18.「信頼」
●【18.「信頼」】
モライスの竜王神殿に飛ばされたカイエは繋いでいた馬のところへ戻った。
馬はまだそこにいた。
「お前、無事だったんだね」
カイエの言葉に、馬は主との再会を喜ぶようにいなないた。
「急いでジャネイラに帰らなきゃ。もうひとがんばりしてくれるかい?」
馬は『まかせろ』とでもいうように元気に前脚を軽く足踏みさせた。
エーレウスは虫の息だった。
倒れてから十日目。もう、水すらまともに受け付けなかった。
何度も昏睡に陥り、危険な状態になったがそれでもエーレウスの命の灯は消えなかった。
桜翁がエーレウスにかけた延命の術のおかげでエーレウスはどうにか命を繋いでいたが、その命はまさに風前の灯火だった。
すでに誰もが諦めていた。
王宮では次の王を決める話し合いが始まっていた。しかし、前王の血を受け継ぐ者はエーレウスの義妹にあたる少女だけだった。
だが、この国では女子は王位につくことができない。
当面はエーレウスの後見人であり、宰相のアルゼ・イサノが摂政として国を治めるという方向で話が決まりかかっていた。
カイエがジャネイラに戻ったのはそんな最中だった。
扉を開けると、エーレウスの周りには多くの人が集まっていた。
宰相のイサノをはじめとし、医師、侍従、主だった大臣たち。その中でかいがいしく働くミーサの姿もあった。
「カイエ様!」
最初に叫んだのはミーサだった。
「なに?カイエだと?」
人々が一斉にカイエの方に向き直った。
「カイエ・タチバナ。陛下のお世話もせず、今頃何をしに戻ってきた」
イサノが嫌味たっぷりに言った。
「陛下のお薬を探してくると言ったまま逃げ出したのかと思ってたぞ」
集まった者たちは口々にカイエを責める。
「お前の出番などもうない。役目を解くからどこへなりと失せろ!それとも俺の侍童にしてほしいか?」
その中の一人がにやにや笑いながら言うと、あちらこちらから下卑た笑い声があがった。
「静かにしろ。陛下はまもなく臨終を迎える。最期ぐらい静かに看取れないのか」
イサノが冷たい声で彼らをたしなめた。
「申し訳ございません」
鶴のひと声。
皆すぐに大人しくなった。
「ちょっと待って下さい!陛下はまだ死ぬと決まったわけではありません」
カイエは集まった者たちに向かって叫んだ。
「勝手なことを言うなカイエ!陛下は助からないんだ。もう、意識も無いんだぞ」
侍従長のアントニオ・スタンが悔しさをカイエにぶつけるように言った。
「だからといって、こうやって露骨に死ぬのをまっていると?誰も陛下が心配じゃないのですか?次の王が誰になるかが大事なだけなんですか!」
「何だと?我々がそんなことを考えるように見えるのか!みんな陛下に助かって欲しいと思ってる……だが、もう手立てがないんだ!」
スタン侍従長はエーレウスに誰よりも忠義心が厚かったことはカイエも知っている。
だから彼の諦めきった態度がカイエには余計許せなかった。
「陛下はまだ生きているんです!まだ死んではいない!そこをどいてください」
カイエの剣幕に一同は黙り込んだ。
カイエは人を掻き分け、つかつかとエーレウスのベッドへ向かった。
「薬でも見つかったというのか?」
イサノはカイエをじろりと睨んだ。
「ええ。最強の特効薬がね」
カイエはイサノを睨み返した。
「陛下のご病気はどんな薬も効かなかったのですよ?」
医師が困ったような顔をして言った。
「ええ、先生。薬など効きません。陛下には呪いがかかっていたのですから」
「なんと!」
「呪いだって!」
「馬鹿な!いい加減なことを言うな」
あたりは一斉にざわめく。
カイエは回りの声を気にせずエーレウスに近づいた。
そして、シーツをめくり、エーレウスの右足を出した。
「……すぐ助けるからね」
「貴様!陛下に何をするか!」
怒った侍従の一人がカイエに掴みかかろうとしたが、それをイサノが制した。
「待て。カイエにやらせてみよう」
エーレウスの右足には金色の針が突き刺さったままだ。
もちろん、この呪いの針は誰の目にも見えない。竜王に貰った金の刺抜きを持つカイエを除いては。
「あいつは何をしているんだ?」
カイエの不思議な行動に人々は眉をしかめた。
金の刺抜きを使い、カイエはエーレウスの足に刺さった金の針を慎重に抜き取った。
金の針はエーレウスの体から抜き取られた瞬間、すうっと消えうせ、それと同時にカイエの手の中にあった金の刺抜きも消え去った。
