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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第2章 新王の憂鬱
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5.「友情という名の契約」

 ●【5.「友情という名の契約」】


「どういうおつもりですか。陛下」

 カイエはまだ怒りが治まっていないようだった。

「すまない。君にはちゃんと話そうと思ってたんだが、よく眠っていたから君が起きてからと思っていて……」


 エーレウスは焦ったように言った。


「侍童って……なんなんですかそれ!」

 カイエは自分の声が震えているのがわかった。


 エーレウスはまるで叱られた子犬のようにとても申し訳そうな顔をする。

「言いにくいことなんだが……まあ……その……侍童というのは、側室とはちょっと違うというか……まあ、俺はまだ結婚をしてないから、男の……恋人みたいなものだ」

「恋人?!」


 カイエの顔がみるみる青くなる。


 ホムルは同性愛の禁忌がない国だ。国王が男の恋人を持ってもおかしくはない。

 ただ、後継者を残すことはできないため、いずれ正妃は迎えることになる。その場合、侍童の立場は王の側室ということになる。


 側室がどういうものかはカイエもよく知っている。

 正妃ではない、いわゆる国王の愛人。ミヅキにも後宮はあったが、カイエの父は正妃であるエリサを深く愛していたため側室を一切持たなかった。


 全ての快楽に寛容で、同性愛も愛人もなんでもありのホムルでは、権力者は側室より侍童を持つことを推奨される。

 子供を産む可能性のある側室と違い、よけいな後継者争いが起こる心配がないからだ。


 さらに容姿が美しいだけではない頭脳も優秀な侍童ともなると、たとえ権力者の寵愛を失っても権力者の厚い信頼を得ていることも多く、将来は必ず要職に配される。

 そのため、美しい容姿の少年たちは、出世のために王族や権力者の侍童の立場を狙う者も多い。



「陛下は昨夜『そういうつもりはない』と仰いましたよね?お話が違うのではありませんか?」

 カイエの唇は怒りに震えている。屈辱のあまり声も心なしかうわずっていた。


「すまない。『そういうつもりがない』のは本当だ。ただ、君を俺の傍に置くにはこれしか方法はなかった」

 エーレウスは必死で弁解する。


「ではどういうことなのかちゃんと納得のいく説明をしてください」

 カイエの目が真っ直ぐにエーレウスを見据えた。


「カイエ……改めてお願いだ……俺の……ともだ……いや、話し相手になってくれないだろうか?」

 一瞬言いかけた言葉をエーレウスは慌てて訂正する。


「話し相手?」

 エーレウスの意外な申し出にカイエはあっけにとられている。


「そうだ。俺は母上から引き離された五歳の時から殆どこの王宮の外に出ていない。友達と呼べる相手もいない。国王になった今では尚更だ……」


 エーレウスは少し俯き加減で、目を伏せていた。

 はにかんでいるようにも見えたが、もともと表情に乏しい彼の表情からはその心は読み取れなかった。


「話し相手……と言っても、僕だってそんなにいろいろなことを知っているわけではありません。陛下」

「でも、俺よりはいろんなことを知っている。さきほど、君が先日事故に遭ったミヅキ方面隊の生き残りだと聞いた。キャラバンで各地を旅した君が俺よりものを知らないはずがない」

