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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
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7.「二つの肖像画」

 ●【7.「二つの肖像画」】


 ラドリの病状は一進一退だった。

 魔道士団長は公式の場に出ることが少なくなり、殆どその居室で一日を過ごした。


 全てのソーナ族が彼を心配し、毎日のように見舞いに訪れた。

 もちろん王室の者たちも、花や菓子を届けさせたり、自ら見舞ったりした。

 彼の人望の高さがどれだけのものかをカイエは改めて知った気がした。

 かくいうカイエ自身も、あの告白の日以来、ラドリの居室を毎日訪ねている。


 ラドリはカイエに様々なことを教えた。

 まるで、自分の持てる知識を全て教え込むように。


「殿下。魔道の種類が今、どれぐらいあるかご存知ですか?」

「いえ、はっきりとはわかりません」

「ざっと約五千種類のスペルがあります。しかし、昔はこの十倍の数、膨大な術があったのです」

「どうして、減ってしまったのですか?」

「ソーナが滅びた時、魔道は殆ど封じられてしまったのですよ……基本的な五千種類の魔道を除いて」


 カイエは驚いていた。

 五千もの種類があるだけでも相当なものなのに、昔はさらにその十倍もの魔導が存在していたとは。

「封じられた?」

「そうです。あまりにも強力な攻撃術、死者を復活させる反魂術など、神の領域に触れる類の術はすべて失われてしまったのです。そして、スペルマスターの出生率もかつての百分の一に減ってしまいました……」

「そうだったのですか……」


 カイエは少しだけ残念に思った。

 様々な魔導を使いこなすソーナ族たちは幼い頃からのカイエの憧れだった。

 竜王に近い体と魔力を持った彼らの国はどのようなものだっただろう。

 もしも、ソーナ国が竜王と女神の怒りに触れることなく、今も存在していたら、きっと素晴らしいところに違いなかっただろう。


「でも、私はそれでよかったと思っていますよ。殿下」

 ラドリは弱々しいが満ち足りたような笑顔をカイエに向けた。


「どうしてですか?」

「人間は平等であるべきです。一部の者が強大な力を持つのはやはり間違っている。人間はどこまでも愚かですから、強い力を持てば、必ず使いたくなってしまうでしょう?」

「……そうかもしれません」

「だから、それでいいのですよ。私が歴代の王に魔道を教えたことも、そして即位したらそれを封じるように申し上げたことも、魔道の恐ろしさと力を得たことで陥る弱さ、愚かさを歴代の王に伝えたかったからなのです」

「はい」


 かつてその言葉をラドリから聞いた時、カイエはとても矛盾を感じていた。

 しかし今ならその言葉の意味がカイエにもわかる。

 大きすぎる力の恐ろしさ、そしてそれに依存することの愚かしさ。

 ラドリが伝えたかったことは自らが犯した過ちを繰り返さぬための教訓。ミヅキを守るためのラドリの優しい心遣いだったのだ。


「殿下。そういえば来週はいよいよ戴冠式ですね……どうか、よい王になってください」

「はい」

「私も、なんとか殿下の晴れ姿を見られるように体調を整えますので」

「はい、先生。是非、僕の戴冠式には出てくださいね」


 ラドリは笑ってうなづいた。






 カイエの戴冠式があと数週間後に近づいていたある日の午後。

 カイエは椅子に腰掛け、つまらなそうに窓の外を見ていた。


「殿下。お辛いかと思いますがもうしばらくの間だけ……」

「……わかっていますが……まだこの格好で座っていなければならないんですか?」

「もう少しですから。大まかに完成すれば、あとは私のほうで仕上げをいたしますから、もう少しのご辛抱をお願い致します」

「わかりました」



 もう何時間ここに座っているだろう。

 そのうち尻から根が生えて、椅子にくっついてしまうのではないだろうかとカイエは妙な心配をしてしまう。


 カイエの目の前にはキャンバスの前で一心に絵筆を振るう男がいた。

 彼はカイエの肖像画を描いていた。


 男の名はウィレム・ユズ。世界的に名の知れた肖像画家だ。

 彼の描く肖像画は描かれる本人と寸分違わぬ素晴らしい出来で、世界中の富豪や、王侯貴族からの依頼で常に一杯で、彼に肖像画を描いてもらいたくても何年も待たなければならない状況だった。


