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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第1章 復讐の王太子
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16.「ホムル王国へ」

 ●【16.「ホムル王国へ」】


 カイエがガラール砂漠を越えるための旅を続けている頃、ミヅキ王宮にひとつの知らせが入った。


 ゾディア樹海で救助されたホムル人らしい少年がカイエからの手紙を持っていたということだった。

 少年はトキワスレ毒の中毒で昏睡状態にあり意識不明。しかし、命に別状は無いらしかった。


「ジャラクの病院で医師の治療を受けているそうですが、ホムル人であること以外、少年の身元その他は不明です」

「ご苦労」

 ジーア・タチバナは眉間にしわを寄せた。


「殿下の身にいったい何が起こったというのだ……つい数日前には近衛のジャノ・ヒノキの他殺体が発見されるし、不穏なことばかりだ……ラドリ殿。この責任をどうお取りになるおつもりか?」

 タチバナ侍従長は、厳しい声で黒衣の魔道士をなじった。


「殿下は大丈夫です。生きていらっしゃいます」

 ラドリは穏やかに言った。


「何を根拠に!」

 詰め寄る侍従長にラドリは落ち着いた口調で言った。

「殿下は『平穏の指輪』を身につけていらっしゃいます。あれは我がフェット家の家宝。不慮の事故や災害、悪意ある罠に落ちても必ず生還するように運が向くという術を封じている貴重な品。それに、殿下の身にもしものことがあれば私にすぐわかるようにもなっております」


『平穏の指輪』とはカイエの旅立ちの時、ラドリが渡した指輪のことだった。


「ラドリ殿に?」

「はい。平穏の指輪には特別な月長石(ムーンストーン)がついております。これは私が身につけているものと同じものです」


 ラドリは自分の右中指に嵌められた指輪を見せた。カイエに渡したものとそっくり同じものだった。


「平穏の指輪は対になっております。確かにこの指輪はその魔力で悪運を祓いますが、災いが大きすぎる場合は指輪の魔力が負ける場合もあります……もしも万が一、殿下が命を落とされたなら対となるこちらの指輪の月長石も砕け散ります」

「縁起でもない!」

 タチバナは不快な顔をした。


「ラドリ殿から伺った殿下の願いの強さを思えばこそ、我々はあなたのことを咎めてはいない。しかし、もしも殿下の御身に何かあった場合、ラドリ殿はどうなさるおつもりですか!」

「侍従長殿。全ては竜王の意思です。お気持ちはわかりますが、今は殿下を信じようではありませんか」

「ううむ……」

 タチバナは苦虫を噛み潰した表情で黙り込むしかなかった。


 カイエが失踪してから王宮は大変だった。

 表向きにはカイエは親交のある彩岩楼(さいがんろう)王家へ勉学のため留学したことにしているが、戴冠式がある約一年後までにはカイエに戻ってきてもらわなければならないのだ。

 タチバナ侍従長やサクラ内務大臣はカイエの行方を捜索しようとしたが、ラドリはそれを止めさせた。


 竜巫女であるイーラ・トチが竜王アヴィエールに伺いを立てたところ『静観せよ』との託宣が下った。

 これは竜王の意思であるとイーラは言い、ラドリ同様、大人しく帰国を待つようにという見解だった。

 これではタチバナもサクラもこれ以上の干渉はできず、ただ焦れながら待つだけの毎日だったのだ。






「父上。そんなに飲まれてはお体に障ります」

「エフィ。お前は殿下が心配ではないのか?」

「それは私も心配ですよ」


 タチバナ家の夕餉の席。

 ジーア・タチバナは珍しく酒を沢山飲んでいた。

 殆ど酒を口にしない父親の苛立ちの原因を息子のエフィは理解していた。


 タチバナ家は代々、王家に最も忠実な一族で、侍従長や各国に駐留する大使、内務大臣、近衛師団長など要職を務めた者を多く排出している名門中の名門だ。

 そのためか、王家のためなら命をも捨てるという滅私奉公的な家風がある。

 エフィはそれを誇りに思う反面いささか鬱陶しくも感じているが、父親の方は王家に忠誠を誓うことこそ我が喜びと感じているような人物なのだ。

 王太子の失踪なんて考えられないだろう。


「なあ、エフィ……陛下が亡くなられてからというもの、私はカイエ殿下が無事国王に即位することだけが望みだった……だけど、殿下は……殿下は」

「わかりますよ。父上……でも、殿下もご自分でよく考えて城を出たのです。竜王も見守ってくださる……信じようではないですか」

「殿下はよりにもよってホムルに行かれた疑いがある。あの国は危険だ……いったいなんでこんなことに……」

「ええ、私もそれは少し気になってます」

「だろう?なのにお前は心配ではないのか?エフィ」

「そんなことありませんよ!殿下を最も心配しているのはこの私だと言い切ってもいいぐらいです」

「そうだったな……ではエフィ。お前、影ながら殿下を見守ってやってくれんか」

 滅多に酔った姿を見せることのない、彼の父の目は完全に据わっていた。

「は?」

「殿下を追ってホムルへ入るのだ。もちろん素性を隠してな」

「そ……そんなこと、いきなり言われても……」

 エフィは困惑するが、彼の父はまるで何かに操られているかのように饒舌に言葉を繰り出す。

「お前はホムルには浅からぬ縁があろう?十七歳から二十歳までの三年間、お前がどこでどう呼ばれていたか……私だって知っておるよ」

「……ご存知でしたか」

 若気の至りでやらかした、エフィにとってはちょっと苦い過去をこの父親はちゃんと知っていた。

「私が知らなかったと思うのか?親に隠し事をするのはいかんな……」

「申し訳ありません」

 酔っていつもより大胆になった父親の扱いは難しい。ましてやこの父はこうなるととても頑固だ。

「侍従長としてではなく、父親としてお前に命じる。殿下を探し出し、影からお守りせよ」

「王宮の方には……?」

「私がなんとか話をつける。近衛の仕事は副師団長のウィレム・スギでも大丈夫だろう?」

「ええ。彼なら充分私の代わりが勤まります」

「では、さっそく出発せよ。命に代えても殿下を守り通せ」

「わかりました。父上」





 カイエはクラウディオ・メネスカルと共にガラール砂漠を渡っていた。

 僅かな荷物だけを携え、泥まみれのぼろぼろの姿で全力疾走する馬にひたすらしがみついているしかなかった。


 まだ、頭の中は混乱していた。

 背負った大きすぎる罪の呵責と、さらに重くなった自分の使命がカイエの心の中で激しく戦う。

 全てはホムル王の陰謀から始まった。

 侵略戦争へと進む流れを阻止しなければならない。そして、父の仇を討たねばならない。

 やり遂げなければ、命を落とした者たちの犠牲は無駄になる。

 自分勝手な想いから生まれた災いだということも承知の上。

 全て終わったら、喜んでこの身は罪の炎に焼かれよう。


 ミヅキを出てから、カイエは涙ひとつこぼさなかった。


 泣いている場合ではない。

 人の命を踏み台にして、それでも果たそうと誓った復讐を遂げるまでは。


 ナラから貰ったペンダントを握り締め、カイエは南を目指した。

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