14.「恐ろしい計画」
●【14.「恐ろしい計画」】
馬を駆り、カイエは暗い樹海を走りつづけた。
目立たぬよう、人が行き交う整備された道は走らなかった。
樹海の中の細い道を選ぶ。広い道が視野に入る程度の距離を取り、迷わぬように南へ。
ドリア渓谷に近づいてくると、キャラバンの先頭の隊がいた。
カイエが捕らえられていた馬車がいたのは最後尾の隊。キャラバン隊旗の馬の意匠の足元には数字の十と『グリマ』という文字が書かれていたのをカイエは見ていた。
リドリーの身分証明書に書いてあったものと一致する。
十番隊グリマ小隊。これがリドリーの所属した小隊の名前に違いない。
(僕はリドリー・レジーナ。ミヅキ国専任隊、第十番グリマ小隊所属。階級は専任連絡士……)
カイエはリドリーの身分を改めてしっかり頭の中に叩き込んだ。
カイエが先頭の隊列にこっそりと紛れ込んでも誰も気に止めない。
キャラバンは数百名の大所帯。連絡等で後方の隊から先頭の隊へやって来る者やその逆などはしょっちゅうだ。
あとはドリア渓谷を越えるだけ。
このまま何食わぬ顔をしてホムルに入国すれば問題ない。
ドリア渓谷に入ってすぐ、空模様が怪しくなってきた。
(雨になるな……)
カイエの胸に少し嫌な予感がした。
このあたりは豪雨地帯だ。一度雨が降り始めると暫くやまない。そうなるとゾディア川が氾濫する恐れがある。川が氾濫すれば水が引くまでドリア渓谷を越えられなくなる。
数日間はここで足止めを食らう恐れがある。それはカイエにとって不利な状況になる。
リドリーとカイエが行方不明になったことは十番隊にはすぐばれるだろう。
連絡がカイエのいるところまで伝達されたら素性がわかるのは時間の問題。
(なんとか持ちこたえてくれ……)
カイエは心の中で焦れていた。
しかし、カイエの希望に反してやがて大粒の雨が降り始める。
「雨が降り出したぞ!急げ!」
人も馬も足を速める。
しかし、雨足は一気に強くなり、すぐに豪雨になった。
様子を見に行った者が叫んでいるのが聞えてきた。
「川が氾濫しはじめています。今日はドリア渓谷を越えるのは無理です」
最悪の事態になった。
雨が止み、水が引くまでキャラバンはそこで足止めになった。
川から少し離れた広い場所を選んでテントを張りそこで待機することになったため、みな、テントを張る作業や荷物を雨から守る作業などで忙しく働き始めた。
「おい!そこのお前」
カイエに声をかけたものがいた。
口ひげを生やした恰幅のいい男だった。
「さぼってないでさっさと働け!」
「す……すみません」
「ん?お前見ない顔だな。所属と階級を名乗れ」
男は不審そうにカイエを見た。
「リドリー・レジーナ。第十番グリマ小隊所属。階級は専任連絡士です」
「グリマのとこの連絡士か。俺は第一番隊隊長、アスラッド・ジルベだ。グリマから何かことづてがあるのか?」
「あ……あの……」
突然のことでカイエは慌てた。連絡を何も携えてない連絡士は怪しんでくれというようなものだ。
「連絡も無いのに連絡士がここにいるわけがないだろう?怪しいヤツだな」
「あ、いえ……そ…そう、リュウオウボク!リュウオウボクの実を沢山手に入れましたのでおすそ分けをと」
カイエはリドリーが摘んだリュウオウボクの実を持ってきていたことを思い出した。
「ほう!リュウオウボクの実か」
「はい。樹海の途中で偶然手に入れたもので、ぜひジルベ隊長にと」
「おお!そうかそうか。よし、持って来い。俺のテントはそこだ」
ジルベは背後にある大きなテントを指差した。
馬に乗せておいた袋の中にはリドリーが摘んだリュウオウボクの実が沢山入っていた。
カイエはそのうちのいくつかを懐に入れ、あとは全てジルベのところに持っていった。
「素晴らしい!あの貴重なリュウオウボクの実がこんなに沢山……」
ジルベは歓声を上げた。
「これほど多くの実が採れる場所があるのか」
「群生地を発見しましたので」
「グリマはもっと沢山採ったのだろう?」
「……まあ、それはその……」
カイエは苦笑した。
