表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
49/89

9.「接触」

 ●【9.「接触」】


 その瞬間、カイエの体は凍りついた。


 色も、音も、消えた。


 ねっとりと絡んでくる視線。

 獲物に狙いを定める肉食獣のそれ。


 言い様のない不安がカイエを捕らえる。


 鋭い漆黒の視線がカイエを凝視する。


 アルゼ・イサノ。


 ホムル王国宰相にしてエーレウスの伯父。

 ホロとホムルは友好国ではないが、とりたてて遺恨もない。

 ホムルの代表が王太子の結婚式に呼ばれても不思議ではないのだ。


 こちらが目を反らしても、視線がカイエから外れることはなかった。


 イサノの席からカイエの席までの距離は、どうにか顔が判別できる距離。イサノがカイエを完全に認識したかどうかは定かではない。

 髪や瞳の色だって違う。

 しかし、突然失踪した王の侍童によく似た人物が花嫁の親族の席にいれば興味も示すだろう。

 ましてや、それがミヅキの国王なら。


 容赦ない視線はきっと、カイエが何者であるかを探る視線だ。


 堂々としていなければ怪しまれる。

 ここで隠れる必要などないのだから。



 その間にも結婚式は滞りなく進み、竜王像の前で新郎新婦が誓いのくちづけを交わし、何事もなく式は終了した。


 純白のドレスを纏い、優しげな夫に手を引かれ、セリアは微笑みながら式場を後にする。雪のように舞い散る白い花弁。

 拍手と歓声と祝いの言葉。

 幸せ溢れるその光景の中で、カイエだけが体を強張らせていた。


「陛下」


 タチバナ侍従長に声をかけられてカイエははっと我に帰る。


「どうなさいました?」

「あ、いや別に」


 カイエは震える声を隠して答える。


「そろそろ披露宴の席に移りませんと」

「あ、そ……そうだね」

「姉君があまりにお美しいんでぼーっとしておられたのですかな?」

 侍従長はにこにこ笑いながら言う。

「ああ。あまりに姉上がお美しかったから」

 おうむ返しの返事でなんとか誤魔化す。


「では披露宴の会場へ参りましょう」

「わかった」


 イサノのいた場所に視線を戻したが、すでにイサノの姿はそこにはなかった。




 披露宴が始まった。


 美しい氷の彫像が飾られた広間には海の幸、山の幸が所狭しと並べられている。

 ホロ特産の強い酒ボドガをはじめとした様々な飲み物、甘い香りを放つ果物や菓子もある。

 新郎新婦は大勢の客の相手で忙しい。


 そして、披露宴のパーティの席では各国の招待客が交流と称した非公式な会談を繰り広げていた。

 当然、ミヅキの新王であるカイエにも多くの者が声をかけた。

 花嫁の弟であることは話のよいきっかけなのだ。


「よろしいですか?陛下。各国の要人たちは陛下の人となりをまだ知りません。見くびられぬよう毅然とした態度で、しっかりと対応してください。返答に困ったときは私に声をかけてください。お助け致しますので」


