23.「偶然の必然」
●【23.「偶然の必然」】
「とても心配したのよ……でも、元気になってよかったわ」
フェリシダドは髑髏の仮面をつけたエーレウスに優しく微笑みかけた。
「心配かけてすまなかった」
カイエがエーレウスの呪いを解き、エフィがセルソの死を看取ってから半月近くが過ぎた。
日々は何事もなく過ぎていった。カイエはエーレウスとの友情をさらに深め、エフィはセルソの残した情報を手がかりに街を彷徨いつづけていた。
そして、再びやってきた髑髏祭の夜。
エーレウスとカイエは『ホーザ』にいた。
いくらお忍びで出かけやすい髑髏祭の夜とはいえ、そうそう出かけるのはよくないのではないかとカイエはエーレウスを引きとめようとしたが無駄だった。
フェリシダドに元気な姿を見せたいと言ってきかないエーレウスを止めることは無理だった。
人の多いフロアから離れた個室に通された二人は、仮面を取ってくつろいでいた。
「今日はゆっくりしていけるの?エーレ」
「ああ」
「では、エーレとカイエの為に美味しいものを出すわね」
カウンターに戻ろうとしたフェリシダドにカイエが声をかけた。
「フェリシダドさん。僕も行っていいですか」
「いいけど、何かあるの?」
「お茶を一杯貰おうと思って。僕、お酒はこの間で懲りましたから」
照れくさそうに言うカイエにエーレウスがニヤニヤしながら言った。
「お子様のお前はお茶で充分だよな」
カイエはムッとしたような表情でにエーレウスを一瞥する。フェリシダドはそんな二人の様子をみてクスクス笑いながら、
「お茶なら持ってくるのに」
と言った。
「いえ、自分で取りに行きますよそれぐらい」
「そう。じゃあ行きましょう」
個室を出たカイエは仮面を被るのをうっかり忘れていた。
大勢の客で混み合ったフロアを横切り、カウンターへ向かう。
「お茶を入れてくるわ。そこでまっていて」
フェリシダドは厨房へ引っ込み、カイエはカウンターに腰掛けた。
「ここ、よろしいでしょうか?」
一人の男がカイエに声をかけた。
「ええ。あいてます。僕もすぐにどきますから」
カイエの隣に腰をかけた男は仮面を外し、カウンターに置くと、カイエに軽く会釈をした。
「あっ……!」
カイエは一瞬大きな声を出しかけて、慌てて声を飲み込んだ。
男はカイエにそっと耳打ちする。
「……やはり殿下だったのですか……」
「……エフィ……」
神官の衣装を纏ったエフィの姿がそこにあった。
その時、フェリシダドがお茶のポットを手に厨房から戻ってきた。
「カイエ、お茶が……あら?」
フェリシダドも一瞬声を無くしていた。
「……エフィ……?」
「フェリシダドおばさん……なぜ、こんなところに」
翌日、カイエはエーレウスが朝の政務に出かけてすぐに王宮を抜け出した。
エーレウスに内緒で単独行動をするにはこの時間以外なかった。
今日は定例の会議がある日で、エーレウスは夕方近くまでカイエの元には戻ってこないので、さらに都合が良かった。
昨夜、翌朝に『ホーザ』で逢う約束をしてカイエはエフィと別れたのだ。
『ホーザ』の開店は夕方。いつも賑やかな店は昼間は静かで、まるで別の場所のようだった。
「昨夜、エフィに事情を聞きました。王太子殿下だとは知らず、数々のご無礼、申し訳ございませんでした」
フェリシダドはカイエに向かってうやうやしく頭を下げた。
「やめてください、フェリシダドさん。ここでの僕はカイエ・タチバナです。どうか今までみたいに普通に接してください……」
「でも……」
フェリシダドは困惑していた。
「どうか、お願いします。フェリシダドさんにそんな風にされると、僕もどうしていいかわからなくなります。今までみたいにどうかカイエと呼んでください」
カイエは深く頭を下げた。
「……わかったわ……」
「しかし、私も驚きましたよ。なにか手がかりがつかめるかもしれないと思ってこの店に来たのですが、髪と肌と瞳の色が違う以外は殿下にそっくりな少年を見つけたときは。そしてそれがやっぱり殿下だったとは……そのうえ、ここが十二年前にいなくなったフェリシダドおばさんの経営する店だったなんて……」
エフィがそう言うと、フェリシダドもしみじみと言った。
「そうね……運命のいたずらとしか思えないわね」
その後、エフィはカイエになぜ自分がここへ来たのか、そしてここへ来てから何があったのかを細かく話した。
カイエも今までに何があったのか、どうして自分の姿が変わったのかも話した。
「では、殿下は侍童というのは名ばかり……ということなのですね?」
「うん。エーレウスは今では僕の……友達だと思っている」
「それを聞いて少し安心しました。しかし、なにやらホムル王宮には不穏なものを感じますね」
「黒のクラウが噛んでいるのも嫌な感じがするわ……」
フェリシダドが不安そうな顔をする。
「フェリシダドおばさんはクラウについて何かご存知ですか?」
エフィはフェリシダドに尋ねる。
「ええ……多少は。こういう店をやっているとね、いろいろ噂話が耳に入るのよ」
「例えば?」
「そうね……クラウの背後にはかなり強い力を持った存在があるみたい」
「力?」
「ええ。クラウだって裏社会のトップだけど、彼の力でもどうにもならない領域があるでしょ?」
「どうにもならない領域?」
訝しげな顔をするエフィにフェリシダドは少し控えめの声で言った。
「たとえば……王室とか」
「まさか……」
「どうやらクラウはホムル王室に強いコネをもっているようなの」
