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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
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4.「王太子の帰還」

 ●【4.「王太子の帰還」】


 約一年ぶりに見るアヴェリアの街は少しも変わっていなかった。


 街は活気に溢れ、人々の家の窓辺には花が飾られ、子供たちが笑いながら路地を駆け抜けていく姿が馬車の窓から見える。

 ホムルの街も活気があったが、それとはまた違う雰囲気だ。

 常夏のホムルとは違い、ミヅキは冬の終わりだった。まもなく花の季節を迎える。


 あれから約一年。

 ミヅキの街は変わらぬ姿でカイエを迎えてくれた。



 王宮の門に馬車が入ると、多くの家臣たちが頭を下げ、カイエを迎えた。


「おかえりなさいませ、王太子殿下」

「お帰りを心よりお待ち申し上げておりました」

彩岩楼皇国(さいがんろうこうこく)で学ばれたことはお役に立ちましたか?」


 多くの者が本当に嬉しそうにカイエを迎え、我先にと話し掛けてくる。


 表向きにはカイエは彩岩楼皇国に留学していたことになっていた。

 カイエがホムルにいた事を知る者は殆どいないのだ。

 多くの者に嘘をつき、心配をかけていたことを改めてカイエは恥じた。

 自分の行動がいかに軽率だったか、それを思うと恥かしく、そして悔しかった。


 母である王妃エリサにカイエは帰国の挨拶をした。


「カイエ。あなたのこのたびの行いは決して立派な行動ではありませんでした。多くの者に心配と迷惑をかけたこと、反省していますか?」

「はい。母上、申し訳ありませんでした」


 カイエは母の前で跪き、神妙に頭を垂れた。


「国を預かる者としては、あなたの行為をわたくしは許すことはできない。強く反省を求めます。しかし……」


 エリサの顔は今にも泣き出しそうだった。


「母としては嬉しく思います……あなたが無事にわたくしのもとへ帰って来た事を心から嬉しく思います……カイエ……」

「母上……」


 エリサは玉座から降りると、カイエにゆっくりと近づいた。


「おかえりなさい。本当に無事でよかった」


 そう言ってエリサはカイエを強く抱きしめた。


「もう、心配をさせないでちょうだい……あなたまでいなくなってしまったら、わたくしは生きてはいけないわ……」

「ごめんなさい……母上」

「来月はいよいよ戴冠式。あなたは正式にこの国の王になるのですよ。あなたがこの一年、どこで何をしてきたのかわたくしは知る由もないけれど、きっと有意義な何かを学んできたのでしょう……わたくしにはわかるわ」

「はい。母上にはご心配をかけましたが、僕はこの旅で得がたいことを沢山学びました。その経験を生かして、僕は立派な国王になれるよう、がんばります」

「その言葉、わたくしはとても嬉しいわ。カイエ……本当に立派になって……」


 エリサは涙で濡れた顔を隠すこともせず、カイエに向けた。


 母の涙を見るのはとても久しぶりだとカイエは思った。

 思えば父が死んで、母はこの国の摂政として気丈に振舞わねばならなかった。疲れも殆ど見せず、国王不在のこの国をか弱い腕で支えてきたのだ。

 母は涙ひとつ見せることが無かった。

 強い母親だとカイエは思っていた。しかし、強くなどなかったのだ。

 夫を失い、侵略の恐怖に晒され、不安定な国内をまとめる心労はいかばかりだっただろうか。

 目の前でカイエの帰還を喜び、泣く母を見てカイエは思った。


 このひとにこれ以上涙を流させてはならないと。


 エリサはカイエがホムルにいた事は知っている。

 しかし、細かいことは敢えて聞こうとはしなかったとタチバナが教えてくれた。

 エリサはカイエの無事を報告された時、


『わたくしはカイエのことを心から信じています。旅のうちにはきっと知られたくないことのひとつもありましょう……。わたくしはカイエ本人が自ら話したいと思わなければ敢えて話を聞こうとは思いません。ですから、第三者の口から伝聞で話を聞くのは控えさせていただきます』


