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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
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10.「奇妙な再会」

 ●【10.「奇妙な再会」】


 カイエがエーレウスの前から突然姿を消してから三ヶ月が過ぎた。


 落ち込んでいたエーレウスも少し落ち着きを取り戻し、かわりばえのしない毎日を送っていた。

 あれ以来、エーレウスはフェリシダドの所にも殆ど行かなくなった。



「陛下。イサノ閣下がお戻りになられました」


 ホロの王太子と、ミヅキの姫の結婚式に出席していたイサノが約一ヶ月の旅を終えて戻ってきたのだ。

 ホムルからホロへ行くには陸路で行けば一ヶ月もかからない。

 しかしそれはミヅキを通る場合だ。

 現在ホムルはミヅキとの国交が無いので、ホムル国籍を持つ旅行者がミヅキを経由してホロに入ることはできないため、海路を使ってデーデジア大陸沿岸を北上し、直接ホロの港に入るしか方法が無い。



「陛下。只今戻りました」

「無事にお戻りになられて何よりです伯父上。少しお戻りが遅かったようですが、どうかなさったのですか?」


 イサノは帰国予定を十日も遅れて戻ってきたのだ。

「いえ、やぼ用で少し寄り道をしてました。その話は後ほど」

 イサノはすぐに理由を言わなかった。


「そうですか。何も無ければそれでいい……。ところでホロはいかがでしたか?」

「非常に寒い国でした。しかし、よく統治された国でしたよ。治安も悪くなく、住民達も飢えてはいない様子。まあ、表面的にそう見えても内情がどうかはわかりませんがね」

「伯父上は雪をご覧になりましたか?」

「見ましたよ」

「どんな感じでしたか?やはり綺麗でしたか?白くて冷たいものでしたか?」

 エーレウスは目を輝かせる。

 しかし、イサノはあまり興味がないといった風情でこう言っただけだった。


「ひんやりして白っぽいばかりでうっとおしいだけでした。降り積もった雪景色も殺風景な感じでした。綺麗だとか言うのは観光客ばかりで、地元の人間にとっては害にしかならないようなものでしょう。吹雪けば交通を妨げ、降り積もれば家の屋根を潰すほどの力を持つのですから」

