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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第2章 新王の憂鬱
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22.「再会」

 ●【22.「再会」】


 カイエがモライスから王宮に帰ったその日。


 エフィとセルソは絶体絶命の危機に瀕していた。


「まさか往来で人は襲わない」


 セルソはそう言っていたがそうではなかった。

 クラウの部下が堂々と襲ってきたのだ。

 いきなり始まった追跡劇に大通りはパニックになった。


 悲鳴をあげる若い女。

 頭を抱え、目をぎゅっと閉じ、物陰に隠れる老人。

 母親にすがって泣く子供。

 巻き込まれないように逃げる人々。


 すっかり取り囲まれたエフィとセルソは必死で走った。彼らを取り囲むように包囲する刺客たちも一緒に走る。

 隙をついて切りかかってくる男たちをエフィはことごとく斬り伏せた。

 斬られて倒れた男の周りに悲鳴や人だかりができる。

 逃げても逃げてもきりが無い。

 二人が力尽きるまで彼らは追ってくるつもりらしかった。

 これ以上人を巻き込むことも、騒ぎを大きくすることもできなかった。


「セルソ。街外れまで走れるか?」

「うん」




 二人は疲れきっていた。

 追っ手の数は減っていたが、それでも一人で全員相手にすることは難しい。


「エフィ!行き止まりだ」


 セルソが叫んだ。


 逃げ込んだ細い路地の先は完全に行き止まりになっていた。

 細かい鉄格子の嵌った柵が往来と路地を完全に隔てていた。

 決して乗り越えられぬ高さではなかったが、無防備な背中を見せたが最後、あっさり斬られてしまうだろう。


「もうだめだ……エフィだけでも逃げて!」


 セルソは泣き顔になっている。


「そんなことできない」

「でも!」


 ここで全員を倒す。

 もう、それ以外の選択肢は残っていなかった。

 エフィは斬りかかってくる男たちをやっとの思いで斬り伏せる。

 追っ手の数はあとほんの三人ほどだった。

 しかし、エフィの疲労はピークに達していた。腕はもう殆ど上がらない。


 じりじりとにらみ合いが続く。

 目をそらしたほうが、隙を見せたほうが負けだ。



 ━━━━━━━その時だった。


「さすがのお前もそこまでか。飛燕」


 その声を聞いたとき、エフィは自分の体の血が一瞬にして凍りついたような感じがした。

 忘れたくても忘れられない。

 忘れてはいけない声。


 近づいて来る気配。


 静かなる殺気。


 常夏のホムルにあって、彼の周りだけは冷気が漂っていた。


 確実にエフィに近づいて来る人型の漆黒の闇。

 真昼の真っ白な光の中、そこだけ光が切り取られたような黒い影。


 白い雪原。


 深紅の血。


 漆黒の瞳がエフィを捕らえる。


 それは、あの白の地獄を思い起こさせた。



「クラウ様!」


 追っ手の男たちがさっと引いた。


「……オリベイル……」


 エフィの口から掠れた声でその名前が漏れ出る。



 生きていた。


 やはり、彼は生きていたのだ。


 間違いなく、それはオリベイル・カランだった。

 姿は変わっていたが、エフィには確信があった。


 彼は昔の面影を殆ど残していない。

 やつれた顔、落ち窪んだ目。無造作に伸ばした髪と髭。


 だが、特徴的な左目尻のほくろ、そして切っ先鋭い刃のようなその目の鋭さは昔より研ぎ澄まされていた。


「私をまだその名で呼んでくれるか、飛燕」

「やはり、あなただったのか」

「私が生きているのが信じられないか?」


 エフィは何も言わずクラウをただ見つめる。


「ふむ……お前と昔話をするには無粋な輩が多すぎるな……少し席をはずしてもらうとしよう」


 クラウがそう言い終わらぬうちに白刃が数回きらめきを放った。


 彼の周りにいた三人の追っ手の男たちが、突然声もなくその場に倒れた。

 セルソは何が起こったかわからないという顔でその場に立ちすくんでいる。


「……自分の部下を……」

 エフィは息を呑んだ。

「部下だと?」

 クラウは倒れている男たちを一瞥して、冷たく言い放つ。


「これはただの道具にすぎん。代わりなどいくらでもいる」

「あなたは……ちっとも変わっていない」

「私がこいつらを殺したのがそんなに不満か?」

「反吐がでそうだ」

 エフィは苦々しく吐き捨てた。


「お前も変わってない。いい子ぶっているところは昔のままだ」

「オリベイル!」

「その名で私を呼ぶな!」


