日のことのようだ。




 母と引き離されてから、フェリシダド以外には誰にも心を許さなかった。

 フェリシダドは母のようで、大切で特別なひとだ。もしも彼女がいなくなればきっと悲しいだろう。

 しかし、カイエに寄せる思いとフェリシダドに寄せる気持ちは違うような気がする。

 どちらも大切な存在だけれど。


 フェリシダドが自分にとって『母』であるなら、カイエはいわば半身だ。


 カイエにはなぜか嘘偽りなく自分の気持ちを話せたし、無条件に信じることができた。

 今まで、これ以上の感情をぶつけた相手など他にいない。

 なぜ?と聞かれてもきっと理由は言えないだろう。


 もしやこれは恋に似た感情だろうか?


 ホムルでは同性を愛することに禁忌はない。

 ではこれは恋か?

 知らぬ間にカイエに恋をしていたのか?


 否。


 エーレウスは首を横に降る。


 恋をしたことはまだないが、そういう感情ともきっと違うだろう。

 いや、いっそそのほうが気楽かもしれない。


 もしもこれが恋なら、たとえカイエの気持ちは無視したままでも自分に与えられた権限を最大に使って、彼を後宮に囲うことも、正式な配偶者とすることもできるだろう。


 愛の問題というだけならばこの国は都合がいい。

 相手が同性でも添い遂げることができるのだから。

 彼との子孫を残すことはできなくても、自分の後継者を作ることなら、愛のない肉体関係の相手には不自由しない。


 国が欲しがるのは王の遺伝子を持つ子供。体に王族の証の竜の鱗の痣を持つ子供。

 愛の結晶である必要など無い。


 エーレウスは自分の胸元をそっと手で触る。自分の『痣』があるあたりを。


 特別な一族の証。

 竜王の頭の鱗から作られた王族だけに受け継がれる特徴。

 王の遺伝子を持つ子供だけが持つ竜の鱗の痣。

 このために実母は息子を奪われ、継母は憎しみに狂った。


 自分と同じ境遇の子供など欲しくない。

 しかし、この気持ちが恋なら、カイエのためにそれぐらいやってもいいと思っている。


 でも、違う。

 カイエに対する気持ちはそういう類のものではない。


 恋を失って傷ついても心はいつか癒える。

 傷を埋めてくれる別の愛しい存在が現れるだろう。

 ならばそれはカイエでなくてもいい。その程度のものだ。


 カイエの抜けた穴はそういうものじゃない。

 他のものでは決して埋まらない。

 カイエは、自分に似ている部分などどこにもなかった。

 カイエは自分の持っていないものを全て持っている。

 自分が探していた自分の心の一部のような気がするのだ。

 まるでなにかがすっぽり抜けたようなその感覚は空虚で、耐え難い気だるさと先の見えない不安を与える。


 心に穴が開くという感覚はこういう感覚なのだろう……。



 カイエが消えた理由も、記憶を細かに辿ればきっと見つかる。

 しかし、そうやって記憶を掘り起こせば起こすほど、エーレウスにはどうしても避けられないある記憶にぶちあたる。

 触れないように避けようとしても、それはどうしても避けられないものなのだ。


 それは、エーレウスの父親。

 ダニエラ・フィリス・デラ・ホムル。

 彼にとっての『超えられない大きな壁』



 ━━━━━━━ 彼が、すべてのはじまりだから。





 父親が、嫌いだった。


 大好きだった母と引き離され、泣きながらホムルの王宮に連れて来られたその日、初めて父親に会った。


 初めて会った父は、闇を見つめたときに感じるあの不安さを思い出させる黒い瞳で自分を見下ろしていた。

 その瞳に母と同じ慈しみの光や優しさは感じられず、あまりに恐ろしくてさらに大声で泣いたことを覚えている。


 父は自分に対して優しい人ではなかった。


 このひとは子供として自分を愛してはいない。

 後継者としての自分を欲しているだけだと幼いながらにも理解した。

 母はなぜこのような人を愛したのだろう。

 母が亡くなったときも、姿を見せなかったこの男のどこを母は愛したのだろう。


 母はよく言っていた。



『あなたの父上は立派な方。強い意志を持ち、信念を変えない素晴らしい方よ』



 ねえ、母上。

 俺にはわかりません。

 あなたは彼のどこを好きになったのですか?

 そんな素晴らしい人が、正妃から疎まれ遠ざけられた母上に何も手を差し伸べなかったのはなぜですか?

 愛されていたのではなかったのですか?


 ━━━━━━━ それとも、愛されていたと信じていたかっただけなのですか……?




 父と暮す時間が長くなるにつれて、反発の心は大きくなる。

 その頃からだ。王にならずに自由に世界を旅したいと考え始めたのは。


 今思えば、それは自分を捕らえる父親という名の檻からの脱出を望む心のあらわれだったのかもしれない。



 父が嫌いだった。

 何もかもが、嫌いだった。



 亡き父はミヅキ征服が悲願だった。

 侵略戦争に興味など持っていなかった当時の自分はそのあたりのことはよく知らない。

 ただ、ミヅキ国王が崩御し、それが暗殺によるものだということは自分も知っていた。

 もちろん、極秘裏に計画され、実行されたことであり、この事実を知る者は僅かだ。

 そして、それを計画したのが自分の父と伯父だということも知っている。


 カイエが自分を狙った理由がわかった。


 仇討ち……そんな理由でカイエと出会ってしまったのだ。

 そして、その相手を親友と思うようになろうとはなんという因果だろうか……。



 ミヅキ国王の暗殺の事実を知ったあの時……自分はなにをしていただろう?