「これで、大丈夫です」
すぐに、驚くべき速さで エーレウスの顔からみるみる発熱による赤みが引いていく。
エーレウスの変化に慌てた医師がエーレウスの額に手をあて、脈をとる。
「奇跡だ!熱が引いている……こんなことって……」
あたりがいっせいにざわめいた。
カイエはエーレウスの耳元で囁いた。
「エーレウス……大丈夫か?僕だよ」
すると、カイエの呼びかけに答えるかのようにエーレウスがうっすらと目を開け、カイエの姿を見つけると弱々しく笑った。
「……何をやっていたカイエ……遅かったじゃないか……」
エーレウスの回復は目を見張るばかりだった。
一週間もたたぬうちに彼の体調は完全に元に戻った。
エーレウスが療養していたその一週間のあいだ、王宮ではちょっとした騒動が起こっていた。
カイエがなぜ、エーレウスの病の原因を呪いであると見破ったのか、そしてその呪いを解く方法をいかにして得たのかという問題だった。
カイエはいきさつを殆ど正直に話した。
さすがに桜翁の話はできなかったので、薬を探しているうちにそれが呪いであるという情報を得たということにしたが、あとはモライスで竜巫女に会い、呪いを解く方法を授かったという話をした。
呪いをかけたのが誰かという話にはさすがにシラを切った。
前王妃がかけた呪いだと知ればエーレウスばかりではなく国民がパニックに陥るだろうと配慮したためだ。
しかし、カイエの配慮は無駄になってしまった。
数日後、タンガの離宮にいる前王妃エリスが自害したという知らせが届いた。
エリスは遺書を残しており、そこには自分が積年の恨みを晴らすため、国王を暗殺する呪いをかけたという内容の告白文が綴られており、「国王を呪った自分を恥じて命を絶つ」という内容の文章が書かれていた。
そして、彼女は自室で毒入りの酒を飲んで息絶えた状態で発見されたという。
「母上はそれほどまでに僕がお嫌いだったのか……」
知らせを聞いたエーレウスはそう言ったきり暫く項垂れていた。
エーレウスはぽつりと呟いた。
「俺が信じられるのはもうカイエだけだ。誰が何と言ったって俺はカイエを信じる。たとえ誰に禁じられても、俺はカイエを信じている……」
その言葉に無言でうなづきながら、カイエは改めて心に誓っていた。
どんな状況が来ても僕はエーレウスを裏切らない。
━━━━━━━たとえ、君の心が変わっても、僕は君を信じるよ。
「そうか。わかった」
クラウは部下からの報告を聞いて溜息をついた。
「遺書に不自然な部分はないのだな?証拠は何も残していないな?」
「はい。王妃は抵抗しましたが、気を失わせてから毒入りの酒を飲ませました」
「筆跡からばれることはないのだな?」
「偽造文書の名人に書かせたものですからまずばれません。王妃の字の癖のひとつまで再現させました」
「口止めはしたか?」
「大金を握らせました」
「ご苦労。下がれ」
「はい」
部下を下がらせてからクラウは背後の暗闇に向かって声をかけた。
「お聞きのとおりです。王の暗殺には失敗しましたが、王妃に全ての罪を被せましたから問題はありません」
暗闇の中にいる人物はうなづいただけだった。
「しかし貴方も恐ろしい方だ。王妃の積年の恨みに便乗して陛下の暗殺を企てるとは。竜巫女が力を貸したのは予想外でしたが」
「これ以上竜巫女が余計なことをするなら消せばいいだけのこと」
暗闇の中の人物は低い声で言った。
「貴方は神をも恐れぬのですな」
「神が……竜王が怖いのか?クラウ」
「怖いというより、後味が悪いだけです。私も一応は人の子ですから、それなりに気がとがめることもありますよ」
「私は神など否定する。竜王など信じぬ」
「神罰……などは恐れぬのですか?」
闇の中から低い笑い声が聞こえる。
「神罰だと?そんなものどこにある?そんなものがあれば我らはとっくに神罰が下っている。だが、我々は生きている。神などいない。人間がわざわざ自らを戒めるために作り出した枷でしかない」
「……本当に恐ろしいお方だ。あなたがいっそ神になれば世界ももうすこしましになりましょう」
「神か……愚かな。でも、面白い。これから起こることを見た後世の者が私をどう評するかがみてみたいものだ」
クラウはにやりと笑いながら言う。
━━━━━━━「きっと貴方のことは歴史にはこう記されるでしょうよ……最悪の悪魔……もしくは絶対神……とね」