「それは、そうかもしれませんが……」

「どうしても……嫌か?」

 エーレウスは少しだけがっかりしたようなそぶりを見せる。


 カイエは戸惑っていた。

 エーレウスの考えがわからない。

 昨夜、彼はミヅキに侵略するつもりはないと言った。

 そして今度は話し相手になって欲しいという。だが、この国でのカイエの立場は国王の侍童。


 全くエーレウスが一体何を考えているのか、カイエには計りかねていた。

 さりとて、このまま国に戻るわけにも行かなかった。

 エーレウスの申し出を受け入れて様子を見ることはやぶさかではなかったが、いくら建前上とはいえ、自分が国王の同性の恋人として扱われるのは我慢ならなかった。


 カイエはまず自分を落ち着かせ、冷静に考えることを優先した。

 今は、プライドや恥云々という状況ではなかった。

 このチャンスは活かさなければならない。たとえ、それが自分の中に納得できない思いを残したとしても。

 使えるものは何でも使う。

 落ち込むのも、恥じるのもとりあえずは後まわしだ。


 カイエは覚悟を決めた。


「わかりました、陛下。お申し出をお受けします。しかし、僕は陛下の『侍童』としての本来の務めを果たす気はありません」

「わかってる。ただ、表向きはそういうことにしてくれないか」

「侍童ではなく、素直に僕をただの『話し相手』とできない事情でも?」


 エーレウスはうなづいた。

「実は……縁談が持ち込まれてるんだ」

「縁談?」

「そうだ。俺はまだ結婚するつもりはない。侍童を持つことで僕の性癖を偽ることもできると思ったんだ」

「でも陛下。王は血統を絶やすことは出来ません。いずれは結婚しなければならないことは陛下もご存知でしょう?」

「ああ。でも、それが今である必要はないと思う。それに……」

「それに?」


 カイエの問いに、エーレウスはにっと笑って言った。

「僕はいずれ王位を甥に譲るつもりでいる」

「甥?」

「そう。腹違いの妹がいるんだ。まだ十三歳だけどね。女は王になれないが、彼女がいずれ結婚すれば、その子供を王位につければいい。それまでの辛抱だ」


 カイエはすっかり呆れてしまった。

「まだ生まれてもいない甥をあてこんでいると?だいたい、妹が必ず男の子を産むとも決まったわけではないのに?それどころか結婚するのがいつかもわからないのに?」

 この国王はとてつもない夢想家かもしくは本物の馬鹿だ。


「馬鹿馬鹿しいと思ってるんだろう?」

 エーレウスの言葉にカイエは返事をしなかった。


「そう思うなら思えばいい。でも、俺は半分以上本気だ。妹に男の子が生まれるまで待つさ。甥に王位を譲ったら、俺は念願の旅に出るんだ……それまでは絶対結婚なんてしない。足枷にしかならないからな」

「何年かかるかわからないのに?」

「五十年かかってもいい。俺は王のまま人生を終わりたくない」

「むちゃくちゃだなあ……」

 呆れるを通り越して笑えてきたカイエは、もう怒る気にもなれなかった。


「夢をもつのはいいことだと思うが?」

 エーレウスは本気でそう思っていそうだった。


 表情が豊かではないエーレウスに夢を語られてもカイエはピンとこなかった。

 まるで、エーレウスはどこか別の世界に向かって語りかけているようだったからだ。


(本当に変なやつだなあ……)

