6.「追跡」
●【6.「追跡」】
カイエがホムル王宮でエーレウスとの奇妙な関係を結んだ頃、エフィ・タチバナはホムルの国境近くにいた。
葦毛の馬に乗り、日よけのフードつきマントを深く被っていた。
照りつける真夏の太陽は容赦なく彼の肌を焼き、国境の街ビニシウスに入る頃には彼はすっかり日焼けして、ホムルの民とそう変わらぬほど浅黒くなっていた。
彼は神官の衣装を身に着けていた。
身分を隠し、ホムルに入るためには神官として入るのが一番だ。
ビニシウスの街門で彼は通行証を門番に見せた。
「ミヅキのアヴィエール神殿よりホムルの聖地モライスにあるガイアルの神殿を訪ねて参りました」
彼が見せた通行証はある一定の身分の神官だけに与えられる特別通行証だった。
いかなる事態の時でもこの特別通行証を持つ神官はノーチェックで国境の街門を通る事ができる。
「アヴィエール神殿の神官殿ですね。お通りください」
「ありがとうございます」
「あっそうだ。神官殿」
門番がエフィを呼び止めた。
「念のためお名前をお教え願えますか?」
「はい。私はエフィロス・ツバキと申します」
門番は敬礼して言った。
「お手数をお掛けいたしました。ツバキ神官殿。聖地までお気をつけて」
「ありがとうございます。あなたに竜王のご加護がありますよう」
父親の命を受け、カイエを追ってきたエフィはまず、ジャラクの街でカイエの消息を探した。
銀鱗亭の近くでカイエらしき少年を見たという者が沢山いた。
「いかにも地方から出てきたばかりの世間知らずの貴族のぼっちゃまという感じの男の子がきょろきょろしてたなぁ……宿を探してたみたいで、誰かが銀鱗亭に案内したみたいだけど」
そういう証言があった。
銀鱗亭を訪ねると、主のゲオはそんな客は知らないと言う。
しかし、この日銀鱗亭で酒を飲んでいた男たちは、確かにカイエらしい少年を主が部屋に案内していたと証言していた。
ゲオがなにやら関与していると確信したエフィはジャラクの警備隊に協力を要請し、銀鱗亭の家宅捜査に踏み切り、ゲオを警備隊詰所に任意同行させた。
やがて、銀鱗亭の厩舎からカイエが買い求めた馬が見つかった。
ゲオは知らないとしらを切りつづけた。
しかし、警備隊の執拗な尋問にゲオはついに白状した。
ホムルのとある富豪にカイエを売ったと。ちょうどその時にミヅキにいたキャラバンにカイエを預け、その後は知らないと言い続けた。
ゲオはその翌日、獄死した。
誰かがゲオの食事に毒を盛ったのだ。犯人はわからなかった。
エフィはカイエを連れ去った者の後ろには何か大きな組織があると睨んだ。
次にエフィはジャラクの療養所にいる、ある少年を訪ねた。
この少年が全てのきっかけだった。
少年はカイエからの手紙を懐に入れ、そしてカイエの服を身につけて、ゾディア樹海のリュウオウボク群生地で昏睡状態で発見されたのだ。
少年はまだ昏睡から醒めていなかったが、命に別状はないようだった。
エフィはカイエが何か機転を利かせ、この少年と入れ替わって誘拐犯の手を逃れたのではないかと考えた。
少年の所持品はなにもなかったが、ホムル人であることや、恐らく捕らわれの身でどこかに監禁されていたであろうカイエと、この少年の接点を考えるとこの少年はキャラバンに所属していた可能性が高い。
そうなると、カイエはこの少年になりすまし、キャラバンに随行してホムルに入ったはずだ。
エフィはキャラバンを追った。
そして、ドリア渓谷に入った彼は、キャラバンが事故に遭い、ほぼ全滅していたことを知り、愕然とする。
現場検証に来ていたホムルの商都会議の事務官は、エフィに言った。
すでに遺体の収容は終わり、今は事後処理の最中だと。
回収された遺体はホムル本国に運ばれ、家族の元にすでに返された。身元不明の遺体や引取り手のない遺体は共同墓地に葬られたと。
エフィは絶望した。
ミヅキの王太子が誰にも看取られることなく、身元不明者として共同墓地に葬られたのかと想像するだけで全身から力が抜ける思いだった。
しかし、事務官は気になることを言った。
二人だけ、助かった者がいる……と。
一人は一番隊の隊長。もうひとりは十番隊の連絡士の少年だと。
二人ともホムル本国に帰還している。
エフィは最後の希望を持った。
その少年がカイエであるかもしれないのだ。
そして、エフィはホムルへやってきた。
国交断絶しているホムルへ入ることができるのは、特例が適用される神官のみだ。
エフィは万が一を考え、国を出るときにエセル神官長に頼み、エフィロス・ツバキという架空の神官の身分証明書を発行してもらい、神官の衣装とアヴィエール神殿の神官の証であるアヴィエールの紋章が刻印された指輪を借りてきたのだった。
