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The Legend of Dadegea 第1部 空色の翼  作者: 鷹見咲実
第1章 復讐の王太子
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12.「キャラバンの少年」

 ●【12.「キャラバンの少年」】



 カイエを乗せた馬車は沢山あるキャラバンのテントのひとつの前に止まった。

 ゲオ一人だけが馬車を降り、テントの中に入っていく。


 テントの中には何人かいたが、その中の一人に、あのフードの男がいた。


「旦那。ご注文の品物をお届けにあがりました」

 ゲオは揉み手をして上目遣いで男を見る。

「傷つけたり殺したりしていないだろうな?」

「ええ、それはもう」

 ゲオはひきつった笑いを浮かべながら、何か言いたそうに男の顔を見た。

「なんだ?」

「……その……品物のお代を……」

「品物を確認してからだ」

 男はそう言うと、フードつきのマントをその場で脱ぎ、少し乱れていた襟元を調えた。


 つややかな黒髪に、切れ長の漆黒の瞳が現れた。

 左目尻の下には目立つほくろがあった。

「相手は王太子殿下だ。丁重に扱わねばな……案内しろ」




 カイエは自分の身に起こったことがまだよく理解できていなかった。

 なぜ、いきなりこんな目に遭うのか。ここはいったいどこなのか。

 そして自分はどうなるのか。知りたいことは山ほどあった。

 しかし、叫びたくても口は猿轡で塞がれ、手足も戒められている。


 やがて、馬車の中に一人の男が入ってきた。

 黒髪に黒い瞳。ホムル人の男らしかった。

 カイエは手足を縛られたまま、男の前に置かれた椅子に座らされた。


「カイエ・ルア・エフィニアス・ミヅキ王太子殿下でいらっしゃいますね?」

 男は慇懃な口調だった。

 カイエは男を睨みつけつつも、小さく首を縦に振った。

「ご無礼は承知しておりますが、これも私の仕事ですのでご容赦を。……しかし、さすがにそれではお話もできませんな」

 男は見張りの男に命じてカイエの猿轡だけを取り外させた。


「お前は誰だ。なぜ、僕にこんなことをする」

「これは失礼致しました。ですが、私の本名は申し上げられません。しかし、名無しのままでも失礼だ。ですから……そうですね……私のことは『クラウ』と呼んでいただきましょうか……」

「ではクラウ。改めて聞く。僕をどうするつもりだ」

「殿下を高額で買いたいとおっしゃる方がおられましてね。今から殿下をそこへお連れするという次第ですよ」

 ホムルのキャラバンは非合法な人身売買をするという噂をカイエは聞いたことがあった。

 どうやら自分はその非合法な人身売買をする輩に捕まってしまったらしい。


「人身売買は禁じられているはずだ。条約違反だぞ」

「バレなければ問題ありません」

 クラウはあっさりそう言った。

「それに、殿下?」

 クラウはカイエの耳元に唇を寄せ、小声で囁いた。

「殿下はホムルへ行くおつもりだったのでしょう?お望みどおり殿下はこれからホムルに行くのですから」

「どうしてそれを……」

 カイエはの声に動揺の色が浮かぶ。


「殿下のことはいろいろ知ってるんですよ……まあ、どうせ逃げ出すことなどできないのですから、少しだけお教えしましょう。近く我がホムル王国はミヅキ本国に攻め入ります。その時、次期国王である王太子殿下がお国にいらしては非常に困るのですよ。ミヅキの国民や魔道士団は国王に忠実ですからね。国王不在の国など恐れるに足らず……そういうことです」


 どこの国家でも国王は国を治めるという役割の他に、有事における最高司令官でもあった。

 戦ともなれば国王が最前線に出て直接指揮をとることは、何処の国でも常識だった。

 国王が捕まったり、殺されたりした場合、その国は間違いなく陥落する。


「ミヅキは攻略困難な国です。代々の国王が勇敢で強い上に、世界最強の魔道士団がいる国だ。とても正攻法で落ちる国ではない……しかし……」

 クラウは鋭い瞳でカイエを射るように見つめた。

「国王を暗殺して国を弱体化させ、王太子が即位する前に始末する。後に残った王妃と王女なんて話にならない……どうです?兵力を殆ど使わずにミヅキを落とすには最良の方法でしょう?」

「父上を暗殺したのはお前達か?」

 カイエはクラウを睨みつけた。

「実行したのは確かに我々です。しかし、この計画を立て、我々に命じた方はまた別の方ですがね」

「ホムル国王か」

「最終的にはそういうことになりますかな……まあ、多少手違いがあって当初の計画が狂いましたが……しかし殿下。そんなことをお知りになってもいまさら仕方がないでしょう?」

「何だと?」

「殿下は今からホムルのとある富豪のハレムに入るのですから。美しい少年がことのほか好きな方でしてね……しかも、身分の高い少年が」


 売られる?自分が?

