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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第2章 新王の憂鬱
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12.「懺悔」

 ●【12.「懺悔」】


 その質問はカイエにとって予想外だった。


「だ……誰って……」

「カイエ。あなたは本当にホムルで生まれ育ったの?」

「え……ええ」


 カイエの目がうろうろと泳いだ。


「普通、髑髏祭の感想を聞かれたら、ホムルで生まれ育った者なら必ず『哀しい祭りだ』と言うわ。どんなに賑やかでもこの祭りの本当の意味を知っているから、『素敵だ』なんて言えない」


 鎮魂の祭である髑髏祭。

 楽しく陽気に騒いでいても、その根底には悲しみがある。

 哀しいからこそ陽気に騒ぐ。それが彷徨える死者に対するホムル人なりの供養の気持ちだ。


 カイエは押し黙るしかなかった。

 フェリシダドの表情からは何の感情も読み取れない。ただ、真っ直ぐにカイエを見つめるだけだ。


「それに……タチバナ家の血筋というのも、違うのではなくて?」

「そ……それは」

 カイエは焦りながら頭の中で必死で言い訳を探す。


「フォスティナ・タチバナは私の親友だったのよ」


 カイエの表情が凍りついた。


 フォスティナ・タチバナはタチバナ侍従長の妻の名だ。


「フォスティナは私の遠縁にあたるの。彼女はミヅキの生まれ育ちだけど、幼い頃事情で一時期だけホムルで暮していたことがあるの。私の実家でね……私がナズナの元に嫁いだ時、彼女はミヅキでの私の唯一の身内であり、親友でもあった。私はとても心強かったわ」


 カイエはうつむくばかりで何も言わない。


「私は十二年前にミヅキからここへ戻ってきたわ。私がミヅキにいた時代に、あなたが生まれていたとしたら、フォスティナは私にきっと相談していたはずよ……。あの当時のタチバナの一族でかろうじて子供を持てる年齢の男の子といえばエフィぐらいしかいなかった。エフィの息子にしてはあなたは年を取りすぎている……」


 カイエはどうすることもできなかった。

 フェリシダドはカイエの嘘を完全に見抜いている。


「それにね……私にはあなたがミヅキの人間だと思えて仕方がないの。髪も瞳も肌もすべて完璧にホムル人の特徴を持っているけど、でも、違うような気がしてならない……それに、カイエというその名前……まさか王太子殿下とは思わないけど……でも……」

「……いつから気付いていたんですか」

 カイエは少し掠れた声でぽつりと言った。


「あなたを初めて見たときから、少し妙な違和感があったわ」

「僕をどうするおつもりですか……エーレウスに話しますか?」


 返答によっては、このままにするわけにはいかなかった。

 カイエは重い気分でフェリシダドの返事を待った。


「……どうもしないわ」

 予想外の返答にカイエは驚いたように顔をあげる。

「あなたの事を疑った私は邪魔かしら?……それともこの場で口封じのために私を殺す?」

 彼女の澄んだ黒い瞳がカイエをじっと見つめる。

「必要とあれば、そうせざるを得ないかもしれません……」

 カイエは淡々とした声で言った。


「あなたが何者か、何をしたいのかなど、私には関係のないことよ……あなたが私を殺さなければどうしても困る事情があるというのなら、どうぞ私を殺しなさい。だけど、エーレは傷つけないでいて欲しい」


 フェリシダドは毅然とした態度だった。


「どうして、あなたはそんなことが言えるんです?殺されるかもしれないのに」

「死ぬことは怖くないわ。私は、いつ死んでもいいと思っているもの」

 そう言ってフェリシダドは目を伏せる。


「私の希望も、未来も、十二年前に終わっていた。私は死ぬつもりで故郷に戻ってきた。だけど、エーレに出会ったから、今は生きている」



 カイエは俯いたまま拳を固く握り締めた。

「そんなの嘘だ。人のために死んでもいいと本気で思う人間なんていない。それは、偽善だと思う。殺されてもいいなんて思う人なんていない……僕は死ぬのは怖い。命を突然絶たれることがどれほど恐ろしいか……まして、強制的に殺されるのは……」


 いつのまにか体は小刻みに震えていた。

 涙が、溢れてきていた。

 まだ、酒の酔いが残っているのかもしれない。


「カイエ……?」


 カイエの様子は明らかにおかしかった。


 この子はもしや、大変重い秘密を持っているのではないだろうか?

 その重圧で追い詰められているのだとしたら、なんと可哀相なことだろう。

 フェリシダドはそう感じていた。


「そう。死ぬのは怖い……恐ろしい。なのに、僕は……僕は……」


 カイエの体がガクガクと大きく震え始めた。

 両手で自分を抱きしめるようにし、そしてその場にしゃがみこむ。

 慣れぬ酒精はカイエの体だけではなく、心にも影響を及ぼしたようだ。


(この子は何かに相当追い詰められている……)


