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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第2章 新王の憂鬱
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10.「髑髏祭」

 ●【10.「髑髏祭」】


 カイエとエーレウスの間の沈黙は思いのほか長時間続いた。

 しかし、その沈黙に先に耐えられなくなったのは意外にもエーレウスのほうだった。


「……いい加減機嫌を直してくれないか。カイエ」

「そっちこそ」


 カイエの口調はまだぶっきらぼうだった。

 しかし、その声には若干の柔らかさが含まれていた。


「さっきの件だが……確かにお前の言うことはもっともだし、俺もできるだけのことはしてみる。だけど、すぐにはどうにもならないんだ。それはわかってくれないか」

「うん。君の立場もわかってる。僕も言い過ぎた」

 カイエにもわかっていた。

 王といえど、思い通りにならないことは多々ある。それはさっきのエーレウスの言葉から痛いほど読み取れた。


 ━━━━━━━「カイエには絶対にわかるものか……知った風な口をきくな。王は万能じゃない。むしろ、無力だ」


 カイエはエーレウスのその言葉で怒りの感情から我に返ったのだ。

 そして、子供のわがままのように自分の言いたいことだけを感情のままエーレウスにぶつけた自分を少し恥じていた。


「じゃあ、カイエ。この話題はこれで終わりで良いだろうか?」

「……いいよ」

「では仲直りだ」

「うん」

 カイエはエーレウスを自分より少し大人だと感じた。


(僕はまだまだ子供なんだな……)

