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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第3章 陰謀と侵略
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1.「避けられぬ裏切り」

 ●【1.「避けられぬ裏切り」】


 旅立ちの時、ラドリから贈られた月長石のついた指輪。

 ラドリはこの指輪が強い光を発した時、国へ戻るようにとカイエに言い、カイエもそれを約束した。

 つまり、ラドリとの約束を果たす時がやってきたのだ。カイエはすぐにでも帰国しなければならなかった。


 カイエは美しく輝く指輪を前に、戸惑いを隠せなかった。


 帰国するにはまだ早すぎる。

 やっとエーレウスと少しだけ心を繋ぐことができたというのに。

 しかし、ラドリとの約束は絶対だ。カイエにとってラドリは大切な師であった。

 魔道の師であるだけでなく、様々なことを教えられた。

 カイエが絶対の信頼と尊敬を寄せている大切な人の一人だ。そのラドリとの約束は守らねばならない。

 ましてや、こっそりと国を出ようとしたカイエを見逃してくれたばかりか、様々な手助けを与えてくれた人だ。


「僕は、どうしたらいいんだ……」


 途方にくれていたカイエの頭の中に、突然懐かしい声が響いた。


『王太子殿下……カイエ様……』


「えっ?」


 カイエは辺りを見回した。

 しかし、眠っているエーレウス以外に、この部屋に人の気配は感じられない。


『お久しゅうございます、殿下』


 間違いなくそれはラドリの声だった。


「先生?ラドリ先生!……どこにいらっしゃるのです?」


『大きなお声を出されると、殿下のお傍にいるホムル国王が目を醒ましてしまいますよ……私は今、殿下のお心にその指輪を通じて直接語りかけております。その指輪を身につけている限り、お声を出さずとも殿下は私と話すことが出来ます』


 エーレウスが寝返りを打った。

 カイエは彼が目を醒まさぬよう、ベッドを抜け出し、部屋の隅までそっと移動した。


(わかりました)


 カイエは目を閉じ、頭の中から聴こえてくるラドリの声に集中した。


『殿下。ご無事で何よりです。詳細はエフィに聞きましたよ』


(はい。先生の助けがあったから、僕は今、こうしてここに無事でいられるのです)


『国にいらしたときより、殿下は随分大人になられましたな……やはり、私が思った通り、この旅と、多くの経験が殿下を成長させたのでしょう』


(そうだと……いいのですが)


『殿下。突然で申しわけないのですが、お約束のときがまいりました。今すぐに国へお戻りください』


(今すぐでなければなりませんか?先生)


『時間が……ないのです』


(何か、あったのですか?)


『それは今は申し上げられません……』


(そうですか……)


 やはり、すぐに帰国しなければならないようだ。カイエはエーレウスの寝顔を見て、小さく溜息をついた。


『ホムルに……いや、ホムルの国王にお心を残しておられますか?』


(エーレウスは僕の最初の親友です……こんな出会い方をしなければ……僕はもっとここにいて彼といろいろ話をしたかった。一緒にいろいろな場所に行ったり、友達としていつまでも長く過ごしたかった……)


『運命は皮肉ですな殿下。しかし、殿下はこれからミヅキの王になられるお方。国王としての責任は果たさねばなりませんよ』


(わかっています……すぐ、帰国の支度をします)


 カイエはエーレウスの寝顔をじっと見つめた。

 こうやって、同じ部屋で過ごすことはもう、おそらく二度とないだろう。

 喧嘩したり、一晩中語り合ったり、王宮を抜け出して城下に遊びに行ったり、そういうことはもう二度とできなくなるのだと思うとカイエの胸は痛くなった。


『エフィをお迎えに向かわせました。明日の昼にはビニシウスに着くでしょう』


(ここからビニシウスまでは一日かかります。僕は、今すぐにでもここを出なければならないのですね?)


『そういうことです……荷物は最小限に。殿下がミヅキ王室の者とわかるような証拠は一切残してはなりません』


(……エーレウスにお別れをしていいですか?)


『いけません。きっと、ミヅキへ帰してもらえないでしょう。それに、殿下がミヅキの王太子だということを明かせばホムルは殿下を人質にし、ミヅキに降伏を迫るでしょう。たとえその国王がいいと言っても、王宮の大人たちが殿下を無事に帰してくれるとは私にはとても思えません』


(……そうですね)


 カイエはうなだれた。


『おそかれ早かれ殿下は帰国しなければならなかったのですよ。殿下は来月十七歳のお誕生日を迎えられます。王位につける年齢になるのです……殿下はミヅキの国王になるのですよ』


(わかっています)


『お気持ちはわかります。何も言わずに去ればきっとホムルの国王は殿下に裏切られたと思うでしょう。でも、それが運命なら受け入れねばなりません』


(わかりました)


