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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第2章 新王の憂鬱
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3.「屈辱」

 ●【3.「屈辱」】


 イサノがエーレウスに近づいてきた。

 カイエを目で追うエーレウスに向かって、

「陛下。あの踊り手の少年を気に入られましたか?」

 と、耳打ちをする。

「ああ。彼と少し話をしてみたい」

「ほう。話を?」

 イサノは意味深な笑みを浮かべた。

「あの舞いについての話が聞きたい」

「それだけですかな?」

「どういうことだ?」

「いえ。みなまで申しますまい」

 イサノは薄く笑みを浮かべる。

「伯父上はいつも肝心なことを言わないんですね」

 そう言いつつも、エーレウスは目を輝かせながらにカイエの踊りに見入っていた。


「ではのちほどあの少年をお連れしましょう」

 イサノはその場より静かに下がった。




 舞いが終わり、控え室に戻ったカイエを待っていたのは拍手喝采だった。

「なんだよキミ!凄い踊りを踊れるじゃないか!」

 ゴンザは満足な表情だった。

「……大したものじゃありませんよ。あの踊りは上手い人ならもっと凄いですから」

 カイエは想像もしていなかったの周りの反応に戸惑い、照れ臭そうにはにかむ。


 ルナロータが近づいてきた。

「すごいのねカイエ!あたし、惚れぼれしちゃったわ」

 ゴンザも未だ、興奮冷めやらぬ感じだ。

「どうだいカイエ。俺たちの舞踊団に入らないか?」

「あ……いや、そ……それは」


 その時だ。テントの中に数人の兵士達が入ってきた。

 赤いマント。王宮の近衛の装束だ。


「な……なんですか?あなたたち」

「ちょっと!ここは舞踊団の控え室よ」


 ルナロータとゴンザが叫んだが近衛兵たちは彼らを完全に無視し、真っ直ぐカイエの元へ向かった。

「カイエ・タチバナだな」

「僕に何か御用ですか」

「国王陛下の今夜の伽を申し付ける。陛下がお前を所望された」

「えっ!」


 あちこちで驚きの声が上がる。


「僕を?」

「そうだ。抵抗したら腕ずくでも連れて来いとの仰せ付けだ。陛下のお手がつくのだ。これは名誉なことなのだから、謹んでお受けせよ」


(なんてことだ。やはりこの国はとんでもない国だ)


 カイエは心の中で悪態をついた。


(噂は本当だったのか……最低な王だ)


 怒りがふつふつとこみ上げてきた。しかし、カイエはそれをおくびにも出さず、丁寧に辞意を表すことにした。

「僕は田舎者で無作法者です。陛下の前で粗相をしてしまうでしょう。どうかお許しを」

「だめだ。何としてでも連れて来いとの命令だ。大人しく我々に従え。こちらも手荒な真似はしたくない」


 近衛兵の一人が剣に手をかけた。


(しかたない……)