「そうですか……」

 エーレウスは溜息をつく。


 暑い国に生まれ育った彼にとって、人づてに伝え聞く白く冷たい『雪』は憧れだった。

 しかし、現実主義の彼の伯父はあまりちゃんとした印象を伝えてはくれないようだ。

 ロマンティストでもなんでもない伯父はあくまでも国家の宰相としての目でしかホロを見てこなかった。

 夢想家の自分よりむしろ伯父の方がよほど王の器に相応しいだろう。


「それよりも陛下。ホロでちょっと面白いことがありましたよ」

「面白いこと?」

「ミヅキ国王が出席していました」

「えっ?」

 エーレウスは一瞬眉をしかめる。ミヅキ国王は亡くなった筈だと。

 しかし、すぐに気付く。

 ホロ王太子の花嫁はミヅキの姫。

 彼女の弟である王太子は自分と同い年であり、そろそろ即位してもおかしくないはずだ。そして当然姉の結婚式に出席していないはずがない。


「それは即位したばかりの新王ですね?伯父上」

「そうです」

「どんな方でしたか?」

「陛下とそう変わらない雰囲気でした。あまり話はできませんでしたが、少し気がお強そうな印象を受けましたな」

「そうですか……でも知らなかったな。もうミヅキの王太子が即位していたとは」

「ミヅキはわが国を敵国として見ておりますから即位の知らせがこちらに入らないのはともかくとして……」


 イサノは少し間を置いた。

「その、新王というのがあの侍童のカイエめにそっくりだったんですよ」

「えっ?」


 エーレウスの目が見開かれる。


「まさか……」

「髪と瞳と肌の色こそ違いますが、それ以外寸分違わぬほどそっくりでした」

「そんなに似ているのですか?」

「ええ。しかも王の名前を聞くと陛下も驚かれますよ」


 イサノはにやりと笑う。


「カイエ・ルア・エフィニアス・ミヅキ。これがミヅキの新王の名前です」


 エーレウスは右手を口元に当てたまま絶句した。

 そうだった。

 自分の親友であるカイエはミヅキの王太子と同じ名前だったと思い出したのだ。


 髪と瞳と肌の色が違う以外はカイエにそっくりで、しかもファーストネームまで同じのミヅキの新王。

 偶然というにはあまりにも不自然すぎる。


「しかも陛下。帰国の途中で私は面白いものを手に入れましてね」


 イサノはそう言うと、傍に控えていた男に言った。


「あれを持って来い」


 しばらくすると、男は布に丁寧に包まれた平たい板のようなものを抱えて戻ってきた。


「帰国途中でキャラバンの東方巡回隊と偶然合流しましてな。そこで面白いものを手に入れたので陛下にお見せしようと思ったわけでして」


 イサノの合図で、男は包みを解き、中から一枚の絵を取り出した。


「ご覧下さい陛下。これがミヅキの新王の肖像画です」


 その絵はユズ画伯の画廊に飾られたもうひとつのカイエの肖像画だった。

 エーレウスは驚きを隠せなかった。


 柔らかな亜麻色の髪。

 春の野原のような淡い緑の瞳。

 柔らかそうな白い肌。

 完全にミヅキ人の特徴を持った隣国の新王。


 しかし、それはエーレウスにはカイエにしか見えなかった。

 髪も瞳も肌の色さえ違うのに、これはカイエだとエーレウスは確信していた。


「……伯父上。この絵をどこで」


 エーレウスは自分の声に少し震えが含まれていることを自覚していた。


「ミヅキの品物を買い付けに行ったキャラバンの現地バイヤーがアヴェリアの画廊にて見つけたものです。あまりの出来のよさに何度も売って欲しいと交渉したそうですが、持ち主であり絵の作者であるユズ画伯が絶対に売らないと言い張りましてな……その話を聞いて私もぜひその絵を見てみたいと思い、ジャラクに少し滞在し、素性を隠してミヅキ国内に入りましてな」


「伯父上も無茶なことをなさる……仮にも伯父上は宰相ですよ?もし、見つかったら大変なことになるとは思われなかったのですか」


 エーレウスは伯父を咎めるように言った。


「陛下にご迷惑はかけませんよ。それは陛下もよくご存知でしょう?」


 エーレウスは返す言葉も無かった。

 伯父はどんなことでもあっさりとこなしてしまう。完璧としかいいようがない優秀な宰相だ。

 アヴェリアにいる現地バイヤーというのはおそらく現地のミヅキ人を買収した諜報員だろう。自分の知らぬ間に伯父はミヅキのことを知り尽くしている筈だ。

 エーレウスにはそれがなんとなく居心地が悪かった。

 これでは殆ど伯父の傀儡でしかない。しかし、それでも今の非力な自分には国政を動かすためにこの伯父の力が要る。


 そんなエーレウスの思いを知ってか知らずかイサノはさらに言葉を続ける。


「絵を見て私も驚いたのですよ。そこで陛下にぜひ見ていただきたく思い、すこしの間だけでもいいから借して欲しいということで、やっと画伯にこの絵を貸してもらえたわけです」


 それはカイエそのものだった。

 物憂げに空を見つめる瞳。

 瞳の色は違う。

 しかし、エーレウスは親友が時折見せるこの表情を何度も見ている。


 そして、彼の胸元を飾るガイアルの守り。

 カイエが身につけていたものと同じものだ。

 どこにでも売られているありふれたペンダント。

 しかし、アヴィエールを信仰するミヅキの国王がこれを身につけるのは何か特別な理由がなければありえない。


「不思議でしょう?どうしてアヴィエールを信仰する国の王が我が国の竜王の守りを身につけているのか……そういえば、あの侍童のカイエも確かこれと同じものを身につけていましたな」


「伯父上。言いたいことがあればはっきり仰って下さい」


 エーレウスの声が一層低くなる。


「はて」


 イサノはとぼける。


「私は疑問を口にしたまでですよ。陛下」

「本当ですか?伯父上」

「では逆にお聞きします、陛下。陛下こそ何か隠されておられるのでは?だいたい、国王……いや、おそらく時期的に考えて当時の王太子が、敵国であるわが国の王の侍童になるでしょうか?敵国の王の愛人に」

「言うな!」


 エーレウスの頭に一気に血が上る。


「黙れ!伯父上といえども軽々しいことを口にするな!」


 イサノは無言のままだ。


「これ以上この件について触れるな。絵は画伯にお返ししてくれ。それと伯父上はこのことをくれぐれも他に言わないように……いや、これは命令だ。二度といわないでくれ」


 エーレウスは我を忘れていた。

 感情を殆ど出さず、常に冷静に政務を行い、臣下の立場であっても伯父であり、後見人であるイサノにもエーレウスは敬意を払ってきた。

 しかし、この時ばかりはエーレウスの荒々しさが前面に出てしまった。


「陛下の仰せのとおりに」


 イサノはいやにあっさりと引き下がった。


「気分が悪い。自室で休む」


 エーレウスは玉座から立ち上がり、部屋へ向かおうとする。


「陛下。ミヅキ国王から陛下への伝言を忘れておりました」

「聞こう。ミヅキの国王は何と?」


 振り返ったエーレウスにイサノは静かな声でカイエの伝言を『要約して』伝えた。




「ミヅキの国王から陛下へのの伝言です。『我が国は貴国に全力をもって抵抗する……』と」


 エーレウスの顔からすべての表情が消えた。



 ━━━━━━━ カイエ。そういうことか……。

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