カイエとエフィ、そしてフェリシダドが持つ情報を慎重に繋ぎ合せていくと、おぼろげながらある目論見が見えてきた。
三人は話し合って、ある仮説を導き出した。
カイエの父を殺した者はミヅキの国力を弱体化させ、戦いを有利にするのが目的だった。
しかし、国王不在の四年間、ミヅキの抵抗が意外に強かったことでなかなか侵攻が進まなかった。
それは王太子であるカイエが存在することで、次の国王を守り抜こうとミヅキ王室や魔道士団が必死の抵抗をしたからだ。
そんな折、ホムル国王が病気で崩御。計画は狂ってしまったと思われる。
「確かに、国王が亡くなったと思われる半年前から攻撃が止んだな」
エフィは目を閉じ、何かを思い返すようにつぶやいた。
「でも、エーレが王になることで計画を再浮上させたその人物は、次期国王であるカイエの存在が邪魔だと考えたのかもしれないわね」
「かもしれませんね」
「そこで、その人物は、今度は僕をを殺害することを考えたんだな」
カイエが口を挟んだ。
「その人物はなぜ、カイエに目をむけたのかしら?」
「それは殿下が即位することでミヅキが再び戦争に対抗できる力を持たれては困るからではないだろうか?」
「なるほど……」
フェリシダドは感心したように頷く。
「だが、ここで計画が狂ったんだと僕は思う。僕の殺害を命じたにも関わらず、命令を受けたはずのクラウは僕を殺さずに拉致し、奴隷として売ろうと考えた。だから僕は生き延び、逃げ出すチャンスを得たんだ」
「クラウが「殺害命令が出ている」とでも言ったのですか?殿下」
「ああ。僕は拉致された時にクラウに会ってる。彼自身がそう言っていた」
だが、逃げ出したはずのカイエは仇討ちのために身分を隠し、姿を変えてわざわざホムルに潜入してきた。
そして、偶然にも王の目にとまり、侍童として召し上げられてしまったのは彼らにとって大きな誤算だったはずだ。
「次の国王になったエーレウスにはミヅキ侵略の意思がない。そうなると、ミヅキ国王を暗殺してまで侵略を有利に進めようとしたこの人物の目論見が無駄となる」
「そうね、エーレは国王になりたくないと公言していたものね……」
「すると殿下がすんなり侍童として受け入れられたのも納得がいくぞ……きっとその人物は殿下の身分を知りつつも見逃してたんだ。殿下にエーレウス王を殺害させ、それを大義名分としてミヅキに攻め入ろうと考えていたのではないだろうか?」
「とすると、僕に心当たりがある」
カイエはハッとしたように手を叩いた。
「それは誰ですか?殿下」
「宰相のイサノだ。彼は僕に妙なことを言った」
「何と?」
「妙な考えを起こすなと」
「ふむ……確かにそれは怪しいな」
「ちょっと待って。それはおかしいわ」
フェリシダドが口を挟んだ。
「イサノ様はエーレの伯父にあたる方よ。しかも、エーレを国王にするためにいろいろ努力をしたと聞いているわ。そんな方が身内であるエーレを殺そうとするのかしら?」
「うーん……確かに。では黒幕が宰相である可能性は低いか……でも、私には限りなくこの人物が疑わしく思えるんだが……」
エフィは納得できないようだった。
カイエにもわからなくなってしまった。
「もう少しまとめてみようよ。エフィ」
「そうですね」
「たぶん、その人物は僕にエーレウスを殺させようとしたとは思うけど……」
「でもカイエはエーレを殺そうとしないばかりか、仲良くなってしまったものね」
「ええ」
「業を煮やしたその人物は、以前からエーレウス王を心よく思っていなかった前国王妃をたきつけ、エーレウス王を暗殺しようとしたのではないかな?そして、前国王妃に罪を被せ、口封じの為に前王妃を殺し、実行犯であるセルソを始末しようとした……」
「それで繋がるわね」
だが、カイエはここで疑問に思ったことがあった。
「なぜ、この人物はエーレウスを殺そうとするのかな?」
「私はやはり宰相が怪しいと思ってます。彼はエーレウス王を傀儡にしてホムルを支配し、侵略によってミヅキを手中にしようとしたのではないだろうか?だけど、意思に反して彼が傀儡になりそうにないとわかり、亡き者にしようと考えた……そう思えて仕方がない」
「確かに、エーレウスを暗殺しようとした人物はエーレウス亡きあとに権力を持つことができる人物である可能性が高い……イサノはエーレウスの伯父でもあるから、あながちあり得ない話ではないなあ」
「私はまだイサノ様がそんな人だとは信じたくないけれど……でもエーレが死ねば、次の王位継承者はいない……エーレには腹違いの妹がいるけど、この国では女子は王になれない。だとするとやはりそうなる可能性はあるのかしら……」
フェリシダドは困惑している。
「確かに……それは僕もエーレウスから聞いたな」
「まずはそのあたりから調べていくのがいいかもしれませんね。殿下」
「うん。エーレウスを守ることはミヅキの平和にも繋がる」
「だけど、殿下……大切なことを忘れていませんか?」
「えっ?」
エフィの目は急に真剣にカイエを見据え、何かに気付いたフェリシダドもはっとしたような顔をした。
「殿下は一年以内にミヅキへお戻りにならないといけないのですよ?どうやってエーレウス王に説明するのですか?」
大事なことが、そしてもっともデリケートな問題が残っていた。
いずれ、身分を明かし、この国を、エーレウスの元を去らねばならないという問題が。
本当のことを話したとき、エーレウスはどんな顔をするだろう?
━━━━━━━エーレウスはこんな自分を許してくれるのだろうか?