 カイエは心の中で溜息をついた。

 この状態ではとても逃げおおせない。戦うにも自分の方が圧倒的に不利だ。そのうえ、関係のない舞踊団の人たちを巻き添えには出来ない。

 どうぜなら、これをきっかけに王宮に潜入し、国王に近づいてやろう。

 王宮の内情を知るにはそれしか方法がない。上手くいけば国王を暗殺することもできる。

 だが、みすみす王の言いなりになる気はない。

 仇と狙う国の者に体を汚されるなどまっぴらごめんだ。


 最終手段の『桜翁のまじない』はあと三回使える。

 脱出の方法はあるはずだ。


「わかりました。参ります」

「賢明な判断だ」


 近衛兵たちに囲まれ、カイエはテントを出る。


「カイエ……」

 ルナロータ達が心配そうな表情で見送る。


「ごめんなさい。そういうわけで、僕は舞踊団に入れません」






 宴はまだ続いていたが、王の一行は宮殿に引き揚げ、広場では浮かれた国民達が宴を楽しんで歓声を上げたり歌ったりしている。

 祭りの喧騒を遠ざかり、カイエが連れて行かれたのはホムル王宮だった。


「まずは、宰相のイサノ様にお目どおりするのだ」


 カイエが通されたのは立派な部屋だった。


「私はホムル王国宰相、アルゼ・イサノである。お前が、カイエ・タチバナだな」

「はい」

「お前のことは調べさせてもらった。先日、事故にあったミヅキ国専任隊の生き残りだということだが、相違ないか?」

「……はい」

「はて。へんだな……先ほど入った報告によると生き残りの隊員はクラウディオ・メネスカルとリドリー・レジーナと聞いているが」

「情報の間違いでございましょう?」


 カイエは開き直った。

 背筋を冷たい汗が流れ落ちた。

 イサノは暫くカイエをじっと見ていたが、やがてにやりと笑って言った。


「まあ、情報が間違うこともあろうな……」

 カイエはほっと胸を撫で下ろしたが、同時に妙な違和感も感じた。


「お前のその姓……ミヅキのものだな。お前はミヅキの出か?」

「はい。父がミヅキの人間です」

「しかし、タチバナといえばミヅキの名門中の名門だ。そんな名家の御曹司がどうしてこんなところにいる?」

「僕は父に認知されなかった子供です」

「認知されぬのにタチバナ姓を名乗るか」

「父はミヅキの名家の一族。対して母はホムルの商家の娘。身分が違いすぎます。僕は嫡子として認知はされませんでしたが、父は僕を私生児にするには忍びないと、ミヅキに住まないことを条件に僕にタチバナの姓を名乗ることを許しました」


「なるほど。名家にもそれなりの苦労があるようだな」

 カイエは咄嗟に作ったかなり無理のある作り話があっさり信じられたことに驚くと同時に、タチバナ親子に少し申しわけない気がしていた。


「まあいい。今宵はお前に陛下の夜伽を申し付ける。陛下はお前にことのほか興味を示しておられる。粗相のないようにお相手せよ」

「……はい」


 イサノはカイエを品定めするように見ている。

 ねっとりとした嫌な感じの視線だった。


「ひとつ言っておく。妙な考えは起こすな。命が惜しければな」

「なんのことでしょう」

「わからなければいい。下がれ」


 カイエはお辞儀をして部屋を出た。

 アルゼ・イサノ。

 危険な雰囲気を漂わせている男だ。彼には注意しなければならないだろう。



「もういいぞ。出てこい」

「はい」


 部屋の隅のカーテンの陰から一人の男が現れた。


「あの少年がミヅキの王太子で間違いないのだな?」

「はい、イサノ様。でも、よろしいのですか?」

 黒いフードを被った男の表情はほとんど見えない。


「計画が少し狂ったが、いくらでも修正できる。陛下のお傍に置くのは少し危険かもしれないが、いざとなれば使い道はある。泳がせておけ。ただし監視は続けろ」

「はい」

「それより、お前の面は割れておるのだろ?クラウ」

「ええ。私は早々にキャラバンから離脱したのであの災害に遭わずにすみましたが、危ないところでした」

「あの少年はお前も死んだと思っているだろう。気をつけて行動せよ」

「わかりました」




 カイエは女官たちに付き添われ、湯浴みをさせられた。

 そして、全身に妙な香りのする香油を塗られ、薄物の衣装を着せられ、ある部屋に案内された。


「まもなくこちらに陛下がいらっしゃいます。あなたはお床の中で待機なさい。粗相なきように心をこめてお相手をするように」


 初老の女官に案内され、カイエは暗い部屋に閉じ込められた。


 カイエはこのうえもない屈辱に打ち震えていた。

 この状況では逃げ出す隙などかけらもなかった。

 このままでは国王が来てしまう。

 自分はどうなってしまうのか。


 みすみす言いなりになるつもりはなかったが、国王を暗殺するチャンスがあるなら、油断させるために敢えて抱かれなくてはならないのか?

 カイエはどうしてもその屈辱に耐えられなかった。

 逃げ出す自信はあった。しかし、相手の力量はわからない。

 それだけが不安だった。


 もしも、力に屈してこの身が汚されてしまったら、その時は国王と刺し違え、この命を絶とう。

 カイエは覚悟を決める。



 足音が近づいて来る。

 カイエは息を殺して床の中に身を潜めた。

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