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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
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8.「氷の都」

 ●【8.「氷の都」】


 二ヶ月が過ぎた。


 カイエは戴冠式を無事に終え、正式にミヅキの国王となった。

 戴冠式には友好国である、ホロ王国と彩岩楼皇国をはじめ、オルステイン連邦からの代表も呼ばれた。

 当然のことながらホムル王国には戴冠式の招待状も出さなかった。


 しかし、いずれカイエ・ルア・エフィニアス・ミヅキという名の新王が即位したことはホムルのエーレウスの耳にも伝わるだろう。


 このままでいいのだろうか。


 本当なら、親友に本当のことを話し、よい友として友好関係を築きたかった。

 王という身分的に対等の立場なら、もっと話はしやすいだろう。

 しかし、出会った時点から既に彼に嘘をついていたカイエは後ろめたさでいっぱいだった。

 今度の帰国だって、事情があったとはいえ、何も言わずに出てきてしまったのだ。

 きっと怒っているだろう。許してはくれないだろう。

 ならば、知られないほうがいい。


 知らなければ、それでいい。


 ずっと、その状態でいられないことはわかっている。

 いずれ、ばれてしまうことも。

 言い訳はしない。しかし、もう一度……もう一度だけでも彼と話せたら……。



 多くの参列者の前で国宝である竜眼の剣を掲げ、宣誓文を読み上げる。

 竜王アヴィエールに祈りを捧げ、神官長からずしりと重い王冠を頭上に載せられた時も、カイエの心は重かった。


 国民や臣下達の歓喜の声、次々と投げられる祝いと喜びに満ちた言葉。



 ここにいる王は何者だ?

 この王は誰だ?



 本当に、これは自分?




 カイエは今の状況が、まるで自分のことではないような気がしていた。

 自分じゃない誰かのことを、第三者の立場で何気なく見ているような、そんな感じだった。


 カイエの心の中は常に重かった。

 しかし、国王になったカイエにはやることがあまりにも多すぎて、ゆっくりと考えている暇すら与えられなかった。


「陛下?陛下」


 タチバナ侍従長の呼びかける声でカイエははっと我に帰る。


「ご気分でもお悪いのですか?」

「いや、大丈夫だよ。僕はどうしてた?」

「ぼんやりとなさってましたよ。本当に大丈夫ですか?もうじき馬車の支度が整いますが、ホロへのご訪問は取りやめられますか?」

「とんでもない!姉上の結婚式だぞ?欠席できるわけがないだろう」

「そうでした。失礼致しました、陛下。しかし、あまりにおつらそうでしたので、どこかお加減が悪いのではないかと少々心配になりまして。最近の陛下はずっとぼんやりしておいでです」