神官としてホムルに入国したエフィはまず、キャラバンの総取締りである商都会議の事務所を訪ねることにした。
生存者の少年の父親の友人だということにして記録を見せてもらった。
その少年の名はリドリー・レジーナ。
既に彼の自宅のあるジャネイラへ戻ったとのことだった。
翌日、エフィはすぐに首都ジャネイラへ向かった。
リドリー・レジーナの消息はそこで途絶えていた。
誰もその後、リドリーを見ていないのだ。
もちろん自宅にも戻っていない。
エセルは確信した。リドリー・レジーナは間違いなくカイエだと。
何かの事情で、ここでその名を捨てたのだろう。
エフィはさらに聞き込みを続けた。
この国でカイエの容姿はかなり目立つはずだ。
誰か見かけた人がいてもおかしくなかった。
亜麻色の髪に緑の瞳はただでさえよく目立つ。
何よりも褐色の肌のホムル人の中にあって、白い肌のカイエが人の目を引かぬはずがない。しかし、誰もミヅキ人の少年の姿など見ていないという。
日焼けをして髪を染めたとしても、魔道でも使わぬ限り瞳の色を変えることは不可能だ。
「ちょっと、そこの神官さん」
商店で聞き込みをしていたエフィのところに、一人の少女が現れた。
「あたしの友達のことをたずねて回ってるってのはあなた?」
褐色の肌の気の強そうな少女は訝しげな表情でエフィを見上げた。
「君は?」
「あたしはルナロータ・セラム。リドリー・レジーナはあたしの幼なじみよ。あなた、リドリーのことを聞きまわってるらしいけど、リドリーはミヅキの神官に知り合いなどいないはずよ」
怪しまれているようだ。
エフィは落ち着いた声でルナロータに言った。
「私の名前はエフィロス・ツバキ。アヴィエールの神官です。リドリー君には以前、ジャラクの街でちょっと世話になったのですよ」
「ふうん……その神官さんがなんでこんなところに?」
「神官長の御用で聖地モライスに来たんですが、そのついでにリドリー君に会おうと思って……そうしたら、事故に逢ったと聞いて驚いたんですが、ジャネイラに戻っているらしいと聞いて、こうして探していたんです」
「えっ!リドリー無事だったの?」
ルナロータの表情が明るくなった。
「そう聞いてきましたが……お嬢さんは逢ってないんですか?」
「変ね……生き残ったのはカイエとメネスカル隊長だけと聞いてたんで、あたし諦めてたんだけど……情報がどこかで間違ってたのかしら」
「カイエだって?」
今度はエフィの方が驚いた。
「カイエ・タチバナを知ってるの?」
「えっ……ええ」
カイエが今度は何故か自分の姓を使っているのを知り、エフィは驚いていた。
「カイエは私の親しい友人です。消息がわからなくなっていて探していたんですよ。居場所をご存知ですか?お嬢さん」
「お嬢さんってのはやめて……恥ずかしいから。ルナロータでいいわ」
「ではルナロータさん。カイエは今何処に?」
「あそこよ」
ルナロータが指差したのはなんと、街の中央に聳え立つホムル王宮だった。
「エーレウス王の戴冠式の夜、カイエはうちの団長にスカウトされて国王陛下の前で舞いを奉納したの。見たこともない綺麗な踊りだった……」
「エーレウス王?ホムル王はダニエラ王ではありませんでしたか?」
「ええ。でもダニエラ王は半年前に急病で亡くなったわ。今は王太子だったエーレウス殿下が国王よ」
これはエフィにとってもとんでもない情報だった。エフィはすっかり困惑していた。
そういえば、半年ほど前からホムルからの攻撃が突然ぴたりと止み、無気味な沈黙を保っていたが、そういう事情だったのだ。
国王崩御を公開しなかったのはミヅキ侵攻中の突然の出来事で、完璧な情報統制が敷かれたからに違いない。
「カイエが舞いを披露したすぐあとに、お城の近衛がやってきてカイエを連れて行ってしまったわ。それっきりよ」
「なぜ近衛兵が!」
エフィの胸は激しく動悸した。嫌な予感が拭い去れなかった。
「エーレウス王に見初められたのよ……夜伽をさせられるためにお城に連れて行かれたの。風の噂では陛下の侍童になっているらしいわ……まあ、カイエってとっても綺麗な子だったし、目立つのは仕方ないわよね……エーレウス陛下が男の子が好きだったっていうのも意外だったけど」
エフィの目の前が真っ暗になった。
同性愛に禁忌のないこの国では同性同士での婚姻や性交渉がめずらしくないことも、ホムルにおける侍童の役割もエフィは理解している。
よりにもよって仇と狙う国王の息子の愛人の身分に堕ちていたとは……。
(……なんてことだ……)
悲痛な表情でエフィはホムル王宮を見上げた。
(殿下……必ずお助けに参ります……それまでどうぞご無事で……)




