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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
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6.「王の罪」

 ●【6.「王の罪」】


「私がソーナ国王に即位したばかりの頃、ソーナは国の規模こそ小さいものでしたが、国力はこの世界で一番でした」


 ラドリはゆっくりした口調で語り始めた。


「今は魔道の種類はそう多くありません。しかし、私が王だった時代、魔道でできることは今よりも沢山ありました」


 ラドリの紫がかった深い群青色の瞳はどこか遠くを見ているようだ。

 失った過去の景色がまるで、彼の目の前にみえているかのように、ラドリは目を細め、さらに語りつづけた。




 ━━━━━━━ 五百年前。


 ソーナは少数民族の国家で、国の規模も小さかったが、他の誰もが持たない秘法、『魔道』を極めた国であり、その力を各国は恐れていた。

 当時、強大な軍事国家として恐れられていたホムル王国、西の大陸の覇者と言われた彩岩楼皇国の列強二国もソーナには一目置いていた。


 各国はソーナの機嫌を損ねぬよう、ことあるごとに使者を寄越し、献上品を贈り、いい印象をを持たれようと先を争っていた。

 しかし、ソーナは外交にさほど力を入れなかった。ソーナの歴代の王は、自国の繁栄と魔道の発展にしか興味がなかったのだ。

 それゆえ、強大な力を持ちながらもソーナは他に領土を広げようとすることはなかったのだ。

 それは他の国々にとってもありがたいことだった。

 ソーナが領土を増やす野望にめざめたらやっかいだった。

 この時代、魔道を凌ぐ武器はなく、恐ろしい力を持つ魔道を使って攻撃されればどの国も抵抗する手段が無いからだ。


 だから、ソーナの機嫌を損ねぬよう、ソーナの気が変わらないよう、この時代の各国は常にソーナに気を使っていた。


 そんな外交問題に関係なく、ソーナ国内は本当にのどかだった。

 ソーナの人々は幼い子供から老人まで誰でも簡単に魔道を使いこなしてしまう。

 面倒な炊事洗濯等、日々の家事から危険な力仕事まで、魔道を使ってこなすことがすでに当たり前の状態だった。

 子供は遊びで魔道を使う。

 彼らに出来ぬことは何一つなかった。


 魔道をかけた木の人形に家の面倒な仕事を任せ、家事や子育てから解放された女たちは、着飾って毎日のように買い物をしたり、芝居を見たり、パーティを開いたりと遊び暮らし、力仕事を簡単な呪文の詠唱ひとつで済ませてしまう男たちも、狩りをしたり、ゲームに興じたり、様々な娯楽に明け暮れていた。


 魔道を研究する『魔道開発府』では、さまざまなスペルを組み合わせ研究し、日々役立つ魔道を研究し、開発した。

 開発された新しい魔道は、少し講習を受ければすぐに習得できるため、魔道はどんどん発展していった。


 栄華を極めたソーナ族にもう怖いものなどなにもなかった。

 国は栄え、発展し、まさにこの世の春だった。

 そして、ラドリアス・ドルーア・エルフォス・ソーナはそんな時代のソーナ王だったのだ。

 強大な力を持ったスペルマスターの青年は、紫がかった群青色の瞳と、同色の髪を持つ力強い王だった。

 彼は歴代の国王の中でも希に見る強力な魔道力を持ち、国民の信頼と尊敬を一身に集めていた。



 そんなソーナ国にも、唯一寂れたものがあった。

 それは竜王教だった。


 かつては女神と竜王たちに仕え、誰よりも竜王たちと女神を信仰していたソーナ族たちは、魔道に傾倒するあまり、竜王たちと女神への信仰を忘れていった。

 竜王など信仰しなくても自分たちになにひとつ不都合は無い。

 生まれた時から授けられている恵まれた力さえあれば充分だった。

 竜王や竜巫女を信じなくても魔道さえあればいい。

 ソーナ族たちはそう考えていたからだ。


 彼らはその特殊な力が、もともと女神と竜王から授けられていることを忘れていた。

 いや、思い出そうともしなかったのだ。


 あるとき、ソーナ国に一人の旅の神官が訪ねて来た。

 彼は彩岩楼皇国から来たと言った。

 黒い髪と黒い瞳の大柄で大人しそうな男だった。


 彼はソーナの竜王神殿の建物を見て驚いた。

 そして竜王神殿の神官長に問うた。


「どうしたことですか!この寂れようは。同じアヴィエールを信仰する隣国のミヅキ国は神殿こそなかったのに、ミヅキ各地に点在する竜王堂はよく整えられて美しく清潔に保たれていた。人々は朝晩竜王への祈りを捧げ、国王も信仰厚き人だったというのに、なぜこんなことになっているのです?」