 侍従長は本当に心配そうにカイエを見ている。


「そう……見える?」

「ええ。心ここにあらずといった風情です。何かご心配なことでもおありですか?私でよければお話をお聞きできるかもしれません」

「ありがとう。タチバナ。でも、大丈夫だから」


 カイエが笑ってそう言っても、タチバナ侍従長はやっぱり心配そうな顔をする。

 無理して笑っているのがあきらかにわかるのかもしれない。

 あまり心配をかけすぎると、この心優しい侍従長はいつか心労で倒れてしまうかもしれない。

 カイエは彼を心配させないように明るく振る舞ってみせた。


 カイエの心はずっとモヤモヤしていた。

 話してどうにかなることならとっくに話している。

 そうじゃないから、どうしようもないから困るのだ。


「本当に僕は大丈夫だ。最近忙しくて疲れているだけだから。馬車の中で眠ることにするよ」

「では、座席に柔らかな敷布を敷かせましょう」

「頼むよ」


 カイエはセリアの結婚式のため、ホロに招待されていた。

 ミヅキ国王として最初の仕事だった。

 セリア本人は準備の為、一週間前にすでにホロに出発していた。ミヅキからホロまでの道のりはゆっくり行って約三日間だ。

 年中雪と氷に覆われているかの国は、冬場の旅はたいへんきついが、雪が少なく天候にも恵まれている短い夏のこの期間なら、十日程度国を留守にするぐらいで済む。


 護衛はカイエの希望で最小限の人数だ。

 エフィをはじめとする近衛の精鋭がカイエを守る。

 タチバナ侍従長ははじめ、「とんでもない!」と酷く反対していたが、カイエのたっての希望と言うことでしぶしぶ折れた。

 平穏な状態とはいえ、ミヅキはホムルに今も狙われている。自分の不在時に何かあっても大所帯だと小回りがきかない。

 早く移動するには少数精鋭がいい。

 カイエはできるだけ、国を空けていたくなかったのだ。



 ホロへの旅は快適だった。


 緑の多い街並みを抜け、ミヅキの北の国境であるトトの街を抜ける頃には雪景色が増えてくる。

 ホロはデーデジア大陸の北の果てに位置する国だ。

 ミヅキとの間には八千メートル級の高山を擁する険しい山脈地帯が続くソラリア地方が東西に走り、ここがミヅキとホロの国境となる。


 冬季の気温はマイナス四十度にもなり、夏季でも二十度を越えることは殆ど無いといわれる永遠の極寒の地だ。


 カイエの大切な姉の嫁ぎ先は永遠の氷の都。

 しかし、彼女は望まれて幸せに嫁いでゆくのだ。



 カイエは馬車の中でぐっすりと睡眠をとったり、だんだんと雪深く変わってゆく窓の外の景色を所在なげに眺めたりした。

 馬車は順調に進み、やがてホロ王国へと無事到着した。


 デーデジア大陸の最北端であるホロは、氷の竜『ユズリ』の領国だ。

 一年中雪と氷で閉ざされているホロの民は皆大柄だが心優しい暖かな人々だった。


 白一色しかない、モノクロームの景色の中を鮮やかな水色で染め上げられたミヅキの国旗を掲げた馬車が行く。

 ホロの民は立ち止まり、にこにこ笑いながら手を振っている。

 姉が嫁ぐ国は厳しい環境にある国だが、とてもよい国であることがカイエの眼にもあきらかだった。


 王宮の門に着くと、大勢のホロ王家の家臣たちがカイエたちを出迎えた。


「ようこそおいでくださいました。陛下。わたくしはクルル・ネップと申します。式場まではわたくしがご案内致します」


 カイエたちの目の前に進み出て、うやうやしくお辞儀をしたのは全身が真っ白い姿の一人の少女だった。

 彼女のその姿はあきらかにホロの民ではなかった。


 ホロの民は一目でわかる。

 彼らは限りなく熊の姿に似た亜人なのだ。

 体毛は白金や薄い茶系。瞳は青やグレー系の瞳。そして、男女とも大柄で体格が良いのが特徴だ。


 しかし、この少女は違う。亜人ではなくカイエたちと同じ普通の人間の姿。

 彼女の髪も肌も全てが真っ白だった。

 ただ、瞳だけが緋の色。赤い血のような鮮やかな虹彩だった。

 華奢で小柄だが、か弱そうな印象はなく、切れ味のいい刃物のような印象を持つ少女だった。


「ネッカラ族です。『ホロの戦乙女』と呼ばれるホロの守護をしている少数民族です……か弱く見えますが、女性が非常に強い力を持つ戦士の一族ですよ」


