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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第1章 復讐の王太子
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4.「暗雲」

 ●【4.「暗雲」】


 ━━━━━━━ 四年の歳月が過ぎた。


 四年の間に、ミヅキの情勢は随分変わった。

 一年前、ミヅキとホムル王国の国境に近い街、ジャラクに、突然ホムル軍が侵攻してきたのだ。

 軍と魔道士団の必死の抵抗で幸いにも陥落は免れたが、多くの犠牲者が出た。 辺境の小さな集落は占領され、多くの若者や女子供がホムルに連れ去られ、今も行方不明だ。

 ミヅキはこれをきっかけにホムルとの国交を断絶。実質上の戦争状態に入った。


 ホムル国王、ダニエラ・フィリス・デラ・ホムルは以前からミヅキの領土占領を狙っており、時間をかけて準備をしていた。

 過去にも何度か大規模な侵攻があったがミヅキ軍とミヅキ魔道士団の抵抗があまりにも激しく、周辺の集落は落せたもののミヅキ本国に入ることは叶わなかった。

 他の四つの国にはない魔道士団を世界で唯一持つミヅキは、攻略が困難な国として国民も安心して生活を営んでいた。


 しかし、国王が崩御して以降、ミヅキ国内には不安が充満していた。

 最強の軍と魔道士団を率いる国王が不在の今、いつホムルによる本格的な侵攻が始まるのかと国民は不安に怯える毎日を送っていた。そんな情勢を反映してか、治安のよかったミヅキ国内は最近治安の乱れが目立ち、悪質な盗賊団や無法者による犯罪が増え始めてきていた。


