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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第2章 新王の憂鬱
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20.「呪術師の誇り」

 ●【20.「呪術師の誇り」】


 セルソを守る見返りとしてエフィが望んだのはカイエを助けることではなく、クラウに逢うことだった。


 呪術を上手く利用すれば確かに当初の目的どおり王宮に入ることは容易くなるだろう。

 しかし、それはあまり賢い方法ではない。

 この街にもホムル王宮にも不慣れなエフィは単身で王宮に乗り込むことを躊躇しはじめていた。

 カイエがホムル王宮の侍童になっているという噂を初めて耳にした時はあまりのショックに我を忘れかけていた。

 カイエが幼い頃からずっと守り、実の弟のように大事にしてきたというのに、よりによって敵国の王の手に落ち辱めを受けているのかと思うと、今すぐにでも王宮に乗り込み、王宮にいる者を皆殺しにしてでもカイエを取り返したくてたまらない気持ちは確かにまだある。


 しかし、エフィは感情の赴くままに愚行に走る程ほど愚かではなかった。

 心の動揺も落ち着き、冷静に考えることができるようになっていた。

 このまま無計画に王宮に乗り込んでもろくなことにはならない。

 もしも、自分が捕まったりしたら、カイエの身にも危機が及ぶことになるかもしれないからだ。


 カイエの事は心配だったが、王の侍童であるということは、逆に言えばカイエの身が無事である証拠だ。

 少なくとも投獄されたり、拷問を受けたりという扱いを受けているわけではないようだ。

 王の傍に常に侍るわけだから奴隷の烙印を押されることも無いだろう。

 後宮の側室や侍童は奴隷ではない。烙印など押したらそれこそ『傷物』になってしまう。


 だが、カイエの貞操が無事であるかどうかはさすがにわからない。侍童というその役目の意味から考えてそれは残念ながら期待できなかった。

 エフィが一番心配していたのはカイエの心の問題だった。

 ある意味、拷問より苦痛な辱めを受け、心身ともに敵国の王に支配されている状態のカイエがどう過ごしているかだけが不安だった。

 だが、最初にその噂を聞いてからは不穏な噂は何一つ耳にしない。

 とりあえずカイエはホムルの国王に気に入られているのだろう。


 それはそれで、エフィにとっては複雑な気分だったが。


 カイエを無事救い出すことができたら、彼が自分から告白しない限り、王の侍童であったことは知らなかったことにしておこう。

 彼の気持ちを慮るならそれがいちばんいい。


 そして、彼の秘密を知る者は全て消す。

 将来のミヅキ国王の汚点は全て綺麗に消しておく。

 たとえ、それが非情なことであっても。罪であっても。





 まずは王宮にも通じる裏社会にコネクションを持ったほうがいい。

 エフィはそう考えた。

 ホムルの裏社会の総元締めである黒のクラウの存在は無視できない。

 協力を請うにせよ、脅迫するにせよ、金で買収するにせよ、非合法な方法もこの際使わざるを得ない。


 そればかりではなかった。

 エフィには気になることがある。

 噂に聞く黒のクラウと、記憶の中にあるオリベイル・カランが自分の中で重なり合ってしかたがなかったのだ。


 オリベイルは十年前に死んだ。


 ━━━━━━━だが、もしも生きていたら……?


 どんなに姿を変えてもエフィにはオリベイルがわかる。


 忘れるものか。かつての親友にして、最強の敵を。

 記憶の中のオリベイルは今でもエフィを『飛燕』と呼ぶ。親しみと優しさを込めて。


 だから、もしクラウがオリベイルなら今度こそちゃんと終わらせる。

 決着をつける。

 十年前の、あの雪野原での苦しみは、もうひきずりたくはなかった。





 セルソの請け負った仕事は、エフィにとっても無縁のものではなかった。

 国王に原因不明の熱病の呪いをかけたのはセルソだったのだ。


 その仕事は『とある尊い身分のお方』から、黒のクラウに依頼されたものだという。

 そして、ジャネイラで唯一の呪術師であるセルソの所に話が回ってきたのだった。

 もちろん、この時点でセルソは呪いをかける相手が国王であるとは知らなかった。


 髑髏祭の夜、『ホーザ』という店に連れて行かれ、指定された相手に呪いのかかった針を小さな吹き矢で撃ったのだとセルソは言った。


「あの針は『呪殺針』といって、相手の体に刺さったらその針は見えなくなるんだ。そして、針が刺さった者は呪いの力で病気になって、どんどん弱って死に至る。証拠も残らないし誰にも気付かれないんで暗殺にはよく使われるんだ。これは呪殺が専門だった俺の母ちゃんから教わったんだ」