 クラウはぴしゃりと撥ね付けるように言った。


「オリベイル・カランはあの時死んだ。今の私はクラウだ」

 クラウは口の端だけを歪めて皮肉っぽく笑った。

「お前がここに来ていることなどとうの昔にしっていたよ。飛燕」

 エフィは何も言わず、ただ、クラウを凝視していた。


 クラウはエフィのすぐ傍まで近づいてきた。

 セルソはエフィの背後に隠れ、震える手でエフィのマントをぎゅっと掴んでいた。


「そのガキをこちらに渡してもらおうか?」

「断る」

「お前には縁もゆかりもないガキのために、お前は私と戦うとでも?」

「そうだ」

「相変わらずご立派なことだな。さすがはタチバナ家の次期当主だ」

「何が言いたい」

 エフィはクラウから目をそらさなかった。


「何も。ただ、こっちは商売の邪魔をしてもらいたくない。それだけだ」

「商売だと?こんな子供に人を殺す手伝いをさせてか?」

「子供とて呪術師は呪術師。このガキもお前の嫌いな人殺しを今までにやっているんだぞ?」

「生きていくために仕方なくやったことだ。この子はいつまでもそんな生活をしてちゃいけない。この子は私がミヅキにつれて帰る」

 エフィの言葉にクラウは薄い笑みを浮かべる。


「……相変わらず綺麗事ばかり並べて悦にいっている生意気なヒヨコだな……私はお前のそういうところが大嫌いだ。飛燕」

「なんとでも言ってくれ」

「まあいい。私はおまえと思い出したくも無い昔の揉め事の続きを話に来たわけではない。とにかく、そのガキを渡してもらわないと私の仕事に響くのだ。このガキはいろいろ知りすぎている。消えてもらわなければならん」

「渡さない!」

「では、もう一度あの時のようにお前に剣を突き立てるだけだ」


 クラウが剣を抜く。


「……来い」

 最後の力がしか残っていなかった。

 勝てないかもしれない。しかし、むざむざ殺されるわけにはいかない。

 エフィが覚悟を決めたその時。




「……うっ……」

 セルソが急に胸を押さえてその場に倒れこんだ。

「セルソ!セルソどうした!」

 エフィの呼びかけに、セルソは弱々しい声で言った。



「……エフィ……呪い……解けた」

「おい!しっかりしろ」

 しかし、セルソは胸を押さえ、苦しむばかりだ。


「呪いが打ち破られたか……」

 クラウが興味なさそうに言った。


「お前の大事な王太子が、どこかで呪いを解いたのだろう。解かれた呪いは跳ね返り、術者の命を奪うのさ」

「オリベイル!何を知っている」

 セルソを抱きかかえたままエフィは叫ぶ。

「私はなんでも知ってるさ……全ては私の手の中だ。お前の大事な王太子の命も、国の命運もな……そのガキはほっといてもすぐに死ぬ。私にはもうお前に用は無い」


 オリベイルの黒衣がさっと翻り、低い鉄製の柵を飛び越えた


「待て!オリベイル」

「王太子は今は無事だ。だが、彼にはまだいろいろ働いてもらわなければならんのでな。いいか飛燕。私の邪魔をするな」

「どういうことだオリベイル!おい、待て!」


 鉄柵越しの後姿のクラウは振り返ることなくつぶやき、去っていった。


「……いいか飛燕。私の前に二度と現れるな。次は、確実に殺す……」





「セルソ!しっかりしろ。セルソ」

 抱きかかえたセルソにエフィは必死で呼びかける。

 だが、セルソはもう虫の息だった。

「エフィ……ミヅキの山……一緒に登る約束……だめになっちゃったね」

 弱々しい笑い。

 セルソは自分の命がもう助からないことを悟っているようだった。

「そんなことない。今、医者へ連れてってやる」


 エフィはセルソを抱き上げようとしたが、セルソはそれを止めさせた。

「無駄だよ、エフィ……呪いの傷は塞がらない。誰かが……呪いを解いたなら、普通は呪った相手に跳ね返るんだけど……その相手が命を落としてたら、俺たち呪術師に跳ね返る……ひょっとしたら、国王を呪った相手は、もうクラウに殺されてたのかもね……」


 セルソは激しく咳き込み、口からわずかに血を吐いた。

「もう、喋るな」

 エフィの呼びかけ虚しく、セルソの声はどんどん弱々しくなっていく。

「……俺、やっぱりロクな死に方しないみたい……ああ……でも、エフィに逢えて楽しかったよ……ありがと……」

 エフィに向かって差し出したセルソの手が、静かに力を失った。


「セルソ!死ぬんじゃない!セルソーッ!」


 最後にセルソは微笑んだ。

 そして、微笑んだ表情のまま、動かなくなった。



 セルソを抱きかかえたまま、エフィは消えそうな声で呟いた。


「……オリベイル……いや、クラウ……もう、これ以上あなたの好きにはさせない」



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