 ソーナ国は鏡湖の湖畔にアヴィエールの神殿を擁していた。

 しかし、ソーナ人の神官長は竜王への信仰は厚かったが、力がないばかりに肩身の狭い思いをしていた。

 竜巫女もソーナ族の娘だったが、この現状を憂いていた。


 怒った旅の神官の男は、この現状を直訴するため、王宮まで出向き、ラドリに謁見を求めた。



「その時の私は思い上がっていました。竜王も女神も我々にとって役にたつどころか、堅苦しい教義を押し付け、享楽を禁じ、節制をさせようとするのが気に入らなかったのです」


 ラドリは皺の寄った目尻に薄く涙を溜めていた。

 カイエはこれ以上話を聞くのがいたたまれなかった。


 もうやめてください、これ以上お話するのはつらいでしょうとラドリを止めたい気持ちでいっぱいになっていた。

 しかし、この話は聞かねばならない。それがラドリの意思だから。

 カイエは気持ちを押さえ込み、ラドリの話をじっと聞いていた。


「旅の神官の指摘に腹を立てた私は、その後ソーナ国内で竜王教を信仰することを一切禁じました。そして竜王神殿を閉鎖、神官長を幽閉し、当時の竜巫女を処刑したのです」


 カイエの目が見開かれる。

 竜王を信仰する者にとって、それは信じられない仕打ちだった。


「その当時のミヅキ国は弱小国家で、我がソーナ国の属国でした。今でこそ竜王神殿の神官長と竜巫女はミヅキから選ばれていますが、昔は竜王神殿はソーナの領地にあり、竜巫女も主にソーナの娘が選ばれていました。同じ魔道を使う誇り高き我がソーナ族の同胞が女神と竜王にいつまでも捕らわれているのが私は腹立たしくてならなかった。神官長もそうでしたが、竜巫女はその最たるものでした」


「そんな……」


「私は竜巫女の銀灰の髪を切らせ、残った髪を魔導で無理やり我がソーナ族の証である青に染めさせました。しかし、竜巫女はそれでも『私は女神と竜王を裏切らない』と言い張ったのです……腹を立てた私は周りが止めるのも聞かず、彼女を処刑しました。以来、ソーナ族からは竜巫女は一人たりとも生まれておりません」


 カイエはその状況を想像することができないほど驚いていた。

 カイエにとって優しく穏やかな印象しかないラドリがそんな冷酷なことをしたという事実は、カイエにとってはとても受け入れがたかった。


「我々は最強の魔道を持っていました。魔道で出来ぬことはなにひとつありませんでした。神をも恐れぬ野望を持った当時の私は、反対する勢力を全て粛清し、魔道の力で世界を支配しようという考えを持っていたのです」


 ラドリの目は遠い場所を見ていた。

 彼の目にしか見えぬ遠い場所を。


「桜翁がその夜、初めて私の元に姿を現しました。黄土大陸からこちらへ渡って以降、長い旅をした桜翁は昔に比べ、力が弱っていました。毎年美しい花を咲かせてはいるものの、黄土大陸に居た時のように人の姿を取り、我々と語らうことは以前よりも減っていました。我々は桜翁を忘れ、それと同時に竜王と女神の与えたものをも忘れたのかもしれません」