「まあいい。どうせ後ほどグリマがここに訪ねてくるからな……その時にお宝の場所を聞き出すことにしよう。一緒に飲もうと約束してたんでな。お前もつきあえ」
「いえ、僕は未成年ですから……」
「はぁ?」
ジルベは妙な顔をした。
「お前、冗談ヘタだぞ。ミヅキじゃあるまいし。我がホムルでは酒はガキでも飲むぞ。俺なんか五歳の時から飲んでるからな。酒豪の中の酒豪よ!」
ジルベはガハガハと豪快に笑う。
(そうだった。ホムルとミヅキじゃ習慣が違うんだった……)
カイエはうっかりしていた。
ミヅキでは飲酒や喫煙は成人とされる年齢である二十歳まで禁止だが、ホムルにはその規制はない。小さな子供でも酒は飲むし喫煙もする。
姿は誤魔化せても細かいところでボロがでる。カイエは改めて気を引き締めた。
「すみません……ちょっとした冗談だったんですが……でも、隊長。僕はもともとお酒は苦手なのでやはり遠慮させてください」
「そうか。残念だな。苦手な者に勧めてもしかたない」
「そろそろ失礼していいでしょうか?」
「ああ、ご苦労さん。グリマによろしくいってくれ」
「はい」
なんとかジルベ隊長のテントを抜け出すことに成功したが、まずい状況になってきた。
グリマ隊長にこのテントにこられてはまずいのだ。
徐々に後発隊が合流して人数は膨れ上がる。
十番隊もまもなく到着するに違いない。逃げ出そうにもこの先は増水で足止めだ。
あたりが暗くなってきた。雨はまだ止む気配は無い。
人々はそれぞれのテントの中にひっこんだが、カイエには入る場所が無い。このキャラバンの中で知った顔など一人もいないのだ。
「あんた、なにやってんだい?雨が相当酷くなってきたというのに」
ずぶ濡れで途方に暮れているカイエに声をかけてきたのは体格のいい四十代ぐらいの中年の女性だった。
「え…えと…」
「いくとこ、ないの?」
「ちょっと、帰るに帰れない事情があって……」
すると、女性は何かを悟ったようにくすっと笑って言った。
「あ、わかった。あんた何か失敗でもしたんでしょう?だから仲間のいるテントに帰れない……ちがうかい?」
「……はぁ……まあ、そんなとこです」
「しょうがないねえ。そのままそこにいたら風邪ひいちまうよ。こっちへおいで」
彼女はカイエに手招きをした。
テントといってもその規模は大きい。
中央には焚き火が置かれ、火が燃えていたが、屋根には換気につかう簡易の煙突があるおかげで酸欠になることもない。
中にいたのは中年や初老の女性ばかりだった。
「こんなおばさんばっかりのとこだけどね。せめてご飯でもたべておいき」
「すみません」
「あたしはナラ。一番隊の会計士さ。あんた名前は?」
「カ……いえ、リドリー・レジーナ。十番隊の連絡士です」
カイエは暖かな火の傍に寄った。
「おなかすいたろ?お食べ」
ナラはパンと暖かなスープをカイエに渡した。
「ありがとう。ナラさん」
「ところであんた、何やらかしたんだい?」
ナラは興味深そうにカイエに問いかける。
「えっと……実は頼まれた親書を無くしてしまって」
「どうすんだい。そんな大事なもの無くして」
「だから、怖くて自分の隊に帰れなくて」
「困ったねえ……でも、それは正直に謝るしかないんじゃないかい?」
「それはそうなんですけど」
ナラは苦笑しながらも、カイエにおかわりのスープを注いでくれた。
「叱られるのが怖いんなら明日探してみるしかないんじゃないかね……とはいえ、この雨だし」
するとナラとカイエの会話を隣で聞いてた老婆が口を挟んだ。
「雨も心配だけどあたしゃ川の氾濫が酷くなってこの場所まで水が来ないか心配だよ」
老婆の言葉にナラは笑いながら言った。
「大丈夫よ。ここは川沿いとはいえ、川原から結構遠いしその心配は無いわよ……でも、敢えて言えばこの先にある崖ね。あそこが崩れでもしたら川の水がせき止められてここは水没する。ここは谷の底だから逃げ道ないしね……でもそんなことありえない。だから大丈夫よ」
カイエはその話に興味を持った。
「崖ってどんな感じなんですか?」
「あら、あんたしらないの?」
