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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第1章 復讐の王太子
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15.「大きすぎた罪」

 ●【15.「大きすぎた罪」】



 雨が激しくなった。


 目の前が殆ど霞んで見えない。

 激しい雨の音に混ざって、川の濁流の音が響いてくる。

 ゾディア川の氾濫のことはよく耳にしていたがこれほどまでに激しいものだとは思わなかった。


 カイエは谷を出て、崖の上づたいの困難な道を進んでいた。

 崖上の道は鬱蒼とした樹木に覆われ、とても進みにくい。

 従って、普通は崖下の川沿いの緩やかな川原にそって歩いていく。


 ひたすら南に進めば渓谷の出口に近い部分に大きな鉄橋が見える。

 その橋こそが、大人数の集団や、馬車の群れがゾディア川を渡ることのできる唯一の鉄橋だ。

 ドリア渓谷はそこで終わりになる。

 しかし、ひとたび川が氾濫を起こせば鉄橋の上にまで水が被り、人が渡ることはとてもできない。


 ナラに聞いた崖が見えてきた。

 確かに話に聞いたとおりの形状だった。

 両側からかかる石橋のような形だが、真中が途切れている。

 この出っ張りの部分が崩れて落ちれば下の川はせき止められる。そして、逆流した水は河原を浸食して遡り、川沿いの平地にあるキャラバンの滞在地まで行くだろう。

 しかし、キャラバン野営地からここまでの距離は結構ある。ナラが言ったとおり、水が来ても人間だけなら逃げ出す時間はある筈だ。


 川は曲がりくねっており、キャラバンは丁度カーブにあたる部分にいる。

 逆流した水の力は曲がり角で分散されるから、直撃はあたらない。


 崖の張り出した部分を崩すためにやることはひとつだった。

 カイエは胸の痣に手を当てる。


「崩せ。あの崖の張り出しを……そして、川をせき止めろ」


 胸の痣がまた熱くなり、ぎゅっと痛む。

 痣はまた薄くなった。


 程なく、轟音を立て、崖が崩れ落ちた。


 川はカイエの目論見通り、完全にせき止められた。

 しかし、ここで予想しないことが起きた。


 カイエが予想したよりも、水量ははるかに多かったのだ。

 せき止められた濁流は、勢いよく逆流し、川を逆流し始める。上流から流れてくる水とぶつかりあい、想像を超えた力で、荒れ狂いつつ遡っていく。



 カイエは青くなって、今来た道を引き返し始めた。

 野営地に水が到達する前に早く知らせなければ。

 しかし、ただでさえ困難な崖上の道はカイエの行く手を阻む。

 水は恐ろしいほどのスピードで、キャラバンの野営地に襲い掛かった。


 それは不意打ちとしか言えなかった。

 殆どの者が眠りについていた時間だったのが災いした。

 カイエは、行く手を阻むつる草や草花のトゲに全身傷だらけになりながらも、やっと滞在地近くまで戻ってきた。


 ━━━━━━━しかし、時は遅く。


 崖上からその景色を見たカイエはそのあまりの惨状に言葉を失う。





 夜が明け、雨は止んだ。

 キャラバンの野営地は静寂に包まれていた。

 人の声も馬のいななきも聞こえない。そこにあるものは残骸と濁った巨大な水溜りだった。


 そこに「命」は存在しなかった。

 馬の死骸。おびただしい数の布や紙片。ばらばらになった馬車の部品に板切れ。


 ━━━━━━━そして。


 うつ伏せに浮かんだ無数の頭。

 あお向けになった者の中には瞳孔が開かれたままの者もいた。

 驚愕の表情。恐らく、なぜこんなことになったのかわからないという表情だろう。


 カイエは放心状態だった。


 安易な考えが、予想外の結果をもたらした。


 ほんのすこし足止めするだけのつもりだった。

 こんなことになるなんて、思いもよらなかった。

 取り返しのつかないことをしてしまった。自分の都合と引替えに、失われた命はどれぐらいなのか……。


「うわぁぁぁぁーーーーーーーっ!」


 カイエは叫んだ。

 心の底から湧き上がる感情に従い、声を振り絞って叫んだ。


「……よかった……生きてる者がいたか……」


 弱々しい声が聴こえた。

 振り返ると、そこには一人の若い男がいた。

 かなり、疲労しているような様子で、全身は泥まみれだった。


「生き残ったのは俺と君だけか……」

「他にはいなかったんですか?」

「どうやら、そうらしい……俺も生きている者や逃げ伸びた者がいないか一晩中探したんだが」

 カイエはその言葉に返事もできなかった。

「さっきまではわずかに息のある者もいたんだが、助からなかった……」

「そうですか……」


 男は疲れた様子で、岩の上に腰掛ける。

「俺は三番隊の隊長クラウディオ・メネスカル。君は?」

「僕はリドリー・レジーナ。十番隊の連絡士です」

 カイエは恐る恐るクラウディオにたずねてみた。

「いったい、どういう状況だったのですか?」


 クラウディオは悔しそうに言った。

「本当に不意打ちだった……逃げる暇すらない速さと、圧倒的な水量が突然襲ってきたんだ……雨による土砂崩れを避けるために切立った崖の近くに滞在していたのが災いした……水がテントを襲った時には逃げ道がなかったんだ」


