15.「火竜の竜巫女」
●【15.「火竜の竜巫女」】
ガイアルの神殿はアヴィエール神殿と驚くほどよく似ていた。
その外観は細かい部分までそっくりだ。
五つの聖地にある各竜王の神殿と、竜巫女の館は神話の時代から存在している。
いつごろ作られたものか、誰によって作られたものかは定かではない。
神殿と竜巫女の館は不思議な力により守られている。五つの神殿と竜巫女の館は全て同じ形をしていた。
ただ、入り口に飾られている竜王の像が違う。
ここガイアル神殿の竜王像は炎を吐き出す巨大な竜。これが竜王ガイアルの像だ。
常に噴煙を吐き出す危険な火山の麓にあるにも関わらず、ガイアル神殿の周りにだけは緑の木々が茂り、清浄で冷涼な空気で満たされていた。
どんな大噴火のときでも、神殿と竜巫女の館には灰すら降らない。煙も溶岩もここを避けて通るのだ。
(アヴィエールの神殿とそっくりだ……だとしたらたしか、この裏には……)
カイエは神殿の裏に回った。
神官ではないカイエは中に入ることが出来ない。
しかし、ここがもしアヴィエール神殿とそっくり同じつくりなら、神殿の裏には浄水の湧き出る場所があるはずだった。
思ったとおり、井戸があった。
井戸を覗き込むと、綺麗で冷たい水がこんこんと湧き出ている。
カイエは井戸を使わせてもらうことにした。
冷たい水を汲み上げ、喉を潤し、灰で汚れた顔を洗った。乗ってきた馬にもたっぷりと水を飲ませた。
最後にもう一度綺麗な水を持参した水筒に満たすと、カイエは神殿に向かって深く頭を下げた。
竜巫女の館は更に先。
過酷な登山道を山頂目指して昇っていかねばならなかった。
ここから先は馬では行けない。
カイエは井戸の近くに馬を繋いだ。
「ここまでがんばってくれてありがとう。ここにいれば安全だから、お前はここにいるんだよ。もし僕が戻らなくても、ここにいればガイアルの神官たちに見つけてもらえるはずだから……」
カイエは馬の頭を優しく撫でた。馬は名残惜しそうにカイエに顔を擦り寄せた。
険しい登山道をカイエは昇ってゆく。
冷え固まった溶岩以外はなにもない。
硫黄の匂いと常に降り注ぐ灰。空は常に煙に隠れ、強い風が吹いた時にだけ青空が一瞬見える。
勾配はどんどんきつくなり、硫黄の匂いも強くなる。
今、もしも大噴火がおこったら、カイエの命は無い。しかし、カイエは不思議と不安も恐怖も感じなかった。
やがて、竜巫女が住むと言われる溶岩湖が見えてきた。
湖といってもこの湖は水をたたえたものではなく、どろどろとした灼熱の溶岩が渦巻く溶岩だまりだ。
有史以来一度もその噴火を止めたことの無いオレロドインは山体にいくつかの小さな火口を持つ。その中には溶岩がたまっているが、噴出しないものもある。
ガイアルの竜巫女の館はそのいくつかの小さな火口のひとつにあるのだ。
竜巫女の館はそう簡単に行くことができないのをカイエは知っている。
真っ赤に焼け爛れ、どろどろに溶けた溶岩の溜まった湖。その中央にある巨大な岩。
その上に竜巫女の館が見えた。
周りは死の世界なのに、館の周りだけは、まるで見えないバリアに守られたように豊かな緑がみずみずしく生い茂り、とても奇妙な光景だった。
カイエは叫んだ。
「竜巫女様!ガイアルの竜巫女様!聞いていただきたい事がございます!」
もちろん、遠く離れた館に声が届くはずも無い。
「ホムル国王の命がかかっております!」
それでもカイエは声を限りに叫ぶ。
「竜巫女様!」
カイエは何度も何度も叫んだ。
しかし、何度叫んでも何の反応もない。
「竜巫女様ーっ!どうかお聞きくださいーっ!」
カイエは何時間も諦めずに叫び続けた。
灰が口の中に入り、何度も咳き込む。
すでにカイエの体は灰まみれになり、声もほとんど出なくなっていた。
それでもカイエは諦めずに叫びつづける。
その時、館の方から小さな影が飛び出してきた。
「……白鳩……?」
竜巫女の使いの白鳩だった。
白鳩はカイエの肩に止まると、少女の声で喋り始めた。
