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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第2章 新王の憂鬱
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13.「葛藤」

 ●【13.「葛藤」】


 エーレウスの熱はいっこうに下がらなかった。

 国中から腕のいい医師が呼ばれたが、誰一人としてこの発熱の原因を特定できなかった。

 原因がわからなければ治療のしようもなかった。

 様々な薬が処方され、試されたが、効果のあるものは何一つとしてなかった。



「このまま熱が下がらなければ陛下はもってあと数日です」


 医師は申しわけなさそうな顔で首を横に振るばかりだった。


 カイエはエーレウスの傍でずっと看病しつづけた。

 時折、目をさましては焦点のさだまらない目でカイエを見て「大丈夫だから」とだけ言ってまた眠ってしまう。

 カイエは何も言えず、ただ俯くばかりだ。


 夜になると気温が下がり、少しはエーレウスの状態が落ち着く。

 カイエは眠るエーレウスの顔を見ながら考えをめぐらせていた。


 このまま有効な治療手段が見つからなければエーレウスは命を落とすだろう。

 カイエは侍童の役目を解かれ、国に戻ることができる。

 ホムルは国王を失い、当分はまた侵略戦争の脅威にさらされることもないだろう。


 ただ、手をこまねいていればそれですべてが上手くいく。


 だが、カイエはどうしてもその考えに納得が行かなかった。

 心の中に二つの思いが生まれていた。



 そのまま時を待てばいいという考えと、エーレウスを助けたいという思いと。


 カイエにはエーレウスを助ける手段を持っている。

 胸に刻まれた桜の花弁の痣。

 強く願えばエーレウスを助けられるだろう。


 しかし、それでいいのだろうか?本当にいいのだろうか?

 彼を助けるということは、カイエの今までの行動をすべて否定することになってしまうのではないか?


 ホムルの王を討ち、父の仇を討つことがカイエの目的だった。

 その目的のためにリドリーを罠にかけ、ナラをはじめとした多くの人を巻き込んだ。


 そうだ。

 このままエーレウスが死ぬのを待てばいい。ただ、じっと待つだけでいいのだ。

 だけど……。


 どうしてももうひとつの考えをカイエは捨てられなかった。


 エーレウスが何をしたというんだ。

 エーレウスはミヅキに何も害を与えていない。むしろ、カイエに好意的だ。

 助ける手段をもちながら、ここで彼を見殺しにするということはカイエの罪がまた増えることではないのか?


 わからなかった。

 いくら考えてもわからなかった。


 フェリシダドの言葉が脳裏を掠めた。


 ━━━━━━━罪とどう向き合うか、どう償っていくかを考えればいい


 それだけじゃないもうひとつの感覚が、カイエの心に僅かに芽吹いていた。


 エーレウスを助けたい。

 いままでに感じたことの無い感覚だった。

 なぜ、そうしたいのかはわからなかった。ただエーレウス助けたかったのだ。


 カイエの心は決まった。




 胸の痣にそっと手を乗せ、一心に祈った。


(エーレウスを助けて……)


 しかし、いくら強く願っても、なにも起こらなかった。

 エーレウスの体はまだ熱いままだ。


「なぜだ?どうしてまじないがきかないんだ」


 カイエが焦り始めたその時だ。

 窓が突然開き、一陣の風が吹き込んできた。


 真夏にもかかわらず、はらはらと舞い落ちる桜の花弁。

 そして、その中から小柄な老人が現れた。


「桜翁様……」


 急なことで驚いているカイエにむかって桜翁は言った。


「カイエ。その願いだけは無効じゃ……」

「無効?」

「そうじゃ。その願いだけは聞き届けられん」

「どうしてですか?!」


「それは病気ではない。呪いだからじゃ」

 桜翁は困ったような顔をする。


「呪いですって?」

「そうじゃ。誰かがその少年を殺すために放った呪いじゃ。これは儂のまじないでもどうすることもできん」

「そんな……」


 桜翁はエーレウスの眠るベッドに近寄り、シーツをめくるとエーレウスの足を見るようにカイエに言った。


「これを見よ」


 桜翁はエーレウスの右足の上に手をかざした。

 エーレウスの右足の脛の部分に光る針が刺さっているのが見えた。


「いつのまにこんなものが」

「これは人間の目には見えん『呪針(じゅしん)』じゃ。これを刺された者は苦しみぬいてじわじわ死んでいく。呪いをかけた者はこの少年を特に恨んでおるのだろうな」

「……そんな……どうにかならないのですか?桜翁様」

「呪いは儂でもそう簡単に解くことはできない」

「では、エーレウスはもう死ぬしかないのですか?」

「助ける方法がないわけではないのだが……」


 桜翁はそう言ってカイエをちらりと見た。

「お前、それを聞いてどうするつもりなのかね?」

「えっ?」

「この少年はホムルの国王じゃ……お前にとってこの少年は父の仇の息子ではないのか?この少年が直接お前の父親を殺したのではなくとも、今後お前の国に攻め入らないという保証はないのではないのか?」