 カイエは自分の幼さが恥ずかしくて、今すぐ消えてしまいたいぐらいだった。





 その夜。

 カイエは頬を軽く叩かれて目を醒ました。


「んー」

「起きろカイエ」

「んん?……何?」

 まだ辺りは暗い。


「出かけるぞ。起きろよ」


 暗がりの中でエーレウスがカイエの顔を覗き込んでいた。


「出かけるってどこへ?」


 上半身をのろのろ起こしつつ、カイエは両目を擦った。


髑髏祭(どくろさい)に出かけるぞ」

「髑髏祭?」

「そうだ。これを着けてな」

 エーレウスがカイエの目の前に出したのは髑髏を模った仮面と黒いマントだった。


「なんだこれ?」

「何言ってんだ。寝ぼけてるのか?カイエ。今夜は新月。髑髏祭じゃないか。今夜は外に出るときはこの仮面とマントを着なきゃいけないのが決まりだろう」

「え……あ、そうだっけ。旅暮らしが長かったから忘れてたよ」


 不思議そうに首をかしげるエーレウスに、カイエは慌ててごまかすように愛想笑いをして見せた。

 カイエはもちろんこの祭りのことは知らない。

 キャラバンにいて、長く国を離れていたのでいろいろ忘れているというごまかしがどこまで通用するかわからないが、それでもそれらしく演技するしかなかった。


 髑髏祭。

 月に一度、新月の夜にだけ行われるホムルの夜祭だ。

 昼間の灼熱の気温と夜の底冷えの寒暖差、火山地帯で乏しい食料……ただでさえ過酷な環境にあるホムルは生きていくだけでも大変な国だ。

 また、貧富の差も激しいこの国では、家を持たぬ浮浪者や親のない子供が多く、民家の軒下で雨露を凌ぎ、路地裏で物乞いをする。

 体力のない子供や、老人、病人などが街の片隅でひっそり息を引き取っていることなどここでは日常風景だ。


 そんな憐れな者達が魔物や彷徨える亡霊となって夜の街を徘徊し、人々に呪いと災いを振りまくと昔から言い伝えられてきた。

 人々は迷える亡霊たちの魂を慰めるため、月に一度の新月の夜には祭りを開く。


 髑髏の仮面を被り、黒い服を纏い、陽気に騒ぎ、酒を飲む。

 新月の夜は魔物の祭りなのだ。

 髑髏祭の夜は屋外で髑髏の仮面を外してはならない。

 お忍びででかけるにはこれほどおあつらえ向きの日はないのだった。


 髑髏の仮面を被り、黒いマントを着た二人は、王宮からこっそりと出ても怪しまれなかった。

 宮殿の門番も、警備の兵もみな今夜は髑髏の仮面に黒マント。少し用心すれば王がお忍びで外へ出ても気付かれない。


「どうだカイエ。簡単に出られたろ?」

「簡単すぎて逆に怖いな。王宮の警備は手薄なのか?」

「そういうわけでもないけど」

「でも、こんなに警備が甘いと賊や敵に入られたときどうするんだ?」

「入られたら倒せばいい」

 エーレウスはあっさりとそう言う。


「でも……」

「襲われるのは隙があるからだ。倒されるのは自分が弱いからだ」

「それはそうかもしれないけど……」


 自分の身は自分で守る。

 ホムルはそういう国なのだろう。

 カイエはその考えには今ひとつ納得できなかったが。




 街は賑やかだった。

 色とりどりの花が飾られ、娘たちは露出が多い魅惑的な衣装で男たちの目を惹きつけている。

 しかし、その衣装の色は黒一色で、顔には無気味な髑髏の仮面。ちょっと妙な感じだとカイエは思った。


 歌う者、踊る者、走る奴、転ぶ奴。

 挙句の果てには地面に寝ころがって酒を片手に意味も無くじたばた暴れている者までいた。


「エーレウス。これからどうするんだ?」

「ついてこい。とっておきの場所に連れて行ってやる」


 エーレウスに案内されたのは街の外れにある一軒の小さな店だった。

 看板には『ホーザ』と書いてあった。

 ドアを開けるとカラコロと軽やかな鈴の音がした。

 ホムルの言葉で薔薇を意味する『ホーザ』は豊富な酒とこの店の女主人が作る美味しい家庭料理が売りの店。

 すでに満席で、髑髏の仮面をつけた若い男女や屈強な男たちが酒を飲みつつ陽気に歌ったり踊ったりしていた。


「いらっしゃいませ」


 髑髏の仮面をつけた少女が二人、陽気な声でカイエたちを迎えた。

 エーレウスは店の奥のカウンター近くまで行く。


「申し訳ありませんお客様。今夜はあいにく満席でして……お席があくまでしばらくお待ち下さい」


 女主人らしい一人の女性がカウンターごしにカイエたちに声をかけた。

 四十代ぐらいの、少しふくよかで優しげな感じの上品な雰囲気の女性だ。

「フェリシダド。俺だ」


 エーレウスが女主人に耳打ちした。

「まあ!エーレじゃないの」

 フェリシダドと呼ばれたこの店の女主人はエーレウスのことを何故か『エーレ』と呼んだ。


「もうここに来てはいけないと言ったのに……仕方ない子ね」

「……カイエを紹介したかったんだ」


 フェリシダドはカイエの方をちらりと見て言った。


「お友達なのね?」

「……俺の侍童だ」

 エーレウスの声はなぜか焦っていた。

 フェリシダドはくすっと笑い声を漏らし、


「そういうことにしておくわ。ねえ、あなたお名前は?」

「カイエ・タチバナです」

「……もしやあなた、ミヅキの出身?」

「父がミヅキ人です」


 女主人はふんわりした優しい笑顔でカイエに自己紹介をする。

「私はフェリシダド・ジョヴィネ。私の店『ホーザ』へようこそ。ちょっと待っててね。今、席を用意するわ……アナ!ルイーザ!ちょっと来てちょうだい」


「はーい!」

 先ほどの少女達がやってきた。


「急いで奥の間にひとつ席を作ってちょうだい。この方たちは私の大事なお客様だから」

「はあい!」


 カイエは戸惑っていた。

 国王にこんなに気軽な口をきける女性がこんな市井にいたということも驚きだったが、なによりも普段はぶっきらぼうなエーレウスの声がこの人の前でだけはイキイキしているのだ。

 この女性はいったい何者なのだろう?




「お席の準備できました。こちらへどうぞ」


 少女の一人に案内され、カイエたちは大勢の客のいるフロアを突っ切る。

 屋内では仮面をはずしてもいいのだが、仮面を被ったままの者も沢山いた。

 顔を見られたくなかったカイエとエーレウスは仮面を被ったまま奥へ進んだ。


 店の一番奥まで行くと、そこは個室になっていた。


「ここは予約席で、本当はあと何時間かしたらお客がきちゃうんだけど、それまではとりあえずここを使ってちょうだい。他の席が空いたらあらためてちゃんと席を用意するから」

「はい。ありがとうございます」

 カイエはフェリシダドに丁寧に礼を言った。


「ここでは肩肘張らなくても大丈夫よ。気楽に楽しんでって」

 フェリシダドは次に少女達に指示した。


「アナ、私の代わりに暫くカウンターをお願い。ルイーザ、プラナ酒となにかおつまみを適当に持ってきてちょうだい」

「はーい」

「さあ、二人とも。ここならもう仮面を取っても大丈夫よ」


 カイエとエーレウスは仮面を取り、テーブルの上に置いた。


「あ、そうだわエーレ……なにやら少し怪しげな人たちが来ているから今夜は充分お気をつけなさい」

「うん」


 不思議そうな顔で二人を見ているカイエに気付いたフェリシダドは言った。


「私が国王陛下になぜこんなに親しげなのかが不思議なのでしょう?」

「はい」

「本当は恐れ多いことなのよ。でも、こうしないとエーレが機嫌を悪くするのよ」

「フェリシダド!」

 エーレウスがむっとしたような声を出す。

「フェリシダドは俺の母上みたいなものだからいいんだ」

「え?」


 ポカンとしているカイエにフェリシダドは困ったような笑いを向ける。

「エーレ。ちゃんと説明してあげないと」


 すると、エーレウスは上目遣いでフェリシダドをちらっと見た。まるで母の機嫌を伺う幼子のようだ。

「カイエ……フェリシダドは亡くなった俺の母上にそっくりなのだ……十二年前、俺が母上と引き離されてこの王宮へ来た時、俺は一度だけ母上が恋しくて王宮を逃げ出したことがある。その時であったのがこのフェリシダドだ」


「あの時は私もミヅキから故郷へ戻ったばかりだったわ。だから、エーレがまさか王太子殿下とは知らずに道に迷って泣いている子供だと思って保護したの。でも、しばらくしたら王宮の兵士がエーレを迎えに来て、それでこの子が王太子だと知ったのよ」

「へえ……そうだったんだ」

「それからエーレは度々お忍びで私のところへ来るようになったの。主に髑髏祭の夜にね」

「フェリシダドがあんまりにも母上に似ていたから……まるで母上に逢える様で嬉しかったんだ」

「まだまだあまえんぼさんですものね。エーレは」

「ちがうぞ!そんなんじゃないぞ」

 フェリシダドはクスクス笑い、エーレウスは顔を赤くする。


「小さい頃のエーレはベベールへ帰りたいって泣いてばっかりいたわよね」

「フェリシダド……そんな事まで言わなくていい」


 エーレウスはさらに顔を赤くした。

 あの、無表情なエーレウスが、この女性の前ではこんなに豊かな表情を見せている。

 カイエはただ驚くばかりだった。

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