 そんな時だ。

 ホムルの動きが突然止まったのだ。

 あれだけ激しかった国境周辺への攻撃もぴたりと止まった。

 ホムル国内に何かの動きがあったようだが、情報は何もつかめなかった。それが却って無気味だった。

 無気味な平穏を保ちつつ、時間だけが過ぎていったのだ。




 この年、カイエは十六歳を迎えた。

 その顔立ちこそまだ幼さを残していたが、強さと聡明さを持った立派な王太子に成長していた。


「殿下、腕を上げられましたね」

 剣を降ろしたエフィ・タチバナが息を切らせながら言った。


「殿下が私をここまでてこずらせるまでに腕を上げるとは……将来がとても楽しみです」

 打ち合っては離れ、また打ち合い、小さな火花を散らしつつも二人は楽しそうに剣を合わせていた。

「そんなことないよ。僕はまだまだ、エフィにはかなわない」

「いえ、私に教えられることはもう殆どありませんよ、殿下」


 実際、剣の試合をしても、五回に二回はエフィはカイエに勝ちを譲っていた。

 カイエは土が水を吸い込むように物覚えが速く、さらにそれを確実に自分のものにしていたのだ。


「殿下、もうそのくらいになさってお茶などいかがですか?」

 侍従長のジーア・タチバナがにこにこしながら声をかけた。


「殿下と違って息子は年ですからな。少し休ませてやってください」

「ひどいな、父上。私はまだ二十九ですよ?」

「おお、そうだったか?もう三十をとっくに過ぎていると思っておったぞ」

「ひどいなあ、父上……」


 その光景カイエはちょっと羨ましく思った。 父親が生きていたら自分にもこういう会話があっただろうか?仲のいいタチバナ父子を見るたびそう思うのだ。

 優しかった父の命を奪った憎き犯人は未だ見つかっていない。


「では殿下。今日はここまでということでよろしいですか?」

「はい。ありがとうございました」

 カイエは礼儀正しくエフィに一礼する。

 王太子の立場であっても、剣技においてはエフィは師である。


 侍従長は二人をうながす。

「では庭園へ参りましょう。お茶の用意がしてございます。セリア様やラドリ殿もお待ちですから」

「はい」




 暖かな木漏れ日が降り注ぐ庭園には色鮮やかな花々が咲き乱れていた。

 今は春で、花たちが美しさを競う季節だ。


「カイエ!待ったわよ」

「姉上。遅くなってすみません」

「さあ、お茶にしましょう」


 テーブルに並べられたポットやカップからは銀薄荷茶の良い香りが漂っている。

 ミヅキ原産の香草である銀薄荷草から作られるこのお茶は砂糖を入れずともほのかな甘味を持ち、爽やかな薄荷の香りがすることから広く人々に愛飲されているお茶だった。

 苺のパイ、杏のジャムがたっぷり乗った『モコ』と呼ばれる焼き菓子、色とりどりのフルーツやクリームなどがテーブルを彩っていた。


 穏やかな昼下がり。

 幼い頃から仲のいい姉と弟は、成長してからも気さくに色々な話をする間柄。

 カイエの話に微笑みながら相槌を打つセリアは、カイエにとって何者にも代えがたい大切な姉だった。


 話の合間に、ふとお茶を飲む手を止め、セリアはカイエをじっと見つめた。

「ねえ……カイエ」

「なんですか?姉上」

 いつになく真剣な表情をしたセリアにカイエは一瞬戸惑う。

「あのね……カイエ……わたくし、やはりあのお話をお受けしようと思うの」

「えっ………」

「それって……ホロの?」

 セリアは小さくうなづく。

 一瞬の沈黙が流れる。

 カイエは同席したラドリやエフィの顔を一瞬ちらりと見るが、二人とも何も言わなかった。


「カイエ……喜んではくれないの?」

「……いえ……おめでとうございます。姉上」


 先日持ち込まれたホロ国の王太子との縁談をセリアはとても迷っていた。

 ホロはミヅキの北方にある国で、ミヅキとは昔からの友好国だ。

 婚姻関係を結ぶことで、両国の関係はより一層強固になる。

 ただひとつ、カイエとしては引っかかることがある。


 ホロの王太子はセリアよりかなりの年上で、巨大な熊のような風貌を持つ男性だったのだ。


 ホロは氷の竜王ユズリの領国。

 ミヅキとは地続きの北方一帯に広がる大きな国で、国民は皆心根が優しく、平和と芸術を好み、手先も器用だ。

 しかし、その姿は男も女も大柄で毛深く、熊によく似た風貌の亜人である。

 カイエは彼らの姿形を差別するつもりはなかったが、華奢で小柄な姉が、姿も文化も違う国へたった一人で嫁ぐのがひどく心配だった。


「姉上……たった二回しか会っていない人との結婚を決めても、姉上はそれでいいのですか?」

「たしかにどんな方かはまだよくわからないけれど、少しお話した限りではお優しそうな方だったわ……それに、いろいろ考えたのだけど、このお話をお受けするほうがミヅキのためにもいいと思うの」

「それはその通りだけど……」


 ホムルからの攻撃をいつ受けるかわからないミヅキとしては、ホロの援助を受けられることは願ってもない幸運だ。しかし、そのために好きでもない相手と結婚しなければならない姉のことを思うと、カイエは素直に姉の結婚を喜べなかった。

 ホロは北の果ての寒い国だ。 このミヅキのように花が咲き乱れる国ではない。一年中雪と氷に閉ざされた寒い土地なのだ。

 そんな場所で大切な姉が毎日泣き暮らすことにでもなれば、相手が誰でも容赦はしない。

「心配しなくても大丈夫よカイエ」

 セリアはカイエの心配を払うように笑顔を見せた。

「ネプト殿下はわたくしの事をとても気に入っていらっしゃると聞いているわ」


「殿下、ホロの男性は体が大きく、少し我々と違う姿をしていますが性格は温厚で、特に女性を大切にします。普段は争いを好まぬ彼らも、何か起こった時には家族を守るためにたった一人で数十人を相手に戦うこともあるほどの猛者と聞きます。だから、セリア様もきっと大切に守っていただけると思いますよ」


 タチバナがそう言った。


「ええ。わたくしもそれを聴いて安心しているの。だから、きっと幸せになるわ」

 柔らかい春の風に亜麻色の長く柔らかな髪をなびかせる姉の顔はとても美しく、そして幸せそうだった。


「姉上。僕は姉上が幸せならばそれでいいんです……」

「ありがとう、カイエ」




 カイエがセリアの結婚の話を聴いていたその頃、遠くはなれたジャラクの街では怪しげな動きがあった。


 国境の街、ジャラクは現在、ミヅキでも最も治安の悪い街で、怪しげな輩や人相の悪い男などが昼間から堂々と街中を闊歩しているような状況だ。

 そんなジャラクの街のはずれにある一軒の寂れたパブで、昼間から酒を飲んでいる男たちがいた。


「状況はどうだ?ゲオ」

 殆ど顔が見えないぐらいフードを深く被った男が、向かいに座る恰幅の良い男を鋭い目で見据えた。

「なかなか王宮に潜り込めませんでね……」

「ミヅキの王太子には何としても国の外へ出てもらわねばならんのだ。最悪の場合は強引に連れ出しても構わん」

「そんなリスクの高い事簡単に言わんでくださいよ旦那……王太子はまだまだ子供ですが、あの飛燕の指導を受けているんですぜ?誘拐したり、強引に連れ出すなどそんなおっかないこと、とてもあっしらには出来やしませんよ、旦那。俺たちだって命あってのモノダネだ」

「では、王太子が自主的に国外に出るよう誘導するしかないな……それならできるだろう?」

「まあ……できなくはありませんけど……」

 ゲオは困惑したような顔で正体不明の男に媚を売る。


「もちろんただとは言わん。金なら欲しいだけ用意しよう」

 ゲオの眉がピクリと上がった。

「王宮に潜入するのは何もお前である必要はない。四年前のあの時みたいに、おまえは私の手の者を手引きするだけでいいんだ。国王を暗殺したときのようにな」

 ゲオは何かに怯えるように体を小さくかがめ、小声になった。

「あまり大きな声で言わんでくださいよ旦那。誰が聞いてるか知れたもんじゃない。それにあっしはまさかあんな大事になるとは思わなかったんでさぁ……あのときだって国王を暗殺するなど聞いちゃいなかった。そんな大それた仕事と知ってたら引き受けませんでしたよ」

「でも、いまやお前も共犯だ。国王暗殺の容疑をお前にかけることは簡単なのだぞ?」

「勘弁してくださいよ旦那!」

 ゲオは一層声をひそめ、体を丸くする。


「何か弱みのある貴族はいないのか?王宮へ出入りするならそれが近道だろう」

 するとゲオは暫く考え込んでから、ポンと手を叩いた。

「……それなら心当たりがありやすぜ旦那。ご法度の賭博でたんまり借金を抱えた貴族のバカ息子様がね」

「そいつは使えそうだ。その者の職階は?」

「確か近衛師団に所属してます」

「それは好都合だ。さっそく手配しろ」

「へい」

「では、これは前金だ。取っておけ」

 男は懐から金貨が入った袋を取り出した。テーブルの上に置かれたそれは重そうな音を立てた。

 その時、男の懐から何かが落ちた。


「おっと……旦那。何か落としましたぜ」

 ゲオは男の懐から落ちたものを拾って手渡した。



 金色の懐中時計。その蓋には炎を吐き出す竜の意匠が施されていた。

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