 桜翁の指摘はもっともな話だった。


「確かにそうですが」

 カイエは戸惑う。

「それともカイエよ。お前はこの少年と同衾(どうきん)しておるうちに情が移ったか?ミヅキの王太子ともあろう者がいつのまにか心身ともに敵国の王の愛人と成り果てたか?」

 意地悪そうな笑みを浮かべる桜翁に向かって、カイエは必死で否定する。

「違います!エーレウスとはそんな関係じゃない」

「では、お前はなぜこの者を助けようとする?」

「エーレウスは……なにもしていない……エーレウスは父上を殺してはいない。国を攻める気もないと僕に言ったのです」


 桜翁はだまってエーレウスを見ているだけだ。

 しかし、その瞳はまるでカイエを責めるような厳しさだった。

「お前は……どれだけの罪を犯した?何人の人間を殺し、不幸にした?」

「……それはわかっています」

「それだけの罪を犯し、犠牲をはらったのに、どうしてお前の願いを成就させようとしない?このままにしておけばこの少年は間違いなく死ぬ。そして、お前の望みは叶う。しかし、この少年を助けてしまえばお前の願いは叶わない。お前が犯した罪と、払った犠牲は無駄になる。それでもこの少年をお前は助けたいと願うのか?」


 桜翁の声は厳しかった。

「……はい。それでも僕は彼を助けたい」


 カイエは桜翁を真っ直ぐに見返して言った。


「確かにこのまま黙ってみていれば僕の願いは叶うでしょう。でも、エーレウスは僕になにもしていない。僕の父上を殺したのは彼ではないし、彼は僕の国を侵略する意思がないと言っています。そんな彼を僕が殺す理由はありません」

「では、お前が奪った多くの命を無駄にするというのだな?」

「いいえ、それも違います」

 カイエはさらに続けた。

「僕は大罪を犯しました。その罪は許されることではないと知っています。だけど、僕は自分の犯した罪と向き合い、生きている限り償おうと思います。そのために僕はまず、エーレウスを助けたいのです」


 桜翁はしばらく考え込んでいたが、やがてエーレウスに言った。

「その決断はいつかお前の命を奪うかもしれないぞ?それでもよいのか?」

「はい」

「よろしい。そこまで言うなら呪いを解く方法を教えよう」

「ありがとうございます」

 カイエは深く頭を下げた。



「全ての呪いは契約の女神デーデとの契約で成り立っている。強力な呪いは、術者の命や命と同じほど大切なものと引替えに命がけで行われるものだ……これを解くには女神と術者の契約を無効にしなければならない」

「はい」

「しかし、人間が直接女神デーデに会うことは叶わん。もちろん竜巫女でもそれは無理だ。儂は女神デーデに仕えておるが、それでも女神に直接会うことは滅多に叶わない」

「では、どうすれば」

「女神デーデと直接交渉できるのは、竜王たちだけだ」

「竜王……」


 桜翁はカイエに向かって杖を突きつける。

「聖地モライスへ行き、そこで竜王ガイアルにすがるしかない。ガイアルはホムルの守護竜王だ。ホムル国王を助けるための願いならお前の望みを聞いてくれるかもしれぬ」

「竜王ガイアル……ですか」

「そうじゃ……もちろんその願いは聞き入れられるとは限らん。無駄足になるかもしれん……しかし、今お前にできることは、とにかく聖地モライスへ行くことじゃ」

「はい」

「モライスに着いたらガイアルの竜巫女に会うがいい。しかし、そう簡単に竜巫女には会えないだろう。だが、本当にその少年を助けたくばなんとしてでも竜王ガイアルの竜巫女に会い、ガイアルにとりついでもらわねばならないだろう」

「はい」

「たとえ、運良くガイアルに会えたとしても、お前は竜王の試練を受けねばならない。ガイアルは義を重んじる竜王だ。お前の誠意が本物で、その意思が固ければ必ず願いは聞き届けられよう」

「はい……」


 カイエは改めて自分のこの願いがいかに難しいかを感じていた。


「では、すぐにモライスに出向くがいい。お前が帰るまで、この少年の体力が持つようにしてやろう。儂のできることはそれだけじゃ」

「ありがとうございます。桜翁様」

「では明朝すぐに行け」

「はい!」


 桜翁は再び一陣の風となり、後には桜の花弁が数枚残った。





 桜翁は北へ向かって夜空を飛びながら考えていた。


(カイエがどう決断しようとも、動き出した運命を変えることは儂にはできん……偶然のように見える出来事も、すべては竜王と女神の仕組んだ必然じゃ……ただ、儂にできることは彼らに僅かな力を与えるのみ……だが……もしも、僅かな歯車だけでも、狂わせることができるなら、まだこの世界は救われる望みがあるかもしれんな……)


 うっすら白み始めたホムルの夜空に北に向かって一陣の風が吹く。


 ━━━━━━━ 僅かな桜の花弁を残して。

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