 タチバナ侍従長はカイエに耳打ちし、カイエは無言でうなづいた。


 これは本来は侍従長の仕事ではなく、こういう仕事は本来外務大臣であるドーガ・ヒノキの仕事だ。

 だが、外務大臣のヒノキは今回カイエたちに同行していない。


 彼の息子、ジャノの殺害により多くのことが明らかになった。ヒノキは泣きながらカイエに辞職を申し出たが、カイエはそれを引き止めた。


 ジャノのことは彼の責任ではない。何よりも優秀な外務大臣を失うわけにはいかなかった。

 ヒノキは今回の同行を辞退し、彼の代わりにタチバナ侍従長が同行することになったのだ。


 昔取った杵柄。

 タチバナはすっかりやる気になっている。

 こうみえて彼は侍従長に就任する前はオルステインにて大使を務めた経験があるからだ。

 彼がまだとても若かった頃の話だが。



「陛下におかれましてはご機嫌も麗しく」


 慇懃な態度で最初に接触してきたのはオルステイン連邦のホルスト・モレンツと名乗る男だった。

 彼はオルステイン連邦の王、アンドレアス・エアハルト・オルステインの名代だった。

 美しい黄金の髪に澄んだ青い色の瞳はカイエにミーサのことを思い出させた。


 オルステイン連邦は少し特殊な国家形態をとっている国だ。


 オルステイン連邦はデーデジア大陸の東の海の彼方にあるオルステイン諸島一帯の総称だ。

 諸島のほぼ中心にある翼竜の形に似た大きな島がオルステイン島。そしてオルステインを取り巻くように散らばる数十の島々で成り立った連邦国家だ。


 小さな島々にはそれぞれ首長がおり、島を支配する権限を持っているが、主権をオルステイン本島とオルステイン王家に委譲する形となっており、王室の権限はあまり強くない。

 王室は象徴であり、実質的には連邦共和国制といっていい。

 他の大国に比べれば弱小ではあるが、大陸の諸国からはかなり遠い場所に位置する上、常に天候が悪く荒れた海域を挟んでいるため、これまで殆ど他国の侵攻を受けていない。

非常に独立性が高い国であり、各々の島では独自の文化や風習がはぐぐまれている。

オルステインは別名、『自由の国』とも呼ばれているのだ。


 自由の国から来た紳士は、品定めするようにカイエにいくつかの質問や意見を投げかける。

 カイエは慎重に考えて答え、時にはタチバナにこっそりと助けを求めた。


「貴国と我が連邦の恒久的な友好関係を願ってやみません」

 紳士は爽やかに笑ってカイエに握手を求め、去っていった。



「ご立派でした」


 タチバナが満足そうにカイエに言った。


「タチバナにだいぶ助けてもらったけどね」


 ほっとしたのもつかの間だった。


「ミヅキ国王陛下」


 聞き覚えのある声がカイエの背後からかかった。

 振り返ったカイエは一瞬にして自分の体が硬直するのを感じた。


「ホムル王国宰相、アルゼ・イサノと申します。以後お見知りおきを」


 切れ長の鋭い漆黒の瞳が、カイエを刺すように見つめる。

 カイエがどうしていいか困っているとタチバナがそれを察して助け船を出した。


「ご丁寧なご挨拶、恐れ入ります」


「ミヅキ国はいつ、王太子殿下が即位なさったのでしょう?」


 イサノはじろりとタチバナを一瞥する。


「先々月です。貴国にはお知らせしておりませんでしたが」


「そうですか」


 抑揚の無い声で答えるイサノは無気味だ。


「わが国はまだ、貴国の敵国と認識されているわけですかな?」


「それは貴国の出方しだいですよ」


 タチバナは飄々と返事を返す。


「貴国とわが国は現在、国交断絶状態にあります。戴冠式を貴国にお知らせする義務はないでしょう?」


「そうでしたな。しかし、わが国も去年、陛下が崩御して現在は王太子であったエーレウス殿下が即位されて代替わりしておりますゆえ……」


「存じておりますよ。しかし、エーレウス陛下の即位の時にわが国に貴国から連絡はありませんでした。ですから、引き続き貴国にはわが国に侵攻する意思があると見なし、連絡は致しませんでした」


 タチバナは堂々とした態度を崩さない。


「なるほど……しかし、私は貴殿ではなく、そちらにおいでになる国王陛下に直接そのお話を聞きたかったのですがね」


 イサノはカイエを遠慮なくじろじろと見ている。

 それを見てタチバナはカイエをイサノの視線から隠すように間に入って言った。


「陛下は貴殿とはお話しになりません。お引き取りください」


「話も聞かないと言う訳ですか……では貴国はわが国と交戦の意思があると見なしてよろしいですかな?」


 タチバナの顔が曇る。

 ここでしくじっては宣戦布告と取られる。

 めでたい婚姻の席でそれは許されないだろう。


 しかし、タチバナの思惑をよそに、カイエは口を開いた。


「貴国がわが国を侵す意思をお持ちならわが国は全力をもって抵抗します」


「陛下!」


「いいんだ。タチバナ」


 カイエは首を横に振り、タチバナを下がらせる。


「イサノ殿。貴国の国王陛下にお伝えください。そちらがなにもしなければこちらに戦う意思はないと。貴国がわが国との友好を望むなら昔の遺恨は忘れると。しかし、貴国がわが国に刃を向けるなら、わが国は全力をもってこれに立ち向かうと」


 その時、カイエはイサノが笑ったような気がした。

 穏やかな笑みではなく、不吉な感じの笑み。


「陛下のお言葉、我が国王にしかと伝えましょう」


 イサノは一礼した。

 そして去り際にひとこと呟いた。


「そうそう……陛下にそっくりな侍童(じどう)が我が王宮におりましたよ。もちろん陛下のような美しい亜麻色のお(ぐし)と緑の瞳ではなく、黒髪で黒い瞳のわが国の民でしたがね。他人の空似というのはあるものなのですね」


 タチバナがその言葉を聞いて怒った。


「陛下を愚弄するとはなんたる無礼な!卑しき身分の侍童などと一緒にしないで頂きたい!」


 大声で叫んだため会場に居た人々の視線が集中する。


「祝いの席ですぞ。場を乱すのは感心しませんな」


 イサノはタチバナにそう言って、すばやくその場を離れてしまった。


「なんと無礼な輩だ。陛下、気にすることはありませんよ」


 タチバナは憤慨していた。

 カイエはうなづくだけだったが、心の中に暗い影がさっと広がってゆくような不吉な気分になったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