 そんな彼が、他の予約を後にしてまでめずらしく自分からカイエの肖像画を描きたいと申し出てきたのは一週間ほど前のことだった。


「殿下のお姿は非常に私の創作意欲をかきたてるのです。無償でも構いませんので、ぜひ描かせていただけないでしょうか?」


 カイエは最初困惑した。

 自分の肖像画を積極的に描かせて飾るほどの自己顕示欲はカイエにはなかったし、なによりあまり絵には興味がなかったのだ。

 しかし、タチバナ侍従長は大喜びで言った。


「あの有名なユズ画伯自らのお申し出を断るなどもったいないですよ、殿下。ユズ画伯の肖像画といえば、一国の国王といえど、予約をしてから一年以上待たなければ描いてもらえないぐらいです……そんな画伯が自ら殿下のお姿を描きたいと申し出てきておるのですから、これを断るのは実にもったいない……即位の記念として是非描いていただきましょう」


 いささかありがた迷惑な気もしたのだが、侍従長の喜びようを見ると断れなかった。

 彼には今まで迷惑もかけている。ここで、彼をがっかりさせるのは得策ではないだろうとカイエは肖像画を描いてもらうことにしたのだ。


 そういうわけでカイエは椅子に座ったままの格好で何時間も動いてはならないという苦行をするはめになったのだ。


 熱心に筆を走らせていたユズ画伯がふと手を止めた。

 彼はカイエの胸元にかかっている銀色のペンダントに興味を示したのだ。


「殿下。そのペンダントは竜王ガイアルの守りのペンダントですな。アヴィエールを信仰する国の王太子殿下が何ゆえそのようなものを?」

「ああ、これはある人の形見なんだ」

 カイエはナラからもらったペンダントを指で軽く撫でた。

「そうでしたか……立ち入ったことをお聞きして申しわけありません」

「いや、気にしなくていいよ」


 時折このような会話をする以外は、画伯の即席のアトリエは静かだった。

 カイエは窓の方をぼんやりと見て、物思いにふける。

 南に面した窓はホムルの方角だ。

 エーレウスはどうしただろうか。フェリシダドはちゃんと彼を宥めてくれただろうか。


 できることなら直接話したい。

 手紙のひとつも送れればいいのだが、それは叶わぬことだ。


 エーレウスに逢いたい。

 もう、二度と逢うことができないかもしれない友の顔を思い浮かべると、カイエの表情はますます憂いを増す。


 画家は、そんなカイエの微妙な表情を逃さず、全てキャンバスに写し取った。


 カイエの憂いが何からきているかなど画家は知る由も無い。

 しかし、彼の目の前のモデルは、彼が渇望する美しい表情を頼まずとも浮かべている。

 これこそ彼が望んだ理想の描写体だった。


 彼は今まで、数々の美少年、美少女を始めとする美しい人物を描いた。

 カイエは確かに美しい顔立ちをしていたが、彼よりももっと美しい少年少女はいくらでもいる。

 だが、ただ美しいだけではすまされないものを彼はカイエに感じていた。


 カイエが国へ戻った日、たまたま絵の納品のために王宮を訪れていたユズ画伯の創作意欲に火をつけたのは、カイエの外面ではなく、その表情だった。

 だからこそ、他の予約を遅らせてまでこの人物を描きたいと彼は望んだのだ。


 今を逃せばもう、二度とこのようなモデルには逢えないと、彼の芸術家としての本能が教えたのだ。

 だから、彼は持てる技術と情熱をこの肖像画に全て注ぎ込んでいた。



 ユズ画伯は同時に二枚の絵を描いていた。

 どちらもカイエの絵だったが、構図が少し違うものだった。