「一片の偽りもなく、全てを話すならあなたの話、お聞きしましょう」
竜巫女の館はミヅキの竜巫女の館と同じたたずまいだった。
みずみずしい草木と美しい花園に囲まれ、清浄な空気に包まれていた。
現れたのは銀灰の髪と瞳、そして褐色の肌を持つ十四−五歳ぐらいの少女だった。
ガイアルの竜巫女はまだ若いようだ。そういえば、モライスの巡礼堂にいた母娘の会話で「竜巫女はまだ就任したばかり」と言っていたのをカイエは思い出した。
「ようこそ我が館へ。わたくしは聖竜王ガイアルの竜巫女、フェリス・トリステザです」
「僕はカイエ・タチバナと申します」
「カイエ殿。わたくしは『一片の偽りもなく、全てを話すならあなたの話を聞く』と申し上げました。あなたはわたくしに嘘をついておられますね」
フェリスは無機質な声でそう言った。
「聖竜王ガイアルは一切の偽りを許しません」
「申し訳ございません。竜巫女様。僕の本当の名前は、カイエ・ルア・エフィニアス・ミヅキと申します。訳あって身分を隠し、偽名をつかっておりました。お許しください」
カイエはフェリスに深く頭を下げた。
「やはりミヅキの王太子殿下でいらっしゃいましたか」
「僕をご存知だったのですか?」
カイエは驚いていた。
「さきほど竜王からお告げがありました。『まもなくアヴィエールの国の王太子が訪ねてくる。彼の者の言葉に偽りがなければ願いを聞き入れよ』と」
「そうでしたか」
「お話をお伺いします。どうぞ」
カイエは館に招き入れられた。
館の中はうっすらといい香りが漂っていた。
蜂蜜に似た甘い香りだ。
「まずは、疲れを癒してくださいませ、殿下。ここまで昇ってくるのは相当大変だったでしょう?」
フェリスはそう言うと、どこへともなく声をかけた。
「バナ。カイエ殿下を湯殿にご案内して」
「はい。ご主人様」
いきなり現れたのは、背中にオレンジ色の羽を持つ小柄な少女だった。
カイエがびっくりしていると、フェリスは笑って言った。
「竜巫女の館に人がいて驚いておられるのでしょう?バナは人ではありません。鳥の精です」
「知っていますよ。竜巫女様に仕える妖精はイーラ様のところでも見ましたから。あちらは花の精でしたが」
するとフェリスは興味深そうな表情を見せた。
「まあ!殿下はアヴィエールの竜巫女様のところへも行かれたことが?」
「はい」
「それは大変珍しいことですね。竜巫女の館へ招かれることは国王でもめったにないことなのに、これが二度目とは……」
「フェリス様はイーラ様をご存知なのですか?」
「お会いしたことはありませんが、お名前は存じ上げています」
「そうでしたか」
「さあ、とにかく湯殿をお使いくださいませ。お話はそれからお聞きします」
爽やかな香りのリュウオウボクの花茶と、甘い香りの果物が並べられたテーブルを挟んでフェリスと向かい合ったカイエは、今までのことを全て正直に話した。
自分がなぜ身分を隠してこの国へきたのかという話、桜翁のこと、そして、自分が犯してしまった罪のことまで全て。
フェリスは黙って静かにカイエの話を聞いていた。
「……と、そういうわけで僕はここへやってきたのです」
「そうでしたか……よく話してくださいました」
フェリスは少し考え込むような表情を見せてから言った。
「桜翁様がかかわっているとなると無視できませんね……」
「あの……桜翁様と竜王とはいったい……」
「ご存知なかったのですか?」
「わが国の国樹『桜翁』の精霊であるということしか」
「桜翁様は神話の時代、女神デーデが手ずから植えた桜の木から生まれたこの世界で最も古い樹の精霊です。そして桜翁様はこの世界の植物全ての長なのですよ。桜翁様は女神の忠実なしもべであり、竜王たちとの縁も深いのです」
カイエは改めて知る真実に驚いていた。
そして、ふと不思議に思ったことがあった。
━━━━━━━ラドリ先生はなぜ、桜翁と親しかったのだろう?
しかし、その疑問を深く考える時間は無かった。
「では、殿下を竜王にお引き合わせいたしましょう」