 セルソは自慢気にそう言う。


「お母さんはセルソに呪術師を継がせたかったのか?」

「うん。殺された親父も、母ちゃんも生粋の呪術師で、自分たちの仕事には誇りを持ってた。そりゃ、人を呪う仕事なんてあんまり立派な仕事ではないと思うよ。だけど、それでも俺たちの仕事を必要とする人がいるなら仕事はしっかりやるのがいいと母ちゃんは生きてた頃俺によく言ってた」

「そんなものなのかな」


 エフィは溜息をつく。


「恨みは恨みしか生まないと思うが……誰かが誰かを呪ったら、傷つけられた誰かがまた誰かを呪う……いつまでたっても終わらないと思うがな」

「そんなの俺にはわかんないよ……」

 セルソはちょっと困ったような、戸惑ったような顔をした。

「だけど、これが俺の仕事だもん……これをやらなきゃ俺にできることなんて他になにもない……確かに人殺しはよくないと俺も思う。こんなことやってれば俺もたぶんろくな死に方はしないと思うんだ……だけどさ、殺したいほど憎い相手がいるのに、法律や、その他いろんな逃げ道をつかってのうのうと生きている相手をなんとかして殺してやりたいと思う人たちにとっては、俺たち呪術師の存在は大事なんだろうと思う」

「まあ……確かにそれはわからなくもないが……」

「呪術……特に呪殺は命と引替えの契約さ。もしも呪殺がうまくいかなかったり、呪いが解かれた場合、その力は呪った相手に跳ね返る。失敗すれば呪った者が死ぬんだ……呪術は軽い術でも何かの代償と引替えになる。強力なものほど死を覚悟で呪うんだ」


 エフィは改めて考えた。

 カイエが国を出た理由は仇討ちだった。

 もし、ミヅキにも呪術師がいれば、そしてカイエがその存在を知っていたとしたら、やはり呪術師の力を使うのだろうか?

 エフィには今のところ、殺したいほど憎い者はいなかったので、その心を理解することは出来なかった。

 だが、命をかけて何かを望む人がいるから、セルソのような呪術師がいるのだろう。


「俺にだって本当にこれがいいことなのか、それとも忌むべきことなのかなんてわかんないんだよ。だけど、俺は呪術師として生きると決めたからこれでいい。地獄に行けと言われたら素直に行くことにするよ」