 キャラバンは最後尾の隊まで全てが滞在地に到着して、それぞれが一かたまりになって同じ場所で野営していたという。

 野営地は確かに川沿いではあったが、その河原は広大で、数百人が野営できる広さが十分にあった。

 野営地のあった崖地と川の形状は、上からみると丸い出っ張りのように山側に張り出した広場のようになっており、休憩場所や野営地として最適な場所であり、キャラバンはこの場所をよく利用していた。

 川と、切立った崖との距離はかなりあり、野営地は崖よりに設営したため、万一増水があっても逃げる余裕はあったはずだった。


 山へ入ることができるなだらかな斜面の場所もあるにはあったが、雨による地盤の緩みで山からの土砂崩れを警戒し、敢えて切立った崖の近くに野営地を設営したのが災いした。

 水が入ってくると、まるで巨大なコップの中に閉じ込められたまま水を注がれたような状況になり、逃げることができなかったのだ。


 山からの土砂崩れが恐ろしいことはキャラバンの面々は今までの経験でよく知っていたが、今回のような異常な増水は想定外で、誰も予想すらしていなかった。

 濁流により破壊された馬車の破片や、流れてきた流木にぶつかり命を落とした者が多かった。

 就寝中で、逃げ遅れて溺れた者も多かったという。

 何人かは、水が落ち着いても生き延びて、必死に泥水の中を泳いでいたが、濁った泥水で体力を奪われ、岸にたどり着けず力尽きて沈んでいった者もいた。

 山側に逃れていたクラウディオは何人かの救出を試みたが、彼らは岸にたどり着いて、クラウディオの顔をみると、そのまま安心したように力尽きたという。彼らもそこにたどり着くまでに致命傷を負っていたのだ。


 クラウディオの説明にカイエの心は打ちのめされる。


「運悪く、殆どの者が眠っていた時にこの水害にあった……俺はたまたま眠れなくて起きていたので、異変にすぐ気付いたのだが、その時はもう、自分が逃げるので精一杯だった……君はどうしていたんだ?」

「僕は隊長に言われて二日酔いに効く薬草を採りにいく為に森に出ていたのです」

 カイエは震える声を気取られないよう必死で嘘をつく。

「そうか……運がよかったな……君一人だけでも助かってよかった」


 クラウディオの言葉にカイエの胸は激しく痛んだ。


「しばらくはまだ、生きてる者が何人かいて、水の中から上がろうと必死に泳いでいる者もいたが、次々となだれ込む濁流に押し流されていったよ……あれではおそらく助からんだろう」


 カイエはもうクラウディオの言葉をまともに聞いていられなかった。

 自分の犯した罪のあまりの大きさに、押しつぶされそうだった。


「しかし、この状態では手もつけられないな……俺達二人では犠牲者を水から引き上げてやることもできない」

 カイエは黙って俯く。

「さっき、引き上げられそうな人だけは引き上げてみたんだが……こっちへ来てくれ」


 カイエはクラウディオにある場所に連れて行かれた。


 十人にも満たないが、何人かの遺体がそこにあった。

 みな、泥に塗れ無残な姿をさらしていた。

 そこで、カイエは見覚えのある人物の遺体を発見した。


「……ナラさん!」


 それは間違いなくあのナラだった。

 カイエはナラの傍に駆け寄った。


「知り合いか?」

「ええ。一番隊の会計士のナラさんです……僕によくしてくれたのに……」

「そうか……」

 クラウディオはカイエの気持ちを察してか、傍を離れた。


「ごめん……ごめんなさい……ナラさん……」


 カイエは泥にまみれたナラの顔を丁寧に拭いた。心の奥底から後悔の気持ちが溢れ出してきた。


 この人を殺したのは誰だ。

 カイエの憎しみに全く関係のないこの人の命を奪ったのは誰だ。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 その言葉以外は何も喋れなかった。

 今のカイエはただ、号泣するしかなかった。




 カイエとクラウディオは収容した何体かの遺体を土に埋め、持ち帰れそうな遺品や、無事な荷物を回収し、なんとか本国へ戻る態勢を整えた。


「仲間たちををここに残していくのはつらいが、とにかく一刻も早く本国に戻り、彼らの体を本国に戻してやろう」

「……はい」

「ガラール砂漠を不眠不休で超えれば一昼夜あれば本国へ戻れる。キツい旅になるが大丈夫だな?」

「はい」

「では行こう」


 カイエは暗澹たる気持ちと、後悔の念を引きずったままミヅキ国境を後にしたのだった。

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