19.「呪術師の少年」
●【19.「呪術師の少年」】
話は少し遡る。
カイエがモライスで竜王の試練を受けていた頃、エフィはジャネイロの街を一人彷徨っていた。
エフィは焦っていた。
どうしてもホムル王宮を探る手段が見つからなかった。神官の姿をしていれば、大抵の場合どこにいても怪しまれない。しかし、王宮は別だった。
こうしている間にカイエの身に何が起っているかと考えるだけで彼の苛立ちは募るばかりだった。
そんなとき、風の噂に王が病で倒れたという情報を聞いた。
王宮に何か異変が起こっている。
カイエを救い出すチャンスが巡ってきたとエフィは思った。
もちろん、カイエがジャネイラを離れ、モライスに向かっていたことなどエフィは知る由もない。
王宮では腕のいい医師や薬剤師を募っていた。薬を持って来たという名目で王宮に入りこむことをエフィは思いついたのだ。
しかし、それらしい薬を持参しなければ怪しまれる。
とりあえず、熱病に効く薬を求め、エフィはジャネイラの市場を訪れた。
「薬を探しているんだが」
「何の薬だね?」
「熱病に効くやつを」
「そんなもの、今はないよ」
薬屋の主は首を横に振った。
「めぼしい薬は王宮が買い上げていった。ここいらに熱病に効く薬なんざもう殆ど残ってねえ」
「そんな馬鹿な」
「自分で怪しげな薬を調合して、特効薬だといって王宮に売りつけようとする詐欺師や怪しげな連中も沢山買っていった。そういうわけで品不足なんだ」
「薬はいつ入荷するんだ?」
薬屋の主人は困ったように言った。
「さあね。解熱剤の原料のサシペ草はもともと稀少品でな。あれはオルステインでしか採れないんだ。次にキャラバンが帰って来た時でないと手に入らん」
「キャラバンが原料を持って帰ってくるのはいつぐらいだ?」
エフィは焦った。
これでは打つ手がない。
「東方巡回隊が帰ってくるのは一ヵ月後。オルステイン専任隊は二ヵ月後だ。ただ、情報によると今、東の海は大規模な暴風雨が吹き荒れてるとかで、船が出ないんだそうだ」
「そんな……」
「こまったもんさ。熱病で苦しんでるのは陛下だけじゃないというのに、品不足で皆困ってる……ま、もっとも悪いのは陛下ではなくて、陛下のご病気を利用して儲けようと企む詐欺師どもだが」
「そうか」
「まあ、悪いが、他をあたってくれ。とはいえ、どこへ行っても同じだと思うけどな」
薬屋の主が言ったことは本当だった。
どこへ行っても門前払い。
いっそ、小麦粉を薬と偽り、なんとか王宮に入ろうかと考えたその時、エフィに声をかけたものがいた。
「ミヅキの神官のお兄さん。何か困ってるんじゃない?」
エフィに声をかけたのは全身に黒衣を纏った十二−三歳ぐらいの少年だった。
大きな丸い瞳が印象的な小柄な少年だった。
「助けてあげようか?」
「どういうことだ?」
すると少年はニッと笑ってエフィの耳元に口を寄せ、小声で言った。
「お兄さんアヴィエールの神官じゃないでしょ?……そうだなあ……その感じだとたぶん剣士……でしょ?しかも身分の高い」
エフィはマントの下に隠し持っていた短剣にそっと触れた。
「だめだよ。俺を傷つけようとしても無駄。ここで大声で叫ぶこともできるよ?ミヅキの剣士が入り込んでるって」
エフィは静かに手を下ろした。
「なぜお前にそれがわかる」
「雰囲気が神官のそれじゃないもん。あいつら神官ってさ、すっごく無垢で無害な雰囲気を持ってる。でも、お兄さんにはそれがないんだよね」
小柄なその少年は、黒い瞳でエフィをじっと見る。
「俺は殺気を出してたか?」
少年は首を横に振る。
「ううん……お兄さんからは殺気は感じないよ。多分、普通の人はうまくごまかせると思う。でも、俺にはわかった」
「なぜだ?」
「んー。そうだなあ……お兄さんさ、なんか隙がない感じなんだよねー」
少年はそう言って可笑しそうに笑った。
そして、改めてエフィに向かって言った。
「ね。お兄さんすっごく困ってるんでしょ?俺の力を借りたかったらこっちへ来なよ」
「お前、何が目的だ?」
「お金。それとできればもうひとつお願いもあるけど……それはあとで」
少年はあっけらかんと言った。
「お前に金を出す価値はあるのか?」
「ここだけのはなしだけど」
少年は人さし指を口に当て、とても小さな声で言った。
「俺、呪術師なんだ」
エフィは顔をしかめた。
「呪術は竜王教で固く禁じられているはずだぞ?」
「俺、竜王なんて信じてないもーん」
少年はあっさりとそう言った。
「で、どうなの?俺の力を借りたい?やめとく?」
エフィはしばらく迷ったが、この少年の力を借りる以外今の所方法はなさそうだと考えた。
「わかった。話を聞こう」
少年はエフィを裏町の小さな家に連れて行った。
「さあ、入って」