 フェリシダドはカイエにゆっくりと近づくと、突然カイエを抱きしめた。

 柔らかな暖かさがカイエを包む。


「カイエ……何があったの……?」

「怖い……怖いんです」

 カイエはまだがたがた震えている。

「何が、怖いの?」

「……言えません」

 カイエの声は震え、消え入りそうに小さい。

「どうして?」

「僕は、懺悔することすら許されないから」

「どうして、そう思い込むの?誰かがそうしなさいとあなたに言った?」


 カイエは無言で首を横に振る。フェリシダドにしがみつくようにカイエの手に力が入る。


「大丈夫。エーレにも誰にも言わないから……話せば少しは楽になるわ」

「言えないんです……」

「このままでは、もっと苦しい……言えるところまでで大丈夫だから、少しだけ私に教えて?」

 フェリシダドは泣きじゃくる子供をあやすかのようにカイエの頭を撫でた。


 カイエはもう限界だった。

 大きく息をつき、独り言を言うように小さな声で話し始めた。


「僕は……僕は人を沢山殺しました……自分勝手な都合で。多くの人たちを手にかけました……この罪は絶対に消えません。僕の手は多くの人の血で染まっている……なら、もう僕は人を殺すことなど怖くないはず……どうせ許されないのだから……なのに、僕は怖い」

「どうして……そう思うの?」

「わからない……」


 可哀想に……とフェリシダドは思った。

 この子に何があったのかはわからない。

 だが、この子の心は今、混乱し、泣き叫び、助けを求めている。

「カイエ……私には事情はわからない。だけどひとつだけ言えるわ……あなたは罪をこれ以上重ねてはいけない」


 フェリシダドは幼子をあやすように優しく、耳元で囁くように言った。

 しかし、カイエはそれを拒絶するように激しく頭を振る。


「あなたには僕の気持ちなんかわからない……罪を犯したことも無いあなたになど」

「そんなことはないわ」

 フェリシダドは静かに言った。

「罪を犯さぬ人間などいない。皆、何かしらの罪を犯すのよ。でも、それでも生きていかなければいけないの」


「違う……ちがう……僕の犯した罪はそんな軽い罪じゃない……」

 カイエは激しく首を横に振るばかりだ。


「あなたは純粋すぎるわ……カイエ。その大小に関わらず罪を犯すのはいけないことよ。だけど、罪は償うことができる。あなたの気持ち次第で、その罪は許されるかもしれないわ」

「そんなことない……」

 カイエは頑なに拒絶する。


「ねえ、カイエ聞いて」

 フェリシダドは言った。

「私もたった一人の息子を捨てて来てしまった。自分の都合で、自分の我儘で……許されない罪を持っている……だけどね、だからこそ私はエーレを守る。守れなかった息子の代わりに命をかけて守るわ。罪は許されなくてもね……」


 カイエは無言で泣きじゃくりつづけた。

 あの夜以来、泣いてはいけないと心に誓った。しかし、張り詰めていた糸は切れてしまった。

 後悔や不安や絶望がカイエを押しつぶそうとする。

 泣く以外術が無かった。

 泣いてもどうしようもないこともわかっていた。だけど、荒れはじめた心のざわつきはもう押さえられなかった。


「泣きなさい。気がすむまで。そして、泣き終わったら、もう後悔してはいけないわ。後悔するばかりではなく、その罪とどう向き合うか、どう償っていくかを考えればいいと思うわ……」

 カイエはフェリシダドの腕の中でただ、泣きつづけた。




 自分の時間が永遠に失われれば楽になれるのに。


 このまま何も感じなくなればいいのに。


 犯した罪が心を焼く。


 永遠に終わらない責め苦。



 いつ、止まるのだろう。




 ━━━━━━━僕の時間は、いつ止まるのだろう。







 落ち着いた頃にはカイエの頭はすこしすっきりとしていた。

「あなたのことは何も聞かない。ただ、エーレの友達でいてあげて」

 フェリシダドはそれだけを言った。

 カイエは無言でうなづいた。


 二人が部屋に戻った時、エーレウスは机に突っ伏して眠っていたが、物音に目を覚ました。

 そして、拗ねた子供のように不満そうな顔を見せる。

「あんまり遅かったので眠ってしまったぞ……」

「ごめん。つい、長話になっちゃって」

「あれ?カイエ……目が赤いぞ?」

 エーレウスがカイエの目が赤く腫れていることに気付いたようだ。


「ああ、さっきちょっと目にゴミが入ったんだ」

 カイエは袖で目をごしごしと擦った。

「まあいい。そろそろ帰るぞカイエ。夜が明ける前に戻らないと」

「ああ」


 エーレウスは髑髏の仮面を着けながら言った。

「じゃあなフェリシダド。また来るから」

 フェリシダドはそれを聞いて苦笑する。

「エーレ。もう、国王なのだからここへは来てはいけないと言っているのに」

「そんなの関係ない。俺は来たい時にここに来るからな」

「困った子ね」


 そういいつつも、フェリシダドの顔は嬉しそうだった。




 ━━━━━━━翌朝。


 いつもならとっくに起きているはずのエーレウスが今日はカイエの隣でまだ眠っていた。


「あれ?エーレウス、まだ寝てたのか……おい、エーレウス……もう朝だよ」

 カイエはエーレウスに声をかける。

 しかし、今日のエーレウスはなかなか目を醒まさなかった。


「朝の政務に遅れるよ。起きなよ」

 カイエはエーレウスの体を軽く揺すった。そして、エーレウスの体が妙に熱いことに気付く。

 額に手を当てると、酷く熱い。


「……ひどい熱だ。おい。エーレウス!しっかりしろ。大丈夫か?」

 しかし、エーレウスは目を醒まさない。

 その時、ノックの音がしてミーサが部屋にやってきた。


「エーレウス様。そろそろ起きていただかないと」

 カイエはミーサに向かって叫んだ。



「ミーサ!エーレウスの……陛下の様子が変だ。早く医者を!」




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