『時間がありません……殿下……お急ぎを。お帰りをお待ちしています』



 指輪の光が消え、ラドリの声が聴こえなくなった。

 時間が無い。夜が明ける前にここを出なければならない。

 カイエは僅かな荷物だけを鞄に詰め、短い書き置きをエーレウスの枕元にそっと置いた。


 窓から差し込む銀色の月の光にエーレウスの幸せそうな寝顔が照らされていた。


 始めは憎らしく思っていた。

 信じてもいなかった。心を許すつもりもなかった。

 殺そうと思ったこともあった。

 だが、今は違う。

 彼は自分にとってもっとも大事な、初めての親友だ。


 帰国したらきっと、気軽に逢うことすらできなくなるだろう。

 ましてや、自分の正体を知れば、エーレウスは裏切られたとさえ思うのではないだろうか。


 戦争が起こればカイエとエーレウスは敵同士になる。


 純粋すぎる彼が、自由を欲した彼が、悲惨な戦争に彼の心が耐えられるとはとても思えない。

 自分たちの私欲のために、ミヅキとの戦争を起こさせようとしている大人たちの手から、この大切な友人を守りたかった。

 だが、今はそれも叶わない。


 なんとしてでも、ホムルとの戦争だけは避けなければならない。


 そのために、自分にできることはなんだろう。


 それは、強いしっかりした王になることだ。

 政治を学び、外交の腕を磨かなければならない。

 国内にも目を向けよう。臣下たちに任せきりの政をするのではなく、自分の目で見極め、判断する王になるのだ。


 ミヅキの国内にも戦争を起こそうとする者はいるはずだ。それらの勢力を押さえ、できる限りのことをするために、帰るのだ。


 たった一人の親友を守るために、国へ帰る。


 それがカイエの答えだった。





 空が少し白んできた。

 そろそろ行かなくてはならない。

 ホムルの王宮の門は不寝番は居ないが、夜が明ければ門番が立つ。

 王宮の門番がやってくる前に抜け出さなければならない。


 時間が迫っていた。


「エーレウス。お別れだ……君は僕の最初で最後の親友だ。でも、もう逢うこともないだろう……さよなら……」


 カイエは裏庭から摘んできたメイサの花をエーレウスの枕元に置いた。


 メイサの花言葉は「変わらぬ友情」。




 この花を枕元に置いて去るその意味をエーレウスはわかってくれるだろうか?






 甘い花の香りでエーレウスは目を醒ました。


「ん……?」


 目の前に何故かメイサの花があった。


 カイエの仕業に違いない。

 でもなぜ、花を?

 寝ぼけた頭でエーレウスは隣のベッドに眠る親友に声をかける。


「カイエ、朝っぱらから何の真似だ?」


 しかし、返事は無い。

 体を反転させ、カイエのベッドを覗き込む。



 ━━━━━━━そこには誰も居なかった。



 カイエの姿がない。

 そればかりか、彼の荷物も、気配すら……ない。


「……カイエ?」


 嫌な予感がした。

 エーレウスの目は一気に醒めた。


「カイエ!どこにいる!」


 体を起こすと、雪のようなメイサの花弁と共に、一枚の紙が床に舞い落ちた。

 エーレウスは慌ててそれを拾い上げ、目を通す。


 顔も洗わず、ろくに着替えもせず、エーレウスは王宮を飛び出た。

 いきなり物凄い剣幕で王宮を飛び出ていくエーレウスに慌てた侍従たちが慌てふためく。

「陛下!どちらへ!」

「お待ちください陛下っ!」

 しかし、エーレウスは殆ど部屋着のような軽装にマントをひっかけただけで馬上の人となった。




 激しくドアを叩く音にフェリシダドは驚いたように玄関に向かう。


「どなた?こんな朝早くにドアをそんなに叩かないでちょうだい。壊れてしまうわ」

「フェリシダド!開けろ!俺だ」

 聞き覚えのある声がした。

「エーレ?」


 フェリシダドがドアを開けると弾丸のようにエーレウスが飛び込んできた。


「カイエ!いるんだろ?どういうことだ!」


 物凄い剣幕だった。


「フェリシダド!カイエはどこにいった!ここに来たんだろ」

「確かに、カイエはここに来たわ。でも、もうここにはいないわよ。エーレ」

「どういうことだ!」

 フェリシダドは静かに、しかし強い調子で、まるで我が子を叱り付けるようにエーレに言った。


「落ち着きなさい。エーレ。そうしなければ私はあなたにカイエのことを話してあげられないわ」

「なぜだ!突然こんな置手紙を残して居なくなって!」

 エーレウスの取り乱し方は異常だった。


「しっかりなさい!」


 フェリシダドはエーレウスの頬を軽くピシャリと叩いた。

 はっとしたようにエーレウスは呆然とする。


「ごめんなさい。国王陛下に手を上げるなんて、大それたことね。でもね、今のあなたは国王ではないわ。我儘言ってだだをこねているだけのただの子供だわ」


 フェリシダドの顔は子供を叱る母親の顔だった。

 それに気付いたエーレウスは取り乱していた自分を恥じた。


「……すまない……」


 エーレウスはうつむいた。


「話してあげるから、まずは落ち着きなさい」

「……うん」


 フェリシダドはエーレウスを椅子に座らせると、暖かな飲み物を持って来た。


「まずはこれを飲んで落ち着いて。話はそれからよ」

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