 セルソは淡々と言う。しかし、その表情は少し寂しそうだ。

「本当にセルソは子供らしくないなあ。お前くらいの子供はもっと自由気ままに遊んでいていいはずだぞ」


 エフィの言葉にセルソは少し拗ねたような表情をして、

「俺だって本当は……素直に無邪気な子供やってたかったけどね」

 と言った。

 そのあとセルソは一瞬だけ寂しそうな表情を見せる。しかし、すぐに笑顔になってエフィに言った。

「ま、ガラじゃないよね」

「そんなことないさ」

 そう言って、エフィはセルソの頭を大きな掌で撫でた。

 サラサラした黒い髪の感触は、エフィに幼い頃のカイエを思い出させた。


「……ガキ扱いすんなよ」

「ガキだよ。私から見ればね」

 セルソは上目遣いでエフィを恨めしそうに見上げる。

 しかし、そのあと、ちょっとはにかんだような顔でぽつりと言った。

「……俺、母ちゃん以外にこんなふうにされたの、初めてだ」

「そうか」

 エフィは目を細め、セルソを見る。

 少し大人びて生意気な物言いをする少年は、今は年相応に見えていた。

「親父……生きてたら俺にこんなふうにしたのかな」

「たぶんね。私に子供がいたらそうすると思う」

「お兄さんに子供はいないの?」

「残念ながらいないな」

「ふうん……じゃあ兄貴がいたらこんな感じなのかな」

「そう思うかい?」

「うん……子ども扱いも……ちょっと悪くないかな」

 セルソは少しはにかんだようにそう言う。

「それでいい。子供は遊んだり、甘えたりするもんだ。そればっかりでも困るが、たまにはいいもんだぞ」

「……まあな」


 セルソは突然エフィに寄りかかり、腹のあたりにコツンと額を当てた。

「どうした?」

「……なんでもない」

「そうか」

 なんだか、セルソは泣いているようにもみえたが、エフィは黙っておいた。


「刺客からうまく逃げ出せたら私と一緒にミヅキに来るかい?」

「いいの?」

 セルソの顔が明るくなる。

「ああ。面倒ぐらいみてやるよ……ミヅキで子供らしい生活をするといい」

「子供らしい生活……か。なんか楽しそうだな」

「楽しいさ。セルソなら友達もすぐできる」

「ありがと……お兄さん」

 セルソは照れたように小さく笑った。

「エフィでいいよ」

「うん……あのさ……エフィ」

 セルソはちょっと照れくさそうに言った。

「ん?」

「ミヅキには山、あるかな?」

「あるよ。綺麗な花が沢山咲いた山や、北の方には雪を被った山なんかがある」

「そうなんだ?」

「それがどうかしたのか?」

 エフィの言葉にセルソは黒い瞳をキラキラ輝かせて言った。

「俺、一度でいいから山登りしてみたいんだよね……ホムルの岩ばっかりの火山なんかじゃなくて、木々のいっぱい茂った綺麗な山。前、本で読んでそういう山に一度登ってみたかった……友達と、一緒に」

「できるさ。一緒にいこう」


 すると、セルソは丸い大きな目を輝かせ、頬を紅潮させ、元気すぎるぐらいの声で言った。

「うん!楽しみにしてる」





 その夜、セルソとエフィは一緒に夕食を食べていた。

「どころでセルソ。自分が狙った相手が国王だって知ったのはどうしてだい?」

 セルソはスープに入った硬い肉の塊を噛みちぎりながら喋る。行儀はあまり良くない。

「国王が病気になったって聞いたときにピンと来た。どう考えても『呪殺針』による症状だと思ったからさ。で、俺はクラウの手下からは相手の情報は何も聞かされていなかったからもしやと思ったんだ」

「それで?」

「俺、とりあえず報酬を貰いに指定された場所に行ったんだ。そしたら、奴ら報酬をくれるどころか、俺を殺そうとしたんだ。命からがら逃げてきて、今はこうして逃げ回ってるってわけ」

「なるほど」

「奴ら、俺が生きてるとまずいんだよ。俺から足がついちゃうと困るからだろうな」



 確かに、今日、夕食の材料を仕入れに街へ出た時、時折怪しい視線や追跡の気配を感じることがあった。


「俺、常に表通りを歩くようにしてるんだ。まさか往来で人殺しはできないでしょ?」

「賢明な判断だ。しかし、自宅の場所もばれているのだろ?自宅にいるところを襲われたらどうするんだ?」

「大丈夫。家には護符を貼ってある。結界だって張ってある。俺と、俺が許可した者以外が家に入ろうとすると体が八つ裂きになる呪いをかけてある」

「な……なかなか気合が入ってるな」

 エフィは思わず苦笑する。

「自分の身は自分でしか守れないからね」

「それだけの備えをしていれば私の護衛など必要ないんじゃないのかい?」

「念には念だよ、エフィ。人通りの多い往来に居たって、通り魔みたいにいきなり刺されることだってあるでしょ?」

「私が実はクラウの刺客で、セルソを襲うことだって考えられないか?」

「ないね」

 セルソは自信満々にそう言った。

「どうして断言できる?」

「黒のクラウは大のミヅキ嫌いだと聞いてる。なんでも昔、親友だったミヅキ人に裏切られたとかで。だから、クラウがミヅキ人であるエフィを雇うなんてありえない」


 その話を聞いたエフィの顔が一瞬曇る。

 やはりクラウはオリベイル・カランなのだろうか?

 しかし、まだ確信は持てなかった。

 オリベイルは確かにあの時死んだはずだ。


「どうしたのエフィ?」

「あ、いや……なんでもない」


 エフィはまた、現実に引き戻される。

 セルソは一瞬、怪訝な顔をしたが、また、目の前の暖かなスープを美味しそうに啜り始めた。




(……もう一度オリベイルに逢えるなら、逢って確かめなければ……)


 エフィの頭には、もうそれだけしかなかった。

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