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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第2章 新王の憂鬱
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1.「快楽の都」

 ●【1.「快楽の都」】


 灼熱のガラール砂漠。

 一昼夜殆ど休みなしでカイエとクラウディオの二人を乗せた馬は力の限り疾走した。

 太陽は容赦なくカイエたちに照り付け、体力を遠慮なく奪っていく。

 慣れぬ暑さに疲労したカイエは何度も馬から落ちそうになった。


 途中、小さなオアシスがあり、そこで休憩を取った。

 ミヅキの方角を振り返ると、はるか彼方にぼんやりと見えるゾディア地方の山影が逆さまに見えた。蜃気楼のなせる技だ。

 初めて蜃気楼を目にしたカイエは驚き、この現象が何なのか知りたくてたまらなかったが、クラウディオに聞くわけにはいかなかった。

 砂漠の民であるホムル人がこの現象を知らぬなどありえないからだ。

 今のカイエはホムル人の少年、『リドリー・レジーナ』なのだから。


 オアシスでつかの間の休憩を取り、ひたすら走ること数時間。

 太陽が西に傾きかけ、体を容赦なく灼いた日差しがその勢いを弱める頃、ホムル王国の国境の街、ビニシウスが見えた。


「ビニシウスが見える……もう少しだぞ。リドリー」

「はい。メネスカル隊長」

 ビニシウスの街に入ると、クラウディオはとある建物を訪ねた。


 ━━━━━━━『商都会議事務所ビニシウス支部』看板にはそう書かれてあった。


(商都会議……ホムルのキャラバンの総元締めだな……)

 カイエは僅かに持っているキャラバンについての知識を頭の中で確認していた。


「緊急事態です。支部長に面会を」

 クラウディオとカイエの尋常ならざる姿を見て緊急事態を察した事務員は大急ぎで取次ぎをしてくれた。




 事情を聞いた支部長の行動は素早かった。

 捜索隊を編成し、急ぎドリア渓谷へ向かわせ、カイエとクラウディオには着替えと食事を与え、傷の手当てした。


「で、今回の被害はどれぐらいですか?」


 クラウディオの問いに支部長は書類を見ながら渋い顔をした。


「被害にあったミヅキ国専任部隊の今回の規模は十隊。人数は二百名。ミヅキからの旅客は今回なかったようですが、随行する旅芸人の一座が約三十名。連絡隊からの合流者三名。護衛隊二十名。だいたい二百五十名前後の犠牲ですな……まだ生き残っている者がいるかもしれませんが……商品関係の損害は捜索隊の帰還を待たなければわかりませんが、かなりの損害になるでしょう」


 二百五十名。

 カイエは失われたであろう命の数を聞いて呆然とした。


「しかし、まさかあんな事故がおころうとは……」

「ええ。あの崖は巨大で固い一枚岩が土台で、大地震などよほどの事態がないかぎり、崩れぬものと我々は安心しておりましたが」

「まあ、安全に「絶対」はありえませんからな……不幸な事故とあきらめるしかないでしょう」

「ええ」

「お二人ともかなりお疲れのようだ。あとは我々がやりますので、お二人は家にお帰りになられては?」

「そうさせてもらいましょう」




 カイエとクラウディオは事務所を出た。


「さて、私の家はジャネイラなんだが、君は?」

「僕もジャネイラです」

「そうか。では、今夜はこの街に一泊して明日出発するとしよう。ここからジャネイラなら約一日で着くからな」




 翌朝早くにビニシウスを出発した二人が、ホムル王国の首都ジャネイラに着いたのは夕方近くの時刻だった。


「エーレウス殿下の戴冠式に間にあってよかったよな。本当はミヅキから仕入れた珍しい品を献上したかったが……残念だ」

「戴冠式?」

「おいおい。事故のショックで忘れちまったのか?リドリー。半年前ダニエラ王が病気で急逝して、王太子のエーレウス殿下が次の王に決まったんじゃないか……で、王太子の誕生日にあたる今日が戴冠式の予定だったろ?」