 そう……自分は彼らのそのやり方の汚さに毒づいていた。

 大人は汚い。目的達成のためならなんでもするのかと軽蔑していたではないか。


『文句をいうばかりで何もしないお前に私の何がわかるというのだ』


 父は冷たくそう言い放った。

 そして、こうも言った。


『お前も王になれば実感するだろう』


 父はあの時そう言った。


 でも、王になった今もそれはわからない。

 父と自分では根本的に価値観が違うのだろう。

 父がどうしてそこまでミヅキにこだわるのか。

 その答えは未だ出ていなかった。


 父のやり方を知ったとき、そのあまりの汚さに父を責めた。

 もともと嫌いだった父がさらに嫌いになった。

 そんなにあの国が欲しければ堂々と戦えばいい。こっそり王を殺し、国を弱体化させて勝って何の意味がある?


『戦争には多くの犠牲がつきものだ。これは避けられない。ならば犠牲は少しでも少ない方がいい。そのためにやったことだ』


 父は自分とよく似た黒い瞳で、射るように玉座から見下ろした。

 黒い虹彩の奥にさらに闇を含んだような深い黒の視線は当時の自分をひるませるのに充分の威圧感を持っていた。


「でも、父上……やはり俺は貴方を許せない」


 エーレウスは頭を抱え、体を折り曲げ丸くなる。

 考えるのが苦しくなってきた。それでも、エーレウスはまだやめなかった。


 あるとき、父に詰め寄ったことがあった。


 なぜ他国を侵略しなければならないのか?

 自分の国を幸せに治めていればそれで充分なのではないのか?

 罪も無い民に血を流させ、幸せに暮している家族から父や息子を奪う戦争を起こすことが王のやるべきことなのか?ならば自分は王になどならない。


 そう父にまくし立てた。


 父は何も言わずにこちらを見ていた。

 一瞬だけ何かを言いかけて止め、それから眉間に深く皺を寄せ、諦めたように溜息をついて。



 ━━━━━━━ そして、その翌日、父は倒れた。



 結局、半月の間意識が戻らぬまま父は亡くなった。

 あの時、父は何を自分にいいたかったのか?

 何を自分に期待したのか?

 もう、永遠にわからない。



 父の葬儀の前日。

 棺の前から動けなかった。


 あなたは俺にとって障害だった。

 どうしても乗り越えられない壁だった。

 あなたに言いたかったことがあった。

 どうして母を省みなかったのか?

 なぜ、ちゃんと俺をみてくれなかったのか?


 言えなかった。

 ついに、いえなかった。


 俺はあなたという壁をまだ超えられない。


 父上。

 母や俺があなたから受けた仕打ちに対して俺にできる仕返しがひとつだけあるなら、それは俺が王になることを拒絶すること。もしくはホムル王の血を俺の代で絶やすこと。


 たぶん、それぐらい。



 でも……。


 ……それでも、やっぱりあなたは俺の父親なのです。




 エーレウスの記憶はそこで途切れる。


 逝ってしまった父親が残したのは大きな災禍と得がたい存在だった。

 父が侵略を計画しなければカイエに出会うこともなかっただろう。

 別の形で出会っていたとしても、カイエとは親友ではいなかったろう。


 メイサの白い花が咲き乱れるあの庭でのカイエの言葉を思い出した。


『僕が探していた仇はね、もうずっと前に亡くなっていたことがわかったんだよ……』



 それは我が父親のことだ。

 そして、仇の息子である自分のもとで、彼はどんな苦悩をしたのか。

 それを思うとエーレウスは胸の奥底がかき乱されるように痛んだ。


 カイエ。

 君はやはりミヅキの王太子だった。


 全力で抵抗すると君は言った。

 それは差し出した手を握り返さず、剣をつきつけるという俺への伝言か?

 本当に俺と戦うというのか?親友だと言った俺に剣を向けるのか?

 俺は君の国を攻める気はないと言ったのに、それは信じてもらえなかったのか?


 メイサの花の下でのあの言葉は嘘だったのか?

 カイエという個人でいることより、侵略者から国を守る王であることを君は選んだのか?


『僕は君を信じる。たとえば誰かが禁じても僕は君を信じる。それが僕の答えだよ』


 君はそう言ったじゃないか……。あれは嘘だったのか?


 エーレウスはずっと胎児のように体を丸めて動かなかった。


 ちょうどその時、暗く淀んだ空から大粒の雨が激しく落ちてきた。

 エーレウスはその音に弾かれたように顔を上げた。


 わかったよカイエ。

 ならば俺もそうしよう。


 もう、責任からは逃げない。

 俺は、俺のすべきことをする。

 カイエが戦いを望むなら戦う。


 ミヅキを、そしてカイエを自らの手でもぎ取る。


 父親が成し遂げなかったことをやれば、俺は壁を越えられるだろうか?




 ベッドから起きあがり、エーレウスは激しく降り始めた雨を眺める。

 打ち付ける雨は激しさを増し、轟音を響かせいつまでも降り続いた。



 窓を開けたエーレウスの頬を濡らして。



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