 想定もしていなかったクラウの言葉にカイエは驚きを隠し切れなかった。


「本来、殿下のことは殺害しろという命令が出ていましたが、私どものお得意様にどうしても殿下のような少年が欲しいという顧客がおりましてね。我々は商売人です。どうせリスクを犯すなら金の入るほうがいい。ですから、殺したことにして、こっそり売ることにしたわけですよ」


 クラウはそう言って、カイエの顎を指先でクイと上げさせた。カイエはクラウを憎しみの篭もった目で睨みつけるが、クラウは顔色ひとつ変えなかった。

「人として最低な男だな」

「なんとでも仰ってください。それに死ぬよりもいいでしょう?……いや、ある意味死ぬよりつらいかもしれませんな。何せあの方は……」


 クラウは喉の奥でクックッと笑った。

「奴隷制度や人身売買は確かに他の国では禁じられてますが、我がホムル王国では別に違法ではないんですよ、殿下。特に姿が美しいミヅキの民は好まれるんです」


 カイエはただ、唇を噛むしかなかった。

「少し長話になりすぎましたな……おい!殿下をご案内しろ」


 クラウの声に答えるように一人の屈強な男がやってきて、カイエを立たせた。


「さあ、こっちへ来い」

「クラウ!このままじゃすまないからな!」

 カイエの叫び声にもクラウは振り向かなかった。






 カイエが連れて行かれたのは幌で覆われた巨大な荷馬車だった。

 大人が三人ぐらい体を伸ばして寝ても、体がぶつからない程度の広さの荷台には太い鉄格子の嵌った檻があり、カイエはその中に閉じ込められた。

 手足の戒めは解かれ、自由にはなったが、これではどうにもならない。

 どう見ても逃げられそうになかった。


 しばらくすると、カイエと同じくらいの年齢の少年がやってきた。


「殿下。これから目的地まで殿下のお世話をする、リドリー・レジーナです。短い間ですがよろしく」


 少年は頭を軽く下げた。

 リドリーは少し癖のあるこげ茶の髪とヘイゼルの瞳、健康そうな明るい褐色の肌で、顔にはそばかすのある人懐っこそうな少年だった。

 しかし、カイエは返事をする気にはならなかった。

 リドリーはカイエを気の毒そうに見ていたが、やがて困ったような顔をして馬車から降りた。


 荷馬車が軽く揺れ始めた。

 どうやら馬車が出発したらしい。


 しばらくしてから、リドリーが再び戻ってきた。

 リドリーは食事の乗ったトレイを床に置くと、体を屈め、カイエの足元にある小さな扉を開き、トレイを檻の中に入れた。


「少しは食べたら?食事、してないんでしょ?」


 リドリーは友人に話すような口調で気軽に話し掛けてきた。彼にとってカイエは敬うべき立場の人間でもなんでもない。

 同年代の少年で、しかも自分より今は明らかに下の立場にいるからだろうか。


 カイエは無言のまま、リドリーをじっと見つめていた。


「目的地はまだ遠いんだよ。食べないと死んじゃうよ?」

「死んだ方がましだ」

「そんなこと言わずに食べておくれよ。でないと俺が叱られるんだ」

「そんなこと、知ったことか」


 すると、リドリーは鉄格子ごしにカイエに顔を近づけ、少し小さな声で言った。

「俺だって殿下のことは気の毒だって思ってるよ……できれば助けてあげたいけど、そういうわけにもいかないんだ」

「本当に、お前はそう思ってるのか?」

 カイエは訝しげな顔をする。

「そりゃそうさ。俺が同じ立場だったらやっぱり死んだ方がましだと思うもん」

 リドリーの物言いは屈託がなかった。

 カイエは少しだけリドリーへの警戒を解いた。

「死んだらそれで終わりだよ。だけど、生きていたらいいことだってあるかもしれないじゃん……だから、少しだけでもいいから何か食べておくれよ」

「生きていたら……か」


 カイエは考えていた。

 あまりに惨いことが急に立て続けに起こったために、冷静な判断力を欠いていた。

 先ほどは死んだ方がましだと思ったが、それでは本当に犬死だ。

 何としてでも脱出して生き抜かなければならない。