「桜翁は先生に何とおっしゃったのですか?」

「我が友であるソーナ族のことは竜王たちも女神も信頼している。けれど、女神も竜王も、これ以上の暴挙は、たとえお前達であっても決して許さないだろうと」


 ソーナ族は竜王たち、ことに女神に愛された者たちだった。

 人間達には与えなかった力を与え、自分たちに近い者として桜翁を預け、保護してきたというのに。


 桜翁はラドリに言った。

 いまならまだ間にあうと。

 罪を悔い、殺してしまった竜巫女の御霊(みたま)を丁寧に弔い、王位を降りて竜王神殿で祈りの日々に生涯を捧げればきっとゆるされるだろうと。


「しかし、その時の私は桜翁の言葉に耳を貸しませんでした……」


 ラドリはうなだれた。


「そして、私と私の国民に罰が下される日が来ました」


 ラドリの表情が歪む。

 彼にとっては最も思い出したくない記憶だった。

 しかしラドリはそれでも全てをカイエに語ろうとしていた。


「ある夏の夜でした。月が怖いぐらい美しい夜でした……」


 深夜、ソーナ国だけを襲った激しい地震。

 鏡のように滑らかだった鏡湖は荒れ、嵐のときの荒れ狂う海のような巨大な波が起こり、大きな水のうねりを引き起こした。

 地震でありとあらゆる建物は全て倒壊し、地割れに飲み込まれる人々、くずれた瓦礫に押しつぶされる者たち。

 人々は自分の身を助けるために魔道を使おうとした。けれど……。


 この夜に限って、全ての魔道は無効だった。

 どんな魔導もかき消された。

 魔道だけに頼ってきた人々は無力で、恐れ、泣き叫び助けを乞う以外のすべを持たなかったのだ。


「鏡湖から溢れ出た荒れ狂う波はソーナ国全土を一瞬にして水没させました。助かったのは、竜王と女神を信仰していた僅かな者たちだけ。彼らは地震が起こる前、不思議な体験をしていました。殺された竜巫女が彼らの前に現れ、『竜王神殿に集まり、一心に祈れ』と……。」




 ━━━━━━━ソーナ国はたった一夜で、鏡湖の底深くに沈んだ。




「竜王神殿に赴いた者以外で助かったのは私一人でした。これは竜王と女神から与えられた罰だと気付くのにそう時間はかかりませんでした。魔道が使えず、人々を助けられないと悟った時、私は桜翁の忠告を思い出しました。鏡湖の湖畔に達した荒波に桜翁の木が飲み込まれようとしたとき、私は必死で桜翁の木を支えました。私の命を全て使ってもこの木を流させないと」


 ラドリの肩にまた桜の花弁が散った。


「その時、私の体に一瞬だけ魔力が戻るのがわかりました。私は、全ての力を使い、桜翁の木を今の場所に魔力を使って移動させるのが精一杯でした……そして、目覚めたら、あたりは廃墟と、目の前に広がる鏡湖でした」


 ソーナの王は自分の過ちで全てを一瞬にして無くしたことを知ったのだ。

 ラドリはただ、その場にぼんやりと立ち尽くしていただけだった。

 どうして、自分ひとりだけが生き長らえたのか、どうして自分の国がなくなってしまったのか……。


 ぼんやりしているラドリの前に、アヴィエールが姿を現したのだ。


 鏡湖より現れた竜は、巨大な蛇のような長い体、夏の太陽を思わせる輝く金色の瞳、澄んだ青い水面の色の鱗を輝かせてラドリの前に現れた。


「竜王は悲嘆に暮れる私に言いました。『お前は許されぬ大罪を犯した。その罪はお前が死ぬことぐらいでは償いきれない』と」


 カイエはガイアルの言葉と姿を思い出していた。


「私の罪は途方もなく大きかったのです。恥かしくて、悔しくて、私は何度も死を望みました。しかし、竜王と女神はそれを許さなかった。自害しようと剣を体に刺しても、水や炎に身を投げても、私は助かってしまうのです。そんな私に竜王は言いました。『罪を償いきるまで死による安らぎは許されない』と。私は昔の記憶を持ったまま、何度も生まれ変わり、今はラドリ・フェットとしての何度目かの人生を生きています」


「先生……」

「生きることは死ぬことよりつらい。殿下の罪は私ほど大きくは無いけれど、それでもやはり許されざるものにはかわりありません」

「……はい」


「殿下」

 ラドリはカイエの方をまっすぐに見据えて言った。

「はい」

「殿下も過ちを犯しました。与えられる竜王と女神の試練がどのようなものか私にも想像がつきません……しかし、誠実に、そして真摯に償えばいつか必ず許されましょう。私は、殿下がお生まれになった時、竜王アヴィエールの夢を六百年ぶりに見ました。そして、殿下に関するある預言を受けたのです」

「僕のことを?」

「ええ……この子の成長をしっかり守り、導くようにと。遠くないうちに、この子の身に大きな災いが降りかかるが、そのまま見守りひっそりと手助けせよと。そして、この子に裁きの翼が生まれたならば、その時こそお前は本当に眠ることができるだろうと……」


 ラドリの口から出た、聞きなれない言葉。


「裁きの翼?」

「はい」

「それはいったい何なのですか?」

「殿下、それは私からは申し上げられないのです」


 ラドリは静かに目を閉じ、首を横に振った。


「五年前、竜巫女(イーラ)が殿下に関する預言をしました……その時私は感じたのです。私の罪が許される時が近いと……」

「僕の身に何がおこるのでしょう?」

「それは、わかりません。しかし、殿下。どうか罪の重さを心に留め、何があっても絶望することなく、前向きに強く生きてください……私が言いたかったのはそれなのです」

「はい」


 カイエは改めてラドリを見た。


 五百年の月日を償いに捧げた黒衣の魔道士の瞳は、本当に穏やかだった。

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