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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第2章 新王の憂鬱
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11.「フェリシダド」

 ●【11.「フェリシダド」】


「カイエ。フェリシダドはミヅキに住んでいたこともあるんだぞ」

 エーレウスは自分のことでもないのに自慢げに語る。

 まるで幼い子供が友達に自分の母親がいかに素晴らしいかを自慢しているようにすら見える。

 その姿はちょっと滑稽だ。


「えっ?本当?」

「……昔の話よ。主人が、ミヅキの人だったの。十二年前に亡くなったわ。だから私の本当の名前はフェリシダド・ジョヴィネ・ナズナというのよ。今は旧姓のジョヴィネを名乗っているけど」


(ナズナ……どこかで聞いたことがあるような……)


 カイエは古い記憶を必死で掘り起こすが、どうしても思い出せなかった。


「そういえば、あなたと同じ名前の男の子を私、知っているわ」

「えっ?」

「私の主人、ロイド・ナズナは王宮に出入りする庭師だったのよ。私は主人にお弁当を届けに王宮によく行ったのだけど、そこであなたの名前と同じ男の子を何度か見たことがあるわ。まだ幼い頃の王太子のカイエ殿下……柔らかな亜麻色の髪と、綺麗な緑色の瞳のそれはもう可愛らしい方でしたよ。私、よく覚えているわ」


 カイエはぎくりとした。


「カイエ……どこかで聞いたことのあるような名前だと思ってたが……そうか、お前の名前はミヅキの王太子と同じ名前なんだな」

 エーレウスはカイエに顔を近づけてじーっと覗き込む。


「ぐ……偶然だよ。カイエなんてありふれた名前だし」

「そういえば、タチバナ家といえばミヅキの名門中の名門でしょう?なのに、その血筋であるあなたはどうしてこんなところにいるの?それにその髪と瞳……それに肌。あなたはどうみてもホムル人ね」

「母はホムルの人間です。僕は父の一族の反対にあい、父に正式に認知されていない子供です。しかし、僕の父はミヅキに住まないという条件でタチバナの姓を名乗ることを許してくれたんです……母は僕を連れてホムルに戻り、早くに亡くなりました」