 そう言って、エフィの報告も詳細は聞かなかったらしい。


 それを聞き、カイエは改めて母の事をありがたく、そして大切に思った。

 ホムルでの自分の立場など、とても話せない。事情があったにせよ、我が息子が敵国の王の侍童であったなどと知れば母はやはり心穏やかではいられないだろう。


 母のためにも自分がより一層しっかりしなければとカイエは強く思ったのだった。



「そうだわカイエ。セリアが戻っているのよ。逢ってやってちょうだい」

「姉上が?では、もうお元気になられたのですか?」

「ええ、もうすっかり元の明るいセリアよ」

「よかった」


 盗賊団に拉致され、辱めを受けそうになったショックから心の安定を崩し、北の街トトで療養をしていたセリアのことをカイエはいつも気にかけていた。


「婚約者のネプト殿下がセリアを何度も見舞ってくれたのよ。綺麗なお花を毎日セリアの元へ届けさせ、お忙しい中を毎月、かならずセリアに逢いにきてくれたそうよ」

「そうだったんですか」

「セリアも殿下の優しいお心に癒されていったのだと思うわ」

「では、姉上はやはりホロに嫁がれるのですね?」

「ええ。カイエの戴冠式を見届けてからホロに嫁ぐことになったわ」

「よかった。姉上は幸せになれますね」

「わたくしもそう思うわ。セリアの結婚式にミヅキ国王として出席することが、あなたの国王としての最初のお仕事ですよ。カイエ」

「はい。母上」




 セリアは元気そうだった。

 以前より少し痩せていたが、優しい笑顔はカイエが国を出る前のままだった。

 優しい婚約者に愛され、幸せそうに見えた。


 部屋中に色とりどりの花が飾られ、セリアの部屋はいい香りがたちこめていた。


「すごい……お部屋が花園みたいですね。姉上」

「素敵でしょう?ネプト殿下が、わたくしに毎日贈ってくださるの」


 セリアは本当に嬉しそうに微笑みながら、愛しい婚約者の話をする。


「お優しい方のようですね」

「ええ。トトで療養していた時、よくお見舞いにいらっしゃったわ。わたくしが花が好きだと言うと、毎日贈ってくださるようになったの」

「毎日ですか?すごいですね」

「でしょう?それでね、わたくし殿下に一度『大変でしょうから毎日は結構ですよ』と申し上げたことがあるのだけど、わたくしがそう言うと殿下は酷くがっかりなさって『私は毎日あなたのお顔を見たいのにそれが叶いません。だからせめてあなたのお好きなお花をお送りしたいのですが、迷惑でしょうか』って言うのよ」

「それはよほど姉上を愛しておられるんですよ」

「だからわたくしも気の毒になってしまって『そんなことはありません。それが殿下のお気持ちならわたくしも喜んでお受けしますのでお花を贈ってください。楽しみに待っています』って言ったらそれからは今でも毎日お花が贈られてくるのよ」

「素敵な話ですね。姉上」


 カイエがそう言うと、セリアは頬を染めながらもにっこりと幸せそうに笑った。


「カイエに見せたいものがあるの」


 そう言ってセリアはカイエを隣の部屋へ引っ張っていった。

 セリアはカイエに自分の結婚式に着る、純白の花嫁衣裳を見せた。


「ほら、見てカイエ。素敵でしょう?」


 真っ白な練絹(ねりぎぬ)のドレス。

 雪をイメージしたふんわりとしたシルエット。肩には柔らかな翼のようなオーガンジーのストールが巻かれ、白い絹糸で小さな花模様の刺繍もちりばめられている。

 ふわりとしたスカートの裾には銀糸で雪の結晶をイメージした刺繍と、小さなダイヤモンドの粒が縫い付けられていた。


「素敵ですね。姉上」


「ネプト殿下に頂いたの。このドレスを着て結婚式に出てくださいって。純白の雪絹(スノウシルク)のドレスよ。このドレスを着て、髪には氷結の王冠(アイスティアラ)をつけるのよ。ホロで作られた織物は世界一だし、ネッカラ地方から切り出されたという溶けぬ氷で作られた氷の王冠はさぞ美しいでしょうね……楽しみだわ」

「ええ、姉上なら世界一美しい雪の国の花嫁になれますよ」

「ありがとうカイエ」


 セリアは幼い少女のようにはしゃぎ、頬を赤らめる。

 そんな姉を見てカイエはほっとした。


「わたくし、きっと幸せになるわ」

「はい。姉上は世界一幸せになれると僕も信じています」


 セリアの幸せそうな顔を見て、カイエは本当に自分が無事にこの国へ戻れてよかったと実感した。

 無計画に国を飛び出し、数々の危機にあい、それでもここへ戻ってこられたことは幸運といっていいだろう。

 多くの人々に迷惑をかけ、心配させた。

 だが、今後はそういうことがないように、この姉の笑顔が曇らぬように、母が涙を流さぬように、タチバナや他、多くの家臣たちが溜息をつかないように、自分がしっかりとしなければとカイエは心の底から思ったのだった。




 セリアとの話が一段落ついたところで、カイエは宮殿の北の端に位置する魔道士団本部へ向かった。

 ラドリが待っているはずだった。

 ラドリはなぜ、カイエを急に呼び戻したのだろうか?

『もうあまり時間がない』と言ったラドリのその言葉がカイエの心の隅にひっかかっていた。



「ラドリ先生。只今戻りました」



 ドアの外から声をかけ、カイエはラドリの部屋の扉を静かに開けた。

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