「ユズ先生。どうして二枚も僕の絵を?」

「一枚は私の画廊に置きたいのです。よろしいでしょうか?」

「画廊に置いてどうなさるのですか?」

「気に入った作品を画廊に飾るのは画家の誇りですよ。殿下」

「まだ出来上がってもいないのに?」

「モデルが素晴らしいのですから、出来上がりが素晴らしいことは間違いありません」


 画伯はどうやらかなりの自信家らしい。


「それならばどうぞお好きに」


 カイエはあまり興味がなかった。

 むしろ早くこの苦行を終えたかったのだ。


 カイエの苦行の甲斐と画伯の異様なまでの集中力のなせる技で、戴冠式直前に肖像画は出来上がり、肖像画は王宮の大広間に飾られた。

 それは驚くべき速さの仕上がりだった。画伯は寝食を忘れて驚くべき短期間でこの絵を仕上げたのだった。


 椅子に座り、少し物憂げな表情で窓の外を見つめているカイエの姿が全身像で描かれていた。

 柔らかな日差しが室内に差し込み、カイエの亜麻色の髪をほのかに光らせている。

 憂いを含んだ淡い緑の瞳は少し細められ、窓の外に広がる遠く遥かな空を見つめている。胸元のガイアルのペンダントの鈍い銀色の輝きまでもが忠実に再現されていた。


 まるで本人がその場にいるかのような精緻な出来栄えだった。

 画家がいかにこの絵に情熱を注いだかが誰の目にもひと目でわかるような作品だった。



「素晴らしい!流石はユズ画伯の手になる作品だ……本当に素晴らしい」


 タチバナ侍従長はにこにこしながら一日に何度も飾られた絵の前を通った。

 用も無いのに絵のある部屋を通るのだ。よほど嬉しくて仕方ないらしい。


 当の本人であるカイエ自身は、自分の肖像画がでかでかと飾られるのは恥かしく、取り外したいとタチバナ侍従長に申し出たが、タチバナ侍従長は頑としてこの願いを受け入れなかった。


「こんなにも素晴らしい出来栄えのものを飾らないなどとんでもない」


 カイエ付きの女官、マリカ・セリもタチバナ侍従長の味方だった。


「本当に素敵な絵ですわ。女官たちが毎日うっとりしながらこの絵を見にわざわざこの広間まで来るんですのよ?殿下。外したら女官達が嘆き悲しみますわ」

「……そうなのか……」


 そうまで言われてはカイエはこれ以上押し通せなかった。

 複雑な気持ちであるが仕方ない。

 長く王宮を空けた負い目もあるので、ここは臣下たちの言うことに逆らわない方がいいだろうとカイエは苦笑した。


「父上は我がことのように嬉しいんですよ。察してやってくださいな」


 エフィがカイエにそっと耳打ちする。

 でも、その表情はちょっとだけ気の毒そうだ。


「うん……わかったよ。そうだね、タチバナが喜んでるんだから良しとしよう」



 カイエの姿を描いた、構図の違うもうひとつの肖像画はアヴェリアの街にあるユズ画伯の画廊に飾られた。

 それは王宮に飾られたものとは違い、カイエの胸部までのアップだった。

 画廊のガラス張りの店先に飾られたこの絵は道行く人々の足を確実に止めさせる効果があった。

 誰もがこの、素晴らしく出来のいい絵に惹かれ、足を止めた。


 その中に、ある男の姿があった。

 男はカイエの肖像画を暫く眺めていたが、何か思いついたようにユズ画伯の画廊に入っていった。



 ━━━━━━━そして、この肖像画が後に、カイエの運命を大きく変える鍵になることなどこの時点でカイエは知る由もなかったのだ。

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