 カイエは気恥ずかしく感じながらも、いつものでたらめの身の上話をでっち上げる。


「まあ……そうだったの……いろいろあったのね……かわいそうに」

「一人で生きていくことには慣れましたから……大丈夫ですよ」


 捏造の身の上話にまた余分な設定がついたことにうんざりしながらカイエは曖昧に答える。


「王太子殿下と同じ名前をつけられたのは、きっと王族のように気高く生きなさいというご両親の願いかもしれないわね」

「は……はぁ……そうだといいですね」


 少し苦笑しながらカイエはなんとかその場をやりすごした。


 カイエはあらためてフェリシダドを観察する。

 少し話をしただけだが、暖かで心優しいひとだとわかる。

 カイエは僅かな会話からですらフェリシダドの人柄や人望を充分感じていた。

 初対面の人間をも安心させる穏やかな雰囲気、柔らかな話し方。そして、故郷の母を思わせる優しい声。

 フェリシダドの声はエリサのそれとは全く似ていないのに、どこか母を感じさせる。

 エーレウスが彼女を本当の母のように慕う気持ちがわかるような気がした。


 エーレウスはこのひとの前でだけ本来の姿に戻っているのだろう。

 彼が無表情なのも、冷淡に見えるのも彼の本来の姿ではなく、作られた姿ということか。だとしたら、彼ほど哀しい人間はいない。

 安らげる場所、くつろげる場所を殆ど持たない苦痛を思うだけでカイエの心は軋んだ。


「プラナ酒をお持ちしました」

 ルイーザが酒の瓶と美味しそうな料理を沢山載せたトレイを持って現れた。


「ありがとう。そこへおいてちょうだい」

「はい」

「もう少しだけお店、お願いね。ルイーザ」

「はーい」



「さあ、ではこの出会いに乾杯しましょう」

 フェリシダドは琥珀色のプラナ酒を三人分のグラスに注いだ。


「あの……これ、お酒ですよね?」

「そうよ」

「なんだ?カイエは酒が嫌いなのか?」

「いや……まあその……ちょっと苦手というか」

「お祝いですもの。ちょっと口をつけるだけでも……ね?それにプラナ酒には殆どアルコールはないわよ。大丈夫」

「は……はい」


 カイエは酒を飲むのは初めてだった。

 ホムルとミヅキでは風習がかなり違う。喫煙も酒も二十歳を超えるまではしてはいけないという決まりがあり、これはアヴィエールの戒めのひとつなのだ。

 対して、ホムルではたとえ幼い子供であっても、本人が望めば酒も喫煙も許されている。

 ホムル人で通してきたカイエがこの習慣を拒むのはまずい。


「乾杯!」


 初めて口にした酒は甘く、そして喉の奥を熱く灼きながらカイエの体に染み渡った。

 幼い頃から守ってきた戒めを破る背徳感も手伝って、その味は強烈な印象としてカイエの体に刻み込まれた。


「どう?美味しいでしょう」

「……はい」


 カイエは口の中に残った酒の余韻をまだ楽しんでいた。


「もう少し飲む?」

「はい!」


 覚えたての快楽というものは理性をこなごなに打ち砕く。

 結局カイエは一人でプラナ酒のボトルを殆ど空けてしまった。


 しかし、天にも昇る快楽のあとにやってきたのは地獄の苦痛だった。

 激しい嘔吐と悪心がカイエをじわじわと襲いはじめる。


「ほらみろ。言わんことか……お前、本当は酒に弱かったんだろ?なのに調子に乗って飲むから」


 エーレウスは呆れ顔だ。


「私の部屋で少し休ませましょう。お薬を飲ませてみるわ」

「すまない。フェリシダド」

「いいのよ、エーレ。それより私の部屋にカイエを運ぶのを手伝って」

「うん」


 仮面を被りなおしたエーレウスはカイエにも仮面をつけさせ、フェリシダドと二人で両側からカイエを支え、個室を出た。


 フロアの酔客たちはまだ派手に騒いでいる。

 エーレウスたちはカイエをつれてフロアを横切る。


「よう!フェリシダド!俺もあとで介抱してくれよぅ」


 酔漢の一人が呂律の回らぬ口調でフェリシダドに声をかける。


「はいはい。あとでね」


 フェリシダドは手馴れた様子で男を軽くあしらった。

 酔漢たちの集まる一角を通り過ぎたとき、エーレウスは右足にチクリとする違和感を感じた。


(虫にでも刺されたかな?)


 痛みともいえない程度の違和感はすぐに消えたのでエーレウスはそれ以上は気にもしなかった。




 フェリシダドからもらった薬はよく効いた。

 カイエの不調はすぐに治まった。


(アヴィエールの戒めを破ったからこんな目にあったんだな……もう、酒などこりごりだ)


 カイエはすっかり懲りていた。


「ねえ、カイエ」

「何でしょう?フェリシダドさん」

「少しテラスで風にあたりましょうか?」

「はい」

「エーレ。カイエを少し借りてもいいかしら。風にあたりがてらミヅキの思い出話をしたいの」

「いいよ。俺はここで待ってる」


 エーレウスはよく心得ていた。自分が一緒にいてはいけない雰囲気を悟っていた。

 故郷を知る者とだけ話したい故郷の話があってもおかしくはないし、ミヅキのことをしらない自分にはその話についていけないということもエーレウスにはよくわかっていた。


「ありがとうエーレ。行きましょう。カイエ」




 外は新月で暗かったが、街に飾られた髑髏祭の灯りでほのかに明るく、また幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 風は冷涼で、カイエのぼんやりした頭をさますには丁度よい心地よさだった。


「髑髏祭の夜はいかが?カイエ」

「ええ。とても素敵な祭りですね」


 カイエがそう言うとフェリシダドはカイエの目をじっと見て穏やかな声で言った。




 ━━━━━━━「カイエ……あなた、いったい誰?」

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