 タチバナ侍従長が耳打ちした。


『緋の瞳の民』とも呼ばれるネッカラ族のことは聞いたことがあったが、姿を見るのは初めてだった。

 彼らもまた、ソーナ族と同じく、特殊な容姿と能力を持つ少数民族だ。

 ネッカラの民は体に色素が殆ど無い。

 ただ、瞳の虹彩に鮮やかな赤い色があるため「緋の瞳の民」と呼ばれている。


 男性が極端に少なく、一族の九割に女児が生まれるネッカラ族の居住地はもともと独立地域だったが、六百年ほど前にホロ領になった。

 武力による制圧ではなく、ホロとネッカラの双方の合意による平和的な統合だという。

 少数民族であるネッカラ族は、ホロによる経済的な保護とひきかえにホロの守護を引き受けている戦士の一族なのだ。


 年齢が姿に出にくいネッカラの民の女性は、その特性として成人女性でも十四〜十五歳ぐらいに見えるのだが、儚げな外見に反してその気性は激しく、戦いのときは第一線で勇猛に戦うため、『ネッカラの戦乙女』との異名を持つホロの守護神でもある。

 ホロに攻め込む者はまず、この『ネッカラの戦乙女』を倒さねば、ホロの国の土を踏むことも叶わぬと評判だ。


 目の前の小柄なこの少女も屈強な戦士の一人かと思うとカイエは複雑な気分になった。


 剣や弓より花の方が似合いそうな雰囲気なのに。


「こちらへどうぞ」


 クルルは一行を率い、城門を潜った。


 別名『白銀城(はくぎんじょう)』と呼ばれるホロの王宮は本当に美しかった。

 雪花石膏(アラバスター)を素材に作られている王宮の城壁はまるで氷と雪で作られたのではないかと見間違うほどだ。


「これはまたなんと見事な……まるでお伽話の中に出てくるような美しい城ですなあ」


 タチバナ侍従長は感嘆の溜息を吐き出す。

 いたるところに飾られた、溶けぬ氷で作られた竜王ユズリの彫像は繊細で、ホロの芸術のレベルの高さを感じさせられる。


「ホロは芸術の都でもあります。ホロの国民は音楽と芸術をこよなく愛していますからね。竜王ユズリも芸術や音楽を愛し、守護しています」


 案内役のクルルはにこっと笑ってそう言った。



 結婚式の会場は白銀城の大広間。

 決められた席について程なく荘厳な音楽が流れ、新郎新婦が入場してきた。



 セリアは本当に美しい花嫁だった。

 カイエが帰国した日にセリアが見せてくれたあの純白の花嫁衣裳がキラキラ輝く。

 どこからともなく降り注ぐ光の粒子は霧のように細かい氷で出来たダイヤモンドダスト。

 なのに、殆ど寒さを感じないのは不思議だった。

 霞のようなヴェールで顔を覆い、真っ白な花のブーケを手にセリアはカイエの前を歩いてゆく。

 白い花びらが降り注ぎ、雪のように辺りを埋めてゆく。


 セリアの頭上には美しいティアラ。

 よく見るとそれは氷で出来た王冠だ。


 ━━━━━━━『溶けぬ氷でできた氷結王冠(アイス・ティアラ)を被るのよ』


 セリアがそう言っていたのを思い出す。

 いかなるものをもってしても溶けぬ氷がホロにはあるという。

 竜王ユズリの神殿の近く、ネッカラ族の領地にのみ存在する永遠に溶けぬ氷は、燃えさかる炎の中に入れられても絶対に溶けないといわれる不思議な氷だ。


 カイエはちいさな吐息をついた。

 こんなに幸せそうな姉の姿を見るのは初めてだった。


 永遠の氷の王冠を被った姉の姿はそれほど美しかったから。


「セリア姫……なんてお美しい……」


 タチバナ侍従長が後ろで涙ぐんでいた。

 まるで我が娘を嫁に出すような気分なのだろう。


 式は滞りなく進んでいく。


 そんな時、カイエはまるで刺すような鋭い視線を感じた。




 視線の主は、バージンロードを挟んだ向かい側の席にいた。

 その姿を見つけたとき、カイエは心の動揺を隠せなかった。

 一瞬だがぶつかった視線。

 カイエは思わず眼をそらしていた。





 ホムル王国よりの招待客。


 それは、ホムル王国の宰相、アルゼ・イサノだったからだ。

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