「僕、まだ配属されたばかりなんで、この辺の地理は詳しくないんです」
「この先に川幅が極端に細くなっている場所があるのよ。その両岸にはちょうど途切れた橋みたいに両側からせり出してる崖があってね……」
ナラは地面に棒きれで図を描いて見せた。
「で、ここが崩れて土砂が川に落ちると、川幅が狭くて水がせき止められてしまうわけ……そこへ増水した水が上流から来るとどうなると思う?」
「逆流しますね」
「そういうこと。ここは川原から随分離れてるけど、もし水が来たら間違いなく水没する場所。逃げ出そうにも谷の底だからね……谷の入り口までは相当あるし、この人数じゃね」
「だから、あたしゃここにテント張るのはいやだったんだよぅ」
それを聞いてた老婆が悲しげに言う。
「大丈夫よ。あの崖、固い岩の塊だから。今まで何度も増水の時にここに避難してるけど一度もそんな事故起こったこと無いわ。だから平気よ」
ナラの言葉に老婆は漸く安心した様子だった。
その情報はカイエにとって思わぬ吉報だった。
うまくいけばキャラバンを大幅に足止めできるかもしれない。
増水した水がこのキャラバン居留地に襲い掛かればキャラバンは混乱する。
「雨、はやく止むといいわねえ……」
「ナラさん」
「なに?」
「もしも……もしも増水してここに水が溢れてきたとき、逃げ出すことは可能ですか?」
「そりゃ、早く気付いて逃げればね。とりあえず高いところにでも逃げればなんとかなるでしょうよ。水の量と水流の速さにもよるとは思うけれど……まあ、ここは川からも遠いし全滅ってことはないと思うけど、怪我人ぐらいは出るだろうし、泳げなきゃ死ぬ人もいるかもしれないけど、荷物は全滅ね……」
「そうなんだ……」
「もしもそんなことが起こったら、壊滅的被害が出るから、帰国どころじゃないわね……損害の補填とか、隊の立て直しなんかで当分国には帰れないでしょうね」
キャラバンにダメージを与え、混乱に乗じて逃げ出せばなんとかなるのではないか?
カイエはそう考えたのだ。
しかし、それは同時に世話になったナラたちをも危険に晒すことでもあった。
「僕、なんか嫌な予感がするんです。気をつけておいたほうがいいと思います」
「な……何よ……脅かさないでよ」
「すみません。でも、充分に気をつけてください」
「あんた用心深い子なのね。でもわかったわ。気にとめておくわね」
カイエは立ち上がるとナラに言った。
「食事、ありがとうございました。僕、やっぱり隊に戻ります」
「そう?叱られるかもしれないけど挫けるんじゃないよ。また、挽回すればいいんだからね」
「はい」
ナラはそう言うとポケットから小さな銀色のペンダントを取り出し、カイエの首にかけた。ペンダントはホムルの竜王ガイアルの姿を模したものだった。
「お守りだよ。つらいことがあったらこれを握ると勇気が湧いてくるよ」
「ナラさん。どうして僕にこんなものを?」
するとナラはちょっと寂しそうな笑顔をカイエに向け、こう言った。
「……本当は本国にいる息子にやるために買ったんだけどね……先月、病気で亡くなっちまったんだって。本国から連絡が来たのよ……あたしが仕事でいない間にね」
「そんな……」
「もともと病弱な息子にいい薬を買ってやりたくてこの仕事についたっていうのにさ、この仕事のせいで死に目にも会えなかった……」
「そうだったんですか……」
カイエもいたたまれなくて俯いた。
「息子はあんたぐらいの年なのよ。だから、ついほっとけなくてね……だから、もしよかったら息子の代わりにこれを使ってもらえれば嬉しいんだけどね……」
「ありがとうございます。大事にします」
カイエは深々と頭を下げた。
「気をつけて帰るんだよ。またおいで」
「はい」
カイエは雨の中を飛び出していった。
これから考えている計画は恐ろしい計画だ。
しかし、ナラを始めとする無関係の人をなるべく巻き込まぬようにしなければならない。
雨の中、目的地に向けてカイエは馬を飛ばす。
しかしこの時のカイエは予想すらしなかった。
これから起こる思わぬ事態を。