「あ……あ……そうでしたね。僕、事故のショックが強すぎてそんなことすらすっかりわすれてしまってました……」


 カイエは驚きを隠せなかった。

 そういえば半年ぐらい前から、突然ホムルのミヅキ攻撃が止まった。

 おかしいとは思っていたが、王が亡くなって国内がごたごたしていたのが原因だとしたら納得が行く。

 すると、カイエが仇と狙うホムル国王はもうこの世にいないということか。


「あの……メネスカル隊長」

「何だ?」

「エーレウス殿下はミヅキへの攻撃を考えているんでしょうか?」

「そりゃそうだろう。なんたってあの勇ましいダニエラ王のご子息だ。聡明で勇ましい方だとの噂だしな……ミヅキなんてあっという間に我が領土になるだろうさ」

「そうですか」

「ああ。ミヅキが領土になればわが国も豊かになる。楽しみじゃないか」

 クラウディオは嬉しそうに笑っていた。

 カイエは複雑な気分だった。これはホムルの国民にとってはおかしくもなんともないことなのだ。

 立ち位置が変われば侵略戦争は国土拡大のための必要な戦なのだ。


「……そうですね」


 急に沈み込んだ表情になったカイエを見て、クラウディオは心配そうな表情を見せた。

「リドリー。随分疲れているようだな。寄り道せずに家へ戻れ。休んだ方がいい」

「はい」

「俺も真っ直ぐ家に帰るよ。妻が待ってるからな。早く帰ってあいつに無事な姿を見せてやらないと……じゃあ、またいつか会おう。リドリー」

「はい。隊長もお元気で」


 別れ際、クラウディオはカイエを呼び止めた。

 そしてカイエの耳元に口をよせ、小声で囁いた。

「気をつけろ。あっちにお前をヘンな目で見てる輩がいるぞ。お前、結構綺麗な顔だちしてるから気をつけないとな……」

「……あ、はい」

「じゃあ、また縁があったら会おう」


 クラウディオと別れ、カイエは街中を一人で歩いた。

 新王の戴冠式ということで、街じゅうがお祭りムードで浮かれている。

 とにかく街を歩いてエーレウスという新王の情報を集めなければならない。もし、新王がミヅキ侵略を狙っているならこれを何としてでも阻止しなければ。




 ━━━━━━━『快楽の都』。

 ジャネイラの別名だ。

 ありとあらゆる快楽がこの街にはある。

 酒、煙草、賭博、女、薬物。ジャネイラにないものはない。

 商都でもあるこの街は、諸外国からやってきた珍品に溢れ、金さえあれば買えぬものはない。

 暑い国であるホムルの民は、スクートと呼ばれる肌を過度に露出した服装を好む。


 僅かにしか隠していない豊満な胸と、大胆に露出した足を誇らしげに晒しながら腰を振りつつ歩く褐色の肌の若い女たち。

 男性も上半身と足を殆ど露出した裸同然の姿だ。

 この服装にカイエは未だに慣れなかった。

 ミヅキでは人前で肌を露出することを禁忌とし、はしたないと教えられてきた。初めてリドリーの服を着たときの気恥ずかしさは忘れられなかった。

 ただ、回り全てが同じ服装だといつのまにかその恥ずかしさは忘れてしまう。それだけが救いだった。


 街角では祭り気分に浮かれてか煙草をふかし、酒をあおる少年たちの姿。中には酔っ払って路地で嘔吐している者もいる。

 体をぴったりと密着させ、人前でもかまわずに深い口付けを交わしながら歩く若い恋人たち。

 ここには「風紀」という言葉は無い。

 快楽と感じられるものは何でも許された。


 この街は治安も決して良くなかった。

 カイエは何度も無頼な輩に絡まれた。

 本人に自覚は無いが、目鼻立ちの整ったカイエの容姿は美しい部類に入る。

 なによりも育ちのよさからくる気品は、姿を変えても隠すことができなかった。それゆえ、カイエは本人が望まずとも目立ってしまうのだった。


 この街では美しい男も一人歩きは危険だと言われる。

 同性愛、同性婚の禁忌がないこの国では、男女関係なくこれはと思った相手には見境なく秋波が送られる。

 カイエは娘たちの熱い視線と、男たちの欲望に満ちた視線に晒されつつ歩いた。

 中には力づくで挑みかかってくる猛者もおり、カイエはこれを完膚なきまでに叩きのめした。


 カイエはつくづくこの国が嫌いになっていた。


 情報は簡単に集まった。

 エーレウスという新王は本日で十七歳。カイエと同い年であること。

 どうやら嫡男ではなく、妾腹のため王位継承の争いが長引き、王位につくのが遅れたこと。

 好戦的な荒々しい性格であるらしいこと。

 ミヅキに父親以上の興味を寄せていること。


 猥雑な噂まで耳に入ってきた。


 新王はミヅキ国王や王女を捕らえ、慰み者にしようと考えている等という噴飯ものの噂を聞いた時はカイエは目の前にいるこの国の国民を全て殺してしまおうかとすら考えるほど憤った。

 どちらにしても噂どおりなら新王は危険な王だ。

 カイエはそう判断した。




「エーレウス王だ!」

「新王のお出ましだ!」


 人々がホムル王宮へ向かって走ってゆく。

 どうやら、王宮の外へ新王が姿を現したらしい。


 カイエも人の群れにまぎれ、ホムル王宮へと向かった。

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