 カイエは目の前にあったパンに手をのばした。

 十数時間ぶりに口にする食事だった。

 カイエは夢中でそれを食べ、リドリーはホッとした表情を浮かべた。


「ねえ、少し話さない?ミヅキのこととか聞きたいな。俺、憧れてたんだ……ばあちゃんの生まれ故郷、ミヅキだから」

「お前の?」

「そう。ばあちゃんはミヅキからお嫁に来たのさ。だけど、俺はミヅキへは行ったことが無い。小さい頃、ばあちゃんにミヅキの話を聞いて一度は行ってみたいと思って、全世界を回るキャラバンに入ったんだけど、いきなり北方の指定隊に配属されて、ホロ方面ばっかり行ってたんだ。で、やっとミヅキを巡回する隊に異動になったと思ったら今度は国交断絶で入国できなくなったろ?ついてないよ……」


 言われてよく見てみればリドリーの姿は生粋のホムル人と少し違う。生粋のホムル人は漆黒の髪と漆黒の瞳、それに褐色の肌だ。

「そうか……しかし、僕は今、そんな気分ではない」

「そうだよね……これから殿下に起こることを想像したら、俺だって身の毛がよだつさ」

「僕はどうなるんだ?リドリー」

「まず、向こうについたら逃げられないよう、腕に奴隷の印をつけられる。刺青を彫られるんだ。それから、ベルタル様……あ、これは殿下のご主人様になる方ね……ベルタル様の館に行って、ハレムに加えられるという手順かな」


 奴隷の刺青はカイエも見たことがある。

 奴隷の烙印は全世界共通。左腕に彫られる『鎖が巻きついた蛇』の意匠でひと目で奴隷の身分であることがわかるようになっている。


 もとは重罪を犯した罪人が奴隷に堕とされ、過酷な使役につくことで罪を償わせていたが、近年では盗賊団や人身売買の組織などに拉致された少年少女などが非合法に奴隷にされるのが殆どだ。

 男子は主に農場や鉱山等で働く肉体労働、女子は娼館で娼婦として働かされたり富豪の家の使用人等にされる。


 この状況を憂いたいくつかの国の王や領主、竜王教の神官長達の呼びかけで、百年前に奴隷保護救済条約が設けられ、現在では世界的に奴隷制度は廃止される方向に進みつつあるが、ホムル王国はこの奴隷保護救済条約には加盟していない。

 今ではホムル王国、および東方のオルステイン連邦の一部の地域に奴隷制が残るぐらいだ。


「ベルタル様ってのは、タンガ地方の領主様なんだけど、若い男の子にしか興味がないんだ。ハゲでデブのやなオッサンだ。俺も一度会ったことがあるが、変な目で見られて気持ち悪かったよ」

 リドリーは顔をおもいきりしかめて舌を突き出した。


 カイエは思わず絶句した。

 なんとかして、脱出しなければならない。

 王太子である自分が奴隷の身分に堕ち、そればかりか妙な趣味を持った男の慰み者になるのかと想像するだけで激しい嫌悪感が体を駆け抜ける。


「リドリー……今、どのあたりなんだ?」

「そうだな。まだ、出発したばかりだからホムルには入ってないよ。これからゾディア地方を通ってガラール砂漠を越え、ホムル本国に入る。タンガはホムルの一番南だから、一旦、首都のジャネイラに寄って補給してからタンガへ向かうんだ。あと一週間ぐらいはかかるね」

「ゾディア地方か……」

「あそこの深い樹海と厳しい渓谷を越えるのは大変さ」


 カイエは必死で考える。タンガに到着するまでになんとしてでも脱出の隙を見つけなければならない。


(ガラール砂漠に抜けるにはゾディア樹海を通る……脱出のチャンスがあるとしたらそこしかないか)


 カイエは考えた挙句、一つの策を思いついた。


「リドリー」

「なんだい?殿下」

「悪いが、ゾディア樹海に入ったら僕に教えてくれる?」

「いいけど、なぜ?」

「ゾディア樹海はミヅキの国境だ……国に別れを告げたいんだ」

「それって、覚悟が決まったってこと?」


 カイエは無言でうなづいた。

 リドリーは少し気の毒そうな顔をしたが、カイエを元気付けるかのように明るい声で言った。


「そうか……わかった。必ず知らせるよ」

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