 話しているうちに、カイエはエーレウスがなんとなく憎めない感じに思えてきた。


「それと、カイエ。ひとつ頼みがあるんだが」

「なんでしょう?陛下」

「二人だけの時はその『陛下』ってのはやめてくれないか。そのかしこまった話し方もしなくていい」

「しかし……」

「俺のことはエーレウスと呼んでほしい」

「……そんな……親しい友ならともかく、陛下と僕は友達ではありませんので、気安くお呼びするわけにはまいりません」


 エーレウスの目が僅かに伏せられる。

 今、彼は傷ついたなと、カイエは一目で見抜いていた。

 無表情で鉄面皮の割に、分かりやすい男だった。


「では、命令だ」

 ちょっと拗ねたような声でエーレウスは言う。


「命令……ですか?」

 カイエはこのやりとりが少し楽しくなってきていた。

 まるでエーレウスをからかうのを楽しんでいるような気分だった。


「俺はこういうことを強制したくはないんだが」

「強制なら辞退しますよ」

 カイエは今にも笑い出しそうになるのを堪えるのに必死だった。

 表情が読めないくせに、話してみるとエーレウスの性格は本当に分かりやすい。


「だろうな……カイエは意志が固そうだ」

 エーレウスは困った顔をする。


「はい」

「いきなり友達になってくれと言ってもそういうわけにはいかないだろうしな」

「……ですね」


「では、契約というのはどうだ?」

 エーレウスは我ながら名案を思いついたとばかりに楽しそうに言った。

「契約?」

「そうだ。俺はカイエの協力が必要だ。その代わりカイエも俺に何か望みを言うがいい。それを叶えるということで契約としないか」


 妙なことを言う男だ。

 カイエはエーレウスの心を測りかねていた。


「何か望みはないのか?」

「それは今、言わなければなりませんか?」

「そうとは言わないが。あとでもいい。俺にできることなら何なりと叶えよう」

「そういうことでしたら……」


 次々繰り出されるエーレウスの攻勢にカイエはついに根負けした。

 このままではカイエがうんと言うまで、エーレウスはいろいろ妙な提案を始めるだろう。


「では、契約成立だカイエ」

「……わかりました。陛下」

「わかりました。ではない。『わかった。エーレウス』でいい」

「……わかったよ……エーレウス」

「うん。それでいい」


 エーレウスは満足そうな顔をした。




 その時、扉をノックする音がしてミーサが顔を出した。

「陛下。昼食がご用意できました」


「わかった。今行く」

 振り返ってミーサに返事をしたエーレウスは、本当に嬉しそうな表情でニッコリ笑って、

「カイエ。一緒に来い」

 と言った。


 何だ……こんないい表情もできるんじゃないか。

 カイエは初めて見るエーレウスの笑顔を好ましく思った。


「わかったよ。エーレウス」

「違う。『わかりました。陛下』だ。二人だけでないときはいつもどおりだ」

「ややこしいな」

「まあ、そういわないでくれ」


 こそこそと話している二人の会話はミーサには聞こえなかったが、そんな二人の姿を彼女は眩しく思いながら見ていた。




 昼食の席で、イサノはカイエの一挙一動を目で追っていた。

 カイエは気付いていたが無視していた。


「伯父上。そんなにカイエが珍しいですか?」

 気づいたエーレウスが牽制する。


「いや。そうではありませんが……陛下……侍童を昼食の席に招くのはどうかと」

「伯父上はなぜそう思われるか?」

「侍童の立場を考えますれば……」


 イサノの言葉に、同席していた大臣たちも眉をひそめる。


「俺は全く気にしていない。伯父上は余計なことを気にしすぎる」

「しかし……お立場をわきまえなさいませ。陛下。侍童は国王の愛人。この席には相応しくありません」

「カイエは俺の選んだ俺の侍童だ。どのように扱おうが俺の自由だ」

「しかし陛下」


 エーレウスはイサノをたしなめる。

「愛人や侍童を俺に勧めたのはもともと伯父上ではないですか。カイエももとは伯父上が連れてきたのに」

「それはそうですが」

「だから、好きにさせてもらう。カイエは俺が行くところにはどこにでも連れてゆく」

「陛下!」

「不愉快だ。もういい」


 エーレウスはふいに立ち上がるとそのまま食堂から立ち去ってしまった。

 カイエが後に続こうと席を立とうとしたとき、イサノはカイエを呼び止めた。


「カイエ。何を考えている」

「どういうことでしょう?閣下」

「陛下に何を吹き込んだ?」

「僕は何も」


 イサノはカイエを一瞥し、

「……あまり調子に乗るな」

 と、一言刺すように言った。


「失礼します」

 カイエはそれ以上は何も言わず、イサノに一礼してそそくさと食堂を後にした。


(妙なことになったが、とりあえず暫く様子を見るか……それにしてもあの、イサノの動向は気になるな……気をつけなければ)

「カイエ。遅いぞ。早く来い」

 廊下でエーレウスが待っていた。

「はい。陛下」



 カイエとエーレウスの奇妙な関係はこうして始まったのだ。

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