今にも崩れそうなほど古いその家は狭く、さらにその狭い家の中は触れるだけで崩れそうな古い本やら、怪しげな品物で溢れ返っていた。
壁には怪しげな模様や読めない文字で描かれた魔法陣のようなものがべたべた貼られ、動物の骨や、乾燥した爬虫類の皮などが天井の梁からぶら下がっていた。
「俺、セルソ・カルダート。お兄さんは?」
「エフィロス・ツバキ」
「まあ、座ってよ」
セルソはエフィに席を勧めた。
「俺の家は代々呪術師の家柄なんだ。竜王教が呪術を認めてないからひっそり活動してきたけど」
「噂は聞いたことがある。呪いを専門とする者達がいるとね」
「そう。そこで商談なわけ。お兄さんの望みを俺が呪術でかなえてやるよ。その代わり、お兄さん、俺を守ってよ」
「なぜ、私なんだ?」
「お兄さんが強い剣士だってのは見りゃわかる。どんなに姿を変えてても隙が無い」
セルソはそう言ってにっと笑った。
「俺、まだ十三だけど物心ついたときから裏社会で生きてるからさ。刺客とか用心棒とかそういう強い奴やヤバイ奴沢山見てるんだ。だから、なんとなく匂いで判るっていうか……」
「嫌な十三歳だ。子供は子供らしくしないと」
エフィは苦笑する。
「何言ってんだか。お兄さんこそ、オヤジ臭いこと言ってるよ」
「はははは……オヤジ臭いか」
どことなく憎めない少年だった。
裏社会で生きていると言うが、目は美しい。
この少年の心はまだ完全に闇に染まってはいない。
「ね、お兄さん。なぜ竜王教が呪術を禁じているか知ってる?」
「それはきいたことがないな」
セルソは独特なな香りのするお茶をエフィに勧めた。
「大丈夫。それに別に毒は入ってないよ。それはカルって呼ばれる雑草を煎じたお茶。ちょっと苦いけどクセになる味。この辺じゃこれでも高級な飲みもんだよ」
そう言ってセルソはエフィの眼の前でそのお茶を一口飲んで見せた。
草っぽい匂いに妙な甘い香りが混ざっている。
口に含むと一瞬苦味があるが、なぜかもう一口飲みたくなる妙な感覚があった。
「ね?結構いけるでしょ?」
セルソはそう言うと、さらに話を続けた。
「そもそも呪術ってのは魔道とかと違って、女神デーデと直接契約するもんなんだ。契約の女神は同等の代償と引替えなら誰とでもどんな契約でも結ぶ。そう言う意味では女神デーデはとても対等だよね……でも、竜王と共に神聖視されている女神デーデが呪いも引き受ける女神だと知れたら竜王教にとっては都合悪い。だから禁じられてる」
「確かに、その話が本当ならそうだな」
「だからさ、俺の一族はずっと迫害されてきた。呪術は神話の時代からあったのにさ。呪術師だって全世界に沢山いた。だけど、女神を神聖視する竜王教に都合が悪いってことで俺たち呪術師は迫害にあって、今じゃ殆ど残っちゃいない。俺たちが生きていけるのは裏社会だけになっちゃった」
そう言ってセルソは小さくため息をつく。
「セルソは一人でここに住んでるのか?」
「うん。親父は俺が生まれてすぐの頃、竜王教の神官から王宮の要人の呪殺の疑いをかけられて処刑された。母ちゃんは病気で死んじまった。だから俺一人だ」
エフィは複雑な気分だった。
エフィ自身は敬虔な竜王教信者だ。しかし、だからといって盲目的ではない。
神官の中には、その立場を利用して悪事を働く者がいることも知っている。
だが、竜王も女神も確かに人々の心の拠り所であり、自分自身も何度もそれに救われてきた。結局のところ、宗教は信じる者にとっての心の支えだとエフィ自身は思う。
しかし、セルソの話を聞き、竜王や女神の名のもとに迫害される人々の存在があると知ったエフィの衝撃は決して軽くは無かった。
「まあ、俺のことはおいといて……俺を守ってくれない?それがだめならお金で俺の呪術の腕を買ってよ。そのどちらか」
「お前、誰かに狙われてるのか?」
「このあいだ引き受けた仕事……俺はちゃんと仕事したんだけど、やばい仕事だったんだ。だから口封じされそうなんだよ。なんとか今はうまく逃げてるけど」
「誰に狙われている?」
「……この名前言ったらお兄さんにも断られるかもな……ヤバイ奴に目をつけられてるから」
「誰だ?言ってみろ」
セルソは一瞬ためらったが、小さな声で言った。
「……黒のクラウ……」
エフィは一瞬息を呑んだ。
「やっぱだめか。クラウの名前出すと、みんな腰が引けちゃうんだよな……」
セルソは諦めたように溜息をついた。
「この話はなかったことで……。お兄さん、悪かったね。引き止めて」
「何言ってるんだ、セルソ」
「えっ?」
「誰が引き受けないと言った?」
「もしかして……引き受けてくれるの?」
セルソの顔がぱっと明るくなった。
「ああ」
「じゃあ、お兄さんの望みも聞くよ。何が望み?」
嬉しそうなセルソに、エフィは静かに言った。
「……クラウに逢うことだ。どうしても確かめたいことがあるんでね……」




